売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

文字の大きさ
110 / 134
4章

覚悟の 2

しおりを挟む
 私は牢だと言われて連れてこられた上等な部屋で、デスクに座ってひたすら本を読んでいた。
 ユリシーズの家では見たこともないような歴史の本が多くて、ちょっと敷居の高さを感じながら帝国史を読んでいる。

「自分の家か?」

 人の声がして顔を上げると、部屋に皇子殿下がいた。

「うわあっ! 殿下?! こんな牢に何の御用でしょうか?!」
「……思った以上にくつろいでいるようだ」

 いつの間に部屋に入ってこられていたのか気付かなかった。皇子殿下はこちらに向かって歩いてくる。
 気配を消す能力でもお持ちなのかしら。このお城はそういう方が多くて心臓に悪い。

「皇室は牢も豪華なのですね……」
「そんな訳があるか。ここは余の部屋だ」
「ということは、この本は殿下の私物ですか?! 申し訳ございません! 帝国の歴史がつい気になりまして」
「いや、もっと気にするところがあると思うのだが」

 殿下は私を見て笑っている。牢だと言われて連れてこられた場所で、のんびりと読書をしていたので呆れていらっしゃるのだろうか。

「あの、どうしてわたくしはここに連れてこられたのでしょうか?」
「ああ、『皇族牢』というのは隠語だ。余が個人的に話そうと思ったものをそう言って連れてこさせている」
「心臓に悪すぎます……」

 もっとやりようがあるのではないかしら。私、もう命がないかもと思ったわ。
 帝国の歴史でも読んでいなければ、ユリシーズの名を呼びながら泣くしかなかったもの。

 悪い人ではないのかもしれないけれど、趣味が悪い。
 間違いないわ。皇子殿下は人が悪い。

「どうした、アイリーン。先ほどの勢いがなくなっているが」
「……処刑される覚悟をしなくてはと思っていたところだったので、頭が混乱しています」
「アイリーンを処刑したらクリスティーナに益々恨まれる。ただでさえ、余は至らない夫だ」

 あ、皇子殿下はクリスティーナが自分を恨んでいると思っているのね。
 至らない夫というのは、クリスティーナが望む婚姻関係になれないからということ?

「さあ、アイリーンが話そうとしていたことを聞こうか。ここには他に誰もいない」

 皇子殿下はそう言ってデスクの先にある三人掛けのソファにどかっと腰を下ろした。
 身体の向きはこちらからは横になるけれど、こちら側に身体を傾けて。

 この場所でなら、何を言っても大丈夫だろうか。

 私の目線の先に、腕を組んで楽し気にこちらを見る皇子殿下が座っている。
 二人きりで話をしたいと申し出たのは私の方で、遠慮なく話せと言われているわけだけれど。

「殿下も、何の話かは分かっていらっしゃるのではないでしょうか?」
「おおかたは、予想がついている」
「そうですよね。だって普通ではありませんもの……」
「普通ではない、か。皇室が普通になる日はくるのだろうか」

 皇子殿下は難しい顔をしている。皇室が普通ではないのは分かっている。
 はぐらかされているのかしら。それとも本当に普通について考えていらっしゃるのかしら。

「クリスティーナは、皇室で居場所を無くしたりはしないのでしょうか?」
「それならそれで、好都合だと思っている」
「そんなっ……! クリスティーナは皇后を目指しているのに、あんまりです!」
「は。そんなことに興味はない。彼女がそうやって皇后に固執すればするほど、所詮は公爵の娘なのだと思わされる」

 そう言うと、皇子殿下は小さなため息をついた。怒っていらっしゃる?

「クリスティーナは公爵家に生まれた方なのですから、しかるべきところに嫁ぐのは当然です」
「なんとも不愉快な話だ。アイリーンを身代わりにしてオルブライト伯爵へ嫁がせておいて、自分は子爵令嬢の身分に落ちたという意識もない。そのまま公爵家の後光で皇室に入り込み、大切にされるのが当然だと言いたげじゃないか」

 皇子殿下に言われて、あれ? と気づく。
 そうか、世間的には子爵令嬢になったのだから、皇室に入るのは難しくなるわけよね。
 つまり、クリスティーナがここにいるのは……公爵様の根回しがそれだけ強力だという証拠なのかしら。

「あの、殿下はクリスティーナと夫婦になるのが嫌だったのですか?」
「さあな。そんなことを考える余裕もないくらい、苛立ちが大きい」
「公爵様に対して、ということですか?」

 皇子殿下はソファの上で足を組み、背もたれに身体を預けて黙ってしまった。
 公爵様に対して苛立っているのは私も同じなので、共感する準備はできているのですけれど。

「クリスティーナに対しても、と言ったら?」
「はい??」

 思わずデスクの椅子から立ち上がってしまった。驚きのあまり。

「クリスティーナに対しても苛立っていると言ったら、アイリーンは余に何を言う?」
「クリスティーナは素敵な女性ですが、という話を延々とさせていただきますけれど」
「遠慮させてくれ」

 皇子殿下が天を仰いで目を瞑ってしまったから、椅子に座り直してその様子を眺めてみる。
 栗色の長髪を邪魔にならないように後ろで束ねていて、細い顎に高い鼻が洗練された雰囲気を漂わせていた。

 皇子殿下の造りを見ていると、やっぱりユリシーズは武人なのかなと思う。
 身体の厚みが違うし、こうして皇子殿下を見ると、首も随分太かったんだなあなんて思い出した。
 皇子殿下の方がまつ毛は長そうだけれど、私はユリシーズの顔の方が好きね。

「アイリーンは、身代わりにされたのにクリスティーナを恨まなかったのか?」

 皇子殿下は目を開いて、こちらを見ずに言った。
 灰色がかった青い目を横から見ると、ユリシーズの銀色の目を思い出す。

「クリスティーナのせいではありませんし、皇室に入るための教育を施された彼女にはちゃんと皇子殿下と結婚していただきたいと思いました。わたくしは……オルブライト伯爵が脂ぎった中年男性でないことを感謝したくらいですから」
「……余と同じなのはその点だな。選択肢は無かったのだろう」
「あっ……」

 そうか、とようやく皇子殿下の境遇に気づく。
 私は殿下の位が高いという点ばかりを見ていた。
 結婚相手を選べず、抵抗したところで運命が変わらない……。

 それはまさに、私と同じ。自由を持たない立場だったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です

美並ナナ
恋愛
類稀なる美貌を誇る子爵令嬢シェイラは、 社交界デビューとなる15歳のデビュタントで 公爵令息のギルバートに見初められ、 彼の婚約者となる。 下級貴族である子爵家の令嬢と 上級貴族の中でも位の高い公爵家との婚約は、 異例の玉の輿を将来約束された意味を持つ。 そんな多くの女性が羨む婚約から2年が経ったある日、 シェイラはギルバートが他の令嬢と 熱い抱擁と口づけを交わしている場面を目撃。 その場で婚約破棄を告げられる。 その美貌を翳らせて、悲しみに暮れるシェイラ。 だが、その心の内は歓喜に沸いていた。 身の丈に合った平穏な暮らしを望むシェイラは この婚約を破棄したいとずっと願っていたのだ。 ようやくこの時が来たと内心喜ぶシェイラだったが、 その時予想外の人物が現れる。 なぜか王太子フェリクスが颯爽と姿を現し、 後で揉めないように王族である自分が この婚約破棄の証人になると笑顔で宣言したのだ。 しかもその日以降、 フェリクスはなにかとシェイラに構ってくるように。 公爵子息以上に高貴な身分である王太子とは 絶対に関わり合いになりたくないシェイラは 策を打つことにして――? ※設定がゆるい部分もあると思いますので、気楽にお読み頂ければ幸いです。 ※本作品は、エブリスタ様・小説家になろう様でも掲載しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...