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第1章
第14話 遺跡と浮遊魔法
しおりを挟むまばゆい光が痛いくらい目を刺激して涙があふれた。けっして嬉し泣きではないと注意しておきたい。
「やっと出られた…」
脱出できた喜びを噛みしめながら、理希は大きく伸びをして鼻から思い切り息を吸い、ゆっくりと吐いた。空気が新鮮で美味しいような気がする。
無限階段と大球の仕掛けの後は、意外にも罠はなかった。
階段の最後に封印された外へと通じる大きな扉があったが、解錠の魔法で問題なくあっさりと開くことができた。
肩透かしな感じもしたけれど、6番の犬の方に行っていたら大変なことになっていたのかもしれない。
「あんだけ広けりゃ、そりゃそうだよね…」
迷宮は予想通り地下だったけど、そうじゃなければ出口とは逆に進んでいたことになる。
「外が明るかったのもラッキーだし」
太陽は高い位置にある。気温は20℃ちょいくらいだろうか。日本だと春くらいの陽気っぽい。
運が向いてきたのかもしれない。
「システィト」
犬のゴーレムに待つように伝えると、理希は周囲を確認しながら、慎重に歩きだした。
「城か砦の跡なのか?」
迷宮の出口は隠れるように朽ちた遺跡の端にあった。
足元は土と草に覆われているが、元々は石畳だったのだろう。所々にその痕跡が残っている。
「誰もいないのか…」
人の気配はまったくない。遺跡のあるこの場所は開けているけれど、外周は暗い森に囲まれている。奥は良く見えない。
蔦の絡んだ折れた石の柱を横に見ながら、遺跡のど真ん中と思われる場所で立ち止まった。
無人になったのは相当前だな…
正面には四角く区切られた土台と、崩れた壁が四方に残っている。覆っていただろう屋根は跡形もない。
中庭や噴水っぽいのもあるから、結構立派な建物だったことは分かる。
うん?
視界の左端で人影のようなものが動いた気がした。
「え…と、誰かいます?」
一瞬緊張したが、一応声をかけてみることにした。誰かの土地に勝手に入っているわけだし。
「……」
待っても返事がないので、理希は影を見た方に歩き出した。
崩れた建物の壁を回り込み、森の手前で立ち止まる。
「でっかい一枚岩だな…」
表面が綺麗に磨かれていたのだろう。年月が過ぎた今でも、薄っすらとぼんやりとした自分の姿が映っていた。
ここに拠点を作ってもいいいけど、とりあえず確認しておこうかな…
せっかく異世界に来たのに、誰にも会わず世捨て人みたいに暮らすのはちょっともったいない気もするし。
魔法一覧を表示して、使えそうな魔法がないかスクロールさせていく。
「オーグジュアリーって、補助系のことなのか?」
浮遊魔法で目を止め、呪文を唱えようとして途中でやめた。
「まいったなぁ…、飛行機嫌いなんだった」
高所恐怖症なわけではない。足場や支えがないのに空中に浮かんでいる状態が怖い。というか何故みんな平気なのか意味が分からない。
地上に出てから黙り込んでいるミケを呼び出そうかとも思ったけど、自分が怖いから使い魔にやらせるってのは人として間違っているような気がして思い直した。
きっとのん気に寝てるんだろうなぁ…
深く息を吐いて、緊張をほぐした。
「モビリオル・ウェンティス・ウェニアス」
「フローティング・オン・エア」
気まぐれな風よ、来ておくれってな感じに詠唱して自分自身に浮遊魔法をかけた。
つむじ風のようなものが理希の身体を包み込む。高く浮かび上がる姿をイメージすると、ゆっくりと上昇していく。
「おわっとっと!」
身体がグラつき、慌てて体勢を立て直す。
「い、意外と難しいな」
右に左にフラフラと揺れて、なかなか安定しない。
「大丈夫。大丈夫…、だい…、いや、ちょっと、やばいかもぉ…」
少しずつ高度を増し、やっと木々の高さを越えた。
「こ、怖っ!」
一気に視界が開け、いやでも空中にいることが意識される。理希は耐えきれず目を瞑った。
「……!」
視覚を閉じたからだろうか。これまで気が付かなかった、鳥の鳴き声が遠く聞こえる。
太陽の暖かさも心地よい。
激しく脈打っていた心臓の鼓動が、次第に落ち着いてくるのが分かった。
高度を一定に保つように意識すると、不安定だった状態がやっと治まる。
「……?」
恐る恐る目を開いてみると、森林が途切れた先に広がっている荒野が見えた。
「き、綺麗だけど、人影はないなぁ…」
理希はゆっくりと身体を回転させて360度確かめた。
地上よりも風が少し強いようだけど、魔法の効果なのか空気の壁に守られ影響はあまりないみたいだ。
背後、迷宮の出入り口のあったほうには山脈がすぐそばまで迫っている。
左右にも山脈が続き、前方遠くにも薄っすらと山脈が見える。
「ぼ、盆地なのか? それにしても高い…」
自分の手を前にかざし、目測しただけだから正確な高さは分からないけれど、ひょっとしたらエベレストよりも高いのではないだろうか。
森林の厚みは思ったよりもかなり薄く、山脈の麓にへばりつくように細く長く続いている。
「なるほど…」
山際にだけ木が生えているのは、山の湧き水か雪解け水を水源にしているからなのだろう。
険しく高い山々に囲まれているから、重い雨雲は越えられないはず。雨が降らないから、中央は不毛の大地になっているというわけだ。
「困ったなぁ。山越えは無理だろうなぁ…」
魔法を使えばなんとかなるのかもしれないけれど、岩登りが必要になるような高山登山の経験はないし知識もない。
ついでに言うと浮遊魔法でもこんなに怖いのに、飛行魔法を使う度胸なんてあるはずもない。
「山脈の切れ目を探すしかな…、おわっ! とっと!」
突風にあおられ、30メートルほど流された。他の木々より若干背が高かった木のてっぺんに引っかかり止まる。
「こ、こわ、怖すぎる」
木の幹にしがみつきながら、理希は呟いた。
「きょ、強風は、ふ、防げないのか…」
一つ勉強になった。やはり魔法は実践が大事なようだ。
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