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the last judgment
クロノス
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心象から出てくると、時計が午前2時を刺そうとしていた。仮眠室には、私とテテュスしかいなかった。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
ところで、テテュスがどうしてあちら側、アーバンデクラインにいたのかを聞いてみた。
「そうですね、ヒルデがお休みになるために仮眠室へ向かったのかと思った直後、クリオスがそわそわしだしましたので、問いただしたところ。貴女が、単身で心象に乗り込むと言うじゃありませんか。わたくしはいてもたってもいられず、申し訳なく思いましたが、心象に飛び込ませてもらいました」
やはり、クリオスは顔に出てしまうのだな。しかし、テテュスがいなかったら、現実に戻ってこられなかっただろう。それにしても、一体どうやって翼を隠したものか。違和感もかなりあるし、何と言っても重いのだ。
「テテュス、翼はどうしまうのかしら」
「あっそうでしたね。ご自身の翼を広げたのは、初めてでしたね。ゴホン」
テテュスは、丁寧に翼の収納の仕方から、効率のいい動かし方と風の乗り方を教えてくれた。
「ところで」
テテュスは、急に真面目な顔をになる。おそらく、心象での出来事を聞きたいのだろう。私には、彼女にもオケアノスや、コイオス、クリオスにだって話す義務がある。
「みんなが集まったら話すわ。その時は、若にも」
「そうですか」
テテュスは、少し微笑む。窓から差す月の淡い光が彼女を照り映えさせる。
「?」
「いいえ。若田様にも本当のことを話されるのだと思いまして、ヒルデの覚悟を確認できた気がします」
私には、テテュスの言わんとしていることに、察しが付いた。そうこれが、別れの言葉になろうとも、
「クロノス、それがあの男の名です。我らが父ウラノスを、手に掛けた張本人。ティタンの誇れる英雄でもありましたのに、邪に堕ちてしまうとは」
「やっぱり、強いの?」
「そうですね、強さだけで言うなら、上兄様の方が腕が立つでしょうけど、今のクロノスには、邪が備わっています」
邪、神々を貶める。負の力、オケアノスに言わせれば、人間の信仰力が反転して、負の願い例えば、憎み、妬み、嫉みなどの人間の持ちうる邪悪な感情が、神を邪神へと変貌させる。そもそも、私たち神は、人間の信仰力によって存在している。信仰が途絶えれば、消滅し転生する。転生の条件としては、現存する神の力では、対応できない。願いに合わせて、新しい能力に書き換えるようなものだと言う。ならば私は、誰に願われてここにいるのだろうか?なんていう疑問が湧いてくる。だが、そのおかげで今もこうして生きていられるだから、感謝せねばなるまい。
「邪なんて、チャチャッとお祓いしてしまえば、何てことないわよ」
「そんなこと言っていたら、足元をすくわれますよ」
と2人して軽口を言っていると、いつの間にか、笑みが溢れていた。
次の日、私は、真理亜以外のみんなを集めて、昨日の夜の出来事を話した。若は驚くだろうと思っていたけど、静かに頷くばかりだった。
「いやあ、驚くも何も、お嬢さんが来てから驚きの連続だったからね。こいつは『慣れ』てやつなんだろうな。きっと」
だそうだ。と、テレビの向こうから、アナウンサーが、慌てた様子で記事を読み上げる。
〈緊急速報です。現在、日本全域で、震度7強を観測しました。繰り返します。えっ、ちょっと待って下さい。世界中で地震を観測したとの情報が入りました。ここも危険になって来ましたので、きゃあ。スタジオの照明が落下しました。私たちも非難したいと思います〉
「僕たちも逃げないと」
若は、素早く荷物をまとめようとするが、
「若様お待ちを」
「上兄様が、防御障壁を構築してくださいましたので」
「ここに留まる方が」
「「安全かと」」
「えっ、そうなのかい。ならここにいようかなあ」
この状況に1番合わないほど、柔らかい口調で若が呑気なことを言っている。
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃない。クロノスの仕業なのだろう」
「もちろん、対策はとります。ですが第1は、人命救助です」
「ならば、私と彼女でクロノスと対峙しよう」
オケアノスが、剣の柄に手を掛けて言う。とすると救護班は、
「はい、わたくしとコイオス、クリオスで行いましょう。2人とも良いですか?」
「了解です。姉様」
「準備はとうにできておりますとも」
素早くコリオスに変身すると、意気揚々と、事務所から駆け出していった。それに続いてテテュスも、自慢の杖を携えて、出て行った。
「それでだが、若田氏には私たちの身体状況を逐一チェックしてほしい。敵は、強力かつ未知の相手となると不足の事態が起こりうるかもしれんからな」
「わかったよ。でもどうやって確認すればいいんだい?」
「何、問題は無い。君のパーソナルコンピューターに、2人分の情報は転送済みさ。ここ数日暇を持て余していたのでな」
と、小さなヘアピンのようなものを手渡された。これで心拍を読み取ると言う。以外な才能があったのね。と1人感心する。
「へぇ、よくできてるな。これ売ったら儲かりそう」
おいおい。
「では、行こうか」
「ええ」
私とオケアノスは、翼を広げて窓から飛び立った。
外に出る、もう少し言うとオケアノスの防壁の外へ出ると、地面が蠢いている。眼下には、逃げ惑う人々。どうにも気になって仕方がない。
「んっ、どうした。何か忘れ物か?」
「いえ、ちょっと下の人たちは、ちゃんと避難できるのかなって」
「気になるのは私も同じだ。しかし、今この世界で逃げ場など、どこにもないのだよ。そらお出ましだ剣を構えろいや、まずは私の戦いを観測しろ」
「1人で戦うの?」
「いや、2人でかかってどちらもやられては、意味がない。だから1人ずつ戦って、長期戦に持ち込む」
クロノスが、太陽を背に姿を現した。先日同様、大鎌を肩に掛け現れた。
「上兄様と小僧か」
「死ぬまで見てろと言うの」
「単純に言って、君の正体がゼウスと発覚した時点で、君の方が能力は私の倍だ。それに、引き際はうまくやるさ。私もまだやり残したことがあるのでな」
と言って、オケアノスはクロノス目掛けて突貫して行った。
「フハハ、上兄様から死にに来たか。先日は、完全ではなかったが、この邪の真の力試させてもらう」
オケアノスとクロノスの戦いが始まってしまった。私はとりあえずこの場を離れどこか良い観測地点を探す。
「あれは」
私が見つけたのは、テレビ局のロケ車である。捨てられているところを見ると、中の人間は降りて逃げたのだろうか。車内の機材はまだ生きていた。スピーカーの電源を入れ、オケアノスとクロノスが、何を話しているのか音を拾えるように準備を済ませると、早速金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「正気を失っているとはいえ、その所業許すわけにはいかん」
「許しなんざいるかよ」
オケアノスもすごいが、クロノスの素早い反応で、オケアノスの大剣の軌道を凌いでいく。とクロノスが、大鎌を投げつけると大鎌は、回転して3つに分身し、3方向からオケアノスを切り裂こうと飛んでくる。その光景は、まるで円盤がオケアノスに吸い寄せられるように、円軌道で弧を描き飛んでいる。それを、オケアノスは、力強い打ち払いで、2つは弾いたが、3つ目の大鎌が彼の右肩をかすめて行った。
「チッ」
一瞬、痛みで顔を歪めたが、まだ戦うようだ。私は、オケアノスが勝てなくとも、生きて交代の時を迎えられるように願う。ただ祈ることしかできないことが、もどかしくもあり、悔しくもある。また心配でもあるのだ。
「生きて帰ってきなさいよね」
だが今は、そう祈るしかない。
一進一退の攻防は続いていた。車内のスピーカーをイヤホンに繋いで、あの2人の会話を聞いていた。カメラは無いので、肉眼で戦いを見守る。いや、観測している。ある時、興味深い会話をし始めた。
「貴様は、なぜ人間を滅ぼす?」
「教える必要があるのか?」
2人は、一度一定の距離保ち会話を続ける。
「いや、上兄様に免じて、お教えしよう。この聖戦を始めたのは誰か、そう私だ。息子娘たちを、エデンに避難させる計画を立て、6人目の我が子を避難させたと言う時、レアは私を不審に思い突然逃げ出して人間界へと降りた」
「ちょっと待て。何のために子供らを避難させる必要があったのだ」
「精霊たちからお告げがあったのだ。私を含めた新たな神族、オリュンポスを滅ぼす者が来るとなあ。だがまあ、レアにこのことを伝えなかった私は後悔した。既にレアは、7人目の子を身ごもっていたと言うのに、降りた場所が悪すぎた。この世界では既にレアの存在を知るものは少なかった。信仰されない神の末路、上兄様ならお分かりになるであろう」
「転生または、消滅」
「そうだ。だから私は人間に復讐すると心に誓った」
「フッ動機が不純だクロノス。それではただの人間へのあてつけに過ぎないぞ」
「それは、それで良い。人間を一度消滅させ、新たに人間を創造しレアを蘇らせる。これが聖戦を始めた理由だ。他の兄たちや姉、妹などは、私にとっては兵器も同然。神1人で国が滅ぶ。ならば、神が10人ならどうなるか?」
「そこで、天使を使って数合わせをしたのか?」
「天使?そんなものは知らん」
「何だと」
オケアノスは、驚きの余り次の言葉が出ないようだ。私も同じく、愕然とした。クロノスは、今まで天使を送り込んできていた黒幕ではないらしい。だが、クロノスのニュアンスから、嘘を言っているようではないようだ。
「だから、貴方が邪魔なんだよ」
戦いは、再開された。オケアノスは、会話を始めた理由として、体力の回復を図っていたらしい。会話前より少し、動きが良くなっていた。しかし、その分クロノスも動きが戦闘開始直後の動きに戻りつつあった。
そろそろ20分が経とうとしている。会話は、先程の長話以来2人は、ただその手の武器を振り続けている。動きがあったのは、オケアノスだ。彼の振り下ろした剣をクロノスが鎌の柄の部分で受け止めたため、大鎌が真っ二つに切れたのだ。
「これまでだクロノス」
あの構え、そしてあの姿勢。オケアノスは、大剣を逆手に握り刃先に力を込めて行く。その工程は、弾丸を銃に込めるようだ。太陽を背にした彼の剣は、太陽より紅く煌めく。
「我が剣よ。かの者の心臓を貫け」
オケアノスが、その剣をクロノスに投擲する。だが、剣はクロノスに届かなかった。なぜならば、折られたはずの鎌の刃先が、一人手にオケアノスの大剣を弾いたのだ。
「何?」
「フハハハハ、アハハハハ。私の武器はこんな鎌などではない。私のこの手自体だ。ものに触れずとも動かすことができる。この能力こそが私の最大の武器なのだよ」
鎌の刃先だけが勝手に宙を飛び回る。動き方に規則性はなく無規則に飛び交うため、オケアノスは追い詰められてしまった。空中というフィールドでは、あの鉄の生き物は恐ろしい起動力があるのだろう。すでにクロノスの独壇場である。そして、鎌の刃先はオケアノスを一突きにすることが容易であるにもかかわらず、オケアノスの体にに無数の傷を生産していく。
「ぐおおおー」
私は、中継車から飛び出した。もう見ていられない。このまま彼をみすみす死なすわけにもいかないのだ。
「止めだ。兄上ええーー」
「間に合ええーー」
翼を広げ加速する。鉄の獣が、オケアノスの胸部に一直線に飛び込んでくる。すると、また勝手に、腰のホルダーに提げていた天使観察記録帳が、慌ただしくめくれて、伸ばした左手の痣に光を宿すと、左の掌に何かしらの陣が発生した。そして、その陣から1人の天使が飛び出した。
「ハロー、マイゴッド。レッツストップタイム。ふう、あと30秒で、時が回り出しますよ。お仕事、お仕事」
「えっ、ああ。わかった」
世界が静まり返っていた。時が止まるとは、こういうものなのか。と感動している場合ではない。鎌の刃先を掴んで、クロノスの方に向けた。こんな物では、彼は倒せないだろうが、何もしないよりはいいだろう。
「スリー、ツー、ワーン、ゴー。それではゴッド御機嫌よう」
天使は、記録帳にまた吸い込まれるように戻って行った。毎度毎度、予告なしにこの調子だと、少し疲れるなと私は思った。また、世界が息をすると、クロノスの方に、鎌の刃先が飛んで行くが、やはり簡単に受け止められてしまう。
「何だと、小僧」
「悪いのだけど私は、女よ」
「私にとっては、小僧のままなのだよ」
「なぜ出てきた?」
このバカはまた、怒りを越えて呆れかえっしまう。
「あんたまた言ってるの、私は決めたんだから、私の前では、誰も死なせない。死なせてやらない」
「フハハハハ、その意気はよし。いいだろう。小僧、お前の相手をしてやる」
「大丈夫。私はもう前の私じゃないわ少しは、信じなさいよ」
オケアノスは、険しい表情から一転、フッと鼻で笑って言う、
「ああ、君に任せよう。どのような結果になろうとも受け入れることが大切だということを忘れるな」
オケアノスは、そう言い残して引いてくれた。どこまでも広い、空に残っているのは、私とクロノス、ただ2人のみだ。
そして、オケアノスの言う二回戦が始まろうとしていた。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
ところで、テテュスがどうしてあちら側、アーバンデクラインにいたのかを聞いてみた。
「そうですね、ヒルデがお休みになるために仮眠室へ向かったのかと思った直後、クリオスがそわそわしだしましたので、問いただしたところ。貴女が、単身で心象に乗り込むと言うじゃありませんか。わたくしはいてもたってもいられず、申し訳なく思いましたが、心象に飛び込ませてもらいました」
やはり、クリオスは顔に出てしまうのだな。しかし、テテュスがいなかったら、現実に戻ってこられなかっただろう。それにしても、一体どうやって翼を隠したものか。違和感もかなりあるし、何と言っても重いのだ。
「テテュス、翼はどうしまうのかしら」
「あっそうでしたね。ご自身の翼を広げたのは、初めてでしたね。ゴホン」
テテュスは、丁寧に翼の収納の仕方から、効率のいい動かし方と風の乗り方を教えてくれた。
「ところで」
テテュスは、急に真面目な顔をになる。おそらく、心象での出来事を聞きたいのだろう。私には、彼女にもオケアノスや、コイオス、クリオスにだって話す義務がある。
「みんなが集まったら話すわ。その時は、若にも」
「そうですか」
テテュスは、少し微笑む。窓から差す月の淡い光が彼女を照り映えさせる。
「?」
「いいえ。若田様にも本当のことを話されるのだと思いまして、ヒルデの覚悟を確認できた気がします」
私には、テテュスの言わんとしていることに、察しが付いた。そうこれが、別れの言葉になろうとも、
「クロノス、それがあの男の名です。我らが父ウラノスを、手に掛けた張本人。ティタンの誇れる英雄でもありましたのに、邪に堕ちてしまうとは」
「やっぱり、強いの?」
「そうですね、強さだけで言うなら、上兄様の方が腕が立つでしょうけど、今のクロノスには、邪が備わっています」
邪、神々を貶める。負の力、オケアノスに言わせれば、人間の信仰力が反転して、負の願い例えば、憎み、妬み、嫉みなどの人間の持ちうる邪悪な感情が、神を邪神へと変貌させる。そもそも、私たち神は、人間の信仰力によって存在している。信仰が途絶えれば、消滅し転生する。転生の条件としては、現存する神の力では、対応できない。願いに合わせて、新しい能力に書き換えるようなものだと言う。ならば私は、誰に願われてここにいるのだろうか?なんていう疑問が湧いてくる。だが、そのおかげで今もこうして生きていられるだから、感謝せねばなるまい。
「邪なんて、チャチャッとお祓いしてしまえば、何てことないわよ」
「そんなこと言っていたら、足元をすくわれますよ」
と2人して軽口を言っていると、いつの間にか、笑みが溢れていた。
次の日、私は、真理亜以外のみんなを集めて、昨日の夜の出来事を話した。若は驚くだろうと思っていたけど、静かに頷くばかりだった。
「いやあ、驚くも何も、お嬢さんが来てから驚きの連続だったからね。こいつは『慣れ』てやつなんだろうな。きっと」
だそうだ。と、テレビの向こうから、アナウンサーが、慌てた様子で記事を読み上げる。
〈緊急速報です。現在、日本全域で、震度7強を観測しました。繰り返します。えっ、ちょっと待って下さい。世界中で地震を観測したとの情報が入りました。ここも危険になって来ましたので、きゃあ。スタジオの照明が落下しました。私たちも非難したいと思います〉
「僕たちも逃げないと」
若は、素早く荷物をまとめようとするが、
「若様お待ちを」
「上兄様が、防御障壁を構築してくださいましたので」
「ここに留まる方が」
「「安全かと」」
「えっ、そうなのかい。ならここにいようかなあ」
この状況に1番合わないほど、柔らかい口調で若が呑気なことを言っている。
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃない。クロノスの仕業なのだろう」
「もちろん、対策はとります。ですが第1は、人命救助です」
「ならば、私と彼女でクロノスと対峙しよう」
オケアノスが、剣の柄に手を掛けて言う。とすると救護班は、
「はい、わたくしとコイオス、クリオスで行いましょう。2人とも良いですか?」
「了解です。姉様」
「準備はとうにできておりますとも」
素早くコリオスに変身すると、意気揚々と、事務所から駆け出していった。それに続いてテテュスも、自慢の杖を携えて、出て行った。
「それでだが、若田氏には私たちの身体状況を逐一チェックしてほしい。敵は、強力かつ未知の相手となると不足の事態が起こりうるかもしれんからな」
「わかったよ。でもどうやって確認すればいいんだい?」
「何、問題は無い。君のパーソナルコンピューターに、2人分の情報は転送済みさ。ここ数日暇を持て余していたのでな」
と、小さなヘアピンのようなものを手渡された。これで心拍を読み取ると言う。以外な才能があったのね。と1人感心する。
「へぇ、よくできてるな。これ売ったら儲かりそう」
おいおい。
「では、行こうか」
「ええ」
私とオケアノスは、翼を広げて窓から飛び立った。
外に出る、もう少し言うとオケアノスの防壁の外へ出ると、地面が蠢いている。眼下には、逃げ惑う人々。どうにも気になって仕方がない。
「んっ、どうした。何か忘れ物か?」
「いえ、ちょっと下の人たちは、ちゃんと避難できるのかなって」
「気になるのは私も同じだ。しかし、今この世界で逃げ場など、どこにもないのだよ。そらお出ましだ剣を構えろいや、まずは私の戦いを観測しろ」
「1人で戦うの?」
「いや、2人でかかってどちらもやられては、意味がない。だから1人ずつ戦って、長期戦に持ち込む」
クロノスが、太陽を背に姿を現した。先日同様、大鎌を肩に掛け現れた。
「上兄様と小僧か」
「死ぬまで見てろと言うの」
「単純に言って、君の正体がゼウスと発覚した時点で、君の方が能力は私の倍だ。それに、引き際はうまくやるさ。私もまだやり残したことがあるのでな」
と言って、オケアノスはクロノス目掛けて突貫して行った。
「フハハ、上兄様から死にに来たか。先日は、完全ではなかったが、この邪の真の力試させてもらう」
オケアノスとクロノスの戦いが始まってしまった。私はとりあえずこの場を離れどこか良い観測地点を探す。
「あれは」
私が見つけたのは、テレビ局のロケ車である。捨てられているところを見ると、中の人間は降りて逃げたのだろうか。車内の機材はまだ生きていた。スピーカーの電源を入れ、オケアノスとクロノスが、何を話しているのか音を拾えるように準備を済ませると、早速金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「正気を失っているとはいえ、その所業許すわけにはいかん」
「許しなんざいるかよ」
オケアノスもすごいが、クロノスの素早い反応で、オケアノスの大剣の軌道を凌いでいく。とクロノスが、大鎌を投げつけると大鎌は、回転して3つに分身し、3方向からオケアノスを切り裂こうと飛んでくる。その光景は、まるで円盤がオケアノスに吸い寄せられるように、円軌道で弧を描き飛んでいる。それを、オケアノスは、力強い打ち払いで、2つは弾いたが、3つ目の大鎌が彼の右肩をかすめて行った。
「チッ」
一瞬、痛みで顔を歪めたが、まだ戦うようだ。私は、オケアノスが勝てなくとも、生きて交代の時を迎えられるように願う。ただ祈ることしかできないことが、もどかしくもあり、悔しくもある。また心配でもあるのだ。
「生きて帰ってきなさいよね」
だが今は、そう祈るしかない。
一進一退の攻防は続いていた。車内のスピーカーをイヤホンに繋いで、あの2人の会話を聞いていた。カメラは無いので、肉眼で戦いを見守る。いや、観測している。ある時、興味深い会話をし始めた。
「貴様は、なぜ人間を滅ぼす?」
「教える必要があるのか?」
2人は、一度一定の距離保ち会話を続ける。
「いや、上兄様に免じて、お教えしよう。この聖戦を始めたのは誰か、そう私だ。息子娘たちを、エデンに避難させる計画を立て、6人目の我が子を避難させたと言う時、レアは私を不審に思い突然逃げ出して人間界へと降りた」
「ちょっと待て。何のために子供らを避難させる必要があったのだ」
「精霊たちからお告げがあったのだ。私を含めた新たな神族、オリュンポスを滅ぼす者が来るとなあ。だがまあ、レアにこのことを伝えなかった私は後悔した。既にレアは、7人目の子を身ごもっていたと言うのに、降りた場所が悪すぎた。この世界では既にレアの存在を知るものは少なかった。信仰されない神の末路、上兄様ならお分かりになるであろう」
「転生または、消滅」
「そうだ。だから私は人間に復讐すると心に誓った」
「フッ動機が不純だクロノス。それではただの人間へのあてつけに過ぎないぞ」
「それは、それで良い。人間を一度消滅させ、新たに人間を創造しレアを蘇らせる。これが聖戦を始めた理由だ。他の兄たちや姉、妹などは、私にとっては兵器も同然。神1人で国が滅ぶ。ならば、神が10人ならどうなるか?」
「そこで、天使を使って数合わせをしたのか?」
「天使?そんなものは知らん」
「何だと」
オケアノスは、驚きの余り次の言葉が出ないようだ。私も同じく、愕然とした。クロノスは、今まで天使を送り込んできていた黒幕ではないらしい。だが、クロノスのニュアンスから、嘘を言っているようではないようだ。
「だから、貴方が邪魔なんだよ」
戦いは、再開された。オケアノスは、会話を始めた理由として、体力の回復を図っていたらしい。会話前より少し、動きが良くなっていた。しかし、その分クロノスも動きが戦闘開始直後の動きに戻りつつあった。
そろそろ20分が経とうとしている。会話は、先程の長話以来2人は、ただその手の武器を振り続けている。動きがあったのは、オケアノスだ。彼の振り下ろした剣をクロノスが鎌の柄の部分で受け止めたため、大鎌が真っ二つに切れたのだ。
「これまでだクロノス」
あの構え、そしてあの姿勢。オケアノスは、大剣を逆手に握り刃先に力を込めて行く。その工程は、弾丸を銃に込めるようだ。太陽を背にした彼の剣は、太陽より紅く煌めく。
「我が剣よ。かの者の心臓を貫け」
オケアノスが、その剣をクロノスに投擲する。だが、剣はクロノスに届かなかった。なぜならば、折られたはずの鎌の刃先が、一人手にオケアノスの大剣を弾いたのだ。
「何?」
「フハハハハ、アハハハハ。私の武器はこんな鎌などではない。私のこの手自体だ。ものに触れずとも動かすことができる。この能力こそが私の最大の武器なのだよ」
鎌の刃先だけが勝手に宙を飛び回る。動き方に規則性はなく無規則に飛び交うため、オケアノスは追い詰められてしまった。空中というフィールドでは、あの鉄の生き物は恐ろしい起動力があるのだろう。すでにクロノスの独壇場である。そして、鎌の刃先はオケアノスを一突きにすることが容易であるにもかかわらず、オケアノスの体にに無数の傷を生産していく。
「ぐおおおー」
私は、中継車から飛び出した。もう見ていられない。このまま彼をみすみす死なすわけにもいかないのだ。
「止めだ。兄上ええーー」
「間に合ええーー」
翼を広げ加速する。鉄の獣が、オケアノスの胸部に一直線に飛び込んでくる。すると、また勝手に、腰のホルダーに提げていた天使観察記録帳が、慌ただしくめくれて、伸ばした左手の痣に光を宿すと、左の掌に何かしらの陣が発生した。そして、その陣から1人の天使が飛び出した。
「ハロー、マイゴッド。レッツストップタイム。ふう、あと30秒で、時が回り出しますよ。お仕事、お仕事」
「えっ、ああ。わかった」
世界が静まり返っていた。時が止まるとは、こういうものなのか。と感動している場合ではない。鎌の刃先を掴んで、クロノスの方に向けた。こんな物では、彼は倒せないだろうが、何もしないよりはいいだろう。
「スリー、ツー、ワーン、ゴー。それではゴッド御機嫌よう」
天使は、記録帳にまた吸い込まれるように戻って行った。毎度毎度、予告なしにこの調子だと、少し疲れるなと私は思った。また、世界が息をすると、クロノスの方に、鎌の刃先が飛んで行くが、やはり簡単に受け止められてしまう。
「何だと、小僧」
「悪いのだけど私は、女よ」
「私にとっては、小僧のままなのだよ」
「なぜ出てきた?」
このバカはまた、怒りを越えて呆れかえっしまう。
「あんたまた言ってるの、私は決めたんだから、私の前では、誰も死なせない。死なせてやらない」
「フハハハハ、その意気はよし。いいだろう。小僧、お前の相手をしてやる」
「大丈夫。私はもう前の私じゃないわ少しは、信じなさいよ」
オケアノスは、険しい表情から一転、フッと鼻で笑って言う、
「ああ、君に任せよう。どのような結果になろうとも受け入れることが大切だということを忘れるな」
オケアノスは、そう言い残して引いてくれた。どこまでも広い、空に残っているのは、私とクロノス、ただ2人のみだ。
そして、オケアノスの言う二回戦が始まろうとしていた。
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