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4章
難問
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二人の夫人がお勤めを終えて自室に帰っていくと、クリスティーナはソファで大きな伸びをした。
「ふふ、なんだかすっきりしたわね」
そう言って笑うクリスティーナは、晴れやかな顔をしている。
「ありがとう、アイリーン」
「いえ、私は当然のことを言っただけです。あんな失礼な方々、侍女の役目を果たしているとは思えませんし、解雇した方が良いのでは?」
私が同僚である侍女たちに対して怒りが収まらないでいると、クリスティーナは首を振った。
「人事に関しては、わたくしが決められるものではないのよ。あのお二方の旦那様だけれど、ディアリング伯爵は皇室の財務を担当している方で、オルウィン侯爵はヒューの側近なの」
「あの性格悪さで、皇子殿下側近の奥様を……?」
「まぁ、アイリーンったら。でも、確かにそうね。奥様に性格は関係ないのかしら」
「性格を考慮されてあれってことはないかと」
侯爵様と伯爵様ともなれば、普通に考えて側室の方が何名もいらっしゃるのだろう。
ユリシーズが変わっているだけで、上級貴族ともなれば何人もの奥様を養ってたくさんの子どもを持つものだ。ということは、安らぎを与えてくださる奥様は他にいらっしゃるのかしら、なんて想像をしてしまうけれど。
「お城の仕事は住み込みで働かなければいけないから、夫婦で暮らしてもらうの。お子様がいれば一緒に滞在もできるのよ。奥様が日中に暇を持て余してしまって過去に色々と問題が起きたのだそうで、何かしら仕事をしていただくことになっていてね。侍女という名の話し相手は、その中でも王道のお仕事といったところかしら」
「話し相手というお仕事なのですから、無礼でないご夫人に来ていただきたいものですね」
私が苦言を呈すると、クリスティーナは「そうよね」と苦笑いをした。
「そういえば、戦後すぐだったと思ったけれど、ヒューがオルブライト伯爵を護衛のお仕事に誘って断られたと言っていたわ」
「そういえば、ユリシーズから皇室で働くことも可能だと言われたことがあります。結局、日中に私と一緒にいられない仕事はしないと結論を出したようでしたが」
日中に離れ離れになって夜しか会えないとなると、ノクスばかりが私に会ってしまって不公平だから嫌だとディエスが言っていたのだったわ……。
「あらあら。オルブライト伯爵は、アイリーンと四六時中一緒にいたいのね」
「その時点で、外で働く気はなさそうですよね」
「戦争であれだけ功績を上げ続けたのだから、いまはそうしてアイリーンに癒されているくらいがちょうどいいのよ、きっと」
クリスティーナは、ユリシーズに昼と夜の人格があることを知らない。
戦争の時にクリスティーナの前に現れたのは、恐らく昼と夜の混ざった『黒魔術』を施したユリシーズだったのだと思う。
「もしもユリシーズを呼んで、皇子殿下の護衛につけたら……公爵様はユリシーズに手出しができなくなりますか?」
「……どうかしら。毒くらいは盛れそうだけれど」
クリスティーナ、実の父が何かしらの手段を使って遠隔から毒を盛るタイプだと認識している。
……私がここで毒を盛られていないのが奇跡のように感じてきたわ。
「皇子殿下は、権力を使って皇室に影響を及ぼしている公爵様のことを問題視していました」
「ええ、そうでしょうね」
「私たち、公爵様をなんとかしなくてはいけないのではないでしょうか?」
「なんとかって、どうするつもり? お父様は私兵や暗殺専門の部隊など、物騒な人材をたくさん抱えているのよ?」
多分、オルブライト家に来たのがその手の人たちだったと思うのだけれど……ユリシーズにあっさり見破られて撃退されていた。
人狼の嗅覚と聴覚を前にしたら暗殺専門の部隊でさえ太刀打ちできないのだと思う。
だけどそれではいつまで経っても公爵様本人は無傷なまま。雇われている人たちがどんどん捕まっていくだけだ。
「公爵様をおびき寄せるためには、何をしたらいいのでしょうか?」
「……お父様を、おびき寄せる?」
あの人は切り捨てられる部下を使ってユリシーズを追いつめようとしている。
このままの状態が続くとすれば、皇子殿下とユリシーズはずっと公爵様の動きを見張っていなくてはいけない。
「直接話をさせたいのです。皇子殿下と、ユリシーズに」
「お父様は、まともな交渉を期待するのは難しい人よ?」
クリスティーナの言う通りだと思う。公爵様を引っ張り出したところで事態が変わるかといえば難しそうだ。
「でも、このままじゃ皇子殿下もユリシーズも、私たちも、公爵様のことばかりを気にして前を向けないと思うのです」
「……ヒューは、お父様の影響力が無くなれば、少しは変わるのかしら?」
「恐らく」
クリスティーナは難しい顔をした。
よく知っているからこそ、公爵様に歯向かうのが怖いのだと思う。
「でもわたくし、お父様の権力で皇室にいるのよ?」
「……!」
そうだった。クリスティーナは……公爵様の後ろ盾がなくなっても皇室に留まることができるのだろうか。
「ごめんなさい、アイリーン。分かってはいるのだけれど、考えさせて。どうしても、お父様の影響力がなくなった自分が想像できないの」
「そう、ですよね……」
肝心なところが抜けていた。
クリスティーナと皇子殿下との関係を良くしようとばかり思っていたけれど、公爵様の影響がなくなれば、クリスティーナは皇后を目指せなくなってしまう可能性があるのね……。
つまり、ただ公爵様を追いつめるだけじゃダメってこと……。
クリスティーナの地位を守りながら公爵様に勝手をさせないようにするのって、どうすればいいの?
「ふふ、なんだかすっきりしたわね」
そう言って笑うクリスティーナは、晴れやかな顔をしている。
「ありがとう、アイリーン」
「いえ、私は当然のことを言っただけです。あんな失礼な方々、侍女の役目を果たしているとは思えませんし、解雇した方が良いのでは?」
私が同僚である侍女たちに対して怒りが収まらないでいると、クリスティーナは首を振った。
「人事に関しては、わたくしが決められるものではないのよ。あのお二方の旦那様だけれど、ディアリング伯爵は皇室の財務を担当している方で、オルウィン侯爵はヒューの側近なの」
「あの性格悪さで、皇子殿下側近の奥様を……?」
「まぁ、アイリーンったら。でも、確かにそうね。奥様に性格は関係ないのかしら」
「性格を考慮されてあれってことはないかと」
侯爵様と伯爵様ともなれば、普通に考えて側室の方が何名もいらっしゃるのだろう。
ユリシーズが変わっているだけで、上級貴族ともなれば何人もの奥様を養ってたくさんの子どもを持つものだ。ということは、安らぎを与えてくださる奥様は他にいらっしゃるのかしら、なんて想像をしてしまうけれど。
「お城の仕事は住み込みで働かなければいけないから、夫婦で暮らしてもらうの。お子様がいれば一緒に滞在もできるのよ。奥様が日中に暇を持て余してしまって過去に色々と問題が起きたのだそうで、何かしら仕事をしていただくことになっていてね。侍女という名の話し相手は、その中でも王道のお仕事といったところかしら」
「話し相手というお仕事なのですから、無礼でないご夫人に来ていただきたいものですね」
私が苦言を呈すると、クリスティーナは「そうよね」と苦笑いをした。
「そういえば、戦後すぐだったと思ったけれど、ヒューがオルブライト伯爵を護衛のお仕事に誘って断られたと言っていたわ」
「そういえば、ユリシーズから皇室で働くことも可能だと言われたことがあります。結局、日中に私と一緒にいられない仕事はしないと結論を出したようでしたが」
日中に離れ離れになって夜しか会えないとなると、ノクスばかりが私に会ってしまって不公平だから嫌だとディエスが言っていたのだったわ……。
「あらあら。オルブライト伯爵は、アイリーンと四六時中一緒にいたいのね」
「その時点で、外で働く気はなさそうですよね」
「戦争であれだけ功績を上げ続けたのだから、いまはそうしてアイリーンに癒されているくらいがちょうどいいのよ、きっと」
クリスティーナは、ユリシーズに昼と夜の人格があることを知らない。
戦争の時にクリスティーナの前に現れたのは、恐らく昼と夜の混ざった『黒魔術』を施したユリシーズだったのだと思う。
「もしもユリシーズを呼んで、皇子殿下の護衛につけたら……公爵様はユリシーズに手出しができなくなりますか?」
「……どうかしら。毒くらいは盛れそうだけれど」
クリスティーナ、実の父が何かしらの手段を使って遠隔から毒を盛るタイプだと認識している。
……私がここで毒を盛られていないのが奇跡のように感じてきたわ。
「皇子殿下は、権力を使って皇室に影響を及ぼしている公爵様のことを問題視していました」
「ええ、そうでしょうね」
「私たち、公爵様をなんとかしなくてはいけないのではないでしょうか?」
「なんとかって、どうするつもり? お父様は私兵や暗殺専門の部隊など、物騒な人材をたくさん抱えているのよ?」
多分、オルブライト家に来たのがその手の人たちだったと思うのだけれど……ユリシーズにあっさり見破られて撃退されていた。
人狼の嗅覚と聴覚を前にしたら暗殺専門の部隊でさえ太刀打ちできないのだと思う。
だけどそれではいつまで経っても公爵様本人は無傷なまま。雇われている人たちがどんどん捕まっていくだけだ。
「公爵様をおびき寄せるためには、何をしたらいいのでしょうか?」
「……お父様を、おびき寄せる?」
あの人は切り捨てられる部下を使ってユリシーズを追いつめようとしている。
このままの状態が続くとすれば、皇子殿下とユリシーズはずっと公爵様の動きを見張っていなくてはいけない。
「直接話をさせたいのです。皇子殿下と、ユリシーズに」
「お父様は、まともな交渉を期待するのは難しい人よ?」
クリスティーナの言う通りだと思う。公爵様を引っ張り出したところで事態が変わるかといえば難しそうだ。
「でも、このままじゃ皇子殿下もユリシーズも、私たちも、公爵様のことばかりを気にして前を向けないと思うのです」
「……ヒューは、お父様の影響力が無くなれば、少しは変わるのかしら?」
「恐らく」
クリスティーナは難しい顔をした。
よく知っているからこそ、公爵様に歯向かうのが怖いのだと思う。
「でもわたくし、お父様の権力で皇室にいるのよ?」
「……!」
そうだった。クリスティーナは……公爵様の後ろ盾がなくなっても皇室に留まることができるのだろうか。
「ごめんなさい、アイリーン。分かってはいるのだけれど、考えさせて。どうしても、お父様の影響力がなくなった自分が想像できないの」
「そう、ですよね……」
肝心なところが抜けていた。
クリスティーナと皇子殿下との関係を良くしようとばかり思っていたけれど、公爵様の影響がなくなれば、クリスティーナは皇后を目指せなくなってしまう可能性があるのね……。
つまり、ただ公爵様を追いつめるだけじゃダメってこと……。
クリスティーナの地位を守りながら公爵様に勝手をさせないようにするのって、どうすればいいの?
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