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中川先生の愛欲生活指導

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 この学校での四度目の卒業式を終え、拍手がまだ鳴りやまない中で誰よりも早く講堂を去る。化学準備室へと逃げ帰ってきた郁は、ジャケットを苛立たしげに脱ぎ捨てると、コーヒーを淹れる支度をする。そして、ネクタイを緩め、シャツのボタンを一つ外し、ようやく息がつけたというように大袈裟にため息をついた。
 今日の卒業式も、いつもと変わらない退屈さだった。
 儀礼的な言葉、芝居がかった涙。
 これらは学生の頃から苦手で、何度経験しても慣れることがない。感動的と思われる場面での皆の泣き顔を、いつも白けた気分で眺めてしまう。
 加えて、大人になった今、滅多に着ないスーツを身に纏った自分の、借りてきた猫のような滑稽さ。それでなくても、フォーマルな場というのが嫌いだ。まるで出来の悪いペルソナを演じているような、体中を掻きむしりたくなるほどの居心地の悪さを感じる。
 多くにおいて今の教師生活は妥協の産物だと思っているが、このようなセレモニーの薄っぺらさは特に、郁の我慢の限界を試されているような気がした。自分の時間、自分の空間を強奪されているような感覚がそこにはあった。
 でも、ここに帰れば大丈夫。もう安心だ。
 自分の巣に帰ってきた安心感で、鼻歌すら飛び出してくる。
 湯を沸かしたビーカーをやっとこで掴み、用意したドリッパーでコーヒーを淹れる。
 コーヒーに強いこだわりは特にないが、インスタントコーヒーや缶コーヒーの不味さに比べれば、安い粉でも存外美味いと思う。
 コーヒーを淹れながらスマホの時計を見る。
 約束の時間にはまだ早い。しかし、外からは生徒たちの騒がしい声が聞こえてくる。HRはとっくに終わり、もう下校する時間なのだろう。
 窓の外を見れば、空は不穏な雰囲気を漂わせる黒い雲に覆われ始めていて、雨が近いことを知らせていた。
 今朝は晴天だったから、傘を持ってきていない人間が多いだろう。早く帰らなければ。
 彼女だってそうだろう。
 だから、今日は早く帰らせてあげないとな、と思う。でも、いつもそう思いながら遅くなってしまう。彼女との時間は永遠だと思ってしまうのは悪い癖だ。
 思ったよりも濃く淹れてしまったコーヒーを啜りながら、紬が来るのを待つ。
 今日はどんな顔を見せてくれるのだろう、声を聞かせてくれるのだろうと思うと、それだけで下半身が疼いてしまう。まだまだお楽しみは先にとっておけ、と自分に言い聞かせる。

 
 
 紬との逢瀬が始まったのは彼女が一年生の夏の頃からだが、彼女との関係はそれよりも前に始まった。
 郁への抗議という形で関わった最初の出会いの印象の悪さから、郁は紬のことを「取っつきにくい優等生」と烙印を押していた。きつく結ったポニーテールに挑むような目と固く閉じた唇、という風貌からも、融通の利かなさを感じていた。
 印象の悪さはお互い様だったようで、その最初の抗議があってから紬は、郁の授業をろくに聞かないという態度を取るようになった。
 教科書は開かず、板書は写す気配はなく、郁の指示にも従わない。
 それでいて化学の成績はトップという有り様だったから、郁の紬に対する印象は悪くなるばかりだった。
 しかし、だった。それなのに、郁は紬のことを気になってしょうがない自分がいることも知っていた。
 優等生でありながら教師へ意見しようとする自立心は好ましかったし、派手さはなくとも時折見せる大人びた顔や物憂げな顔は、見つめるのが罪なほど美しかった。
 そんな自分の気持ちに苛立ちつつ過ごしていた頃、期末考査も終わり、解答用紙の山を相手に採点作業をしていた放課後のこと、紬が化学準備室を訪れた。
「あのー、いいですか?」
 ここは郁の聖域で、校長ですら入るのを遠慮するほどの不可侵領域との学校内の暗黙の了解の中、こうして平然とやってくる存在は鬱陶しいが、追い返すのも面倒なので、「ああ、いいよ」とぶっきらぼうに答える。それに対して紬は、「では、お邪魔します」と一礼してから折り目正しく入ってきた。
「で、何?」
 作業を邪魔されている、といった不機嫌さで言う。
 しかし、紬の方に目もくれず、ひたすら採点作業に夢中になっている風を装っていたものの、内心は、今日の紬の雰囲気がいつもと違うことに気づいていた。
 いつもなら郁と相対する時は刺々しい雰囲気なのが、今日は何だか柔らかい。ポニーテールではなく、髪を下ろしているからだろうか。それに、目が悲しみで潤んでいるような印象。 
 こんな紬を見るのは初めてだから、少し動揺しつつ、気にしないようにわざとテストのことを話題に出す。
「テストの結果でも聞きに来たのかよ」
「……いいえ、違います」
「じゃあ、何?」
 紬は意を決したように郁を見ると、こう言った。
「中川先生は、先生を辞めるんですか?」
 意外な言葉に虚を突かれて、つい唾が気管に入ってしまいそうになる。
「ゲッホ、ゲホゲホ……」
「えっ、あっ、大丈夫ですか、先生?」
「んあっ、いや、大丈夫だけど、どこでそれを?」
「職員室で先生たちが話してるのを聞いちゃって、本当かなって思って……」
 確かに母校の大学に戻りたいという意向は話してはいた。そろそろ大学院入学選抜の願書も出しておかないととも思っていた。
 ただ、それは校長との間の内密の話だったはずだが。
 校長は口が軽そうだとは思っていたが、本当にそうだとは思わなかった。
 しかし、否定しても嘘になるので、どうせ知られるなら早い方がいいとばかりに紬に事の真相を話す。
「ああ、本当だよ。前から大学に戻りたいって思ってて、ようやく目途がついたから、今年のうちにって話してたんだ。もともと教師は向いてないしな。研究の方が性に合ってるんだよ、俺。こんなクソ狭いとこで、専門書をちまちま読んでるだけで終わらせたくなかったし」
 郁の言葉に、紬は声を震わせながら言う。
「私の、せいですか?」
「何で、君のせいなんだよ」
「私がちゃんと授業を聞いてなかったから、教師には向いてないなんて」
「いやいや、そんなことないってば。ここ見れば分かるだろ、こんなところに籠って誰とも会いたがらない教師なんてそもそもおかしいだろ。君のせいなんかじゃないって。ま、俺の教師としての限界を君が教えてくれたとはいえるだろうけどさ」
「……じゃあやっぱり、私のせいじゃないですか」
 いじけたように俯いた紬の顔から、ぽたりと雫が落ちた。
 何だ? と思っていると、紬は蹲って泣き出してしまった。
 幼い子どものように、えーんえーんと泣く紬を慰めようと彼女のそばに近づくと、彼女は「放って、おいて、ください」と意地を張る。
「放っておけないだろ。大体何で泣くんだよ、俺がいなくなってせいせいするだろ?」
 そう言うと、紬は泣きじゃくりながら首を横にぶんぶんと振る。
 郁は困りながら紬の背中をさする。
 すると、紬は嗚咽を堪えながら、今まで溜まっていた思いを吐き出し始めた。
「せんせ、い、は、そうやって、私のこと、置いてけぼりに、していくんだ。せん、せいは、私のこと、嫌いかもしれないけど、先生に、色々、教えて欲しいのに、先生のこと、怖くて、でも、好き、で、なんとか、して、私のこと、見て欲しかったのに、先生、は、私のこと見てくれなくて、悔しくて。どうしようも、ない……」
 それは紬の告白だった。意外な、でも、必死の告白に、郁は心の奥底から動揺した。
「嘘、だろ……。飯野が、俺のこと、好きだなんて」
 呆然とする郁に紬は、「嘘じゃない、嘘じゃないもん」と言うばかり。
 こんなにも全力で思いを伝えてきた紬を前に、郁は今まで蓋をしてきた彼女への思いを認めざるを得なかった。
「俺も、好きだよ。飯野。ずっと前から好きだった」
 郁の言葉に紬は、「ふぇ?」と顔を上げる。
「嘘!? だって先生私のこと嫌ってたでしょ?」
「嫌ってなんかないよ。そりゃあ、ちょっと付き合いづらい生徒だなとは思ってたけど、気になってたのは本当」
「本当に? 本当に本当なの?」
「本当だってば、しつこいな君は。そう言うとこが君らしいけど、本当だって」
 まだ疑り深そうに郁を見る紬に、「これなら信じるか?」と言うと、ちゅっとキスをする。
「な、本当だろ?」
 柔らかくて優しいキスに紬はぼうっとし、唇に指を当て、「しちゃった」と声に出す。
 紬のその可愛らしい反応が楽しくて、郁は何度もキスをする。 
 郁の舌が紬の口の中に入り込むと、一瞬彼女はびくりと体を強張らせるが、郁が、「大丈夫、俺の真似してやってみればいいよ」と言うと、紬もおずおずと郁の口へと舌を入れる。互いの舌を探り合いながら絡ませる。そうしているうちに二人の興奮が高まってきて、キスの深度も深くなる。ちゅるちゅるという音を立てながらのキスの最中、互いを求める気持ちが高まってきた時だった。
「先生……して」
 紬の言葉の意味はすぐに分かったものの、郁は躊躇う。
 このままの勢いで彼女と寝るなんて、まるで体だけが目当てのようだ。きっと彼女は初めてだろうから、なおさら大事にしたかった。
 でも、紬は譲らなかった。
「今、して。初めてを、先生にあげたいの」
 紬の目はいつになく真剣だった。今、ここでしなければ、きっともうないだろうと思わせるほどに、思い詰めた目をしていた。
「本当に、いいの、か?」
 紬はうんと大きく頷く。
「じゃあ、立って」
 紬と一緒に郁も立つと、部屋の中央のテーブルの上をさっと片づけ、スペースを作る。
「そこに横になって」
 郁の言うとおりにテーブルに横たわる。
 少し緊張した顔の紬に、「止めるなら今だよ」と言うが、「ううん、先生と今、したいの」と言う。
 欲求に対する紬の素直な要求に、郁の中に仄暗い欲望が満ちてくる。
 いつもは澄ました顔の優等生の彼女を、狂わせるほどに乱れさせたい。その先の顔を見たいと思った。
「じゃあ、脱がすよ」
 郁の手が制服のボタンにかかる。一つ、二つと外していく毎に、紬の呼吸が早くなる。そうして制服を脱がすと、彼女の体から汗に混じった彼女の微かな体臭が匂う。それは決して不快なものではなく、甘酸っぱい癖になるような匂いだった。
 思わず彼女に覆い被さり、首筋から胸元に顔を近づけ、胸いっぱいその匂いを吸い込む。
 まるで動物の発情期のように匂いに恍惚としていたが、目の前の豊かな胸の感触を顔で味わっているうちに我慢できなくなり、ブラジャーのホックを外す。
 すると同時に、たわわと言ってもいいほどの胸が零れだす。
「何か、恥ずかしい…大きいだけでみっともなくて…」
 そんな風に紬は恥ずかしがるが、横になっているのに脇に流れずつんと澄ましたように上を向いて、触ると手にしっとりと吸い付き、弾力のある紬の胸は、郁には余るほどのご馳走だった。
 すかさず胸に愛の印をつける。一つでは足りない。二つ、三つとつけてゆく。これでもう、紬は自分のものと悦に入る。
 そうやってから、ねっとりと胸を愛撫する。揉みしだき、口いっぱいに頬張り、先端を指先舌先で弄り回す。
「あ、んっ、せんせ、いっ。そこ、いいっ……」
 紬は快感に素直に応じる。その反応に郁の体も熱くなっていく。
 乳首をねろねろと舐め回していると、紬の腰がゆらゆらと揺れる。
「もしかして、下も、感じてる?」
 郁の言葉に紬は目を潤ませて、恥ずかしそうに頷く。
 そうか、それなら……と、紬の足を開かせ、右足を曲げさせると、左手で下着越しに秘所を、右手で胸をそれぞれ弄る。
「ああんっ、あんっ……はあっ、ん……、やんっ、やだ……やめっ」
 先ほどとは比べものにならないほどの感度に、郁は自分のモノも徐々に熱くなっていくのが分かる。
 左手の指先がぬらぬらと濡れてくる。小さな突端が硬くなってきていた。
「いや、先生っ、イっちゃう、イっちゃうよう……」
「うん、イっていいよ……どんな顔か見せて欲しいな」
「う、ん……先生の意地悪……」
 くりくりと左手の動きを早める。その動きに合わせるように呼吸も早くなり、声の甘さが増してくる。
「うんっ、ふっ、あんっ、いや、やんっ、あっ……あ、あっ、あっ……はあっ……」
 軽くイって紬はくったりとする。
 そんな紬の頬に軽くキスをした後、郁はぎゅっと彼女を抱きしめる。
「気持ち良かった?」
 郁を見つめながら紬は頷く。そして、言った。
「今度は先生も一緒に、ね」
「分かった」
 実は、郁のペニスは今すぐにでも彼女の中を求めて固く盛り上がっていた。今すぐにでも下着から解放してやりたい気持ちでズボンと下着を脱ぐ。
 初めて見る男のペニス、それもそそり立ち大きくなったモノを見た紬は、息をのみ、しばしの間見入っていた。あまりにも熱心に見るのでこちらが恥ずかしくなるが、「これが、これから私の中に、入るんですね……」と感心したように言う。
 そのいかにも真面目な言い方は、性的な好奇心というよりは、まるで学術的関心のように聞こえて、思わず笑いそうになる。
「?????」
 不思議そうに郁を見る紬に、
「何でもないよ。そう、これからこれが君の中に入るんだ」
と言い聞かせると、彼女の下着を下ろしていく。秘所から滴る汁が糸を引いて下着に移る。
 こんなに濡れているなら指はすんなり入るだろうと、人差し指をそおっと入れてみる。
「きゃっ」
 紬はびっくりして声を上げる。
「大丈夫、指を入れてみただけだよ。いきなりだから驚かせちゃったね。でも、いいよ、このまま力抜いてごらん」
 郁の言うまま、深呼吸しながら力を抜いていく。 
 その動きにつれて指を締め付ける力も抜けていく。
「ああ、いいよ。じゃあ、俺の、入れてみるよ」
 とうとうこの時が来た、と思う。一つになる時が。
 ゆっくり紬の中を貫いていく。初めてペニスを受け入れるから、締め付け具合は指の比ではなかった。けれど、郁の優しい動きは紬の緊張感をほぐし、心身ともにゆったりと彼を受け入れる気持ちになっていた。
 そして、郁のペニスが根元まで入った瞬間。
「あ、入ってる。先生と私、繋がってる!」
「そうだよ、俺と君は今、一つになったんだ」
 しばらくそうやって紬の中で馴染ませる。心地よい締め付けが郁のペニスを包んで、それだけでも嬉しいが、体はなお正直だった。腰が動きたくてうずうずしていた。
「じゃあ、いいか? 動くぞ」
 郁の腰がゆっくりと動き始めたが、すぐさま勢いがつきスピードが増した。
 初めてだというのに紬の中が気持ちよすぎて止まらない。
「ああっもう、ヤバイ。お前の中、気持ちよすぎておかしくなりそう……」
「先生っ、もっと、もっと、いっぱい動かして!」
 紬の煽る言葉に郁は自身を奮い立てる。
「お前、やらしいな、こんなに腰振り立てて。もっと欲しいって言ってごらん。先生のちんぽいっぱい突いてって」
「もうっ、先生、恥ずかしい……」
「言ってみてよ。な、言ってみてごらん。じゃなきゃ、今日はこれでおしまいにするよ」
「ううんっ、んん、あっ……せんせ、いの、ちんぽ、いっぱいください……」
「よし、言えたな。ご褒美にいっぱいやってあげる」
 郁の腰は速度を増して、紬を突く。郁の精と紬の蜜がぶつかる淫猥な音が、化学準備室に響く。もう止まらなかった。二人の淫らな世界は始まったばかりだった。



 郁がコーヒーを飲み終えた頃、化学実験室の扉が開く音が聞こえてきた。柔らかい足音がこちらに近づいてきて、化学準備室のドアの前で止まる。
 トントントン。
 遠慮がちに叩くノックの音は彼女の証。
「入っておいで」
 郁の声に促されてドアが開く。
「失礼します」
 そして、紬は入って来るのだが、もう勝手知ったる場所なのに、忘れずに一礼して入ってくる律儀さに、郁は目を細める。相手の領域に図々しく踏み込んでこない礼儀正しさは、どんな礼儀よりも郁の目には美しく見える。
「さあ、こっちへ来て。コーヒーを淹れてあげるから」
 紬を椅子に座らせると、郁は再びビーカーで湯を沸かす。紬は濃いめが好きだから、さっきぐらいの粉の量でいいだろう。ドリッパーに粉を入れ、湯が沸くのを待ちながら、今日の卒業式のことなどを話す。
「なにはともあれ、無事卒業式も終わって、何かせいせいした感じがするな」
「中川先生らしい言い方ですね、せいせいしたって」
「何か、重荷が減った感じがするんだよ。ま、もうすぐ新しいのが来るんだけどさ。それにしても、卒業式に何の躊躇もなく泣ける人間ってすごいって思うんだ。俺、絶対ああいうとこで泣けないからさ」
「確かに、中川先生が感極まって泣く、なんてとこ、想像できませんね。そもそも、泣くなんてこと、先生あるんですか?」
「んーとな……ないな。泣けるって言われる映画でちゃんと泣いたことないもんな」
「ははは。でも、私もあんまりないかな。お約束で泣けないですもん。人が泣いてるのを見てると冷めちゃって」
 誰からも信頼されている紬だが、他者に対しては辛辣なところも、郁には好感が持てた。人間をあまり信用してないというか、夢を持たない感じが、同志という感じがする。
 そんな風な話をしていると湯が沸き、コーヒーを淹れる。
「はい、どうぞ。熱いから、火傷には気をつけて」
「はい。では、いただきます」
 背筋を伸ばして姿勢よくコーヒーを飲む紬の様子は、いかにも優等生っぽい融通の利かない感じがする。
「それにしても、君もとうとう三年生になるんだな。一年の頃はまだ子どもっぽい感じだったのに、今じゃ皆に頼られるしっかり者って感じがする。十代の頃の二、三年って大きいよな。それに比べて、年取ると五年も十年も変わんねえな」
 そんな郁の言葉に紬はぷっと吹き出し、「何オヤジ臭いこといってるんですか、まだ二十代なのに」と笑う。
「いや、笑ってるけどさ、ホント、年取ると一年があっという間なんだよ。大人がそう言うの聞いてて、嘘だーって思ってたけど、本当だからな。あー、大人になるってつまんないもんだよ、まったく」
 大袈裟に溜め息をつく郁に笑いかけながら、ゆっくりと紬はコーヒーを飲み干した。
「ごちそうさまでした」 
 そう言うと、お辞儀する。
 いちいちの礼儀正しさが可愛いが、軽く口の端を舐めた時、その舌の艶めかしい動きに郁はぎくりとした。背筋がゾクゾクする。
 この舌でこれからすることを、色々想像すると股間に力が入ってしまう。
 ここで紬と二人きりになると自制が効かなくなる。そんな自分を胸の内で笑っていると、外は真っ暗になり、大粒の雨が降り出してきた。またこの時期には珍しく雷まで鳴っている。
 ゴロゴロと唸る音は、意外に近くで聞こえている。
「雷、怖い?」
  郁がこう聞くと、紬は平然と「全然」と言う。そういうところもまた紬らしい。
  しかし、郁が明かりをつけようと電気のスイッチを入れようとするとつかない。停電らしく、PCの画面も消えている。
 しょうがない。郁はテーブルのアルコールランプに火をつける。その明かりに吸い寄せられるように、紬は椅子をテーブルに近づけ、火に見入る。
「こういう明かり、好きなんですよね。電気みたいにバーンって全部あからさまにしない感じ。いいと思いません?」
  紬の言葉に「そうだね」と頷きつつ、彼女を後ろから抱きしめる。二人のすーっ、すーっという呼吸が同調していく。
 しばらく互いの体温を感じていたが、郁の手が紬の制服のボタンに手がかかる。
 一つ、二つとゆっくりと外していく郁に、紬は、「今日は焦らすんですね」と笑いながら言う。
「いつもはすぐにしたがるのに。今日はなんだかお利口さんです」
 紬の首筋に口づけながら郁は、「今日は特別だからね」と独り言ちる。
 制服を開き、キャミソールをたくし上げると、ブラジャーのホックを外す。そして、するっとブラジャーを外すと、紬紀の胸が露わになり、胸を両手で持ち上げ愛撫し始める。
 乳首を指先でそっと優しくこねてやると、紬の口からは「あっ、ん……先生、そこ……」と甘えた声が出る。
「こう? こんな風に先端を弄られるの、好きだもんな。もっとして欲しい?」
 郁の言葉に紬紀は「ふ、ん」と頷く。
「だったら……」
 テーブルの上のアルコールランプや本を適当に片づけると、紬紀をそこに横たわらせる。
 紬は裸よりも卑猥に見えた。その淫らな姿に覆いかぶさると、郁は一心不乱に彼女の体に食らいつく。
 首筋に、胸元に、自分の愛の印を隙間もないほどつけ、胸を激しく揉みしだきながら、乳首を舌先で転がしていく。手は彼女の体のあらゆる部分を撫でさすり、そのそそけ立つ感覚に紬は身をよじった。
「はあんっ、あんっ……い、やっ……」
 郁は立ち上がった乳首を口に含みながら、「ふうん、嫌なら、止めようか?」と意地悪く言う。
「先生の意地悪……止めて欲しくないの、知ってるくせに」
 紬は声が漏れないように、腕で口を抑えながら話す。
「そうだよな、君は正直だから止めて欲しくないって言える子だもんな。それに、ここも……な」
 郁の手がスカートの中に入ると、足の間に滑り込ませる。
 下着の上からでも小さく尖ったものが感じられた。
「ここ、こんなに尖らせて。胸だけでもイッちゃいそうなの? でも、まだ駄目。イカせない。今日はたっぷり楽しもうぜ」
「先生、今日は何か違いますね」
 紬は腰を揺らせ、郁の手を求めながらこう言った。
 郁は紬の匂いを胸いっぱい吸い込みながら、彼女の首筋を舐めまわす。郁は紬の甘酸っぱい匂いと味が大好きだから、まさに味わうと言った感じだが、今日は特に執拗に舌を這わせる。
 そう今日は違う。
 今日は特別。
 

 郁の手が下着の中に入れられ、過敏な肉芯を指で弾く。その意地悪な手つきは、何度されても飽くことがない。
「ああっ、ん……」
 出すまいと押し殺しているのに、思わず漏れる自分の声に恥ずかしいと思いつつ、もっともっとと煽る自分がいる。
 この快感を奥底から味わいたいと熱望する、はしたない自分。
 しかし、愛しい男に導かれて覚えた快感の味は、何よりも甘美な世界だった。
 この味を覚えるまで、自分にこれほどセックスへの欲望があったとは思わなかった。
 これまで「生真面目な優等生」という、安心できるペルソナを纏って生きてきた。この仮面のいいところは必要以上に人に踏み込まれないこと。同級生たちからは「飯野さんは優秀だから、私たちとは違うのよね」という、屈折した選民意識で排除されてきたけれど、それでいいと思っていた。
 仲の良さを比べ合ったり、共感を強制されたりと言った友情の嘘臭さについていけなかった紬にとって、そんな風に距離を保ってくれていることは有難かった。
 それでも寂しいと思わないでもないが、仕方ないと諦めていてもいた。
 そんな孤独な学校生活をずっと送ってきた紬にとって、中川という教師は、同じ匂いがする存在だった。
 入学式に見た、窮屈そうなスーツ姿に居心地の悪そうな顔。およそ教師らしくない威厳のなさに、紬は目を引いた。そして、その中川という教師の評判を聞くにつれ、ああ、自分の同志だとの思いが強くなった。
 化学準備室に籠って専門書を漁り、授業は教科書からはみ出しまくりで(一応、最後は帳尻を合わせるものの)、同僚教師とも生徒たちとも交流しない「変人教師」は、紬の憧れになった。
 彼に近づきたい。そう思っていたのに、思いがけなく中川と仲違いしてしまって、紬は珍しく自己嫌悪に陥っていた。
 そんなある日、集めたレポートを渡しに行った職員室で、中川が教師を辞めて大学に戻るらしいとの話を聞いた。
 中川がいなくなってしまう。そのことに動揺して勉強も身につかない。それでもなんとか期末をやり過ごした日の放課後、中川の元を訪れ彼に問うと本当だという。そのことを言う中川はなんだか清々しい顔をしていて、紬は寂しいような悔しいような思いに突き上げられ、おいおい泣いてしまった。
 そして、泣きながら「好きなのに……」と吐露してしまっていた。
 一瞬、「まずい」と思ったものの、言葉はもう止められない。中川への思いがずるずると出てしまう。
 フラれても、笑われてもいいや。どうせいなくなるなら、当たって砕けてしまえ。
 やけっぱちの気持ちで告白すると、意外な言葉が帰ってきた。
「俺も好きだよ」
 一瞬何を言っているのか分からなかった。だって、先生は私のこと嫌いなんじゃあ……?
 でも、中川も本気だった。
「本当に好きだよ」
 そう言って何度もキスしてくれた。中川の唇の意外な柔らかさに驚いた。
 そのキスが始まりだった。
 初めてした大人のキスに、紬は自分の中の欲望に火がついたのを感じた。
「先生、して」
 自分からセックスの誘いをするなんて思わなかった。でも、初めてをあげるならこの人がいいと強く思った。それも、今すぐ。燃える欲望を冷ましたくなかった。
 中川は流石に最初は躊躇ったが、紬の真剣さに応えてくれた。
 初めての紬を傷つけず、そして快楽の世界に導いてくれた。
「痛くなかった?」
「大丈夫です。先生が優しくしてくれたから」
 中川の体温と重さを心地よく感じながら、その日は特別な日になった。
 それから、週に何度かの放課後は化学準備室で「デート」するようになった。誰も知らない、秘密の逢瀬。そこで中川は紬の体に自分の証をつけていく。外にも中にも。
「先生、見えるところにはやめてくださいね」
 そう言うのに、中川はあらゆる場所に自分の印をつけるので、一度同級生に見られて指摘されそうになったことがあった。
「あ、これ? 虫に刺されちゃって」
 そう言いながら、中川の唇の感触を思い出す。その口でされたいろんなことを思い出して、体が敏感に反応してしまう。
 もう中川に、体も心も夢中になっていた。
 そして、それは中川も同様だった。

 アルコールランプの明かりの仄暗さが、二人の淫靡な欲望を露わにする。
 テーブルの上には郁が乗り、後ろから右手を伸ばして紬の下着の中へと挿し入れ、秘所を弄り回していた。ぐちゅぐちゅと音のする蜜口とクリトリスを同時にいじめる一方、空いた左手の親指と人差し指は乳首をいたぶる。
「あぁっ、先生、今日は、なんだかいつもより、激しい……」
「今日はたっぷり楽しもうぜ。もう三年生になるんだから、そのお祝いもかねてさ……」
 郁の舌が紬の耳の中を嬲る。
「ふぅぅっん、ぃやっ」
 敏感な場所を同時に責められ、快感で狂いそうになるのを堪えながら、紬が呼吸を荒くしていると、微かに、ほんの微かにドアが動く気配を郁は感じた。紬は快感に夢中で気づいていない。
 あ、来たな。
 郁はその気配に口の端が緩む。
 ようやく来たね。遅いよ。
 でも、ショーの本番はこれからだから、たっぷり楽しませてあげるよ。
 

 郁は紬のクリトリスを口に含み、舌でわざとらしく音を立てながら吸うと、彼女の体は少しのけぞったように脈打つ。
「うっ、ふ、せんせ、い。そこ……いい、もっといっぱいして……」
 紬の甘くねだる声をどんな風に聞いているのかと思うと、郁は暗い楽しみで胸が高鳴った。
 彼女の体に夢中になりながら、郁は昨日の出来事を思い出していた。
 卒業式を明日に控え、なんとなく浮き足立っていた校内の雰囲気が、化学準備室に籠もる郁の元にも流れ込む。何だかイライラするのを収めようと、なんとなくぷらぷらと歩いていると、誰もいないはずの美術室から人の声が聞こえてきた。
 最初は美術部員でも集まっているのかと思っていたが、声をひそめて話す調子から、何か良からぬことでも起きているように感じた。興味が湧き、足音を忍ばせて近寄ってみた。
 入り口に立ち、耳をそばだたせていると、耳慣れた声が聞こえてきた。
「それで先輩、話って何ですか?」
 それは紛う方なく紬の声だった。ちょっとつっけんどんな、いつもの優等生的態度の話し方。そんな紬に、相手はおずおずと話し出す。
「いや、なんというかさ、明日で俺らが会うのも最後ってことになるじゃん。それで、さ。これがいい機会だと思って。後悔したくないし。それに、これが最後にしたくないし。だから、その……」
 相手のまだるっこしい言い方に郁がイラついていると、紬が冷ややかに言い放つ。
「相田先輩は結局、何が言いたいんですか」
 相田? っていうと、あの相田か?
 バスケ部の副キャプテンだとか、成績は一応上位だとか、女子人気が異様に高くて、秘かに彼女は五人同時にいたとかいった情報が頭を駆け巡る。要するに派手で目立つ生徒だった。
 そんな相田と紬に、接点なんてあったろうか?
 不思議に思いながら聞き耳を立てていると、当の相田はしばらく言葉が出てこない。
 しばしの沈黙に、「じゃあ、何もないんですね」と紬がその場を離れようとした瞬間、「待って、聞いてくれ」と相田が止めた。そして、さっきまでの軽い言い方を打ち消すような真面目な話し方で、紬に言う。
「聞いてくれ。これまで何か色々言われてたのは飯野さんも知ってるだろ。あれ、全部誤解なんだ。嘘なんだよ。信じて欲しい。だって、俺が本当に好きなのは、飯野さんだったんだから」 
 意外な言葉に、今度は紬の方が沈黙する。
「意外って気がする? でも、本当なんだ。ずっと飯野さんが好きだったんだ」
 そう言うと、何かが起きた気配がする。
 なんだか嫌な予感がする、と郁は恐る恐る美術室の中を覗くと、紬を抱きしめる相田の姿があった。目を凝らして見ると、紬の体はは小刻みに震えている。
 やめろ! と言いたい気持ちを抑えて見守っていると、相田は「本当に好きなんだよ」と語りかけていた。
「ずーっと君を見てた。君のこと、その……なんていうか、ずっと綺麗な子だなって見てたんだ。皆君のこと、秀才ってとこしか見てないみたいだけど、俺は、それ以外のとこも見てたよ。気づかないところで優しいとことか、細かい気配りのできる子だなって思ってて。それに、君も俺のこと、見てくれてただろ。気にしてないってフリしてさ。でも、見てたの気づいてた。だから、俺たち、両想いなんだ。付き合おうよ。四月からは別々になっちゃうけど、大学は地元だしさ、会うのは自由に会えるからいいだろ」
 なんだか話が突拍子もない方向に進んでいる気がする。
 紬が相田のことが好き?
 そんなこと、彼女の口から聞いたことがない。
 それに加えて郁の心を逆撫でしたのは、相田の過剰とも言える自信だった。それは異性にモテることからくる、無神経な自信だろう。
 郁はこの手の類の自身が一番嫌いだった。自分の力で手に入れたわけでもないものを、ひけらかして奢るような人間には反吐が出る。
 まして紬の気持ちも考えず、付き合うのは確定事項という態度に、郁は全身の毛が逆立つような怒りを感じた。
 郁にとって紬は運命の相手だった。なくてはならない存在。それは紬にとっても同じ思いだった。決して間違えようのない真実だ。だから、相田のような人間に好意を持つとは考えられない。きっと何かの間違い、勘違いだろう。今だって、相田の腕から逃れようともがいているのだから。
「先輩っ、お願いです。放してくださいっ!」
「いいだろ、俺たちの気持ちは同じなんだからさ。明日の卒業式終わったら、二人でどっか行こうよ。二人っきりになれるとこで、楽しもうよ、ね?」
 相田の声には下心が含んでいた。それを証明するように、相田は紬にキスをするのが見えた。
「うっんんん……」
 苦しそうに声を出している紬などお構いなしに、相田は彼女の唇に食らいついている。
 それを見た郁の逆上ぶりなど相田は当然知らない。、嫌がる紬を奴の手から解放してやりたい。彼女は自分のものだと、奴に知らしめたい。
 お前など彼女にはまっっっっったく相応しくない!
 すぐにも二人の間に割って入り、そう叫びたかった。
 とはいえ、今この場でそんなことを言っても別の厄介ごとになるだけだろう。
 せめてもの理性が自分を押しとどめる。
 しかし、この憤懣やるかたない思いは鎮まりそうにない。
 とにかく今は頭を冷やさないと。
 そしてこの場から離れようとした時、ある考えが閃いた。
 その暴力的なたくらみには、自分でも一瞬ひるんだものの、それ以上の名案はないだろうとも思った。
 それに、いいじゃないか。彼にとっても高校時代最後の思い出になるんだから。
 きっと、忘れられない思い出になるだろうよ。
 郁は自分の巣へと戻りながら、笑いを堪えられなかった。
 

 そして、今日の朝のこと。
「ああ、相田君、ちょっといいかな」
 登校してきた相田に郁が声をかけると、相田は「おやっ?」というような顔で郁を見返した。
 まあ、そりゃそうだなと自分でも可笑しく思う。ほとんど生徒と関わらない郁からいきなり声をかけられたら、誰でも不思議な顔をする。
 幸い、この時は他の生徒は玄関におらず、郁と相田だけだったから、人の目を気にすることなく話せた。
「卒業式のあと、何か予定ある?」
「ええと、ちょっと行くところがあるんですけど……」
 それは多分、紬を強引に誘った例の件のことだろう。
「ああ、そうか。でも、少しくらいは時間あるだろ?」
「まあ、急ぎの用ではないんで少しくらいなら、大丈夫ですけど」
「それならさ、卒業式のあと、化学準備室に来てくれないかな。君に卒業祝いのプレゼントがあるんだよ」
「俺に、ですか?」
「うん。君に、俺の持ってる本をあげたくて。大したものではないんだけど、大学で化学専攻するなら読んでおいて損はないと思うんだ。いらないなら、いいけどさ。是非、君に受け取ってほしいんだよな」
「あ、いりますいります。俺、先生の授業で化学って面白いかもって思えたんで、先生のもの、記念に何か欲しいなって思ってたんで、嬉しいです」
 相田は無邪気に喜んでいる。その純真さに郁は「馬鹿だなあ」と笑いつつ、「じゃあ、それなら後で来てくれよな」と声をかけて別れた。


 アルコールランプだけの薄暗がりの中で、郁と紬がしどけなく睦み合う姿が妖しく浮かび上がるのを、「彼」は見ていただろう。息を殺して、目を凝らして。
 混乱が彼を襲っているはず。そして、信じられない思いで胸が押しつぶされているだろう。
 さあ、もっと見てごらん。
 君の知らなかった世界が広がってるよ。


「くぅっ、ああ…ん、うっん……せん、せい……もっと……もっとぉ」
「何がもっとなんだい? 言ってごらん」
 慎み深くも淫らにねだる紬を、郁は手を止め焦らす。
「さあ、何がしてほしい?」
 腰を揺らめかしながら、紬は泣きそうに言う。
「ここ……もっと弄って」
「ここって?」
「ん、意地悪……そんな言葉言ったことないのに」
「紬の口から聞いてみたいな。おまんこ、って」
「……おまんこ」
 紬が恥じらいながらその綺麗な口で発した卑猥な言葉を、「彼」はどんな気分で聞いているだろう。
 郁は「彼」に聞かせて上げようと、少し声を張り上げる。
「紬のおまんこは綺麗だし、クリも本当に可愛い……だから、もっと気持ち良くさせてあげないと」
 そうして、紬のこりこりしたクリトリスを親指と人差し指で捉え、中指は秘口を穿ち、彼女の好きなポイントを突いてやる。
「ゃあん、あ、あ、ん……先生、そこ、やだ……イッちゃう、イッちゃうよう」 
 快感に溺れる楽しさと怖さの間で、紬の意識は浮遊する。
「あああ、あ、あんっ……はぅっ、やっ、やっ、んっ、んっ……ああああああっ!」
 イッた瞬間、しゅぱーっと汁が溢れ出す。郁はその汁をすかさず口にし、飲み下す。
「ああ、紬のものは何でも美味しい。吹いた潮まで美味しいんだから」
 紬の体に夢中になっていたら、いつの間にか部屋の中が明るくなっていた。彼女の痴態が明かりに晒され、郁の唾液と紬の蜜でだらだらと濡れた体が光っている。
「私ばっかり気持ちいいのは駄目。先生も気持ちよくならなきゃ」 
 口いっぱいの紬の潮をうっとりと味わっていた郁に、彼女はそう言うと、郁をテーブルに座らせ、跪く。紬の姿は乱れた制服姿で、そこがまた郁の興奮を誘う。
 が、今度は形成逆転、紬が郁を可愛がる番だった。
 最初の頃はされるがままだった彼女が、積極的に淫らになっていったのは、やはり自分の「指導」の賜物かと思うと誇らしかったりもする。
 上目遣いで郁に微笑みかけると、ズボンの上からも分かるほど盛り上がった股間を撫でさする。
 手は上に、下にとゆったりと動き、優しく郁の性感を高めていく。
「ふうっ、ふうっ……」
「どう?」
「ああ……いい感じだ……」
 紬の手がファスナーにかかり、そっと下ろしていく。敏感な盛り上がりに気を遣う様子が可愛くて、頭を撫でてやる。紬は照れ笑いをしながら、下着から猛り立ったペニスを取り出すと、右手でくるんで上下に動かし始める。そのうち先端から汁が垂れてきて滑りが良くなる。その汁をちろちろと舌先で舐め取った瞬間、郁は思わず「あぅっ」という声が出てしまった。
「気持ち良かった?」
 紬の悪戯っ子っぽい顔はしてやったりといった風で、普段のあの固い優等生がこんないやらしい悪戯を考えているなんて誰が知ろう。そんな紬の二面性を郁は、自分の手で乱してやりたくなる。  
 紬はペニスを愛おしそうに頬張ると、奥まで咥え込んだり、裏筋に舌を這わせて舐め上げたり、と郁の快感を高めようと無我夢中だった。
「ああ……いい、いいよ、紬……」 
 美味しそうにペニスを舐めている彼女の髪にキスをする。
 その瞬間、ドアの方を向くとこちらを見ている「彼」の顔が目に入った。
 彼が、相田がこちらを見て、呆然としている顔が見える。
 郁がじっと見ていると、相田と目が合う。
 相田の顔は青ざめ混乱した目で、郁に向かって、「どうして?」と訴えていた。
 どうして?
 見れば分かるだろう。
「紬、君は誰のもの?」
 舐めていたペニスから口を離し、紬は言う。
「私は先生のものだし、先生は私のもの。だから……これも、私の大事なもの」
 そうやって再びペニスを口に含む紬は、相田のことなど頭には無いようだった。
 部屋の中には、紬の唾液と郁の精液が絡み合う、じゅるじゅるという音が響く。淫猥な響きが、静寂の中響く。
 きっと相田はもうこの場を立ち去りたかったろう。が、立ち去りたくもないはずだ。
 好きな女のはしたなく乱れた姿。夜の寝床の中で何度も夢想し、自分を慰めただろうその姿が、目の前にある。
 きっと今、葛藤のただ中にいるだろう。
 見たくない。でも、見たい。
 あの男が自分であったら、とも思っているだろう。
 しかし、現実は夢よりも残酷だから、君には出る幕がない。
 怒り、悔しさ、嫉妬、性的な好奇心、いろんなものがごちゃまぜになって、自分たちから目が離せないだろう。
 さあ、たっぷり見せてあげるよ。
 これが現実、これが君が信じた世界の裏側だ。 
「ああ、もう大丈夫。口でイカせなくてもいいよ」
 そう言って、紬を立ち上がらせると、テーブルに再び横たえさせる。
 紬は両足で郁を寄せると、
「今日はいっぱいして。いっぱい、いーっぱい、しよう」
 と誘ってきた。郁は彼女に覆いかぶさると、悪戯っぽくキスをしながらこう言う。
「いつもしてるだろ」
「今日はなんだか特にいやらしい気分なの。飽きるくらいして」
「だーめ。飽きさせたりなんかしない。もっと欲しがらせてやる」
「先生のエッチ。私をこんな風にして嬉しい? 楽しい?」
「嬉しいとか楽しいっていうこと以上に、紬とこうやって一つになるのは運命だったんだよ」
「運命、なんて大袈裟だよ」
「いや、大袈裟じゃない。それくらい紬を必要としてる、心も体も。君なしじゃ、俺は俺じゃいられない」
 郁の真剣な眼差しは、紬の心を突き動かし、彼女の目から涙が一筋こぼれ落ちた。
 そして、郁に力いっぱい抱きつくと、子どものように泣きじゃくる。
「私も、先生がいないと駄目。先生じゃないとやだ」
 必死の思いがその手から伝わってきて、郁の心はじんわりと温かくなる。また、彼女のその言葉には、昨日の相田にされたことの嫌悪感が混じっていた。
 いい子いい子と頭を撫でて、彼女が落ち着くのを待つ。
 こんな純粋な少女を自分の手で汚してしまったことに罪を覚えつつ、だからこそ彼女は自分にとっての大事な宝物なのだと改めて思う。これからも彼女を慈しむ気持ちは変わらない。
 そう思うと、そんな大事な存在を傷つけた相田を、許せない気持ちが湧き上がる。
 思い知らせなければ。紬は俺のものだと。そして、体を触れ合わせることが出来るのは俺だけなのだと。
 紬への温かな思いと、相田への黒い欲望が合わさり、郁の体の奥は自分でも抑えきれないほど熱くたぎっていた。
「いい?大丈夫?」
 優しく声をかけると、紬は「うん」と小さく頷く。
「じゃあ、入れるよ」
 郁のペニスは、紬の秘口を求めて固く反り返っていた。それを握り、秘口めがけて挿し入れる。郁のモノで形づくられているその口は、躊躇うことなくすんなり彼のペニスを飲み込み、ぐいぐいと中を突き抜ける。
 根元まで入ると、しばらくそのまま彼女の中の温かさを味わう。
 紬と目が合う。
 彼女の柔らかく包み込む眼差し。
 紬と一つになった嬉しさを噛みしめる。
「いくよ」
「うん」
 ゆっくりと腰を動かし始める。
 まるで初めての時のようなぎこちなさ。
 ぎっしぎっしと揺れるテーブルの軋む音も鈍い。
「ふぅっ、ふぅっ、うんっ、あっ、ぅ…」
 動きはゆっくりだが、彼女の感じるポイントは確実に突く。
「ああんっ……はぁっ、う、ん、んっ……そこ、いいっ……」
 しかし、そんな優しい時間も束の間、郁のペニスは紬の奥を獰猛に求めて、腰つきが激しくなる。
 奥を先端が掻き回すと、紬の腰も追い立てるように振ってくる。
「もっと、もっと!」
 足りないとばかりに煽ってくる紬の腰のリズムに、郁は必死に食らいつく。
「はぁっ、ふ、んっ……ああっ、ああっ、はぁっ、ううっん!」
 彼女の隘路を突くことばかりに夢中になっていると、ふとドアの方に目が行く。
 相田の姿が見えない。
 さすがにショックでもう帰ったのかと思っていると、違った。
 蹲って泣いていた。声を殺して、寂しく泣いていた。
 その姿に郁は、同情など微塵も感じなかった。
 そうやって自分の惨めさに泣いていればいい。
「先生……ふうっ、ん、あぁっ、い、やん、あんっ、あっ、あっ、あっ、イク、イクゥッ!」
「ふ、んっ、うんっ、ふっ、んふっ、ふっ、イこうな、一緒にイこう、あぅっ、あっ」
 もう二人は止まらない。
 自分だけが快楽の高みに昇るのはつまらない。彼も、彼女も、一緒でなければ意味がなかった。
 そう、彼らは、相手があっての自分と信じているから。
「ああんっ、もう、イキそう!先生、どうしよう…あ、うっん」
「大丈夫……俺もイキそうだから。一緒に、な……」
「う、ん」
 郁の腰が速度を増して突き上げていくにつれ、紬の中は郁の精を受け入れようと準備をしていた。
「ああっ、はあっ、紬……いいか、イクぞ」
「うん、先生、はうっ、私もイキそう……ううんっ、ん、ん、んっ……」
 精と蜜がぶつかり合うたぷたぷとした音が響く中、彼らの求めた瞬間がやって来た。
「やぁ、んっ、はぁ、あんっ、あんっ、ああっ、ああっ、ああっ、あああああああん!」
「ふんっ、ふっ、ふっ、ああっ、うっ、うんっ、うっ、うううう、あああああっ!」
 
 外はすっかり暗くなっている。もう校内には二人の他には誰もいないだろう。
 アルコールランプはとっくに消え、相田の影ももうなかった。
 でも、幸い雨は止んでいた。
 紬は郁の腕の中で、 小さく寝息を立てて眠っている。
 彼女が目を覚ますまで、しばらくはこうしていよう。
 そして、今日は彼女を家まで送って行こう、と郁は思った。

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