1 / 6
case1
時を刻むとき
しおりを挟む
真っ黒な不気味な空、アレは雲?
「いいえ、アレは悲しみです」
「あなたはアレの悲しみがわかるの」
「ええわかりますとも。君を見れば嫌でもわかります」
なんでもない、変哲も無い。そんな少女と私の会話。この島は鉄を得て富を得た。その代わりに空を失った。昼も失った。毎日、毎日、来る日も来る日も闇の様。
それでも私は彼女と出会ったこの街を、私は嫌いになろうとして諦めた場所を出て行くことができなかった。
それももう昔のこと、思い出すだけで嫌になる。
アレは五年前のこと、私は路地を駆け回って逃げていた。盗んだパンをお腹に抱えて必死に走った。パン屋のおじさんは初めて盗んだ日はとても怒って追いかけてきたけど、もうそれも三ヶ月くらい経つ。するとパン屋のおじさんは、わざと路地裏のゴミ箱の蓋の上に、フランスパンを丸ごと一本置いてくれる様になった。
そうして、路上暮らしを十数年続けてしまった私は、もう正しい生き方なんてどうでもよくなっていた。
ある日、いつも通り私がパン屋に行くとパンがゴミ箱の上に置いていなかった日があった。小窓から見えるおじさんの顔はいつも通り。
私がおじさんの顔を見ていると、おじさんは私に気づいて小窓の上を指差した。
指を辿って上を見上げると、声のしゃがれたカラスがパンをツンツク突いて食べていた。
なるほど、パンは置いておくけどそこから後は自己責任というわけか。ならば仕方ないと、私は諦めて湿った路地裏へ引き返した。
日も暮れて路上のガス灯がオレンジの光を灯しだす頃。私がふと足を止めた家屋の中にはロウソクの灯りの中、楽しそうに食事をする一家をボーッと見つめていた。そして私がその家を過ぎ去ろうとした時、その家の扉が開きフリルのワンピースを着た少女が顔を出し、手に持っていたパンを差し出した。
「お腹空いているんでしょう」
「・・・・・・・・いらない」
少女はムキになってパンを私の手に握らせた。
「ノブレスオブリージュのつもりか」
「そんなんじゃ無いわ。君が私からパンを盗んだ。だから私はボランティア精神で君にゴハンをあげたりなんかしていないのよ」
私は握らされたパンを少しちぎって大きい方を少女に返した。
「私は盗んでいない。お前の落としたパンの破片を拾って持ち去ったんだ」
そう言って私は駆け足でまた路地裏に逃げるように飛び込んだ。
その日を境にその少女と度々出会い彼女から逃げる日々が数日続いた頃、パン屋の裏手に行くと彼女がパン屋から出てくるのを見た。案の定逃げようとした私を彼女は呼び止めた。
「お話しない」
「しない」
「そんなつれないこと言わずに」
「忙しいんだ」
「パンを取りに来るのがですか」
「そうだ、悪いか」
「いいえ」
「なら・・・」
「ならパンをお取りになった後はお暇なのでしょう」
ダメだこのタイプは簡単に引き下がらないタイプだ。少し話をすれば満足して帰るだろう。きっといいとこのお嬢様の暇つぶしだろうから。
それから、年はいくつかとか好きなものは何かなど素朴な会話をして彼女は満足して帰って行った。私より少し背の高い彼女は私と同い年だった。
私たちはその後何度かあってはたわいない会話を弾ませた。けれども長くは続かなかった。
「あっ」
「久しぶりね」
彼女は少し疲れた笑顔で私に声をかけた。
「外は気持ちいいわね」
「そうかな。いつもと変わらないけど」
「私にとってはとっても晴れ晴れした気分よ」
私は今日も彼女と話ができると思ったがそうはならなかった。彼女は首から下げていた懐中時計を見て「もう帰らなければならないわ」とその懐中時計をあの時のように、私にの手に握らせた。
戸惑いを隠しきれない私は聞いた。
「何これ」
「時計よ。時間にうるさい人間は賢くなれるそうよ。お父様の口癖よ」
「でも」
「いいの私が落とした時計をあなたが身につけたそれだけの話。それに・・・・・・」
私は息を飲む。彼女の言い草は全くわからないが、彼女の表情は切なげな目をしていた。細い息はそのか細い声を作り出す。出会いは突然で今の彼女はそんな出会った時のように荘厳に見えた。
「っ・・・・・」
その身を翻し、明るみの方へ歩み出す彼女を私は声も出せずにただ、ただ見守っていた。
この時の空はいつもより蒼く大きく見えた気がした。
数日後、私は港の端の方に咲く一輪の花を見つけ、彼女に見せようと彼女の家へ向かった。すると彼女の家からは黒い服を着た男の人と女の人が出てきてそれから沢山の黒い人が彼女の家から大きな箱を抱えて出てくる。
「・・・あの・・・・・・」
私は恐る恐るハンカチを目に当てる男の人に声をかけた。
「君は」
「このうちの子はいますか・・・」
「そうか、君が・・・・うぅ。娘は死んだよ。その時計大事にしてくれたまえ。すまない私はこれで」
この男の人は彼女の父だったらしい。涙を流しながら女の人と肩を抱き寄せあいながら、馬車に乗り込んでいった。
私の頬にツーっと雫が伝う。
「ああッマッテ、まだ・・・行かない・・・・・で」
数台の馬車が私を置いて走り去ってしまう。裸足で私は追いかけたが無理なことは目に見えていた。
馬車の車輪跡が柔らかい土を削っていた。私はそれにつまづき転ぶ。手にしていた花はそれでもなお形を保っている。
彼女は死んだ。出会いのように別れも突然だった。なぜ死んだ・・・私の方がたくさん悪いこともしてきた。彼女は何も悪く無い、なぜなぜなぜッ。
グルグルする頭でパン屋の裏手にやってきていた。いつも通り、そういつも通りだ。
小窓がガタンと音を立て、そこから顔をのぞかせたおじさんが声をかけてきた。
「あそこのお嬢さんは病気だったんだとよ。オメェさんもあんま落ち込みすぎるなよ。パンが塩味になっちまう」
そう言うとまた小窓がガタンと鳴って閉じた。
港の桟橋に座り込んで、じっと海を見つめていた。彼女が最後に残した言葉は『それに私の時は止まってしまうもの』であった。彼女は知っていたのだ自分が死んでしまうことを・・・。
「ホレ、お嬢さんからだ」
後をつけて来たのかパン屋のおじさんがやって来て、一通の手紙を私に差し出した。さっそく私封を開けて中の手紙を読む。そこには一言だけ書いてあった。
「『Move the time of your』by your friend」
私はスクッと立ち上がり握りしめていた花にキスをして海に投げ入れた。その時の空は明るく、海はより碧く輝いていた。
END
「いいえ、アレは悲しみです」
「あなたはアレの悲しみがわかるの」
「ええわかりますとも。君を見れば嫌でもわかります」
なんでもない、変哲も無い。そんな少女と私の会話。この島は鉄を得て富を得た。その代わりに空を失った。昼も失った。毎日、毎日、来る日も来る日も闇の様。
それでも私は彼女と出会ったこの街を、私は嫌いになろうとして諦めた場所を出て行くことができなかった。
それももう昔のこと、思い出すだけで嫌になる。
アレは五年前のこと、私は路地を駆け回って逃げていた。盗んだパンをお腹に抱えて必死に走った。パン屋のおじさんは初めて盗んだ日はとても怒って追いかけてきたけど、もうそれも三ヶ月くらい経つ。するとパン屋のおじさんは、わざと路地裏のゴミ箱の蓋の上に、フランスパンを丸ごと一本置いてくれる様になった。
そうして、路上暮らしを十数年続けてしまった私は、もう正しい生き方なんてどうでもよくなっていた。
ある日、いつも通り私がパン屋に行くとパンがゴミ箱の上に置いていなかった日があった。小窓から見えるおじさんの顔はいつも通り。
私がおじさんの顔を見ていると、おじさんは私に気づいて小窓の上を指差した。
指を辿って上を見上げると、声のしゃがれたカラスがパンをツンツク突いて食べていた。
なるほど、パンは置いておくけどそこから後は自己責任というわけか。ならば仕方ないと、私は諦めて湿った路地裏へ引き返した。
日も暮れて路上のガス灯がオレンジの光を灯しだす頃。私がふと足を止めた家屋の中にはロウソクの灯りの中、楽しそうに食事をする一家をボーッと見つめていた。そして私がその家を過ぎ去ろうとした時、その家の扉が開きフリルのワンピースを着た少女が顔を出し、手に持っていたパンを差し出した。
「お腹空いているんでしょう」
「・・・・・・・・いらない」
少女はムキになってパンを私の手に握らせた。
「ノブレスオブリージュのつもりか」
「そんなんじゃ無いわ。君が私からパンを盗んだ。だから私はボランティア精神で君にゴハンをあげたりなんかしていないのよ」
私は握らされたパンを少しちぎって大きい方を少女に返した。
「私は盗んでいない。お前の落としたパンの破片を拾って持ち去ったんだ」
そう言って私は駆け足でまた路地裏に逃げるように飛び込んだ。
その日を境にその少女と度々出会い彼女から逃げる日々が数日続いた頃、パン屋の裏手に行くと彼女がパン屋から出てくるのを見た。案の定逃げようとした私を彼女は呼び止めた。
「お話しない」
「しない」
「そんなつれないこと言わずに」
「忙しいんだ」
「パンを取りに来るのがですか」
「そうだ、悪いか」
「いいえ」
「なら・・・」
「ならパンをお取りになった後はお暇なのでしょう」
ダメだこのタイプは簡単に引き下がらないタイプだ。少し話をすれば満足して帰るだろう。きっといいとこのお嬢様の暇つぶしだろうから。
それから、年はいくつかとか好きなものは何かなど素朴な会話をして彼女は満足して帰って行った。私より少し背の高い彼女は私と同い年だった。
私たちはその後何度かあってはたわいない会話を弾ませた。けれども長くは続かなかった。
「あっ」
「久しぶりね」
彼女は少し疲れた笑顔で私に声をかけた。
「外は気持ちいいわね」
「そうかな。いつもと変わらないけど」
「私にとってはとっても晴れ晴れした気分よ」
私は今日も彼女と話ができると思ったがそうはならなかった。彼女は首から下げていた懐中時計を見て「もう帰らなければならないわ」とその懐中時計をあの時のように、私にの手に握らせた。
戸惑いを隠しきれない私は聞いた。
「何これ」
「時計よ。時間にうるさい人間は賢くなれるそうよ。お父様の口癖よ」
「でも」
「いいの私が落とした時計をあなたが身につけたそれだけの話。それに・・・・・・」
私は息を飲む。彼女の言い草は全くわからないが、彼女の表情は切なげな目をしていた。細い息はそのか細い声を作り出す。出会いは突然で今の彼女はそんな出会った時のように荘厳に見えた。
「っ・・・・・」
その身を翻し、明るみの方へ歩み出す彼女を私は声も出せずにただ、ただ見守っていた。
この時の空はいつもより蒼く大きく見えた気がした。
数日後、私は港の端の方に咲く一輪の花を見つけ、彼女に見せようと彼女の家へ向かった。すると彼女の家からは黒い服を着た男の人と女の人が出てきてそれから沢山の黒い人が彼女の家から大きな箱を抱えて出てくる。
「・・・あの・・・・・・」
私は恐る恐るハンカチを目に当てる男の人に声をかけた。
「君は」
「このうちの子はいますか・・・」
「そうか、君が・・・・うぅ。娘は死んだよ。その時計大事にしてくれたまえ。すまない私はこれで」
この男の人は彼女の父だったらしい。涙を流しながら女の人と肩を抱き寄せあいながら、馬車に乗り込んでいった。
私の頬にツーっと雫が伝う。
「ああッマッテ、まだ・・・行かない・・・・・で」
数台の馬車が私を置いて走り去ってしまう。裸足で私は追いかけたが無理なことは目に見えていた。
馬車の車輪跡が柔らかい土を削っていた。私はそれにつまづき転ぶ。手にしていた花はそれでもなお形を保っている。
彼女は死んだ。出会いのように別れも突然だった。なぜ死んだ・・・私の方がたくさん悪いこともしてきた。彼女は何も悪く無い、なぜなぜなぜッ。
グルグルする頭でパン屋の裏手にやってきていた。いつも通り、そういつも通りだ。
小窓がガタンと音を立て、そこから顔をのぞかせたおじさんが声をかけてきた。
「あそこのお嬢さんは病気だったんだとよ。オメェさんもあんま落ち込みすぎるなよ。パンが塩味になっちまう」
そう言うとまた小窓がガタンと鳴って閉じた。
港の桟橋に座り込んで、じっと海を見つめていた。彼女が最後に残した言葉は『それに私の時は止まってしまうもの』であった。彼女は知っていたのだ自分が死んでしまうことを・・・。
「ホレ、お嬢さんからだ」
後をつけて来たのかパン屋のおじさんがやって来て、一通の手紙を私に差し出した。さっそく私封を開けて中の手紙を読む。そこには一言だけ書いてあった。
「『Move the time of your』by your friend」
私はスクッと立ち上がり握りしめていた花にキスをして海に投げ入れた。その時の空は明るく、海はより碧く輝いていた。
END
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる