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第1章
第21話 出発
しおりを挟むこうして理希は、転生してすぐに魔王とお友達になりました。
「めでたし、めでたしニャのニャ!」
「めでたいのかコレ?」
あの後、魔王の城に招待されたけど丁重に断った。この世界の人間にもまだ会っていないのに、魔物とばかり親交を深めるのはちょっと遠慮したい。
『気が変わったらいつでもこの廃城を訪ねてくるがいい』なんて言ってたから、またの機会もあると思う。
理希と実体化したミケは犬のゴーレムに乗り、荒野を颯爽と縦断していた。
遠くから見た時には気が付かなかったけど、地面はかなり干からびていて、土は赤く割れ目ができている。平らに見えた荒地は意外と起伏があった。
魔王によると遺跡は盆地の南端、山脈の切れ目は北西の角あたりにあるらしい。
「ところでご主人。ごそごそとニャにをしてるのニャ?」
「うん? まぁ…、暇だから魔法石に魔法をね…」
異空間収納から4種類の魔法石を取り出して、各属性に合った魔法を試しにそれぞれ籠めてみた。
「それはいいんだけど…、もう少し工夫しないとダメなのかこれ? おしいなぁ…」
ボーブスの皮袋というのがたくさんあったから魔法石を中に入れて収納に戻したら、空の袋と区別がつかなくなっちゃうことが分かった。
「袋に入れずに収納に戻すと他の魔法石と混ざっちゃうし。実際に使ってみて初めて分かる不便さってやつだな」
「ニャンだかさっきまでのことが嘘みたいに平和ニャ悩みニャね」
「ポケット付きの服が欲しいなぁ…」
とりあえず手探りで魔法石入りの袋を見つけ出して、腰のベルトに挟んだけど、これ以上増やすと落して無くしそうな気がする。
攻撃魔法を入れた『水』と『火』属性の魔法石2個は、悪用されたら大変なことになっちゃうかもしれないから、特に注意しないと。
「街に行けばきっとあるニャよ」
「街があればね」
近くに人が住んでいるか、別れる前に魔王に聞いたけど、興味ないから知らんとのこと。まぁそりゃそうだよね。
「ご主人はこれからどうするのニャ? 鉱山を探すニャか?」
「いや…、とりあえず盆地を出て、まずは人に会おうよ」
質問に答えられなかった魔王はバツが悪かったのか、聞いてもいないのに『東の山脈のどこかに鉱山の入口が隠されているとの噂がある』とか『盆地になる前、この地には超古代の都市があった』とか、他にも色々と言っていたけど、その時の理希は適当に相槌を打ってごまかした。
どんな些細な話でも異世界の貴重な情報であるというのは理解している。でも世界を亡ぼしかけた戦いの直後で心身ともに疲れてたし。しょうがないよね。
「鉱山に人は居ニャいのかニャ?」
「隠してるってことは部外者が近づいたら危なそうだよ。それに居たとしてもドワーフじゃない?」
「ドワーフってニャんニャ?」
「あぁ…、えっと…、筋骨隆々で髭もじゃ、酒好きで頑固な小さなおっちゃん? みたいな」フィクションからの情報だけど。
「……。人の街を探すニャ!」
ミケは2本足で立ち上がり、進行方向を指さした。
中天にあった太陽はすでに傾き、青かった空は地面と同じ赤色になり始めている。
「今日中に盆地を抜けるのは無理そうだな…」
落ちないように気を付けながらミケを抱え上げると、早足で歩いている犬のゴーレムの背で理希は寝っ転がった。
※
辺りが暗くなってきたので、犬のゴーレムから降りて野宿することにした。
迷宮で休んだ時と同様に、焚火を出してドラゴンの肉を焼き、コップの水を飲む。
違うのは風があるのと星空が見えること。荒野の真ん中で森は遠いから虫の音とかは聞こえないけど、閉鎖空間にいたときとは気持ちのありようが全然違う。
「猛吹雪だったり、猛暑だったりしたら大変だったな…」
「季節は秋ニャのかニャ?」
ミケは焚火のそばで、のん気に毛繕いをしている。
「どうだろ。空は夏っぽい気がするけど、森の雰囲気は秋から冬だよね…。気温が低いのは標高が高いからかも」
伏せをしている犬のゴーレムに寄りかかり、のんびりと空を見ながら頭の中を整理することにした。
「魔王強かったな…」
「ご主人はもっと強かったニャ」
「最初から本気でこられてたら瞬殺されてたよ」理希は苦笑して答えた。
理希が使える召喚魔法の中で、一番近接戦闘が強そうな聖霊騎士でもまったく相手にならなかった。
あの大剣で直接攻撃されていたら、詠唱する間もなく殺られていただろう。
「う~ん、ないなぁ…」
魔法一覧をスクロールしてなんども確かめたけど、それらしいものが見つからない。
『ファイア・ウォール』とか『ウォーター・カーテン』とか幾つかそれっぽいのはあるにはあるけど、ちょっと違うっぽいんだよね。
他には虫よけ剤みたいに、魔物を忌避する結界魔法ならあるんだけど…
「ニャにがニャいのニャ?」
「ほら、魔王が言ってたろ。なんで障壁を使わないのかって」
「うニャン。ご主人の魔法を弾いたアレかニャ?」
「そうそう。詠唱時間を稼ぐのによさそうなんだよね」
「でも魔王のアレは、剣の攻撃は防げてニャかったニャよ」
「あぁ、そういえばそうだなぁ…、対魔法専用の壁なのか?」
ラタトスク・マントと同じか…。地面に敷いていたマントをなんとなく撫でる。
「魔王に詳しく教えてもらえばよかったな…」
「最後に魔王が使った魔法はダメニャのかニャ?」
「あぁ…、あれか…、よし」
理希はおもむろに立ち上がると、あの時に聞いた詠唱を試してみることにした。うろ覚えだけど。
「ムミョウの闇を恐れるボンヒャクの…、の…」
「シュジョウニャ」
「シュジョウよ」
「虚無が支配するトコシエの牢獄の…、トラわれ人となることを…、を…」
「ウベニャう」
「ウベナう…」
「あってる?」
「多分あってるニャ」
「イネイン・ドレープ」
「……」
「……」
「ニャにも起こらニャいニャね」
「…、今日はもう疲れたし、やめようか」
理希はため息を吐き、座り直した。
「詠唱の意味を理解してないし、まぁ、無理だよね」
「ご主人の剣さばきニャら魔王とだって渡り合えると思うんニャけどニャ」
「ミケは僕の事をかいかぶりすぎだよ」
そう言ってミケの頭を撫でた。
「うニャン♪」
「あぁ、そうそう、これからは僕の許可はいらないよ」
マントの上で理希は横になった。枕にするのに丁度良さそうなゴーレムの尻尾に頭を乗せる。
「うニャン?」
ミケは不思議そうにこちらを見ている。
「好きなときに実体化していいってこと」
「うニャン♪」
嬉しそうに頬を摺り寄せると、理希の横で丸くなった。
心地よい眠気に身を任せるのはもう少しだけ先延ばしして、理希は思考を続けることにした。
『接近戦に耐えながら詠唱できるように、剣の腕を磨くのはめんどくさいし…』
『ご主人…。急がば回れニャよ』
『壁役になってくれるような戦士を探して仲間になってもらうか…』
『それニャら魔王に前衛を頼めばよかったのニャ』
『あっ…、いやいやいやいや、魔王と一緒に旅したら、目立ってしょうがないよ』
魔物除けにもなりそうだし、一瞬名案のように思えたけど、ばれたら人間から討伐される側になっちゃうじゃないか。
『騎士を召喚してご主人が技を教えたらどうニャ?』
『え? 聖霊も鍛えたら強くなるのか?』
『知らニャいニャ』
『……、却下』
『うニャン? 教えニャがらご主人も強くニャるから、一石二鳥のアイデアニャと思ったのにニャ…』
『なるほど…、じゃなくて、どうせならなるべく楽な方法を考えてよ』
ミケとの会話は楽しい。自分では思いつけないような面白いことを言うし、頭の回転も速い。かなりIQが高いのだろう。
故事成語にやたら詳しいのがちょっと気になるけど、前の飼い主の影響なのかな…
『まぁ…、聖霊騎士が相手にならないほどの強敵なんて、そうそういるもんじゃないだろうし、ストーンゴーレムでも十分強いよね。きっと』
犬のゴーレムが顔を上げた。意味は理解できていないと思うけど、話題に上ったことに気が付いたのかもしれない。
理希が笑いかけると、目を瞑り再び伏せの状態に戻った。
『でもご主人は運がニャいみたいニャし、最悪の状況を想定して、準備はするべきニャと思うニャよ』
『……、もう寝よう』
そう言って理希は目を閉じた。
自称運命の女神なんかの口車に乗ってしまったばっかりに、ギリギリ平均値だった僕のなけなしの運は、吸い尽くされてしまったような気がしてならない。
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