angel observer

蒼上愛三(あおうえあいみ)

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ego

ゼロの扉

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 心象に到達して、まず私は、驚きを覚えた。まさか、私の心象が、ここであるとは、
「アーバンデクライン」
文字通り、荒廃都市。砂の大地と研究浮遊都市インクイリィワールド。その中でもひときわ大きいのが、アクロポリスと呼ばれている。だがまあ、ここが心象だと言うのならとても慣れ親しんだ土地だし、なんてことないはずだ。浮遊島へ行くには、高速エレベーターに乗るしかないのだが、この施設は、稀にしか使用されない。新人が旧人の捕獲の際に使用するだけであるからだ。
 ここには、あらかた文明の産物が、錆び付いた状態で放置されていることがあるが、特に便利なのが、バイクである。砂漠仕様のジープも放置されていたこともあるが、バイクの方が場所を取らないし、隠しやすいので、旧人のおもちゃにされることもない。このバイクのエンジンまわりには、しっかり防塵対策が施されていて、デリケートな部分に布が巻かれていた。また、燃料に関しても問題ない。後部のコンテナから、ソーラーパネルが展開する使用で、走行中でも展開できる。その姿は、羽を広げているようにも見えるのだ。
 とにかく、そのバイクの隠し場所をまずは、目指し歩き出した。ニューヨークを彷彿させる。かつて高層ビル群と呼ばれていたであろう廃都市の交差点に差し掛かった時だ。ビルと瓦礫との間にできた路地に、一人の女性が、瓦礫に身を預けて座っているのを見つけた。この人は、どう見ても新人でもなく、旧人でもなかったので、少し気になり声をかけてみた。
「あの、大丈夫ですか?」
「んっ、誰?」
けだるそうに、こちらを確認すると、彼女は、微笑した。
「久しぶりに、まともな人と出会ったわ。周りは、猿ばかり私のことは、見えないみたいだけど、誰とも言葉を交わさないと言うのも、かなりの苦行よ」
「私は、ヒルデと呼ばれているものです。実際の名は、知らないのですが、こんなところで何を?」
「私?私はレア、息子を探しているのよ。ちょうどあなたと同じ年になる頃で、髪の色も・・・、貴女そっくり」
私の肩を掴んで、レアは、私の顔をまじまじと観察する。
「そっくりだわ。髪型は違えど確かにウチの息子に似ているわね」
「息子さんなんて名前なんです?」
「名前?ああ、ゼウスって言うのよ。私の最後の子、 七人産んで、六人夫に連れて行かれたの。あの子までいなくなったら、私、私」
その時、ひどい頭痛に襲われ、頭が締め付けられるような痛みが、私の体に電流を流したように背筋まで伝わった。加えて、目眩と立ち眩みもあいまって、その場に倒れた。
「うぅ、がああ」
「えっ、どうしたの。あなた大丈夫。ねぇ。しっ・・・・・」
レアという人が呼びかけているが、だんだん聞こえなくなる。意識が朦朧としているのだ。もう視界は暗い。そこで限界は来たのか、ぷつりと何かが途切れた。
 
 ここは、
「ゼウス眼が覚めたかい。おはよう」
「あら、起きたのね。ゼウス今朝ごはん作るわね」
前みたいな夢だ。あの二人は、・・・お父さんと、・・・お母さん?何で分かるんだろう。私には、両親はいないはずなのに。
 そこで夢が途切れ、現実の世界、いや、今は、心象の世界だったか。取り敢えず、目を覚ました。
「うう。いたっ」
起き上がると、頭がまだ締め付けられるように痛むが、先程に比べ幾分かましである。
「うなされていたわ」
「ごめんなさい」
「いいのよ。こんなこと久しぶりだったから、私って世話焼きなのよ。ああまた昔みたいに元に戻れたら」
廃墟建物の窓枠から覗く、どこまでも青い空を見つめて、レアはかつての記憶に思いを馳せているようだ。
「夢、見てたの」
「どんな?」
少し言葉を詰まらせて、私は言う。
「貴女の息子さんと同じ名前で、呼ばれて、貴女と男の人が、ゼウスおはよう、ご飯ができているからって」
レアは、目を大きく見開いて、右手で口を押さえた。
「ごめんなさい。グスッ。はぁあ、ごめんなさいね」
「私、何かその気に触ること」
「いいえ、違うのよ。やっぱり貴女どこかあの子と似ているわ」
そんなことを言って「さあ」と気持ちを切り換えたのか、意気込むレア。
「さあって」
「貴女、アクロポリスに用があるんでしょ」
「そうだけど、手伝ってくれるんですか」
「気まぐれよ。どうせ地上にいても情報は無いだろうし。アクロポリスにある対生物特定装置っていうのがあるらしくて、それを探すついで」
広大な荒野の旅になるので、話し相手がいるのは大いに助かる。しかし、それではなぜ、地上にいたのだろうか?先に、インクイリィワールドを探したほうが楽ではないのだろうか。
「改めまして、私はレア。母性の神。という訳で、よろしくね。ここに来てもう何年も経つけれど、神としての力が行使できないのよ。なんで、翼も出ない、世界の母親たちに愛を届けらない。それでここにずっと止まっていたの。誰かの心象の中だとは、一目見てわかったわ。でも、こんな歪んだ心象に心当たりがなかったから、下手に動けなかったのも事実よ」
そう言って、階段の方へ向かって歩いて行くレア。どこに行くというのか。
「そっちじゃ」
「下から見ても砂丘が邪魔でしょうが、飛べないんだから高いところから道筋を見ないといけないでしょう」
うっ、確かに。前来た時は、スタジアム周辺にいたのに、今回は、全く別の地点にいるようだ。面倒だが、私もイカロスは置いてきたし、空路での移動は、現実的ではない。
「うーん。かかって三日ってところね」
「徒歩で行くつもりなんですか」
「それ以外に何があるのよ」
笑って、さらりとレアは言った。しかし私には、あれがある。
「バイクとか」
「バイク?何それ精霊術は、使えないのよ」
「いや、バイクは精霊の名前じゃなくて、乗り物の名前です」
「のりもの?」
まあいいや、わからないなら乗せてしまえばいい。その方が、分かるだろう。
 防砂マフラーが、音を鳴らし砂塵を駆ける。だが、二酸化炭素は排出しないとてもエコなのだ。太陽光を浴びて、エネルギーは満タンの状態であった。〈Brooo〉アクセルをさらにかけて、小高い砂丘を乗り越えていく。
「こんな便利な物があるなんてね。人間も捨てたものでなもないわね」
レアは、少し楽しそうたった。そして途中、オアシスを見つけたので、今夜はここで休むとしよう。
「日も傾いてきたし、ここで今夜は休みましょう」
「わかったわ。ご苦労さま、ヒルデ」
「そんな、たいしたことじゃないよ」
砂丘に体を預けると、以外と温かくて気持ちいい。夜空には、星が降ってきそうなくらい、煌々と輝いている。
「この速さなら、明日にはたどり着けそうね」
「ええ」
「あなたといるととても不思議な気持ちになるわ。懐かしいことが、次々と蘇ってくる。楽しかったこと、悲しかったこと。4千年くらいこうして、人間たちを見守ってきたけれど、あなたのような人は、初めてよ。聞いてもらえる?」
「なんですか?」
「この心象、あなたのものでもない気がするわ」
「えっ」
いきなり何を言い出すのかと思えば、この心象は、私のものじゃない。それはどういうことなのだろうか。
「あなた優しいもの、ムネモシュネとそっくりなほど。私の息子は、いつも何かに怯えてたわ。確かに優しくはあったけど、温かさはなかったのよ」
「冷たい優しさ」
「そうよ」
「ここは、そんなあの子みたいな空間。新人には、新皮質しかない。旧人には、辺縁皮質しかない。といった極端な世界。やりたいことを好きなだけできることは、確かに人間の極上の幸福かもしれない。だけどね人間も神もそうじゃないでしょ。理性があって初めて、人類と呼べると私は思うのよ」
レアは、人間をとても愛しているようだった。私には、そこまで人を好きになれることができるだろうか。私には。思い描いた大切な人は、身近にたくさんいた。若も、真理亜も、水季も、神田も、コイオスとクリオスであってもいいだろうし、オケアノスとテテュスだって大切にしたい。
「どうやら、あなたにもたくさんいるようでなによりだわ。ウフフッ」
まさしく、母と言うような笑い方をするレア。そんなレアでも、一番に思っているのは、やはり息子ゼウスのことなのだろう。
「でもね、母さん。大好きな人に裏切られることが一番辛いんだよ」
足先の方から、冷たい少年の声が聞こえた。
「誰?」
「ゼウス、ゼウスなの」
「ああそうさ、母さんはずっと僕を探してくれていたんだね。でも隣のやつは気に入らないなあ」
ゆらゆらとこちらに向かってくる。
「その体、返してもらうよ」
「さっぱり、話しが見えてこないのだけれど」
「いいんだよ、別に」
ゼウスは、槍を構えた。槍には、いくつかの宝玉が嵌め込められている。私もすぐさま、剣を構えた。
「私を倒しても得なことは、何もないと思うけど」
都県を振りかざした時に、レアが私の背中にしがみついた。
「何をするのだ」
「ごめんなさいね。でもあの子だけはダメなの」
「グッ、離れろ」
腕を硬く締めていく。私はレアに気を取られていた。
「ありがとう、母さん」
「うぐっ」
伸ばされた槍は、私だけでなくレアをも貫かれていた。
「さあ、返してもらおうか」
 体が、沈む。辺りは闇だ。しかし冷たいのと、口から吹き出す泡が、ここが水の中だと教えてくれる。どこまでも溶けていくように、ゆっくりとじっくりと、この液体が、染み込んでくるようだ。体は動かない。流れに身を任せて落ちて行くだけ。と一筋の光。宇宙が弾けて、集まってを繰り返すこと百億年。地球が生まれて、生命が誕生して、人類が生まれるまでは、比べ物にならない時の流れ。なのに、人の流れは、とても遅く助けあったり、争ったり、発見したりを人々は、繰り返す。
「人間は、恐ろしい。神もまた恐ろしい」
さっきの少年が隣にいた。
「僕には、君を殺せない。君も僕を殺せない。だから僕は、君を取り込む。なら君は僕をどうするのかな?」
「わ」
どうやら、話すことができるようになったらしい。
「私は」
「ん?」
「私は、あなたを分かりたい。あなたが私だと言うのなら、私はあなただから」
暗い水のの中に、光が差した。少しばかりの沈黙の時。そして少年は口を小さく動かして、
「どうやら、僕の負けか。この空間に引きずり込むで、取り込めなかった時点で負けたのはわかっていたけどね」
スッと、少年は息を吸い込みはっきりと言う。
「僕は、君の過去。何が起こっていたとしても、目を背けないと誓うか?」
「ええ、私の過去がどんなものであっても受け入れるわ」
そう言った途端に、少年は、私の体に溶け出した。それと同時に、過去の記憶がありえない速さで、脳を駆け巡る。
「やっと、わかった。私が誰なのか。私が何者なのか」
そうだ。初めからわかっていたことだ。私は、私で他の誰でもない。
「私は・・・・」
若と出会ったのも私。邪神を浄化したのも私。ムネモシュネとの別れを悲しんだのも私だ。ならばここにいるのは、
「私、全知全能の神、ゼウス」
そう告げると、目の前には、脇腹を抑えているレアがいた。
「貴様、レアではないな。お前は何者か」
「くっ、まさか、まさか。戻ってきたとはな、褒めてやろう」
レアであった、人物はみるみるうちにあの男の姿になっていく。ムネモシュネを私の目の前で、殺した男だ。私は怒りを覚えたが、冷静になることに努めた。
「私は、クロノス。貴様の父にして、オリュンポスを滅ぼす者なり」
クロノスは、漆黒の翼を広げ宙に浮く。3メートルほど上昇すると、奴の背後に扉が現れた。
「この扉は、時空の扉にして、始まりの扉。その名も『ゼロの扉』私を殺したくば、追うが良い。ハッハッハッハ、ハーッハハハハ」
「待て」
すると、大地が激しく蠢きだす。空中浮遊都市インクイリィワールドは、輝きを失い、落下を開始した。これは、
「崩壊現象ですわ」
「テテュス?どうしてここに」
「話は後です。早くここから出なければ、崩壊に巻き込まれてしまいますわ」
しかし、イカロスは置いてきた。どうすることもできない。
「飛べない。イカロスを置いてきてしまったんだ」
とうとう、足元がひび割れ、奈落へと落ちる。
「ヒルデーー」
テテュスの声が遠くに聞こえる。空が遠いが彼方まで澄み切っている。このまま、そこへ落ちるのか。いや、まだ終われない。クロノスをみすみす逃したままにはできない。と、左手の甲の痣が熱を持ち輝き出した。
「あっ」
すると、背中に違和感を感じ、背中を確認すると、今までなかった翼が姿を現した。
「翼が、あ、る」
私は、まだ実感が湧かない。というよりも、動かし方が分からない。
「どうすりゃいいのよーーー」
このままでは、ただ落ちて行くだけだ。翼がせっかく生えたのに。飛べ、飛べ、飛べ、飛べ、飛べ。
「飛ーーべーーー」
羽根が動き出した。落ちてくる瓦礫のすき間を軽やかに抜け、上昇していく。すごいと思った。速度は、イカロスの比じゃないのに加え、まさしく手足のように動かせる。初めて自由に空を舞う気分であった、
「あはっ、あはは。あっ」
どうしよう。止まれない。前方にはテテュス、間違いなく直撃コース。
「「きゃあああ」」
「うー、ありがとうテテュス」
「もう、心配したのですよ。でも、無事で良かったですわ。さあ参りましょう。皆さんが首を長くしてお待ちです。特に若田様が。フフッ」
本当に仕方ないやつだ。若は。こんなにも誰かに想われているなんて、私は幸せものだ。早く帰りたいな。と改めて、自分が誰かの大切になっていることも気づくことができた。
 ここから出る方法は、やはり扉。
「やっぱり扉から出るのだな」
「はい、扉は私たち神にとって大切な移動手段ですから」
と楽しそうにテテュスが言うと、この先に私の帰る場所があるのかと思うと、柄にもなく胸が高鳴るのであった。
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