angel observer

蒼上愛三(あおうえあいみ)

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observer

家族

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  10月のとある日、私は国立の図書館に訪れていた。ここにはおよそ1000万部以上の資料が揃っている。その他児童書、文庫などもかなり取り揃えられている。
 ここで私が調べるとしたら、やはり天使のことである。いろいろな神話から古代文明の宗教。
「ふむ、やはりこれが一番だな」
ギリシャ神話の本を手にとり読み進めていく。実際これを読むのは3度目である。
「天使は神の使い、あるいは神の子の幼少期の総称で、大地神<ガイア>天空神<ウラノス>の12神が有名。か」
 悪魔の資料もあるのかなぁ。
 私は机の上に積み重なった本の山をもとの場所に戻すべく席を立つ。すると、山の一番上に読み覚えのない本が積み重ねられていた。
「ん、何だこれ」
 タイトル無し、著者名無し、といったないない尽くしときた。
 まったく著者名ぐらい書いておいて欲しいものだ。と愚痴をこぼしつつ、本を開けると驚いたことに中身は真っ白。まるでシルクのような紙質の本には、どのページにも傷や汚れはついてはおらず、新品の自由帳同然である。
「呆れた。何にも書いてないじゃない」
しかし、背表紙に薄っすらと何か書いてあるのに気づいた。
『angel back from the grave』
「天使の秘録」
  とても怪しく思ったが、気になって仕方がないのでつい私は、この本を手に抱えて図書館を出てきてしまっていた。だが、幸いなことにこの本はどうやら、図書館の保有している本ではないらしい。
 その証拠に、図書館のバーコードシールの痕跡は何処にもない。まぁ盗んだ訳じゃない、ただ落とし物を拾っただけだし大丈夫よね。と自分の心に言い聞かせ、図書館を後にした。
「帰ったわよ」
事務所内は静まりかえっていた。しかし、なぜかはもうわかる。
「また寝てる。まるでお年寄りね。若、起きろー。おー、きー、ろー」
「はいはい、朝ご飯だろ今作る」
 残念ながら朝ではなく正午すぎである。
 一発あの棚にあるハリセンとやらで眠気をスカッとさせてやろうか。
「あっお嬢さん帰ってたのか」
と言って若は大きなあくびをして、マグカップにコーヒーを注ぎ中央のソファーに座った。
「何処に行ってたんだい?」
「図書館だ。天使の知識が欲しくてな」
「へぇー。結構、真面目なんだな」
 失礼な。
 この2年こちらの世界の知識を暇を見つけては学んでいたのだ。
「ところでさ、このあと暇かい?」
 急に何だ。
 ともあれこのあとの予定はない。
いつも通り暇を持て余すか、外に出かけるぐらいである。
 この1年もとの世界には帰っていないので、別段何処かへ行くこともない。
「確かに暇だな。で、何処か行くのか?」
「いや、まあ大したことじゃないんだけど、お昼はうちで過ごさないか?」
「別に構わないが」
「本当に、助かるよ」
「何が助かるのだ」
「それが最近僕の姪、真理亜って言う中学生の子なんだけど、元気が無くてね」
なるほど、それで家に誘い姪を元気づけようというわけか。
「正直なところあの年頃のしかも女の子となると、よくわからないからなぁ」
「おい、今私なら適任だと見た目で判断しただろ」
 若はそっぽを向いて知らないフリをすると、趣味で着ている白衣をロッカーにしまい、身支度を済ませる。
「あっお嬢さん、僕のロッカーの隣のロッカー、君のだから服も何着か入れておいたよ。鍵、何処に置いたかな」
 気がきくじゃない。て、先に言ってよ。
 じゃあ図書館で感じた視線や、私の近くに誰もいなかったのは、服のせいなの。
 私は乱暴にロッカーから服を引っ張り出し、この世界では、もう着ることはないと、着ていた服を中に突っ込んだ。
「こっちに来てから、恥じかいてばかりじゃない」
絶対に呪ってやる。私は心にそう誓うのであった。

   街は朝や夜とは違い、昼間は人通りが多く忙しく見えた。サラリーマンや主婦が、あっちへこっちへせわしなく行き来する。
「へぇー。その服を選んだのか。以外だな」
「そうか。動きやすいぞ」
 秋口にはこんな格好が若者に流行っているのだと思っていたが。
 上から白の長袖のワイシャツに黒ののベスト。下は、黒タイツの上にホットパンツ、厚底のスニーカーで、髪はポニーテールにしている。
 この格好なら走っても、飛んでも服が動きを遮らないので、どんな状況でも動き出すことができると思って着てみたのだが。
「もっとこう、ユルフワな服を選ぶと思っていたからね」
「もう一つのは、なんだか生地が厚いし動きにくそうだから、あれはこの一件が落ち着いたら着させてもらうわ」
「まっ、この件がいつ落ち着くかは、まったくわからないけどね。ああ、そこ右曲がって」
と言われて、右へ進む。
 しばらくすると、平屋と呼ばれる建築構造の家屋の表札に、『若田』と書かれている。それを確認する。
 若が隣に立って鍵を開けてくれると、玄関に1人の少女がトコトコと身軽な足音を鳴らして出迎えてくれた。
「こんにちはヒルデさん。叔父さんがいつもお世話になってます。お昼ご飯の支度、出来てますから。さあどうぞ上がってください」
 圧倒されたように突っ立っている私と頼りない1人の男は、顔見合わせて言う。
「よくできた子ね」
「そりゃどうも。まぁ上がってくれ」
「あの子が真理亜ちゃん」
「そうだよ」
 靴を脱ぎ、真理亜の背中を追って行くと、和室に通された。
「ちょっと待っててね」
 と言って隣のキッチンへおそらく、すでに出来上がっていると思われる料理を取りに行った。
「じゃーん。真理亜特製オムライスだよ」
 なんとも、可愛らしいサイズのオムライスである。大きさ的には手のひらくらいだろうか。
「それじゃあ、いただきます」
 真理亜はそう言うと、スプーンでオムライスを器用に、卵が上になるように食べ進めていく。
 私も一口頬張る。なんと、チキンライスではなく中身は、ドライカレーなのか。悪くないな。これならば、ケチャップをかけなくとも構わないし、じゃがいもやニンジンといった具材も、そのままゴロゴロ入っている。
「おいしいですか?」
 ずいっ、とちゃぶ台の向かいから身を乗り出して真理亜は、自信満々に自分の料理の感想を私に、求めてきた。
「あっ、ああ、おいしい、とても」
「良かった。お口に合って何よりです」
「ご飯は、いつも真理亜ちゃんが?」
「もちろんです」
 真理亜はむんと、胸を張って誇らしげである。
 中学生なのにしっかりした子だとも思うし、若にいたってはだらしない男だとも食卓を囲んでそう思った。
「あのぉ、ヒルデさんってこれからずっと、うちに住むんですよね?」
「へっ」
取り留めのない会話に思考が追いつかないでいると、若がおもむろに、
「そうだぞ、これからはお嬢さんも家族の一員だ」
「おい勝手に」
「やったー」
 人の話を聞かないオヤジと、無邪気に喜ぶ中学生、どうしたものか。
 ここまで喜んでくれるのなら、これからここで暮らすのも悪くないかもしれないな。
 そして、私はもとの世界からまた遠ざかって行くのを、薄っすらと寂しく思うのだった。故郷を巣立つ子どもの気持ちが、わかるような気がする。
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