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ego
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扉を開けると、そこは、薄暗い空間に繋がっていた。1人ど真ん中の椅子を陣取り、踏ん反っている人物がいる。
「はーい、いらっしゃいませー。私が本物の、神ことムネモシュネちゃんでーす。拍手ぅ。あっあと、ここ天使立ち入り禁止なので、えいっ」
ムネモシュネと名乗った彼女は、指で銃の形を作ると、「バーン」と打つふりをした。すると、前にいた導きの天使が、私の本に吸い込まれるようにいなくなった。すこし戸惑ったが、
「少し席を外してもらました。心配ありません」
と軽く言うが、実際のところ本当に大丈夫なのだろうか。
「心配性ですねぇ、あっ間違えました。お優しいのですね。たかが人形1体を大事にするなんて。子供ですか?寂しがりやかなぁ?」
好き勝手に、よく喋る。まだ私は、一言も口に出してはいないが、
「でもよくここまでこれましたね。もう少し時間がかかると思っていたのですが、計算違いしてしまいました。失敗、失敗。テヘッ」
独り言が多いと、早死にするとかなんとか、小ジワが増えるだったかもしれない。
「ハイそこ、静かに」
彼女が、ビシッと私に指をさす。
「私を誰だと思っているんですか?末っ子にして、美しい、いえ、神界1の美しさを誇るムネモシュネちゃんですよ。早死にとか、小ジワが増えるだとか、そんなうるさい小者キャラじゃありません」
んー。小者かなぁ。そう思うと、彼女を見ているのに耐えられたくなる。貶しているようで、褒めている。怒っているようで、ふざけている。そんな風な彼女の語り癖を独特だと思う私なのである。目も当てれないとは、このことなのかもしれないと、少し眼を細めた。
「やめてぇ、そんな憐れむような顔しないでぇ、お願い、お願いだから、お願いします」
涙目で訴える彼女に免じて、元の表情
に戻すと、
「なーんて、ぜーんぜん。気にもなりませんでした」
「ごめんね。邪魔したわ。それじゃ」
付き合ってられない。そう私は、部屋を間違えたんだ。あの天使が扉を選び間違えたに違いないのだ。でなければ、あんな見るからに変な性格した者が待っているものか。
「待って、待って。ストップ、ストップ。ハウス、ハウス。行かないデェー」
スカートの裾をわりと強く引っ張って、私をその場引き止めた。はぁー。
「わかったわ。でも1つだけ聞かせて。貴女がテテュスを襲ったの」
「フフッ、フフフフフ。ええそうですよ。私が姉さんを襲いました」
彼女はめいいっぱい顔を近づけてくるので、互いの息が感じられる。
「だって、姉さんたら救うだの助けるだの無駄なことばかり言うんですもの。人間なんて欲を満たすためならなんでもする野蛮な生き物ですのにね」
「それでも、害を為すことはいけないことじゃないの」
嫌いだから、いらない者だからなくしてしまえなんて考えは、許されるべきでない。
「私は、精神を司る神、ムネモシュネ。耳をすませてごらんなさい。私も花の声を、願いを聞きました。人間に踏みにじられた。花々たちの叫びあなたに分かりますか?」
ムネモシュネは、悔しそうに唇を噛む。花の願い、テテュスが聞き届けたのも一輪の花の願い。
「私は、そこで彼、神田 聖司さんの花を愛する心を、他の人間たちに植えつける計画を立てました。しかし貴女とテテュスが邪魔をした」
ギリッと歯をくいしばる音とともに鋭い目つきで、こちらを睨む。
「私たちも花の願いを叶えるために彼を守っていた。それが悪だというの。いいえ、それは悪じゃない。テテュスの、花の祈りだ」
「祈りー。そんな甘ったるい願いを毎回、毎回叶えていたら、神様としてやっていけません。神は、時に優しく、時に厳しくあるべきなのです」
「すべての人が、悪いわけじゃないのは、貴女もわかってるはずでしょ」
「はっ、笑わせないでください。神は平等、水平、均等。皆さんには、それ相応の報いを等しく、満遍なく受けてもらいます。神田 聖司さんには、そのためにあらかじめ犠牲となってもらいました」
神田君が、生贄だとでもいうのか?そんな矛盾を彼女が気づいていないはずがない。ならば、どうしてそこまで人間を憎むのか?考えろ私、思考を巡らせ。
「あらー、もうおしまいですかー」
「はっ、そうか」
「何をぶつぶつと」
「本当は、優しいんでしょう。花がとか、人間がとか、関係なくただ優しくて仕方がない。だから、人間たちに花を好きになって欲しかった。花を愛する温もりを伝えたかっただけなのでしょう」
「何を言い出すかと思ったら、これだから日向育ちの連中は」
そして、ムネモシュネは中央に立つとどこからか、湾刀を2本取り出し、軽く素振りをして、私にその切っ先を突きつけた。
「もうお話をしていても仕方ないわ。貴女と私どちらが、この世界で正しいか、はっきり決めてあ・げ・る」
戦いは避けたかったが、どうしてもこうなってしまうというのなら、私は、
「私は、貴女を止める」
本当は、とても優しい貴女に理解してもらうまで、何度でも立ち向かう。私はそう心に誓い、鞘から聖剣を抜刀しいつもの構えで、ムネモシュネを迎え撃つ。
「「ハァァァー」」
ただの鉄でない剣同士が、ぶつかり合い碧い炎をあげて、戦いの幕開けを告げた。
一方、クリオスとオケアノスは、途方に暮れていた。
「はあ、どこまでいっても浜ですね、兄様」
「ああ、だが、いづれ出口に着くだろうよ。終わりのない世界は無い。長年生きてきて私は、強くそう思うよ」
「そうですね」
テテュスの心象世界は、見渡す限りの浜辺。南国のように暑く、海の水はどこまでも清らかに澄んでいる。しかし歩けども歩けども出口は、見えないかった。
「兄様、1つよろしいでしょうか」
2人は、一度立ち止まりその場に座り込んで、クリオスが話し出す。
「私たち、同じところを永遠に歩いていないでしょうかね?」
すると、クリオスは、立ち上がって走り出していった。
「あまり遠くへは・・・」
「兄様」
オケアノスの後ろには、さっき走り去った。クリオスが、Vサインをして立っている。
「やはりこの空間は、テテュスの心象世界では無いようです」
「罠か?」
クリオスは静かに頷き、海の方を眺めた。
「彼女が危ない」
「はい」
すると、海が左右に分かれ底が、露わになる。その真ん中を歩いている人物に、2人は、見覚えがあった。
「ごきげんよう。わたくしのせいであなたたちに迷惑をかけてしまいましたね」
「テテュス何故ここに?」
「ええ、わたくしの中に入ろうとしていた。どこかの方々の反応が、わたくしの心象から軌道を外して行くものですから」
「それは、こちらも手間をかけたな」
テテュスは首を横に振り、
「本来なら救いを与えるのは、わたくしの役目。であるのに、わたくし救いを与えられる日が来ようとは、ムネモシュネは、優しい子です。ただその方法がわたくしと違ってしまった」
「はい、あの子が救いを与える方法を誤った捉え方をした事は、とても残念です。しかし、テテュス姉様、今は姉様、ヒルデ姉様は、無事なのでしょうか」
テテュスは、うつむいて苦い表情を浮かべ、絞り出すように2人に伝えた。
「ヒルデさん、ムネモシュネ両2名の生体反応は、ありません。概ねの見当は、できます。おそらくどちらかの心象の奥深く、隔離空間にいのでは無いでしょうか」
オケアノスは、おもむろに海の裂け目を歩き出す。
「兄様?」
「考えても仕方ない。テテュスがここから来たのなら、ここから出ればいい、現実世界に帰還した後、彼女の心象に潜り込む」
「隔離空間はデリケートな部分です。傷つければ、精神面でどのような影響があるかわからないのですよ」
「それでも、兄様と私は、姉様を助けに行きます」
テテュスは、ため息を吐いて、「仕方ありませんね」と言って、さらに海水を引き裂いた。
私は、聖剣を操り、ムネモシュネは、湾刀を舞うように扱う。端から見れば、示し合わせたような演舞をしているように見えるだろう。そう思えるほど、彼女の剣戟は受けやすい。だが逆に、決定的な一打を繰り出すには、なんとも微妙なのであった。
「フフッ、なんだか楽しいですね。殺し合いをしているのに、ダンスパーティーに来た気分です」
ムネモシュネも同じ感覚に陥っているらしい。重なり合う鉄と鉄が互いに削る音と当たっては、飛び散る火花が、さらにステージの追加効果としては申し分ない。剣を振るう私たちは、笑みをこぼしていた。それはある種、異様な光景であるのは言うまでの無かった。
「楽しいか?私は、真剣なのだけ、ドッ」
振り払った剣も、鮮やかなほど躱されてしまう。こちらはこちらで、流すようにしなやかな凌ぎを披露する。
「真剣ですか。そうですね、私も真面目にやってますが、ネッ」
ムネモシュネは、左の湾刀を後ろに跳躍したのと同時に、投げ付けてきた。
それを下から上へと弾く。剣戟の舞台ショーは、ここで一時中断した。
「趣向を変えましょう。せかっくのダンスパーティーなら観客がいないとです。カモン、我欲にまみれた天使ども」
ムネモシュネの号令がこの空間に響き、反芻して何度も繰り返し聞こえる。と、ムネモシュネの背後から1体また、1体その数は、十を超え、百を超え、千を超えた。
「なんて数なの」
「驚きましたか。私は精神を操る神、ならばこれくらいのことは、朝ごはんいえ、寝起き前です」
朝飯前を通り越して、寝起き前だと。
ふざけ過ぎだ。
「そんなことは、置いておいてやってしまいなさい。お前たち」
出てきた天使は皆、各々固有の武器を持っているようだ。剣も槍も弓もブーメランでさえいるようだ。すると、1人のとても体型の良いマッシブな褐色スキンヘッドな、お近づきになりたくない天使No. 1に入りそうな天使が、列の前まで出張って来て、背負っている黒い筒を私に向けると、筒が機械音とともに回転しだした。
「まずい」
爆音と同時にその筒が牙を剥く。『GaGaGaGaGaーーーーー』
ガッガトリング砲だー。あわわわわ。
「あわわわわ」
「ははは、いい反応ですね。2つの意味で、私は道化にはなれそにも無いので、羨ましい限りです」
「ちょっと、飛び道具なんて弓ぐらいにしときなさいよ。卑怯じゃない。危な、ひゃ、うわっ」
「まあ、私が楽しいので、オーケーです」
満面の笑みで、返事をする彼女に何も言えなくなった。むしろ文句を言う気力が失せた。というのも、この砲火をこのまま避け続けのは無理だ。加えて非効率なのも明白である。何かいい方法はないだろうか。その時、導きの天使との会話を思い出す。
『扉はどことでも繋がっているのですよ』
ならば、と近くにあるドアノブを回し扉はを押し開けた。ジャングル?青々と生い茂る木々、まさしく密林と呼ぶに相応しい。
「アッ」
ドア閉め忘れた。気づいたときには、時すでに遅し、天使たちが我先にと、ドアから押し寄せてくる。しかし、どうしても天使を斬り伏せることが、出来なかった。蹴り飛ばしたり、殴りつけたりが精一杯だった。そして次のドアを抜ける。
それから、いくつドアを抜けたかわからなくなった頃、見慣れた部屋に出てきた。
「あれ、お嬢さんどうしたの?まだ学校なんじゃ」
部屋に入ると、柔らかい若の声を聞いて、その場に座り込んだ。どうやら心象の世界から出てきたようだ。それよりも、心象ってドアで繋がっていたのかと、新たな発見に驚きを隠せない。
「あれあれ、大丈夫かい」
「ええ大丈夫よ。少し疲れただけだから」
その時、若のPCから警報音が鳴り響く。
「なんだって、お嬢さんコール反応多数、都市部全域に拡散」
若は、テレビの電源を入れた。
〈ただいま入りましたお知らせです。都市部全域で大きな地震及び、火災が多数通報されています。避難警報が発令されました。繰り返します、避難警報が〉
「大変な事になってきたね。僕は、真理亜を迎えに行ってくるよ。君は」
「私は行くわ。覚悟を決めなくちゃね」
天使や神がもたらす。物理的被害は、天災として人間たちに認識される。今回ばかりは、天使たちの命を奪う事になっても、人間を助けなくては。覚悟しろ私、初めからこの道しかなかったんだ。と自らを鼓舞して事務所を出た。
「とりあえず、コイオスのところに行こう」
今は、戦力が欲しい。1人でも多く。クリオス、オケアノス、テテュスのことも、心配だが彼らならきっと無事だろう。クリオスは、影の多彩な製造スキルがあるし、オケアノスは、申し分ない戦士だ。テテュスの本体がどのような状況かは分からないが、コイオスが付いている。
神田 聖司のマンションに辿り着くと、そこの住人であろう人々が一階のラウンジから次々に出て行く姿が見えた。そして、いきなり隣の建物が、火炎とともに燃え上がり、爆発を起こした。入り口にいた人たちは、たちまち、爆風の餌食となり吹き飛ぶ。
「そんな、なんで」
これがムネモシュネのしたかったことなのか。すると隣で、
「こんなはずじゃない。天使にはあなただけを狙うようにしていたのに、なぜ、どうして」
「ムネモシュネ」
彼女は、泣き崩れて冷たい地面に涙をこぼした。だが、ムネモシュネは突然苦しみ出して、目から血を流して手を指し出すが、その手を取ることはできずに、体が黒く変色して行く。
「ガッ、はあ、アァアアア。痛い、怖い、辛い、熱い、苦しい、これ・・・が、思念の逆流」
「ねぇ、大丈夫よね。ね」
声をかけても返事はなく、帰ってきたのは、2本の湾刀の斬撃のみだった。
「キャア」
不意打ちであったため、数メートルほど吹き飛ばされる。とそこには、テテュスが、悲しげな表情で、ムネモシュネを見つめていた。
「あれが邪神なのですね」
私は、否定したかったし、認めたくなかったが、どこからどう見ても彼女は邪神となってしまっていた。
「わたくしは、救うことしかできません。そのあとの導きはできませんが、わたくしにしかできないことを」
「私もこの剣に誓って、彼女を解放してみせる」
「遅くなってすまなかった。上空の敵は私と」
「私、コリオスが蹴散らしましょう」
みんな。オケアノスもコイオスもクリオスも無事だったようだ。
「落ちる涙は笑みに、痛みは癒やしに、我テテュスの願いを持って、救いを与え給え」
祈るように、硬く結んだテテュスの手から、一つの壺が取り出され、その中身の蜜を垂らした。すると、先ほど爆風に飛ばされた人たちが、息を吹き返した。
「生き返った。よかった」
「怪我の方はわたくしが介抱致しますので、妹をお願いします」
「わかった。必ず助けるわ」
「では、私も行ってくる。ふっ」
オケアノスが、力強く飛びったって行く。あとは、私とコリオスだけだが、
「コリオス?」
「幻覚のコイオス、幻影のクリオス、そして、その最上位たるコリオスが命ず。幻想よここに、出でよ、ヘカントケイル」
「ただいま参上、我を呼ぶのは如何なる者か?ああ、姐さんか、久方ぶりの召喚、腕が鳴りますなあ」
50の頭と100の腕を持った巨人が、楽しそうに語る。こちらとしては、少し不気味である。
「ヘカントケイル、露払いをお願い」
「了解でさぁ」
100本の腕で天使たちを掴みにかかるヘカントケイルは、端から見ると、虫を手づかみするかのようだった。
「それでは、姉様、私も天使を一掃してまいります」
コイオスとクリオスが融合したコリオスは、背中に純白の翼を広げて、しなやかに戦場へと飛翔した。そして私も、
「Vuuuuuu」
「唸っているだけじゃ、その願いは伝わらないわよ」
聖剣を地に刺す。
「先日のようにはいかないかもだけど、我、ここにありしかの命、原初の光は真理の中に、誉れの力はこの剣に、今こそ邪を絶ち、義を正せ」
左手の傷が光と熱を宿し、それに呼応して、聖剣も輝きを増していく。
「それじゃあ派手に行くわよ、覚悟なさい」
湾刀を構え待ち受ける邪神化したムネモシュネの懐に勢いよく飛び込んだ。
「はーい、いらっしゃいませー。私が本物の、神ことムネモシュネちゃんでーす。拍手ぅ。あっあと、ここ天使立ち入り禁止なので、えいっ」
ムネモシュネと名乗った彼女は、指で銃の形を作ると、「バーン」と打つふりをした。すると、前にいた導きの天使が、私の本に吸い込まれるようにいなくなった。すこし戸惑ったが、
「少し席を外してもらました。心配ありません」
と軽く言うが、実際のところ本当に大丈夫なのだろうか。
「心配性ですねぇ、あっ間違えました。お優しいのですね。たかが人形1体を大事にするなんて。子供ですか?寂しがりやかなぁ?」
好き勝手に、よく喋る。まだ私は、一言も口に出してはいないが、
「でもよくここまでこれましたね。もう少し時間がかかると思っていたのですが、計算違いしてしまいました。失敗、失敗。テヘッ」
独り言が多いと、早死にするとかなんとか、小ジワが増えるだったかもしれない。
「ハイそこ、静かに」
彼女が、ビシッと私に指をさす。
「私を誰だと思っているんですか?末っ子にして、美しい、いえ、神界1の美しさを誇るムネモシュネちゃんですよ。早死にとか、小ジワが増えるだとか、そんなうるさい小者キャラじゃありません」
んー。小者かなぁ。そう思うと、彼女を見ているのに耐えられたくなる。貶しているようで、褒めている。怒っているようで、ふざけている。そんな風な彼女の語り癖を独特だと思う私なのである。目も当てれないとは、このことなのかもしれないと、少し眼を細めた。
「やめてぇ、そんな憐れむような顔しないでぇ、お願い、お願いだから、お願いします」
涙目で訴える彼女に免じて、元の表情
に戻すと、
「なーんて、ぜーんぜん。気にもなりませんでした」
「ごめんね。邪魔したわ。それじゃ」
付き合ってられない。そう私は、部屋を間違えたんだ。あの天使が扉を選び間違えたに違いないのだ。でなければ、あんな見るからに変な性格した者が待っているものか。
「待って、待って。ストップ、ストップ。ハウス、ハウス。行かないデェー」
スカートの裾をわりと強く引っ張って、私をその場引き止めた。はぁー。
「わかったわ。でも1つだけ聞かせて。貴女がテテュスを襲ったの」
「フフッ、フフフフフ。ええそうですよ。私が姉さんを襲いました」
彼女はめいいっぱい顔を近づけてくるので、互いの息が感じられる。
「だって、姉さんたら救うだの助けるだの無駄なことばかり言うんですもの。人間なんて欲を満たすためならなんでもする野蛮な生き物ですのにね」
「それでも、害を為すことはいけないことじゃないの」
嫌いだから、いらない者だからなくしてしまえなんて考えは、許されるべきでない。
「私は、精神を司る神、ムネモシュネ。耳をすませてごらんなさい。私も花の声を、願いを聞きました。人間に踏みにじられた。花々たちの叫びあなたに分かりますか?」
ムネモシュネは、悔しそうに唇を噛む。花の願い、テテュスが聞き届けたのも一輪の花の願い。
「私は、そこで彼、神田 聖司さんの花を愛する心を、他の人間たちに植えつける計画を立てました。しかし貴女とテテュスが邪魔をした」
ギリッと歯をくいしばる音とともに鋭い目つきで、こちらを睨む。
「私たちも花の願いを叶えるために彼を守っていた。それが悪だというの。いいえ、それは悪じゃない。テテュスの、花の祈りだ」
「祈りー。そんな甘ったるい願いを毎回、毎回叶えていたら、神様としてやっていけません。神は、時に優しく、時に厳しくあるべきなのです」
「すべての人が、悪いわけじゃないのは、貴女もわかってるはずでしょ」
「はっ、笑わせないでください。神は平等、水平、均等。皆さんには、それ相応の報いを等しく、満遍なく受けてもらいます。神田 聖司さんには、そのためにあらかじめ犠牲となってもらいました」
神田君が、生贄だとでもいうのか?そんな矛盾を彼女が気づいていないはずがない。ならば、どうしてそこまで人間を憎むのか?考えろ私、思考を巡らせ。
「あらー、もうおしまいですかー」
「はっ、そうか」
「何をぶつぶつと」
「本当は、優しいんでしょう。花がとか、人間がとか、関係なくただ優しくて仕方がない。だから、人間たちに花を好きになって欲しかった。花を愛する温もりを伝えたかっただけなのでしょう」
「何を言い出すかと思ったら、これだから日向育ちの連中は」
そして、ムネモシュネは中央に立つとどこからか、湾刀を2本取り出し、軽く素振りをして、私にその切っ先を突きつけた。
「もうお話をしていても仕方ないわ。貴女と私どちらが、この世界で正しいか、はっきり決めてあ・げ・る」
戦いは避けたかったが、どうしてもこうなってしまうというのなら、私は、
「私は、貴女を止める」
本当は、とても優しい貴女に理解してもらうまで、何度でも立ち向かう。私はそう心に誓い、鞘から聖剣を抜刀しいつもの構えで、ムネモシュネを迎え撃つ。
「「ハァァァー」」
ただの鉄でない剣同士が、ぶつかり合い碧い炎をあげて、戦いの幕開けを告げた。
一方、クリオスとオケアノスは、途方に暮れていた。
「はあ、どこまでいっても浜ですね、兄様」
「ああ、だが、いづれ出口に着くだろうよ。終わりのない世界は無い。長年生きてきて私は、強くそう思うよ」
「そうですね」
テテュスの心象世界は、見渡す限りの浜辺。南国のように暑く、海の水はどこまでも清らかに澄んでいる。しかし歩けども歩けども出口は、見えないかった。
「兄様、1つよろしいでしょうか」
2人は、一度立ち止まりその場に座り込んで、クリオスが話し出す。
「私たち、同じところを永遠に歩いていないでしょうかね?」
すると、クリオスは、立ち上がって走り出していった。
「あまり遠くへは・・・」
「兄様」
オケアノスの後ろには、さっき走り去った。クリオスが、Vサインをして立っている。
「やはりこの空間は、テテュスの心象世界では無いようです」
「罠か?」
クリオスは静かに頷き、海の方を眺めた。
「彼女が危ない」
「はい」
すると、海が左右に分かれ底が、露わになる。その真ん中を歩いている人物に、2人は、見覚えがあった。
「ごきげんよう。わたくしのせいであなたたちに迷惑をかけてしまいましたね」
「テテュス何故ここに?」
「ええ、わたくしの中に入ろうとしていた。どこかの方々の反応が、わたくしの心象から軌道を外して行くものですから」
「それは、こちらも手間をかけたな」
テテュスは首を横に振り、
「本来なら救いを与えるのは、わたくしの役目。であるのに、わたくし救いを与えられる日が来ようとは、ムネモシュネは、優しい子です。ただその方法がわたくしと違ってしまった」
「はい、あの子が救いを与える方法を誤った捉え方をした事は、とても残念です。しかし、テテュス姉様、今は姉様、ヒルデ姉様は、無事なのでしょうか」
テテュスは、うつむいて苦い表情を浮かべ、絞り出すように2人に伝えた。
「ヒルデさん、ムネモシュネ両2名の生体反応は、ありません。概ねの見当は、できます。おそらくどちらかの心象の奥深く、隔離空間にいのでは無いでしょうか」
オケアノスは、おもむろに海の裂け目を歩き出す。
「兄様?」
「考えても仕方ない。テテュスがここから来たのなら、ここから出ればいい、現実世界に帰還した後、彼女の心象に潜り込む」
「隔離空間はデリケートな部分です。傷つければ、精神面でどのような影響があるかわからないのですよ」
「それでも、兄様と私は、姉様を助けに行きます」
テテュスは、ため息を吐いて、「仕方ありませんね」と言って、さらに海水を引き裂いた。
私は、聖剣を操り、ムネモシュネは、湾刀を舞うように扱う。端から見れば、示し合わせたような演舞をしているように見えるだろう。そう思えるほど、彼女の剣戟は受けやすい。だが逆に、決定的な一打を繰り出すには、なんとも微妙なのであった。
「フフッ、なんだか楽しいですね。殺し合いをしているのに、ダンスパーティーに来た気分です」
ムネモシュネも同じ感覚に陥っているらしい。重なり合う鉄と鉄が互いに削る音と当たっては、飛び散る火花が、さらにステージの追加効果としては申し分ない。剣を振るう私たちは、笑みをこぼしていた。それはある種、異様な光景であるのは言うまでの無かった。
「楽しいか?私は、真剣なのだけ、ドッ」
振り払った剣も、鮮やかなほど躱されてしまう。こちらはこちらで、流すようにしなやかな凌ぎを披露する。
「真剣ですか。そうですね、私も真面目にやってますが、ネッ」
ムネモシュネは、左の湾刀を後ろに跳躍したのと同時に、投げ付けてきた。
それを下から上へと弾く。剣戟の舞台ショーは、ここで一時中断した。
「趣向を変えましょう。せかっくのダンスパーティーなら観客がいないとです。カモン、我欲にまみれた天使ども」
ムネモシュネの号令がこの空間に響き、反芻して何度も繰り返し聞こえる。と、ムネモシュネの背後から1体また、1体その数は、十を超え、百を超え、千を超えた。
「なんて数なの」
「驚きましたか。私は精神を操る神、ならばこれくらいのことは、朝ごはんいえ、寝起き前です」
朝飯前を通り越して、寝起き前だと。
ふざけ過ぎだ。
「そんなことは、置いておいてやってしまいなさい。お前たち」
出てきた天使は皆、各々固有の武器を持っているようだ。剣も槍も弓もブーメランでさえいるようだ。すると、1人のとても体型の良いマッシブな褐色スキンヘッドな、お近づきになりたくない天使No. 1に入りそうな天使が、列の前まで出張って来て、背負っている黒い筒を私に向けると、筒が機械音とともに回転しだした。
「まずい」
爆音と同時にその筒が牙を剥く。『GaGaGaGaGaーーーーー』
ガッガトリング砲だー。あわわわわ。
「あわわわわ」
「ははは、いい反応ですね。2つの意味で、私は道化にはなれそにも無いので、羨ましい限りです」
「ちょっと、飛び道具なんて弓ぐらいにしときなさいよ。卑怯じゃない。危な、ひゃ、うわっ」
「まあ、私が楽しいので、オーケーです」
満面の笑みで、返事をする彼女に何も言えなくなった。むしろ文句を言う気力が失せた。というのも、この砲火をこのまま避け続けのは無理だ。加えて非効率なのも明白である。何かいい方法はないだろうか。その時、導きの天使との会話を思い出す。
『扉はどことでも繋がっているのですよ』
ならば、と近くにあるドアノブを回し扉はを押し開けた。ジャングル?青々と生い茂る木々、まさしく密林と呼ぶに相応しい。
「アッ」
ドア閉め忘れた。気づいたときには、時すでに遅し、天使たちが我先にと、ドアから押し寄せてくる。しかし、どうしても天使を斬り伏せることが、出来なかった。蹴り飛ばしたり、殴りつけたりが精一杯だった。そして次のドアを抜ける。
それから、いくつドアを抜けたかわからなくなった頃、見慣れた部屋に出てきた。
「あれ、お嬢さんどうしたの?まだ学校なんじゃ」
部屋に入ると、柔らかい若の声を聞いて、その場に座り込んだ。どうやら心象の世界から出てきたようだ。それよりも、心象ってドアで繋がっていたのかと、新たな発見に驚きを隠せない。
「あれあれ、大丈夫かい」
「ええ大丈夫よ。少し疲れただけだから」
その時、若のPCから警報音が鳴り響く。
「なんだって、お嬢さんコール反応多数、都市部全域に拡散」
若は、テレビの電源を入れた。
〈ただいま入りましたお知らせです。都市部全域で大きな地震及び、火災が多数通報されています。避難警報が発令されました。繰り返します、避難警報が〉
「大変な事になってきたね。僕は、真理亜を迎えに行ってくるよ。君は」
「私は行くわ。覚悟を決めなくちゃね」
天使や神がもたらす。物理的被害は、天災として人間たちに認識される。今回ばかりは、天使たちの命を奪う事になっても、人間を助けなくては。覚悟しろ私、初めからこの道しかなかったんだ。と自らを鼓舞して事務所を出た。
「とりあえず、コイオスのところに行こう」
今は、戦力が欲しい。1人でも多く。クリオス、オケアノス、テテュスのことも、心配だが彼らならきっと無事だろう。クリオスは、影の多彩な製造スキルがあるし、オケアノスは、申し分ない戦士だ。テテュスの本体がどのような状況かは分からないが、コイオスが付いている。
神田 聖司のマンションに辿り着くと、そこの住人であろう人々が一階のラウンジから次々に出て行く姿が見えた。そして、いきなり隣の建物が、火炎とともに燃え上がり、爆発を起こした。入り口にいた人たちは、たちまち、爆風の餌食となり吹き飛ぶ。
「そんな、なんで」
これがムネモシュネのしたかったことなのか。すると隣で、
「こんなはずじゃない。天使にはあなただけを狙うようにしていたのに、なぜ、どうして」
「ムネモシュネ」
彼女は、泣き崩れて冷たい地面に涙をこぼした。だが、ムネモシュネは突然苦しみ出して、目から血を流して手を指し出すが、その手を取ることはできずに、体が黒く変色して行く。
「ガッ、はあ、アァアアア。痛い、怖い、辛い、熱い、苦しい、これ・・・が、思念の逆流」
「ねぇ、大丈夫よね。ね」
声をかけても返事はなく、帰ってきたのは、2本の湾刀の斬撃のみだった。
「キャア」
不意打ちであったため、数メートルほど吹き飛ばされる。とそこには、テテュスが、悲しげな表情で、ムネモシュネを見つめていた。
「あれが邪神なのですね」
私は、否定したかったし、認めたくなかったが、どこからどう見ても彼女は邪神となってしまっていた。
「わたくしは、救うことしかできません。そのあとの導きはできませんが、わたくしにしかできないことを」
「私もこの剣に誓って、彼女を解放してみせる」
「遅くなってすまなかった。上空の敵は私と」
「私、コリオスが蹴散らしましょう」
みんな。オケアノスもコイオスもクリオスも無事だったようだ。
「落ちる涙は笑みに、痛みは癒やしに、我テテュスの願いを持って、救いを与え給え」
祈るように、硬く結んだテテュスの手から、一つの壺が取り出され、その中身の蜜を垂らした。すると、先ほど爆風に飛ばされた人たちが、息を吹き返した。
「生き返った。よかった」
「怪我の方はわたくしが介抱致しますので、妹をお願いします」
「わかった。必ず助けるわ」
「では、私も行ってくる。ふっ」
オケアノスが、力強く飛びったって行く。あとは、私とコリオスだけだが、
「コリオス?」
「幻覚のコイオス、幻影のクリオス、そして、その最上位たるコリオスが命ず。幻想よここに、出でよ、ヘカントケイル」
「ただいま参上、我を呼ぶのは如何なる者か?ああ、姐さんか、久方ぶりの召喚、腕が鳴りますなあ」
50の頭と100の腕を持った巨人が、楽しそうに語る。こちらとしては、少し不気味である。
「ヘカントケイル、露払いをお願い」
「了解でさぁ」
100本の腕で天使たちを掴みにかかるヘカントケイルは、端から見ると、虫を手づかみするかのようだった。
「それでは、姉様、私も天使を一掃してまいります」
コイオスとクリオスが融合したコリオスは、背中に純白の翼を広げて、しなやかに戦場へと飛翔した。そして私も、
「Vuuuuuu」
「唸っているだけじゃ、その願いは伝わらないわよ」
聖剣を地に刺す。
「先日のようにはいかないかもだけど、我、ここにありしかの命、原初の光は真理の中に、誉れの力はこの剣に、今こそ邪を絶ち、義を正せ」
左手の傷が光と熱を宿し、それに呼応して、聖剣も輝きを増していく。
「それじゃあ派手に行くわよ、覚悟なさい」
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