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第1章
第15話 急展開
しおりを挟む理希はため息を吐くと、木の幹から手を離し、ゆっくりと降下を始めた。
上昇したときより幾分か気分は楽だった。だんだんと地面に近づいている安心感からなのか、あまり揺れず、動作はスムーズだ。
「あれ?」
お座りをしている犬のゴーレムが下に見えた。魔法を使った地点とはだいぶズレてしまったようだ。
ゴーレムの上を通過し、遺跡と森の境界付近に降り立った。
「着地…、失敗っと」
最後の最後で体勢が斜めになり、包んでいた空気の塊が霧散すると、腐葉土が堆積している地面に身体の右半分がめり込んだ。
「慣れるのは無理そうだなぁ…」
汚れるのも構わず、理希はそのまま姿勢を変えて仰向けになった。膝が震えている。実践は大事と悟ったばかりだけど、この魔法はできれば二度と使いたくはない。
しばらく動けそうもないので、木々の間から少しだけ見える空を眺めることにした。
地上に出てから動物の姿も魔物の姿もまだ見ていない。鳴き声はするから鳥はどこかにいると思うけど…。
「この土は畑に使えるな」
理希は寝ころんだまま、おもむろにフカフカで柔らかい土をつかんだ。
荒地の土壌改良に良さそうだから、後でゴーレムを呼び出して集めておこう。
「後は仮の拠点を…、な、なんだ?」
遺跡の奥、大きな建物跡のあった方向から、唐突に禍々しい気があふれ出したのを感じた。
理希は無理矢理立ち上がると、木の陰に慌てて隠れた。両腕に鳥肌が立っている。
「迷宮から魔物があふれたわけではないよなぁ…」
脱出に使った扉はすぐそばにあるけど、出入口が他にないとは限らない。
姿勢を低くして、木陰から顔を少しだけ出して遺跡の様子をうかがう。自分の呼吸する音がやけにうるさく感じた。
崩れた壁の裏から、それは静かに姿を現した。
太陽は変わらず中天にあるのに、明らかに空気の色が暗く変化した。密度が増したのだろうか、すごく重く感じる。
迷宮で見たどの魔物とも違う、異質な存在。そう、出現したというよりも『君臨した』という言葉がふさわしいような…
「こ、これは相当やばいかも」
最初は大きな影かと思ったけど、すぐに真っ黒な鎧を身に纏っている背の高い男だと分かった。片手に大剣を持っている。
男は無駄のない動きでゆっくりと歩を進め、遺跡の中央で立ち止まった。
「そこに居るのは分かっている。出てくるがいい」
慌てて顔を引っ込めた。男は明らかに理希のいる場所に向かって話しかけている。
「……」
息を殺して気配を消す。神頼みをしたい心境だけど、フクに願ってもご利益はありそうもない。
「どうした? 遠慮することはない」
その冷たい声色で、気温が数度下がった気がした。
「ニャ、ニャ~」
ダメもとでネコの鳴き声の真似をしてみた。マンガとかでは上手くいってるシーンが多いし。
「……」
誤魔化せたかな? 恐る恐る様子をうかがうと、ちょうど男が大剣を振り上げたところだった。
「わ、わぁ…、うそです! ごめんなさい!」
転生するときにフクのことをバカにした報いなのか、あのときのフクと似たような言葉を発しながら慌てて森の中から遺跡へと飛び出した。
男は無言で大剣を下ろし、地面に突き刺した。そのまま柄頭に両手をのせる。
ただ者ではないことは一目で分かったけど、改めて対峙してみると、その恐ろしさがさらに増した。触ったら痛そうな装飾が施されている鎧や兜はいかにも悪役っぽい。
「貴様…、が?」
理希を見て少し驚いているようだった。
ブタの魔物と比べれば全然小さいし、大きさによる威圧感があるわけではない。それなのに圧倒されそうなのは、醸し出している雰囲気が尋常ではないからだろう。
小さいと言っても身長は2メートル以上ありそうだけどね。
「これはまた、不合理な…、面妖な格好をしているな」
「え?」
改めて自分の服装を確かめる。そんなに変だろうか?
「剣を帯びているようだが…、いや、そんなことはどうでもよかったな」
「……」
理希は頭を掻いた。
「大昔に廃したとはいえ、我が古城を荒らしたのは貴様か?」
「え? いや、その…、ハイ」片手を小さく挙げ、頭を下げる「スミマセン」
「迷宮に棲む魔物を全て消滅させたのはどんな奴かと、楽しみに待っていたのだがな」
「はぁ…」
「なぜ途中で引き返した?」
「いやぁ、なぜって言われても、迷子になってただけで…、迷宮だけに」
上手いこと言えたような気がする。
「……」
仰々しい兜の下で、男が少しだけ笑ったような気がした。意外と冗談が通じるかも。
「数百年ぶりに出向いてみれば、こんな優男とはな」
「いや、ほんと、なんかスミマセン」
「貴様の意図するところがいったいなんなのか興味深いが、話はそろそろいいだろう」
辺りを包んでいた闇の気配が増した。
「少しは楽しませてくれるのだろう?」
「え~と…、その…、で、できれば見逃して欲しいのですが」
「叶わぬ願いだ」
「……ところであなたは誰でしょう?」
「我を知らぬか。我が名はテオドール・アークム。人間共からは漆黒の魔王と呼ばれている」
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