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ego
テテュス
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結局、いつも通り若のパソコンを利用する方針で、神田聖司の家を特定した。学校の補習をサボることになってしまうが、まあ、日本語くらい読み書きできるし問題ないだろう。
「そういえばクリオス、上兄様にテテュス姉様が降りてきたことを報告しなければ」
「そうでした。コイオスどうします」
「ふむ、私が行きましょう。クリオスは姉様のお側に仕えなさい」
「了解です、コイオス」
「では、姉様方そういうことですので」
そう言うと、白い翼を広げて上昇し、
山の方へ飛び去っていった。なんかこう、隠し事をされているような気がするのだけど、あえてそこは、口には出さない。隠すということは、知られたくないというわけだし、無理に詮索するのも良くないだろう。
「ところでヒルデ、この大きな建築は一体どういう様式なのでしょう」
テテュスが、都市部の高層ビルを指差して聞いてきた。
「これ、うーん様式とはちょっと違うのだけど、言うなれば、耐震高層様式かしら。よくわからないわ。それはそうと、忘れていたのだけど貴女、服なんとかしないとね」
テテュスの服は、神っていう感じの白いワンピースのような服で、肌が少し透けて見える。しかし、大事なところはしっかりと守られているようなのでいいのだが、私もクリオスも今は、現代風な冬物のコートを羽織ったりしている。
「では、私が繕いましょう。物体があってこその影、テテュス姉様のために幻影にて今時の服を作って見せます」
「まぁ、頼もしい」
「便利ね、あんた」
若が通帳さえなくさなければ、このゴスロリを着ずに済んだのに。今はコートで上半身が隠れ、一見フリルのスカートを履いているだけに見えるのが、せめてもの救いではないだろうか。
クリオスが、慣れた手つきでロングコートを作り上げると、それをテテュスが羽織った。
「黒いのは、我慢して下さい。影ですので」
「いいえ、素敵な上着、ありがとう。クリオス」
「さ、行きましょう」
そびえ立つ、ビルの森の奥へ奥へ進んで行く。
「こんなところに家なんてあるのかしら」
「姉様、およそご想像されている様式では無いと思います。若様によると、マンションと言う建物だそうです」
「マンション?」
「はい」
マンションと言う聞きなれない建物に行かなくてはいけないらしいのだが、
「これか」
「これは、ショッピングセンターです」
「これか」
「いえ、ここはオフィスです」
「どれも同じじゃないか」
どれも同じ建物に見える。しかし周りを見渡せば、人々は、自分の目的の建物に出たり入ったり迷うことなく、行き来している。
「どれが、マンションなの」
「ここです」
そこは、10階建ての高層物で、見上げてみても頂上は見えない。
「ここに、神田聖司が住んでるのね」
「はい、若様に貰った。地図に印が付いています。おそらくこの建物で間違いないでしょう」
「じゃあ、行きましょう」
あれ、テテュスがいない。来た道を戻るか。
「クリオス、テテュスはどこだ?」
「そう言えば、お姿がありませんね」
「引き返そう」
クリオスは、頷いて、私の後を静かについて来た。一体どこで、はぐれてしまったのか。とその時、
「あら、どうなさいましたの」
「どうって、貴女の姿が見えなくなったから、探そうと思ったのよ」
テテュスは驚いたという風に、手を口にあてた。
「まぁ、そうでしたの。わたくし花を持ってきた方が良いかと思い、鉢に植えて持って来たのですよ」
私は、少し違和感を感じるが、たわいないことなので、そのまま流すことにした。確かに雪は、徐々に積もりつつあるが、それほどでもないし、別に持ってくるほどのことでもないと思ったのだ。
「ささ、日もだいぶ暮れて参りましたし、早く面倒ごとを済ませてしまいましょう」
そう言うとテテュスは、マンションの中に躊躇せず入っていった。
神田と書かれた扉を30分かけてようやく見つけた。その時には、陽がすっかり落ちて、すでに夜だ。
「これを押せばいいのかしら。あっでも、いや」
「ファイトです。姉様」
「任せなさい、私を誰だと思ってるの」
私は、ドアの中心に付いているキラキラ光っているものを押そうと手を伸ばすと、
「こちらを押した方が良いのでは」
とテテュスが、壁に取り付けられた小さな箱を指さす。
「だ、大丈夫よ。私は、そっちの方が正しいと、分かってたわよ。最初から」
あえて強がる。意味もないことだが、クリオスは、目を輝かせて「流石です姉様」と感嘆している。
「じゃ、じゃあ押すわね」
箱の下半分のスイッチと思われるボタンをカチッと押すと、
「ピンポーン」
「あ、鳴った」
やった。やったわ、私。流石よ私。などと感動する私の隣にいたクリオスが、スイッチを再び押す。
「ピンポーン」
「あは、楽しいです」
カチッ、ピンポーン。カチッ、ピンポーン。カチッ、ピンポーン。カチッ、ピンポーン。
「あはは、ははは。楽しいですねこれ」
すると、ドアが開いて、神田が出てきた。
「誰ですか。何度も何、ど、も」
「やっと出てきたわね。じゃない、こんばんは神田君、ごきげんよう」
「若田、なんで俺の家に、つか誰だその子ら」
「実は、この子が貴方に用があるそうなので、お連れしたのです」
神田は、背を向けて小声で、「まぁ入れよ。立ち話もなんだしさ」と言って奥へと消えた。私たちは、神田家にお邪魔した。
事の次第を話したが、やはりというか、仕方ないというか。神田は、この話を信じていない。すると、テテュスは、「説得する」と、私とクリオスは、廊下に出された。何でも、二人きりの方が、話しやすいと言う、なんとも曖昧な理由である。
「姉様、私も一つ、二人きりでしか話せない話があります」
「なに」
「あのテテュス姉様、何だか様子が変な気がするのです。外見は確かに、彼女のものですが・・・」
「中身が別人ね」
クリオスが、コクリと頷く。そう思うと二人きり二させない方が、良かったかもしれない。
「うわぁぁ」
神田の叫び声が、廊下まで響いてきた。
「姉様」
「ああ」
リビングの扉を開けると、そこには、テテュスが波でさらったはずの天使が、ナイフを神田の胸に突き立てていて、その向かいには、テテュスが倒れている。
「お前は」
「オペレーション クリア。帰還します」
天使は、ベランダのガラス戸を突き破って飛び去っていった。後には、天使の高笑いだけを残して。
「神田様の息はあります。外傷もありません。おそらく気を失っているだけかと」
「テテュスも同じよ。ただ、倒れた時に頭を打ったようね。額が赤くなってる」
天使は、まだ生きていた。波にさらわれ跡形もなく消えたと思っていたが、どういうことなのか、生き延びていたようだ。このまま、放っておくことは出来ない。オブザーバーとして、本職を真っ当しなければ。
「クリオス、悪いけどここ頼むわ。これ渡しとくから、後の対処は若の誘導に従って」
「では、姉様は」
「奴を追う」
「それでしたらこれを」
どこからともなく、イカロスを差し出す。毎度のことだけれど、どこに仕舞ってあるのやら。
「もうひとつお願いがあるの」
「全部終わったら、コイオスと合流して、オケアノスを連れてきといて」
「ガッテンです」
日頃、テレビを見ていたせいか、いつの間にか、そんな言葉まで覚えていた。
「いってらっしゃいませ。ご武運を」
イカロスの装着を終え、ベランダから、ビルの森へと飛翔する。
空は自由だった。目の前にあるのはただの闇しかし、地上では、人々が年末の準備や店のセールで、午後9時だというのに、忙しそうだ。だが、上から見れば、ただの点が縦横無尽に行き来しているだけである。
「忙しいのは、私だけじゃないってことね」
奥に行けば行くほど、明るさも人けも増すばかりだが、明らかに一人だけ目立っている。そうあの天使だ。
「あんな所に、でもバレバレよね」
天使が隠れていたのは、人混みの中であった。しかし、天使の服装は、変わりないので見つけるのに、苦労することはなかった。私は、そっと近づいて取り押さえようと手を伸ばすと、見知らぬ誰かに、手を掴まれて天使に手が届かなかった。
「なにしてるの君、今あの人のカバン取ろうとしたでしょう。ちょっと交番まで、一緒に・・・」
すると、天使はこちらに気づいたのか、慌てて走って逃げた。
「あっ、ごめんなさい。今はそれどころじゃないから」
掴まれた手を強引にふりほどいて、天使を追いかけた。けれど、さっきの人も追いかけてくる。
「その腰に下げてるの何、危ないものだったらいけないから、渡しなさい」
何か叫びながら、追いかけてくる。青い人は、なかなか諦めない。私も天使を目視で確認したので、スピードを上げる。周りの人だかりを駆け抜ける。野次馬たちは、携帯端末を取り出して、何かを一斉に撮影しているが、今は、目の前の天使を追わなくては。
「待ちなさいよね」
「君、待ちなさい」
ゴスロリじゃなければ、もう少し速く走れるのだが、と思いながらも天使を追う私。それを追う青い人。その時、天使は、いきなり垂直に上昇した。イカロスはつけっぱなしだった。走れるのが遅かったのは、このせいもあるのだろうか。
「起動、フルスロットル」
私も、急いでイカロスをフルスロットルで起動させる。垂直上昇する天使をまだ、捉えて辛うじて捉えていた。
「逃がさない。あんたには聞きたいことが、山積みなのよ」
ビルとビルの間を蛇行して飛ぶ。確かこういう競技があったなあ。人が飛行機に乗って、障害物避けるみたいな競技が。などといらぬことを考えているうちに、少し広い場所に出た。交差点の上空である。どうやらここは、オフィス街らしく、企業の名が入った看板はあちらこちらにあるが、繁華街より人も少ないし、辺りも暗い。むしろ好都合だ。人目につかないことは、より戦いやすく、飛びやすい。だが、天使もタダでは捕まってくれない。それはわかっているが、天使は、器用なことに、ビルの柱から柱へと飛び移り、急な方向転換を繰り返していた。窓ガラスを割らないように、しっかりコンクリートの部分を蹴っている。その姿は、まるでゴムボールが、跳ね回っているようだ。
「小賢しい真似を」
「ついてこれますか?フッ、あなたには無理でしょうけど」
なーにこいつ、はーらーたーつ。
「良いわよ、やってやろうじゃない。イカロス、私に全部よこしなさい。私の意思で動くというのなら、最高のその先を」
黒かったイカロスの翼は、赤くなって火を吹いているようだった。速度はこれまでに感じたことのない速さで、身体にかかる負担は今までにないくらいだ。それでも、天使をがっちりと、羽交い締めにすると、ビルの壁ギリギリを上昇していく、そして屋上の「H」と書かれたところ辺りに、天使を投げ飛ばすと、天使の羽が片方折れてしまった。
「あちゃー、またやりすぎたかしら」
「私の翼をよくも」
ギリギリと歯ぎしりをしながら立ち上がり、小刀を構える。私の方はというと、イカロスが、ガス欠を起こして、機能停止となった。幸いなことに、怪我することもなく、屋上に降り立つ。生ぬるい風が吹き抜けた気がした。それは、室外機から送られた風だといことは、理解していても、冬の寒さより冷える悪寒は、初めてだ。なんだかんだ言って、邪神の時は、やはり根本が神なのか、優しさとか温かさが多少感じられたが、目の前の天使からは、
「聖」の力は何も感じない。むしろ、「死」の方が近い存在である。触れれば毒され、睨めば刺される。という死の象徴のような、天使が私を狙っている。
「貴女は殺します。あの方に逆らった報いです」
「あの方って誰のことかしら?」
「死に行く貴女が知る必要はありません」
会話の途切れが、戦闘開始の合図だった。あの天使の得意とする。敏捷さを生かした、短刀術を凌げばこちらにも勝機はあるのだが。前回の時は、力押しで負けたのだ。同じ手は使えない。
「さて、追い詰めたまでは良いけど、ここからどうする」
「消えなさい」
天使から振り下ろされた斬撃を、紙一重で避ける。続いて繰り出された回し蹴りを、体を後ろに反って天使の脚が私の顔面上の空を切る。
「避けるだけですか、その剣を使うまでもないと、舐められたものですね」
短刀を逆手で持ち、次から次へと、振り下ろす。そして、あの時と同じ、一際大きな振りが来た。入ってダメなら一歩引く。予想通り、振り下ろされた刃先は、擦りもせずに、屋上のコンクリートに突き刺さる。刺さった小刀は容易には抜けないらしく、天使は引き抜こうと必死である。が、その隙が、絶好のチャンス逃すわけには、いかない。今回は、峰打ちで仕留めなければならない。あの2人に何をしたのか、そして何の目的で地上に降りてきたのかを、問い詰めないと今後の活動に支障をきたすことになるだろう。
「これで最後にする。やあああ」
素早く懐に潜り、みぞおちに、剣の柄で重い一撃を、しっかりと撃ち込んだ。天使は、何とも情け無いやられ方だった。引っ張っても抜けない刀を、ずっと引き抜こうと奮闘していた。ところをやられたのだから、あまりにも間抜けと言うか、無様と言うか。
「後味悪いわね。・・・屋上ぼろぼろね、どうしよう」
「そんなときは、クリオスチャンス」
どこからともなく、クリオスの弾けた声が聞こえて来る。本当に出会った時と印象が、だんだん変わってきた。やはり、テレビのせいなのだろうか。
「あんた、どこから」
「先ほど、到着しました。夜になるとどうしても影が薄くなってしまうので、私自身明るくしていないと、姉様に気づいてもらえないと思いまして」
「それも、幻影の特性なのね」
「そうですとも、でもこのテンションきついんですよねー」
なんか、ぼやき始めた。クリオスに確認したいことがあったのを思い出したので、クリオスに確認を取る。
「ねえ、オケアノスとコイオスにちゃんと、伝えてくれた?」
「バッチリです。OK僕ちゃんです」
OK僕ちゃん?なんか、微妙に違うような、そうだったような。
「今は、テテュス姉様と神田様を看病していらっしゃいますよ」
「そう、じゃあこの子、縛って連れて帰りますか」
私がそう言うと、クリオスが両手のひらを合わせて、黒い紐のような物を作り出し、器用に天使をがっちりミノムシ状態にしてしまった。手際の良さに呆然とした。
「手際良いわね、あんた」
「クリオス褒められて、1ポイントゲット」
この子大丈夫かしら。ただそんなクリオスの声が明るいのか、背にした月が明るいのか、比べてみるのだった。
「似た者同士ね」
結論、暗闇の中で一際輝こうとする月も、夜中は影が薄くなり、無理に存在感を保とうとするクリオスも、私には同じに思えた。しかし、そんなふうに、気持ちだけでも明るい方が、幸せなのかもしれない。私は、クリオスの方に向かって微笑み、
「さあ、戻ってもう一仕事しないとね」
「それでこそです。姉様」
この仕事も楽じゃないけど、悩むよりまず、笑うが良い。ということか。1人納得して、クリオスに掴まれて、地上に降り立ち、帰路についた。
「そういえばクリオス、上兄様にテテュス姉様が降りてきたことを報告しなければ」
「そうでした。コイオスどうします」
「ふむ、私が行きましょう。クリオスは姉様のお側に仕えなさい」
「了解です、コイオス」
「では、姉様方そういうことですので」
そう言うと、白い翼を広げて上昇し、
山の方へ飛び去っていった。なんかこう、隠し事をされているような気がするのだけど、あえてそこは、口には出さない。隠すということは、知られたくないというわけだし、無理に詮索するのも良くないだろう。
「ところでヒルデ、この大きな建築は一体どういう様式なのでしょう」
テテュスが、都市部の高層ビルを指差して聞いてきた。
「これ、うーん様式とはちょっと違うのだけど、言うなれば、耐震高層様式かしら。よくわからないわ。それはそうと、忘れていたのだけど貴女、服なんとかしないとね」
テテュスの服は、神っていう感じの白いワンピースのような服で、肌が少し透けて見える。しかし、大事なところはしっかりと守られているようなのでいいのだが、私もクリオスも今は、現代風な冬物のコートを羽織ったりしている。
「では、私が繕いましょう。物体があってこその影、テテュス姉様のために幻影にて今時の服を作って見せます」
「まぁ、頼もしい」
「便利ね、あんた」
若が通帳さえなくさなければ、このゴスロリを着ずに済んだのに。今はコートで上半身が隠れ、一見フリルのスカートを履いているだけに見えるのが、せめてもの救いではないだろうか。
クリオスが、慣れた手つきでロングコートを作り上げると、それをテテュスが羽織った。
「黒いのは、我慢して下さい。影ですので」
「いいえ、素敵な上着、ありがとう。クリオス」
「さ、行きましょう」
そびえ立つ、ビルの森の奥へ奥へ進んで行く。
「こんなところに家なんてあるのかしら」
「姉様、およそご想像されている様式では無いと思います。若様によると、マンションと言う建物だそうです」
「マンション?」
「はい」
マンションと言う聞きなれない建物に行かなくてはいけないらしいのだが、
「これか」
「これは、ショッピングセンターです」
「これか」
「いえ、ここはオフィスです」
「どれも同じじゃないか」
どれも同じ建物に見える。しかし周りを見渡せば、人々は、自分の目的の建物に出たり入ったり迷うことなく、行き来している。
「どれが、マンションなの」
「ここです」
そこは、10階建ての高層物で、見上げてみても頂上は見えない。
「ここに、神田聖司が住んでるのね」
「はい、若様に貰った。地図に印が付いています。おそらくこの建物で間違いないでしょう」
「じゃあ、行きましょう」
あれ、テテュスがいない。来た道を戻るか。
「クリオス、テテュスはどこだ?」
「そう言えば、お姿がありませんね」
「引き返そう」
クリオスは、頷いて、私の後を静かについて来た。一体どこで、はぐれてしまったのか。とその時、
「あら、どうなさいましたの」
「どうって、貴女の姿が見えなくなったから、探そうと思ったのよ」
テテュスは驚いたという風に、手を口にあてた。
「まぁ、そうでしたの。わたくし花を持ってきた方が良いかと思い、鉢に植えて持って来たのですよ」
私は、少し違和感を感じるが、たわいないことなので、そのまま流すことにした。確かに雪は、徐々に積もりつつあるが、それほどでもないし、別に持ってくるほどのことでもないと思ったのだ。
「ささ、日もだいぶ暮れて参りましたし、早く面倒ごとを済ませてしまいましょう」
そう言うとテテュスは、マンションの中に躊躇せず入っていった。
神田と書かれた扉を30分かけてようやく見つけた。その時には、陽がすっかり落ちて、すでに夜だ。
「これを押せばいいのかしら。あっでも、いや」
「ファイトです。姉様」
「任せなさい、私を誰だと思ってるの」
私は、ドアの中心に付いているキラキラ光っているものを押そうと手を伸ばすと、
「こちらを押した方が良いのでは」
とテテュスが、壁に取り付けられた小さな箱を指さす。
「だ、大丈夫よ。私は、そっちの方が正しいと、分かってたわよ。最初から」
あえて強がる。意味もないことだが、クリオスは、目を輝かせて「流石です姉様」と感嘆している。
「じゃ、じゃあ押すわね」
箱の下半分のスイッチと思われるボタンをカチッと押すと、
「ピンポーン」
「あ、鳴った」
やった。やったわ、私。流石よ私。などと感動する私の隣にいたクリオスが、スイッチを再び押す。
「ピンポーン」
「あは、楽しいです」
カチッ、ピンポーン。カチッ、ピンポーン。カチッ、ピンポーン。カチッ、ピンポーン。
「あはは、ははは。楽しいですねこれ」
すると、ドアが開いて、神田が出てきた。
「誰ですか。何度も何、ど、も」
「やっと出てきたわね。じゃない、こんばんは神田君、ごきげんよう」
「若田、なんで俺の家に、つか誰だその子ら」
「実は、この子が貴方に用があるそうなので、お連れしたのです」
神田は、背を向けて小声で、「まぁ入れよ。立ち話もなんだしさ」と言って奥へと消えた。私たちは、神田家にお邪魔した。
事の次第を話したが、やはりというか、仕方ないというか。神田は、この話を信じていない。すると、テテュスは、「説得する」と、私とクリオスは、廊下に出された。何でも、二人きりの方が、話しやすいと言う、なんとも曖昧な理由である。
「姉様、私も一つ、二人きりでしか話せない話があります」
「なに」
「あのテテュス姉様、何だか様子が変な気がするのです。外見は確かに、彼女のものですが・・・」
「中身が別人ね」
クリオスが、コクリと頷く。そう思うと二人きり二させない方が、良かったかもしれない。
「うわぁぁ」
神田の叫び声が、廊下まで響いてきた。
「姉様」
「ああ」
リビングの扉を開けると、そこには、テテュスが波でさらったはずの天使が、ナイフを神田の胸に突き立てていて、その向かいには、テテュスが倒れている。
「お前は」
「オペレーション クリア。帰還します」
天使は、ベランダのガラス戸を突き破って飛び去っていった。後には、天使の高笑いだけを残して。
「神田様の息はあります。外傷もありません。おそらく気を失っているだけかと」
「テテュスも同じよ。ただ、倒れた時に頭を打ったようね。額が赤くなってる」
天使は、まだ生きていた。波にさらわれ跡形もなく消えたと思っていたが、どういうことなのか、生き延びていたようだ。このまま、放っておくことは出来ない。オブザーバーとして、本職を真っ当しなければ。
「クリオス、悪いけどここ頼むわ。これ渡しとくから、後の対処は若の誘導に従って」
「では、姉様は」
「奴を追う」
「それでしたらこれを」
どこからともなく、イカロスを差し出す。毎度のことだけれど、どこに仕舞ってあるのやら。
「もうひとつお願いがあるの」
「全部終わったら、コイオスと合流して、オケアノスを連れてきといて」
「ガッテンです」
日頃、テレビを見ていたせいか、いつの間にか、そんな言葉まで覚えていた。
「いってらっしゃいませ。ご武運を」
イカロスの装着を終え、ベランダから、ビルの森へと飛翔する。
空は自由だった。目の前にあるのはただの闇しかし、地上では、人々が年末の準備や店のセールで、午後9時だというのに、忙しそうだ。だが、上から見れば、ただの点が縦横無尽に行き来しているだけである。
「忙しいのは、私だけじゃないってことね」
奥に行けば行くほど、明るさも人けも増すばかりだが、明らかに一人だけ目立っている。そうあの天使だ。
「あんな所に、でもバレバレよね」
天使が隠れていたのは、人混みの中であった。しかし、天使の服装は、変わりないので見つけるのに、苦労することはなかった。私は、そっと近づいて取り押さえようと手を伸ばすと、見知らぬ誰かに、手を掴まれて天使に手が届かなかった。
「なにしてるの君、今あの人のカバン取ろうとしたでしょう。ちょっと交番まで、一緒に・・・」
すると、天使はこちらに気づいたのか、慌てて走って逃げた。
「あっ、ごめんなさい。今はそれどころじゃないから」
掴まれた手を強引にふりほどいて、天使を追いかけた。けれど、さっきの人も追いかけてくる。
「その腰に下げてるの何、危ないものだったらいけないから、渡しなさい」
何か叫びながら、追いかけてくる。青い人は、なかなか諦めない。私も天使を目視で確認したので、スピードを上げる。周りの人だかりを駆け抜ける。野次馬たちは、携帯端末を取り出して、何かを一斉に撮影しているが、今は、目の前の天使を追わなくては。
「待ちなさいよね」
「君、待ちなさい」
ゴスロリじゃなければ、もう少し速く走れるのだが、と思いながらも天使を追う私。それを追う青い人。その時、天使は、いきなり垂直に上昇した。イカロスはつけっぱなしだった。走れるのが遅かったのは、このせいもあるのだろうか。
「起動、フルスロットル」
私も、急いでイカロスをフルスロットルで起動させる。垂直上昇する天使をまだ、捉えて辛うじて捉えていた。
「逃がさない。あんたには聞きたいことが、山積みなのよ」
ビルとビルの間を蛇行して飛ぶ。確かこういう競技があったなあ。人が飛行機に乗って、障害物避けるみたいな競技が。などといらぬことを考えているうちに、少し広い場所に出た。交差点の上空である。どうやらここは、オフィス街らしく、企業の名が入った看板はあちらこちらにあるが、繁華街より人も少ないし、辺りも暗い。むしろ好都合だ。人目につかないことは、より戦いやすく、飛びやすい。だが、天使もタダでは捕まってくれない。それはわかっているが、天使は、器用なことに、ビルの柱から柱へと飛び移り、急な方向転換を繰り返していた。窓ガラスを割らないように、しっかりコンクリートの部分を蹴っている。その姿は、まるでゴムボールが、跳ね回っているようだ。
「小賢しい真似を」
「ついてこれますか?フッ、あなたには無理でしょうけど」
なーにこいつ、はーらーたーつ。
「良いわよ、やってやろうじゃない。イカロス、私に全部よこしなさい。私の意思で動くというのなら、最高のその先を」
黒かったイカロスの翼は、赤くなって火を吹いているようだった。速度はこれまでに感じたことのない速さで、身体にかかる負担は今までにないくらいだ。それでも、天使をがっちりと、羽交い締めにすると、ビルの壁ギリギリを上昇していく、そして屋上の「H」と書かれたところ辺りに、天使を投げ飛ばすと、天使の羽が片方折れてしまった。
「あちゃー、またやりすぎたかしら」
「私の翼をよくも」
ギリギリと歯ぎしりをしながら立ち上がり、小刀を構える。私の方はというと、イカロスが、ガス欠を起こして、機能停止となった。幸いなことに、怪我することもなく、屋上に降り立つ。生ぬるい風が吹き抜けた気がした。それは、室外機から送られた風だといことは、理解していても、冬の寒さより冷える悪寒は、初めてだ。なんだかんだ言って、邪神の時は、やはり根本が神なのか、優しさとか温かさが多少感じられたが、目の前の天使からは、
「聖」の力は何も感じない。むしろ、「死」の方が近い存在である。触れれば毒され、睨めば刺される。という死の象徴のような、天使が私を狙っている。
「貴女は殺します。あの方に逆らった報いです」
「あの方って誰のことかしら?」
「死に行く貴女が知る必要はありません」
会話の途切れが、戦闘開始の合図だった。あの天使の得意とする。敏捷さを生かした、短刀術を凌げばこちらにも勝機はあるのだが。前回の時は、力押しで負けたのだ。同じ手は使えない。
「さて、追い詰めたまでは良いけど、ここからどうする」
「消えなさい」
天使から振り下ろされた斬撃を、紙一重で避ける。続いて繰り出された回し蹴りを、体を後ろに反って天使の脚が私の顔面上の空を切る。
「避けるだけですか、その剣を使うまでもないと、舐められたものですね」
短刀を逆手で持ち、次から次へと、振り下ろす。そして、あの時と同じ、一際大きな振りが来た。入ってダメなら一歩引く。予想通り、振り下ろされた刃先は、擦りもせずに、屋上のコンクリートに突き刺さる。刺さった小刀は容易には抜けないらしく、天使は引き抜こうと必死である。が、その隙が、絶好のチャンス逃すわけには、いかない。今回は、峰打ちで仕留めなければならない。あの2人に何をしたのか、そして何の目的で地上に降りてきたのかを、問い詰めないと今後の活動に支障をきたすことになるだろう。
「これで最後にする。やあああ」
素早く懐に潜り、みぞおちに、剣の柄で重い一撃を、しっかりと撃ち込んだ。天使は、何とも情け無いやられ方だった。引っ張っても抜けない刀を、ずっと引き抜こうと奮闘していた。ところをやられたのだから、あまりにも間抜けと言うか、無様と言うか。
「後味悪いわね。・・・屋上ぼろぼろね、どうしよう」
「そんなときは、クリオスチャンス」
どこからともなく、クリオスの弾けた声が聞こえて来る。本当に出会った時と印象が、だんだん変わってきた。やはり、テレビのせいなのだろうか。
「あんた、どこから」
「先ほど、到着しました。夜になるとどうしても影が薄くなってしまうので、私自身明るくしていないと、姉様に気づいてもらえないと思いまして」
「それも、幻影の特性なのね」
「そうですとも、でもこのテンションきついんですよねー」
なんか、ぼやき始めた。クリオスに確認したいことがあったのを思い出したので、クリオスに確認を取る。
「ねえ、オケアノスとコイオスにちゃんと、伝えてくれた?」
「バッチリです。OK僕ちゃんです」
OK僕ちゃん?なんか、微妙に違うような、そうだったような。
「今は、テテュス姉様と神田様を看病していらっしゃいますよ」
「そう、じゃあこの子、縛って連れて帰りますか」
私がそう言うと、クリオスが両手のひらを合わせて、黒い紐のような物を作り出し、器用に天使をがっちりミノムシ状態にしてしまった。手際の良さに呆然とした。
「手際良いわね、あんた」
「クリオス褒められて、1ポイントゲット」
この子大丈夫かしら。ただそんなクリオスの声が明るいのか、背にした月が明るいのか、比べてみるのだった。
「似た者同士ね」
結論、暗闇の中で一際輝こうとする月も、夜中は影が薄くなり、無理に存在感を保とうとするクリオスも、私には同じに思えた。しかし、そんなふうに、気持ちだけでも明るい方が、幸せなのかもしれない。私は、クリオスの方に向かって微笑み、
「さあ、戻ってもう一仕事しないとね」
「それでこそです。姉様」
この仕事も楽じゃないけど、悩むよりまず、笑うが良い。ということか。1人納得して、クリオスに掴まれて、地上に降り立ち、帰路についた。
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