黒の少女と弟子の俺

まるまじろ

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第17話・宿屋の姉の小さな宝

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 海に一番近い街へ辿り着いた翌日の朝。
 俺達は宿泊している部屋の中で、宿屋の経営者であるシャルロッテさんの用意してくれた朝食を食べていた。
 シャルロッテさんは『料理の腕には自信があるから』と、俺達を宿屋へ誘う時に言っていたけど、その言葉通りに料理はとても絶品だった。こんなに美味しい朝食は、おそらく高級な宿屋でもそうそう味わえるものじゃないと思う。
 そんな美味しい朝食に舌鼓を打った後、俺は食器を片付けに来たシャルロッテさんに素直な感想を述べた。

「シャルロッテさん。朝食、とても美味しかったです」
「そう。こうしてお客さんに料理を作るのは久々で緊張したけど、喜んでもらえたなら良かったわ」

 シャルロッテさんはにっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべながら、白い布が敷かれた丸いテーブルの上にある食器を片付けていく。
 それにしても、これだけ美味しい料理が出る宿屋なのに、お客が俺達以外に居ないのはやはりおかしいと思えてしまう。

「シャルロッテさん。その金色のペンダント、とても素敵ね。どこでそれを手に入れたのかしら?」
「ああ。これはね、亡くなったお父さんの形見なのよ」
「亡くなったって……それじゃあ今は、シャルロッテさんとお母さんの2人で経営を?」
「ううん。お母さんはお父さんが亡くなってしばらくした頃に後を追う様にして亡くなったから、今は私と弟と妹の3人でここを切り盛りしてるの」
「そうだったんですか……それは大変ですね」
「うん。確かに大変だけど、私達にはお父さん達が遺してくれたこの宿があるから」

 シャルロッテさんはこう言うけど、やはり色々と大変なんだろうなとは思う。
 家族以外に従業員も居らず、俺達以外に客も居ない。それを考えれば、決してこの宿屋の経済状況が良いとは思えないからだ。

「お姉ちゃん」

 話をしながら食器を片付けるシャルロッテさんを見ていると、不意に部屋の出入口の扉が小さく開く音が聞こえ、そこから少年の声が聞こえてきた。
 俺がその声に反応して扉の方を見ると、ティア達よりも少し背の大きな男の子と、ティア達よりも背の小さな女の子が元気の無い表情をして立っていた。その見た目から2人の歳を推測すると、男の子の方が十歳くらいで、女の子の方が四歳くらいと言ったところだろうか。

「どうしたの? こんな所まで来て」
「ニーナがお腹が空いたって言うから」
「あ、そっか、ごめんね。今から準備をするから、下の台所で待ってて」
「うん。ほら、行こう、ニーナ」
「うん……」

 そう言って部屋を出て行った2人はどこかやつれた感じで、血色も決して良いとは言えなかった。

「今の2人が弟さんと妹さんなんですね」
「うん。弟がリズで、妹がニーナ。手の掛かる子達だけど、とっても良い子達よ」
「リズ君が十歳くらいで、ニーナちゃんが五歳くらいってところですか?」
「おっ、いい勘してるね、エリオス君は。リズの歳はズバリ正解。ニーナはエリオス君の予想から一つ上の五歳だよ」
「なるほど。2人共色々な意味で大変な時期ですね」
「そうなのよ。リズはあれで結構やんちゃだから手を焼く事も多いし、ニーナは泣き虫で寂しがり屋だから色々と心配だし」

 俺も孤児院で沢山の年下を世話してきたから、シャルロッテさんの苦労はよく分かる。それぞれに違った個性を持ち、バラバラな年齢の子供を相手にするのは結構疲れるのだ。

「シャルロッテさん、俺も手伝いますよ」
「えっ!? だ、駄目だよエリオス君。君達はこの宿のお客さんなんだから」
「いいんですよ。それに早く片付けた方が、リズ君達の朝食を作れるでしょ?」

 俺は困惑するシャルロッテさんを横目に見ながら、テーブルの上にある食器を次々と抱え込む。

「私も手伝うよ、お兄ちゃん」
「そうね。みんなで持って行けば、それだけ早く終わるから」

 そんな俺の行動を見たティアとユキも、それぞれに食器を片付けながらそれを手に持ち始めた。

「さあ、どこへ持って行けばいいですか? シャルロッテさん」
「……ごめんね。ありがとう」

 シャルロッテさんは申し訳なさそうにしながら俺達を先導し、俺達は一階にある台所まで食器を運んだ。

「ありがとね。とても助かったよ」
「いいんですよ、これくらい。さて、それじゃあ俺達はこれから出かけますね」
「うん。そういえば、エリオス君達はモンスタースレイヤーを目指して修行の旅をしてるんだったよね?」
「はい。正確に言えば、モンスタースレイヤーを目指しているのは俺だけで、ティアとユキは既にモンスタースレイヤーの称号をもってるんですけどね」
「モンスタースレイヤーの称号を持つティアとユキ…………もしかしてだけど、そちらの2人はあのダークネス・ティアと、ホワイトプリンセスなの?」
「あー、はい。その通りです」
「わあっ! あの有名なダークネス・ティアと、ホワイトプリンセスに出会えるなんて、夢みたいだわ!」

 シャルロッテさんはとても興奮した様子でティアとユキの手を握った。
 2人は世界の希望であるモンスタースレイヤーの中でも飛び抜けて有名だから、シャルロッテさんのこの反応はとても納得がいく。
 こうして興奮しているシャルロッテさんの相手を少しした後、俺達はこの街の結界外へと出掛けた。

「――この下は深い谷になってるわね」
「こっち側も結構深い谷になってるよー」
「了解ー! とりあえずこの周辺の地図に間違いは無さそうだな」

 俺は手に持っていた地図に丸印を入れ、2人と一緒に更に歩を進めて行く。
 今日は海に一番近い街で買った周辺地図を頼りに結界外を歩き回り、その地図がどの程度正確なのかを確認していた。
 なぜ俺達がそんな事をしているのかと言えば、これからしばらくの間あの街に滞在して修行をするので、その修行をする為の場所をしっかりと確認しておく為にこんな事をしているわけだ。
 それにしても、俺達が居る場所は結界外なので、モンスターの生息範囲内に堂々と居る事になる。だからこうして地図の確認をしていても、所々でモンスターの襲撃を受けたりもするから、決して楽な作業ではない。なにせモンスターとの戦いは命がけなのだから。
 しかしこれは効率的な修行を行う上では欠かせない事なので、しっかりとこなしておかなければいけない。

「――お兄ちゃん。そろそろ陽も沈んできたし、今日はこれくらいにして帰ろうよ」
「同感ね。暗くなれば土地勘の無い私達には色々と不利になる事が多いから、まだ陽のある内に街へ戻るのがいいわ」

 結構張り切って遠くまで来たけど、確かに2人の言う様に、今日は早目に街へと戻り始めた方がいいだろう。
 少なくとも地図との照らし合わせが済むにはあと二日はかかるだろうから、ここで慌てて事を進める必要は無い。

「そうだね。まだ明日もある事だし、今日は街へ戻ろう」

 俺達は踵を返し、元来た道を戻り始めた。
 そして帰り道も様々なカラーのモンスターに襲われながらそれを撃破し、俺達は無事、海に一番近い街へと帰還した。まあ、こちらにはモンスタースレイヤーの中でも最強クラスと言われているティアとユキの2人が居るんだから、無事に帰れないはずが無い。
 こうして街へと帰り着いた俺達は、寄り道もせずに真っ直ぐ宿屋へと戻った。
 そして俺達が宿屋へ戻って来ると、階段をいそいそと下りて来るリズ君の姿が見えた。俺はそんなリズ君が下りて来るのを待ち、鉢合わせしたところで声をかけた。

「やあ、リズ君。お姉さんのお手伝い?」
「あっ……えっとあの、そうです」
「そっか。しばらくこの宿にお世話になるから、よろしくね」
「は、はい。それじゃあまた」

 リズ君はなぜか俺の視線から逃れる様にして顔を逸らし、慌てた様子で一階の奥の方へと走り去った。そんなリズ君の様子は俺の目にはとてもおかしな感じに映ったけど、きっと緊張しててああなったんだろうと思った俺は、それ以上リズ君の行動を気にする事はなかった。
 そして俺達はそれぞれに部屋にあるシャワーを浴びた後、シャルロッテさんの作ってくれた美味しい夕食を食べてから明日の計画を話し合っていた。

「――そういえば、私達以外に2人のお客さんが来てるみたいなんだけど、お兄ちゃん知ってた?」
「えっ? そうなの? どんな人?」
「2人共おじさんだったよ」
「へえー。どこか別の土地から旅をして来たのかな?」
「うーん……多分違うと思うなあ」
「えっ? どうしてそう思うの?」
「だって、旅人にしてはかなりの軽装だったし、服にも靴にも全く汚れが無かったから、旅をして来た様には見えないんだよね」
「ふーん、なるほどねえ」

 確かにティアの言う様に、旅人だとしたら服にも靴にも全く汚れが無いと言うのはおかしな話だ。
 だけどもしかしたら、どこかで服を着替えたり靴を履き替えたりしたのかもしれないから、一概にティアの言っている事が正しいとも言えない。

「2人共。今は明日の計画を練っているところでしょ? 雑談はそれが終わってからにしてくれないかしら?」
「あっ、ごめんね、ユキ」
「相変わらずユキは厳しいなあ。少しくらいはいいじゃない」
「その少しくらいが原因で、寝不足になりたくないのよ。私は誰かさんみたいに、お喋りで夜更かしをして肌を荒らしたくはないから」
「べ、別に夜更かしなんてしてないし、肌だって荒れてないもん! 私の肌はつるっつるのぴっちぴちだもんっ!」
「そうかしら? 自分で肌荒れに気付いてないだけかもしれないわよ?」

 2人のこのやり取りを聞いた瞬間、俺はまたいつものが始まったなと思った。

「そんな事ないもんそんな事ないもんっ! ユキの意地悪っ!」
「意地悪とは失礼ね。私は自分の事に気付いていないあなたに、苦言をていしているだけよ?」
「違うもん! 絶対にユキは意地悪でそんな事を言ってるんだもんっ!」

 こうなってくると2人の言い争いは長くなる。
 俺は小さく溜息を吐き、このいつ終わるとも知れない少女達の言い争いを見守る事になった。
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