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observer
学校の魔
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10月の中旬、真理亜は学校へ行き、家には私と若が2人きりである。
「実はさ、あの子とても姉を欲しがってね。学校の友達はみんな兄弟姉妹がいていいなあ、なんて、ことあるごとに、言うんだ」
「だからなんだって言うんの?」
「だからさ、ここに住むことにしてくれてありがとう」
私は、少し照れて備え付けてあるテレビの方を向く。
「私は、家族とかいないし、食費も浮くからちょうどいいと思っただけなんだからね。それだけなんだから」
私は、急に居心地が悪くなって外に出た。
はぁ、一つ吐息をすると、近くにある堤防へ向け歩き出した。別段何かあるわけでもないが、ただ日も少し傾き出した頃合いであり、夕焼けが美しく見えるのでわないかと思ったからだ。
私は、あえて都心の大通りを避け裏の住宅街を抜ける道を使った。
「着いたか」
家を出てまだ数分といったところか、ひとまず階段を登りきると、空が燃えるかのように紅く染まり、散らばる雲の影が絶妙なコントラストを広大なキャンバスに描き出しているのだ。
「綺麗だ」
川を渡す橋の車の喧騒や小学生がはしゃいで下校する姿もこの光景に趣を感じさせる。すると、何処からかすすり泣く声が聞こえてきた。
橋の下で1人の少女がうずくまり、身体を震わせていた。
私は、何故だか、放っておくことが出来ず、1人泣く少女のもとへ静かに歩み寄る。そして彼女の傍らに座り込んだ。
「どうしたのだ?何か悲しいことでもあったのか」
「ごめんなさい、大丈夫です」
そう言って立とうとする彼女の腕とっさに掴んだ。
「大丈夫なものか。泣く子を放っておくなと教わったからな」
彼女は驚いて何も言えずにいる。
私はそんな彼女の泣き疲れ赤くなった顔を、胸の中に包み込むように抱いてやる。
「辛いことがあるなら話してしまえ。少し楽になるだろうよ」
私がそう言うと彼女は再び声を上げ泣いてしまった。
彼女の名は、北東 水季<きたがし みずき>と言い、近くにある公立高校の生徒で、その帰りだったのだそうだ。
「すみません。少し楽になりました」
「それは良かった。で、なぜ泣いていたのだ?」
すると、彼女は俯いて話し始めた。
「実は、私、学校を辞めようかなって思っていて、いじめられているんですよ私」
私は、なんとも言えない気持ちになった。いじめという言葉は知っていても実際どういうものかは当事者にしか解らない。
私が思うにいじめは、する方もされる方も、心が泣いているように感じるのである。それ故、どちらにとっても、利益はない。ただそこに虚しさが残るだけなのだから。
「こんなこと言われても困りますよね」
「そんことはない。私は、確かにいじめを知らない。けど、一度 寄り添うと言ったからには、最後まで付き合う。それが私の信念だ」
「お強いんですね。私も強くなりたいな」
私たちは、橋の下で話し合った。鮮やかだった空は、いつの間にか輝く星空に変わっていた。
「今日は、ありがとうございました」
「君は、決して弱くなんかない。こうしてまた、学校に行こうとしているではないか、わざわざ死地に赴こうという君が、強くないなんてことはないよ」
「なんだか貴女は、神様みたいなこと言うんですね」
んっ。私は、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
きっとその時の私の頭には、疑問符が、たくさん浮かんでいたことだろう。しかし、水季と名のった少女は、一礼すると堤防を駆け登って行ってしまった。
あれは一体、どういう意味だったのだろう。私は、神ではなく悪魔のはずだ。過去の記憶はほとんどないが、頭の中では、悪魔であることだけが認識されていて、本当に私が悪魔なのかを証明するものはない。
改めて考えてみると、私の存在とはなんなのだろうか。
「そう深く考えることないと思うけどなぁ。人間てさ、自分が何ができるかは分かっても、何を成すかはわからないからね」
「何のために生きているのか考えるのは難しいことだな」
家に帰ってからもぶつぶつ言いながら、彼女、水季との別れ際の言葉の意味を、理解しようとずっと試みていた。
「お待たせ、今日はハンバーグだよ。ごはんとスープはまだ残ってるからたくさん食べてね」
『いただきます』
3人揃って食べ始める。真理亜の手料理は、やはり美味しい。
「さっきは何話してたの?」
真理亜が箸をすすめながら聞いてくる。
「他愛ないことなのだが、今日ある高校生と生きるとはどういうことかと、語らってきたのよ」
「ふぅーん。生きるとはどういうことか、私は友達と遊んで、美味しいご飯を作って食べることかな」
そう、他愛ない、何でもないことなのだ。だがそんな、何でもないことを成すのは難しい。
昨日とほぼ同じ時刻にそれは起こった。バタバタと、奥にある若の書斎から若が慌ててやって来た。
「お嬢さん、お待ちかねのコールだ。既にイカロスの調整は完了してる」
「場所は」
「北ノ峰高校体育館、授業はもう終わっている時間帯だな、部活動の生徒がいるかもしれないから人目につかないようにしておくれ」
「OKじゃ行ってくるわ」
庭に出て、イカロスを起動させる。
手順は先日と同じで手早く済ませて飛翔する。
「うわぁ、速度が上がってる。ほんとやればできるのに、でもこれならすぐに着けそうね」
性能が上がったイカロスで空を切る。
スピードが速いため体勢が崩れそうになるのをギリギリのところで踏ん張る。
どうにか、問題無く辿り着くことが出来た。
「体育館は、あれか」
学校の敷地内に降り立って、辺りを見渡すが生徒も教師の姿も見えない。加えて、ここら辺の空気がやけに、息苦しく感じられる。とりあえず、私は、体育館の中に入ることにした。
「なるほど、中は結構広いのだな」
中に入ったものの人っ子1人も見当たらないが、入り口、右横にある倉庫の中から物音がして来る。そして、
「助けて」
「キャァァァ」
と、何やら激しく叫ぶ声が聞こえてくる。慌てて私は扉を開けると中はとんでもないことになっていた。
そこには3人の女子生徒がいる。1人は気を失って倒れている。もう1人は尻餅をついて、恐怖に顔を歪めて必死に逃げようとしている。そして最後の1人は、彼女、北東 水季だった。
彼女は、息を荒げて、鬼のような面持ちで果物ナイフを握っている。
「どうしてこんなことに」
驚くばかりの私を水季が見ている。
不敵な笑みを浮かべ語りだす。
「ああ、この間の。私、やりましたよちゃんと」
「何を、こんな、こんなの間違ってる」
すると、腰を抜かしていた女子生徒が私の足にすがりついてきた。
「私は、何もしていない。何もしてないんだよ」
「何もしていない。嘘つかないであなた達が私にしたこと、今ここで私の恐怖を、味わってもらうから」
どうにかして水季に正気になってもらうほかない。だが、どうする。倉庫の中を見回すが、ボールぐらいしか役に立ちそうにない。
んっ、やけに静かだな。
水季を見るとナイフを振り上げて止まっている。足元の彼女を見てもやはり泣き叫ぶ表情のまま固まっている。
「こんにちは、こんばんは、悪魔さん。夕方って挨拶に困るわね」
「天使」
水季の後ろにある跳び箱に天使は、片膝を立て座っていた。前回の天使よりも口調が大人らしく落ち着いている。
おそらく、精神的にもだいぶ大人に近いらしい。
「どうしてここに」
「どうしてかですって。そうね、しいて言うなら我が子の参観日に来た。といった具合かしら」
「参観日」
参観日をそもそも知らない。
いや、論点はそこじゃない。大切なのは、参観日に来た親の心持ちで、今ここにいるということだ。不思議なのは、この状況でなぜ、そんな明るい気持ちでいれるのか。
「それは簡単なことよ。私が彼女にこの状況を作りだすように仕向けたから」
「親が参観日の時、子どもにちゃんと手を上げることを仕向けるようにか」
「そう大正解、今はちょっとキャストたちを金縛りにしているけどね。ヒロインと話が出来る機会に恵まれたのだから、騒がしくては、おちおち話も出来ないでしょうし。まっ、見つかってしまったし仕方ないか。もっと楽しみたかったけど、ザーンネン。早く観測なさいな、降参よ」
私は驚いた。としか言えないし、ましてこんなにあっさりと降参されるとは。罠か何かかと勘ぐってしまう。だから、最後にもう1度だけ聞いてみることにした。
「それでいいのだな」
「ええ、私は満足よ。たとえこの子の幸せのために犠牲がでようともね。あなたを一目見れただけコールされた甲斐があったて、ものよ」
さっそく私は、詠唱をする。
「angel NO.8 observe complete」
雷鳴が轟き、天使に直撃すると天使は最後に一言つぶやいた。
「私がオリジナルだったら正しい判断が出来たのでしょうね」
んっ、オリジナル。
「オリジナルって誰のことな」
私が問いかけるよりも先に、天使は砂となってしまっていた。
「のだ」
水季を含めた3人は、その場で気を失ってしまっていた。この子たちをこのままにしておくことは、できないだろう。仕方ない、
「運ぶか」
私は体育館の入り口近くのベンチに、水季以外の2人を座らせると、どうやら人が近寄ってきたようだ。しかも、教師と思われるヒールの<カツカツ>という、よく響く音が聞こえてくる。
「水季には、聞きたいことがあるしなぁ。少々大変だが」
私は、イカロスを起動させ、河川敷まで連れて行くことにした。午後5時のチャイムが生徒たちを温かく送り出すのと同時に飛び立った。
昨日と同じく橋の下に、抱えてきた水季を寝かせると、
「うぅん、はっ、私」
「オォ、目が覚めたか」
「ヒルデ、さん。私は一体、どうしてここにいるのでしょうか」
「やはり覚えていないのか」
困惑した顔で、キョロキョロと不安そうに辺りを見て昨日と同じ場所だと分かったのか、少し落ち着きを取り戻した。そうしてことの顛末を話してやると、ばつが悪るそうに俯いて話し出した。
「ヒルデさんには、ご迷惑をおかけしてしまいました。それは、いつもと違っていじめていた2人の当たりが強かったんです。おそらく期末テストの点が悪かったのでしょう。ナイフを私に突き付けて、手首を切れ、と」
「なるほど、とんだ、とばっちりを食らったのだな」
「ええ、そして私は出来ないと答えました。ですが、やらなければ刺すと言われました。このままでは殺される。そう思ったときです。誰かが『殺られるまえに殺ってしまえ』と、私に耳打ちした気がしたのですが、それより後のことは何も覚えていなくて、私、捕まってしまいまうのでしょうか」
「多くは話してあげられないけれど、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
そう、大丈夫のはずだ。これまでも天使の観測後は、当事者たちの記憶からは天使がらみの事象は消えてしまう。
そのため私が体育館に潜入したことも忘れてしまうのだが、昨日堤防で出会ったことは覚えたままのはずだ。
「まあこれに懲りて、あの子たちもつまらないことはしてこないと思うわ。だから今日はもう帰りなさい」
「はい」
昨日と同じく水季は階段を登って一礼して去っていった。
フゥーと一息、たまったものを吐き出す。
「私も帰ろう」
水季とは逆の方向にある階段を登って帰路についた。
「実はさ、あの子とても姉を欲しがってね。学校の友達はみんな兄弟姉妹がいていいなあ、なんて、ことあるごとに、言うんだ」
「だからなんだって言うんの?」
「だからさ、ここに住むことにしてくれてありがとう」
私は、少し照れて備え付けてあるテレビの方を向く。
「私は、家族とかいないし、食費も浮くからちょうどいいと思っただけなんだからね。それだけなんだから」
私は、急に居心地が悪くなって外に出た。
はぁ、一つ吐息をすると、近くにある堤防へ向け歩き出した。別段何かあるわけでもないが、ただ日も少し傾き出した頃合いであり、夕焼けが美しく見えるのでわないかと思ったからだ。
私は、あえて都心の大通りを避け裏の住宅街を抜ける道を使った。
「着いたか」
家を出てまだ数分といったところか、ひとまず階段を登りきると、空が燃えるかのように紅く染まり、散らばる雲の影が絶妙なコントラストを広大なキャンバスに描き出しているのだ。
「綺麗だ」
川を渡す橋の車の喧騒や小学生がはしゃいで下校する姿もこの光景に趣を感じさせる。すると、何処からかすすり泣く声が聞こえてきた。
橋の下で1人の少女がうずくまり、身体を震わせていた。
私は、何故だか、放っておくことが出来ず、1人泣く少女のもとへ静かに歩み寄る。そして彼女の傍らに座り込んだ。
「どうしたのだ?何か悲しいことでもあったのか」
「ごめんなさい、大丈夫です」
そう言って立とうとする彼女の腕とっさに掴んだ。
「大丈夫なものか。泣く子を放っておくなと教わったからな」
彼女は驚いて何も言えずにいる。
私はそんな彼女の泣き疲れ赤くなった顔を、胸の中に包み込むように抱いてやる。
「辛いことがあるなら話してしまえ。少し楽になるだろうよ」
私がそう言うと彼女は再び声を上げ泣いてしまった。
彼女の名は、北東 水季<きたがし みずき>と言い、近くにある公立高校の生徒で、その帰りだったのだそうだ。
「すみません。少し楽になりました」
「それは良かった。で、なぜ泣いていたのだ?」
すると、彼女は俯いて話し始めた。
「実は、私、学校を辞めようかなって思っていて、いじめられているんですよ私」
私は、なんとも言えない気持ちになった。いじめという言葉は知っていても実際どういうものかは当事者にしか解らない。
私が思うにいじめは、する方もされる方も、心が泣いているように感じるのである。それ故、どちらにとっても、利益はない。ただそこに虚しさが残るだけなのだから。
「こんなこと言われても困りますよね」
「そんことはない。私は、確かにいじめを知らない。けど、一度 寄り添うと言ったからには、最後まで付き合う。それが私の信念だ」
「お強いんですね。私も強くなりたいな」
私たちは、橋の下で話し合った。鮮やかだった空は、いつの間にか輝く星空に変わっていた。
「今日は、ありがとうございました」
「君は、決して弱くなんかない。こうしてまた、学校に行こうとしているではないか、わざわざ死地に赴こうという君が、強くないなんてことはないよ」
「なんだか貴女は、神様みたいなこと言うんですね」
んっ。私は、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
きっとその時の私の頭には、疑問符が、たくさん浮かんでいたことだろう。しかし、水季と名のった少女は、一礼すると堤防を駆け登って行ってしまった。
あれは一体、どういう意味だったのだろう。私は、神ではなく悪魔のはずだ。過去の記憶はほとんどないが、頭の中では、悪魔であることだけが認識されていて、本当に私が悪魔なのかを証明するものはない。
改めて考えてみると、私の存在とはなんなのだろうか。
「そう深く考えることないと思うけどなぁ。人間てさ、自分が何ができるかは分かっても、何を成すかはわからないからね」
「何のために生きているのか考えるのは難しいことだな」
家に帰ってからもぶつぶつ言いながら、彼女、水季との別れ際の言葉の意味を、理解しようとずっと試みていた。
「お待たせ、今日はハンバーグだよ。ごはんとスープはまだ残ってるからたくさん食べてね」
『いただきます』
3人揃って食べ始める。真理亜の手料理は、やはり美味しい。
「さっきは何話してたの?」
真理亜が箸をすすめながら聞いてくる。
「他愛ないことなのだが、今日ある高校生と生きるとはどういうことかと、語らってきたのよ」
「ふぅーん。生きるとはどういうことか、私は友達と遊んで、美味しいご飯を作って食べることかな」
そう、他愛ない、何でもないことなのだ。だがそんな、何でもないことを成すのは難しい。
昨日とほぼ同じ時刻にそれは起こった。バタバタと、奥にある若の書斎から若が慌ててやって来た。
「お嬢さん、お待ちかねのコールだ。既にイカロスの調整は完了してる」
「場所は」
「北ノ峰高校体育館、授業はもう終わっている時間帯だな、部活動の生徒がいるかもしれないから人目につかないようにしておくれ」
「OKじゃ行ってくるわ」
庭に出て、イカロスを起動させる。
手順は先日と同じで手早く済ませて飛翔する。
「うわぁ、速度が上がってる。ほんとやればできるのに、でもこれならすぐに着けそうね」
性能が上がったイカロスで空を切る。
スピードが速いため体勢が崩れそうになるのをギリギリのところで踏ん張る。
どうにか、問題無く辿り着くことが出来た。
「体育館は、あれか」
学校の敷地内に降り立って、辺りを見渡すが生徒も教師の姿も見えない。加えて、ここら辺の空気がやけに、息苦しく感じられる。とりあえず、私は、体育館の中に入ることにした。
「なるほど、中は結構広いのだな」
中に入ったものの人っ子1人も見当たらないが、入り口、右横にある倉庫の中から物音がして来る。そして、
「助けて」
「キャァァァ」
と、何やら激しく叫ぶ声が聞こえてくる。慌てて私は扉を開けると中はとんでもないことになっていた。
そこには3人の女子生徒がいる。1人は気を失って倒れている。もう1人は尻餅をついて、恐怖に顔を歪めて必死に逃げようとしている。そして最後の1人は、彼女、北東 水季だった。
彼女は、息を荒げて、鬼のような面持ちで果物ナイフを握っている。
「どうしてこんなことに」
驚くばかりの私を水季が見ている。
不敵な笑みを浮かべ語りだす。
「ああ、この間の。私、やりましたよちゃんと」
「何を、こんな、こんなの間違ってる」
すると、腰を抜かしていた女子生徒が私の足にすがりついてきた。
「私は、何もしていない。何もしてないんだよ」
「何もしていない。嘘つかないであなた達が私にしたこと、今ここで私の恐怖を、味わってもらうから」
どうにかして水季に正気になってもらうほかない。だが、どうする。倉庫の中を見回すが、ボールぐらいしか役に立ちそうにない。
んっ、やけに静かだな。
水季を見るとナイフを振り上げて止まっている。足元の彼女を見てもやはり泣き叫ぶ表情のまま固まっている。
「こんにちは、こんばんは、悪魔さん。夕方って挨拶に困るわね」
「天使」
水季の後ろにある跳び箱に天使は、片膝を立て座っていた。前回の天使よりも口調が大人らしく落ち着いている。
おそらく、精神的にもだいぶ大人に近いらしい。
「どうしてここに」
「どうしてかですって。そうね、しいて言うなら我が子の参観日に来た。といった具合かしら」
「参観日」
参観日をそもそも知らない。
いや、論点はそこじゃない。大切なのは、参観日に来た親の心持ちで、今ここにいるということだ。不思議なのは、この状況でなぜ、そんな明るい気持ちでいれるのか。
「それは簡単なことよ。私が彼女にこの状況を作りだすように仕向けたから」
「親が参観日の時、子どもにちゃんと手を上げることを仕向けるようにか」
「そう大正解、今はちょっとキャストたちを金縛りにしているけどね。ヒロインと話が出来る機会に恵まれたのだから、騒がしくては、おちおち話も出来ないでしょうし。まっ、見つかってしまったし仕方ないか。もっと楽しみたかったけど、ザーンネン。早く観測なさいな、降参よ」
私は驚いた。としか言えないし、ましてこんなにあっさりと降参されるとは。罠か何かかと勘ぐってしまう。だから、最後にもう1度だけ聞いてみることにした。
「それでいいのだな」
「ええ、私は満足よ。たとえこの子の幸せのために犠牲がでようともね。あなたを一目見れただけコールされた甲斐があったて、ものよ」
さっそく私は、詠唱をする。
「angel NO.8 observe complete」
雷鳴が轟き、天使に直撃すると天使は最後に一言つぶやいた。
「私がオリジナルだったら正しい判断が出来たのでしょうね」
んっ、オリジナル。
「オリジナルって誰のことな」
私が問いかけるよりも先に、天使は砂となってしまっていた。
「のだ」
水季を含めた3人は、その場で気を失ってしまっていた。この子たちをこのままにしておくことは、できないだろう。仕方ない、
「運ぶか」
私は体育館の入り口近くのベンチに、水季以外の2人を座らせると、どうやら人が近寄ってきたようだ。しかも、教師と思われるヒールの<カツカツ>という、よく響く音が聞こえてくる。
「水季には、聞きたいことがあるしなぁ。少々大変だが」
私は、イカロスを起動させ、河川敷まで連れて行くことにした。午後5時のチャイムが生徒たちを温かく送り出すのと同時に飛び立った。
昨日と同じく橋の下に、抱えてきた水季を寝かせると、
「うぅん、はっ、私」
「オォ、目が覚めたか」
「ヒルデ、さん。私は一体、どうしてここにいるのでしょうか」
「やはり覚えていないのか」
困惑した顔で、キョロキョロと不安そうに辺りを見て昨日と同じ場所だと分かったのか、少し落ち着きを取り戻した。そうしてことの顛末を話してやると、ばつが悪るそうに俯いて話し出した。
「ヒルデさんには、ご迷惑をおかけしてしまいました。それは、いつもと違っていじめていた2人の当たりが強かったんです。おそらく期末テストの点が悪かったのでしょう。ナイフを私に突き付けて、手首を切れ、と」
「なるほど、とんだ、とばっちりを食らったのだな」
「ええ、そして私は出来ないと答えました。ですが、やらなければ刺すと言われました。このままでは殺される。そう思ったときです。誰かが『殺られるまえに殺ってしまえ』と、私に耳打ちした気がしたのですが、それより後のことは何も覚えていなくて、私、捕まってしまいまうのでしょうか」
「多くは話してあげられないけれど、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
そう、大丈夫のはずだ。これまでも天使の観測後は、当事者たちの記憶からは天使がらみの事象は消えてしまう。
そのため私が体育館に潜入したことも忘れてしまうのだが、昨日堤防で出会ったことは覚えたままのはずだ。
「まあこれに懲りて、あの子たちもつまらないことはしてこないと思うわ。だから今日はもう帰りなさい」
「はい」
昨日と同じく水季は階段を登って一礼して去っていった。
フゥーと一息、たまったものを吐き出す。
「私も帰ろう」
水季とは逆の方向にある階段を登って帰路についた。
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