売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

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3章

私の決意

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 ユリシーズは町人によって宿の一室に運ばれた。
 お医者様が背中の毒を調べて解毒剤を塗ってくれたり、切れた皮膚を縫ってくれたりしたらしい。

 部屋の中には入れてもらえず、隣の部屋で祈るようにして待っていると、バートレットとシンシアが私の部屋を訪ねてきた。

「ご主人様は、いかがですか?」

 そう言ったバートレットの黒いスーツには土がついていたし、シンシアは女の子なのに顔に引っかき傷のような傷を作っている。

「お医者様が手を尽くして下さったから、あとは本人の回復力次第だそうよ」
「猛毒を使われてしまいましたから数日間は寝たきりになるかもしれませんが、夜になれば人狼の回復力で峠は越えられるでしょう。奥様も疲れていらっしゃるでしょうから、寝てください」

 普段より優しいバートレットの言葉に、気を遣われているのが分かる。

「あなたたちは、あの集団を追ったの?」
「ローレンス様を捕えようとしましたが、敵いませんでした」
「二人きりで武装した集団に向かうのは危険よ」

 ユリシーズとバートレット、シンシアの三人だけだったら、恐らくもっと有利に戦えていたのに。
 ユリシーズが私を守ろうと無抵抗になったせいで、一気に不利になってしまった。

「ユリシーズにとって、私はこんなに足手まといなのね」
「奥様が足手まといだなんて、そんなわけありません!」

 シンシアが必死に否定をしてくれる。

「だけど、ユリシーズが狙われた時とは全然違っていた。私が狙われた途端、あんなに無抵抗になってしまったじゃない」
「それだけ、ご主人様にとって奥様が大切だからです。身体を張らなければ、奥様を守れないのですから」
「ええ、それはそうだと思うのだけれど」

 不死の死神伯がこんなに簡単に倒れてしまうのだから、私はユリシーズにとって相当な弱点になってしまっているのは間違いない。
 ローレンス一行は、私を狙った途端に簡単にユリシーズを追いつめることができたと報告するだろう。

 この状態で、私が狙われたらまずい。

「ねえ、バートレット。ユリシーズはしばらく回復に時間がかかるのでしょう?」
「あと数日は朦朧とされるはずです。幸い新月が近いタイミングでしたから、肉体は普段より強化されていましたので命にかかわることは無いはずです」
「家に連れて帰ることは可能そう?」
「それは、ある程度怪我が治りましたら……どうしてそのようなことを尋ねるのですか?」

 バートレットが話の流れを怪しんでいた。さすが、この人は鋭い。

「私、なるべく少ない人数を連れてクリスティーナ妃の元を訪ねようと思っているの」
「急に、どうされたのですか?!」
「数日前にユリシーズが言っていたの。クリスティーナのところからも情報をとって対策を練ったほうがいいかもしれない、って」
「それが、なぜ……」
「私、ユリシーズの足手まといになりたくない。私のせいで傷つくことを選ぶユリシーズを見ているのは嫌なの」

 バートレットとシンシアが困った顔をしていた。

「あの人が私を全力で守ろうとするのと同じように、私だってユリシーズを失いたくない」

 人狼が伴侶を失って衰弱死をしてしまうと聞いてから、ずっと考えていた。
 ユリシーズを失って公爵家に戻され、次の婚姻相手に売られるようなことにでもなれば、私だって心が死んでしまう。
 かけがえのない人を守る強さが欲しい。対抗できる力が欲しい。
 私は人狼と違って非力だから……違う戦い方をしようと思う。

 負傷したユリシーズの傍にいてあげたいけれど、ローレンス一行が公爵様に一連のことを報告したら、こちらに刺客が殺到しかねない。
 刻一刻と公爵様が有利になっていく中で、じっと待っていてはだめだ。
 私がユリシーズの傍にいるだけで、また同じような目に遭わせてしまうから……。

「ユリシーズの意識が朦朧としているうちに、行動を開始しようと思うの。私はユリシーズに抱きしめられると途端に意思が弱くなってしまうから」
「奥様……」

 シンシアがじわりと涙を浮かべて鼻をすすった。

「幸い、私は公爵家出身の立場が使えるでしょう? 皇室に入ったクリスティーナを訪ねたり、公爵様を止めるために必要な要人を探すのに、出自はすごく有利だわ」
「人狼であるわたしは、奥様に付いて行けないのですよね……?」
「そうね。人狼のみんなはユリシーズを守ることに専念して。ユリシーズから離れていれば、公爵家も私を殺すメリットが無くなるから、やるべきことができるわ」

 まあ、相手はそんなに聞き分けのいい人じゃないはずだ。
 万が一私が捕まりでもしてユリシーズの前に差し出されたら、そこで全てが終わってしまう。
 けれど、ユリシーズから離れることで公爵家の狙いをかく乱することくらいはできると思うの。

「奥様がその結論を出されるとは思いませんでした。ご主人様が起きていらしたら反対するに違いないので、今のうちでなければ行動に移せない策でもございますね」
「ユリシーズが起きたら、バートレットが責められてしまうわね。あなたには苦労を掛けてしまうけれど、同じ目的のために共犯者になってくださらない?」

 私がにこりと笑うと、「本来でしたらお断りしたいところですが」と前置きをされた。

「その案を実行できるのは奥様だけです。おっしゃる通り、ご主人様は奥様が近くにいると戦えなくなることが判明しました。この町の自警団を護衛に雇うので出発してください。追ってエイミーさんも向かわせましょう」
「ええ、そうね。侍女も護衛も連れていない公爵家出身者なんて偽物だと思われるでしょうから、そうしてちょうだい」
「お任せください。この町の自警団にはかつて要人警護をしていた優秀な者がおります」

 バートレットが答えると、シンシアが「ふえー」と声を上げて泣き出してしまう。
「大丈夫よ、必ず帰ってくるわ」と声をかけるけれど、シンシアはしゃくりあげながらぽろぽろと大粒の涙をこぼした。

「おくしゃまが……いなくなっ……いっしょ、いっしょにぃ……」
「いなくなんてならないから、あなたはユリシーズを守っていて。シンシアの腕を見込んでお願いよ」
「うああああん。役立たずでっ……ごめっ…んなさ、いー」
「違うの、シンシアはよくやってくれたわ。私がここを離れるのは、ユリシーズを守りたいからなのだから」

 つらそうな様子に胸が苦しい。私だって本当は、ずっとここにいたい。
 シンシアは護衛として一緒についてきたのだから、ユリシーズが負傷してしまったことに責任を感じてしまっているのだわ。

「シンシアにお願いがあるの。ユリシーズが目覚めたときに、私がずっと彼を愛しているのだと伝えて欲しいの。伝言を頼まれてくれる?」
「ごしゅじん、さまはっ……」
「心配性だし私がいないと泣くでしょうけれど、そんなユリシーズを失わないために頑張りたいから」
「うううううううーわたしもっ、おくさまとはなれるの、いや、ですー」

 気付くとバートレットはいなくなっていた。
 この町の自警団とやらを手配して、エイミーを侍女としてどうにかするつもりなのだろう。

 シンシアを抱きしめると、相変わらず大きな声で泣きじゃくるだけだった。
 私が離れるだけで、こうして悲しんでくれるひとがいる。
 それだけで、絶対無事に帰らなくちゃと思えた。
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