angel observer

蒼上愛三(あおうえあいみ)

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ego

思惑

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 ここは、森の中。そうオケアノスの心象の世界である。天使を捕らえて、クリオスと2人繁華街の裏路地を抜けて、神田聖司のマンションの一室に戻ってきたのだ。そこには、ソファに寝かされたテテュスと、それを介抱しているコイオス、バルコニーから月を見上げる、オケアノスがいた。
「おかえりなさいませ」
「いろいろとありがとう」
「いえ、これぐらい何てことありません」
「ところで、神田君は」
「あの少年は、自室で眠ってもらっています。しばらくは、目を覚ましません。その方が、都合がいいでしょう」
「そうね。余計なことを言って、不安にさせるのも面倒だし」
と、私もバルコニーに出た。少しオケアノスに用があっためだ。
「ねぇ、聞いてもいいかしら」
「何をだね」
「天使ってどういう存在なの?」
「どこまで知っている?」
うーむ、確か天使は、泥人形だとか何とか。コイオスとクリオスが言っていたような。
「泥人形の話かしら」
「基礎は理解しているということか。なら私は、天使の使用法を語るとしよう。天使の生い立ちは、知っての通り泥人形だ。私たち、つまり神は、天使を使役し、私たちの代わりに下界に降ろして、仕事をさせる。大まかな流れは、こんなものだ。天使はそもそも・・・」
 天使はそもそも、自我が無い。感情は、確かにあるが、それは状況を読んで取るある種の機械的な行動である。神の信仰度合いによって、天使の性能が異なり、より強い信仰の加護があれば、より強力な天使を保有できる。普通は、神一人に対して、天使一体が一般的である。神は、天使のポテンシャルを最大限引き出す方が、燃費が良く長期間稼働する。しかしまれに、複数体保有している神もいるという。複数体所持する。利点は、仕事効率上昇、分かりやすく言えば、分担作業で、一度に仕事を終わらせられるのだ。だが複数体保有するとなると、個体ごとによって性能が違い、元のスペックも一体のエリート天使の1割にも満たないのだとか。そういたこともあいまって一体のエリートを生み出す方が、好まれる。コイオスとクリオスにいたっては、2人いるので天使を作るまでも無いという。
 天使には、自我は無く本来、備わっていないのだ。故に今回のケースは、非常に珍しいと言えるだろ。とオケアノスから話しを聞かされたわけだが複数の天使の関与が疑われているそうだ。
「今回の騒動、いつに無く厄介になるかもしれない」
「というと?」
「ああ、天使が1日に2度出現したということは、テテュスの攻撃凌いだか、2人は、別人だったかのどちらかしかない。前者の可能性はほぼ0だ。ならば、我々は、複数の敵を相手にしなければならない。つまり、持久戦を強いられるということだ」
そうなると、こちらはかなり不利だ。戦力が圧倒的に足りないのだ。
「まあ、とりあえず、捕らえた天使から情報を引き出すのが、最善だろうさ」
「そうね」
まずは、敵の情報を得なければならない。そうでなくては、いざという時に混乱を引き起こす可能性があるからだ。素直に話しては・・・、くれないか。と先ほどの闘いの時の天使の性格上、快くとはいかないだろうなと、私は、思った。
「さて、始めよう」
すると、オケアノスは、大きなミノムシの背中に手を押し込んで、何か石のような物を取り出した。
「ねぇ、何・・・してるの?」
一瞬、背筋が凍りつく。
「何って、君見てわからないのか?情報を引っ張り出したのだが」
「えっ、それが情報」
オケアノスが、頭を抱えて唸る。
「ああそうか。奴らは、メモリーについて何も説明してないのか」
メモリー?一体何のことだか、という顔をしていると、彼のため息が、いつも通り、吐き出される。
「はぁー。メモリーというのはだな、人間で言う脳だ。天使の場合は、宝石を使うことが多い。質の良いものだと、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド、トパーズなどだな。例外的に、大理石、鐘乳石、琥珀などか。おや、私としたことが、1番上質なものを忘れていたとは、聖塊石。主にこんなものだ。この天使の物は・・・・・」
「どうした」
オケアノスは、黙ったまま自分の手の中に握られたものを見つめている。何も言わずにただ沈黙が流れるが、私も知りたい。そこで私はこの急かすように、説明を要求した。
「ねぇちょっと、早く説明しなさいよ」
「すまない。私の想定外の事態が起こった。この天使のメモリーは、木だ。それもとても希少な、原初の木通称、『智恵樹』」
「何それ」
「『智恵樹』と言うのは、まあ通称だが、原初の木は、そうだな。アダムとイヴに登場する。始まりの木の実、今では、リンゴだの、くるみだの多数の説があるのだが、その始まりの木の実のなる木が、原初の木と言われている。これを使えば、知恵が備わりより高位な天使の創造が可能だ」
「天使にこれを付けるのは珍しいの」
「普通は、手にさえ入らないものだ。加えて、知恵が備わることがどういうことか、君に分かるかな」
知恵が備わる。うーん。言われてみれば、難しい質問ね。ただ賢くなる訳では、無いだろうし、あっそうか。
「記憶が出来るようになるとか」
「ふむ、少し違うな、知恵を得るとまず、獲得するのは、自我だ。自己の存在を明確に意識するようになる。そして、感情というより生物的な脳の働きをし、他者とのコミュニケーションをとるようになる」
自我が形成されることによって、より生き物に近づくということか。
「君が捕らえたこの天使にも、そういった感情めいたものが、垣間見えたのではないか?」
そう問われ、先の戦闘を思い返す。確か、「剣を使わないのか」とか、「なめられたものだ」とか言っていたっけ。
「どうやら、その顔は、何か思い当たる節があるようだな。となると、テテュスの言う妹は、あいつのことか」
「何1人で納得してるのよ」
オケアノスは、1人納得している。だが、私にはさっぱりわからない。
「すまない。だが、改めて確信した。
今回の件は、手を引くことを勧める」
「どうして?」
「その妹は、邪神化していない。いたって健全と思われる。根拠としては、第一に天使を使役していること、第二に、一度も姿を見ていないことだ。あともう一つ根拠が揃えば、私の予測は、確かなものとなる」
するとコイオスが、やって来て奥で寝ていた神田が目を覚ましたと告げた。
「様子は?」
「はい、脈拍、体温、血圧等全て正常です。ただ、感情の起伏が薄いですね。出会った時とは別人のようです」
隣で聞いていたオケアノスが、「やはり」と、小さく呟いた。
「何か解ったの」
「全くこれは最悪な展開だな」
「何が言いたいの、はっきり言ってよ」
「分からないのか、その天使がその少年に突き立てた小刀は、命を奪うものではなく」
「感情を奪うもの」
「そうだ。そして、感情は先程話した通り、自己形成に大切なものだ。このままでは、彼は木偶のままだな」
なんてことだ。それでは、ただの人形と変わりないというのか。彼は人間だ。ちょっと照れ屋で、おばあちゃん子で、花を愛する彼が、もう・・・。
居ても立っても居られず、神田の部屋へと駆けた。
「姉様」
「神田、・・・あっ」
そこに居たのは、抜け殻もしくは、マネキン。言葉を失った。二、三言葉を交わしただけだったが、私にも分かる。彼は死んでいる。身体的な意味ではなく、精神的な面で。
「君はどうする。彼を救うか?」
「このまま放っておけない」
「だが、彼の感情が死んでいるように見えるが、そうではない。奪われた。この際適切なのは、攫われたんだ」
「攫われた、じゃあ」
「ああ、取り戻せるかもしれない。彼の心を。じきにテテュスも目を覚ますだろう。その時に、対策を取ろう」
私たちは、神田を横に寝かせて部屋をあとにした。リビングでは、テテュスが、ひどくうなされていた。それを心配そうに、クリオスが見守っている。
こちらは、こちらで酷い有様だ。それもこれも全て、
「気にやむ必要はありません。テテュス姉様は、己で行動を起こした。その結果がどうであれ、これはテテュス姉様の判断です」
コイオスが、辛辣に語る。いかにもコイオスらしい考え方である。だがその結果に関わってしまったことは、変えようのない事実なのだから、全く責任がないとは言えないのだ。
「兄様、私は直ちに行動を起こすべきと考えます」
クリオスが立ち上がって、オケアノスに進言した。テテュスは姿を見かねてのことだろう。すると、テテュスが、先程より一層苦しみ出して、首を手で押さえている。
「おい、様子がおかしいぞ」
見ると、口から泡を吹き出し始めると次は、白眼になって顔から血の気が失せ出した。
「いかんな、クリオスの言う通り、直ちに行動を開始する。頼んだぞクリオス」
「了解です。さあ姉様手を」
クリオスから差し出された手のひらを握ると、オケアノスも同じようにクリオスの手を掴む。
「コイオスは、待機。テテュス本体を護衛してくれ」
「了解です兄様」
「行きます。手を離さないでくださいね。影で逸れると、影に取り込まれて帰れなくなりますから」
 水に溶けるように、熱に溶けるように、テテュスの影に突入する。影の中は、真っ暗だが暖かい。自分の身体以外は、クリオスの小さな手のひらしか見えない。やがて一筋の光が、目前に近づいて、広がる。眼を細めて光を見つめた。
「到着です。あれ姉様、姉様」
「どうやらはぐれてしまったようだな」

 そのころ、私は、見慣れた場所に寝ていた。荒れた土地、崩れた建物、人のいない街。ここがテテュスの心象。いや違う、ここは、
「アーバン デクライン」
改めて確認するように、街の名を口にした。そうここは、人類が二分化された世界、私の元いた世界。そして、私という存在が異物である世界だ。ここの住人には、私の姿は見えない。旧人も新人も、よくという概念が、脳を支配し、理性を取り除いた生物がはびこっている。
 そうだ、クリオスとオケアノスは。と辺りを見回すが、姿は見えない。はぐれてしまったのか。いや、現にこうして生きてはいるようだし、向こうは向こうで無事なはずだ。今はそう信じるしかない。そう言えば、ずっと放置していたが、この世界の新人が、居住している空中庭園の書庫から、かつて、勝手に持ち出した本をいまだに持っていた。なぜ持ち去ったのか、忘れてしまったが、おそらく誰にも気づかれない自信があったのだろう。その本のページは、確か全て白紙だったことは覚えている。ここに来たのも何かの縁だし、返す前にもう一度、本を開けてみるのもいいかもしれない。
 手にとった本の最初のページを開けると、そこには『angel database』と書かれている。
「んっ、こんなの見たことないぞ」
また1ページ、1ページとめくっていくと次々に驚きの内容だった。
「こっこれは。うあっ」
唐突に左手の甲の痣が、脈打つように輝き出す。
「導け」
口から勝手にそんなことを呟いていく。
「導け」
「示めせ、我が道標」
そして、右手に持っていた本のページがバサバサっと音を立ててあるページで止まると、そのページに書かれている天使が現れた。
「導きの天使、ただいま現界しました。マイゴッド。さて、行き先はどちらに?」
「あっああ、クリオスとオケアノスの所に・・・頼む」
私はたぶん眼を丸くしていたに違いないが、とりあえず行き先は、はじめから決まっていたので、問題なしである。
「うん、よろしい。前のGodは、屈強なgentlemanでしたが、今回は、pretty and cuteですね」
「はあ」
私は、どうやらハズレを引き当てたかもしれない。お先真っ暗である。
「では、Let's go」
このテンション、乗るか、乗られるかええいままよ、
「yeahーー」
「あっそういうの、いいです」
えーーー。そういうのいいです。とても冷めてるわ。私の心が特に。
 そうこうしているうちに、やってきた場所は、やはり人並み外れたスタジアム。
「このコロッセウムのドアは、実は1つじゃないんですよ」
あっ普通に戻ってる。
「いくつもあってどこにでも繋がれる。しかし一度迷えば、出口が見えない迷宮に迷い込んだも同然。ゴッドなら大丈夫でしょうけど」
そう言って、天使は1つのドアを開け中に躊躇うとこなく入った。
「あっちょっ、待って」
そのあとを急いでついていく。この扉の向こうに解が待っているのか、問いが待っているのかは、分からないけど今の私には、早急に答えを出すことは出来ない。だが、目の前を迷いなく歩く天使についていくことで、何かを得られる気がしているのは、確かである。今回は、どうも誰かの思惑に上手く嵌っているようにも薄々感じるのだ。
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