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第1章
第22話 焔爆と氷瀑
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日の出とともに起きた理希は、昨日と同様に犬のゴーレムに乗って荒野を歩いていた。
隣で寝ていたミケは朝見たら居なかった。返事もないから霊体に戻ってまだ寝ているのだろう。
遠くにぼんやりと見えていた北の山脈は、だいぶはっきりと見えるようになってきていた。
『そういえばまだ名前を付けてなかったな…』
後でミケにセンスのなさを指摘されそうで、気が重いけどしょうがない。
名前がないと不便だし、かなりお世話になっているのに不義理をしているようで申し訳ないし。
「聞き覚えのある名前は…、シロ…、コタロウ…、エアロ…、ムーコ…」
どうもしっくりこない。というか、名付けたら誰かに怒られそうな気がする。10分くらい悩み続けて、唐突にひらめいた。
「今日からお前は『ハチ』にしよう」
日本で一番有名?な犬の名前だから、センス的には大丈夫だろう。
「エスト・トゥアー・ノーミネ、『ハチ』」
犬のゴーレムは、歩いたままこちらに顔を向けて頷いた。
こころなしか、ハチの足取りが軽くなったような気がする。
『ご主人、おはようニャのニャ』
ミケは朝の挨拶をしながら、ハチの頭の上に実体化した。
「うん。おはよう」
「ご主人は相変わらずニャのニャね。ややこしいのニャ」
「え? ややこしい? なにが?」
「刻まれてる数字は『2』ニャのに、名前は『8』ニャのニャ」
「……」
「よし。先を急ごう。今日中に北西の端に到着するぞ」
「うニャン!」
「ユベント・ハチ、フェスティーナ・モドゥス」
ミケが頭の上にいるからなのか、ハチは少しだけ頷くと、適度に速度を上げた。
※
「あ~、お尻痛い」
「やわらかいクッションが欲しいニャね」
「ユベント・ハチ、システィト」
緩やかな丘を登ったところで立ち止まるように命じて、ハチから降りた。
日は傾き始めているけど、夜になるまでまだ時間はありそうだ。
北と西の山脈が迫り、麓の森が眼下に広がっている。
森に隠れていて見えないけど、西の山脈に切れ目が見えるから、その下に間道があるのだろう。
「ご主人。どうしたのニャ? 盆地の出口はもう目の前ニャよ?」
「盆地を出るのは明日にして、今日はここで休もう」
「うニャン? どこか具合でも悪いのかニャ?」
「いや、もう元気だよ。荒野を出る前に試しておきたいことがあるし、近くに人が居なかった場合に備えて仮の拠点を造っとこうと思ってね」
「こんニャ場所にかニャ? 森の中の方が良さそうニャけど…」
「大丈夫。ちょっと魔法を使うからさがってて」
「うニャン!」
理希は通ってきたばかりの荒地の方へと振り返ると、詠唱を始めた。
「クインクエ・テネント・カエルム・ゾーナ」五つの帯が天を占める
「クァールム・ウーナ・カルスコ・センピテルノ・ソーレ・ルーベンス・エト・トルリダ・センペル・アブ・イグニ」その一つは永遠に煌めく太陽により赤く、炎により燃え上がる
5km程先に小さく見える岩を目標に定めた。
「フレイム・バースト」
熱気球位の大きさはあるだろうか。中空に赤く光る球が出現した。
前方に向かって突き進むと目標の上空で停止した。次にゆっくりと高度を下げ、岩に触れたように見えた。
「こ、これはまずいかも…」
目も眩むほどの閃光が走る。
理希は身をひるがえすと、ミケを拾い上げ、伏せをしているハチの背中に手を着いて飛び越えた。
ハチの陰に隠れるのと同時に鼓膜が破れそうなほどの爆音が響き、地面が揺れる。
衝撃波が頭上を通り過ぎ、遅れて熱風が駆け抜けた。
「……、焦げ臭いな」
揺れが収まるのを待ち、ミケを抱えたまま理希は立ち上がった。
「うニャニャニャ!」
ミケが驚愕の声を上げる。
大地は円形に大きくくぼみ、溶けた土が鈍く赤く輝いている。
『灼熱地獄みたいだな…』
丘から円の端までは結構距離があるのに、顔に熱を感じる。
大規模になってしまったけど予想通り上手くいったので、理希は満足していた。
「ご主人の魔法はあり余った魔力がドバーて感じで、どれも威力が凄いニャね」
「壊れた蛇口みたいに言うなぁ…」
深さはそんなにないけど、直径だけならアメリカにある有名な『バリンジャー・クレーター』の数倍はありそうだ。
「じゃあ別の魔法を使うから」
そう言ってミケをハチの上に降ろした。
「ノーリ・フイーク・トランクィッリターティ・コンフィーデレ」この静けさを信じてはいけない
理希は呪文を唱えながら歩き、『フレイム・バースト』の呪文を唱えた場所にもう一度立った。
「レペティティオー・アッシドゥア・グレイシャー・コンクリータ・アトクゥェ・インブリーブス・アトリス」暗い氷と雨が絶え間なく凝縮を繰り返す
クレーターの中心辺りに視線を向ける。
「アイス・フォール」
キーン…、キーン…、キーン…、キーン…
「耳が痛いニャ…」
硬質な音が響き渡り、耳ごと頭を抱えてミケがうずくまった。
クレーターの上空で青白い光が輝いている。
「これはまた、でっかい…」
光が消え、東京ドーム数十個分ほどありそうな、巨大な氷塊が出現した。
そのまま落下して地面と衝突すると、大地が鳴動した。
理希は膝を着いて姿勢を低くする。
水蒸気なのだろう。白い霧が柱のように立ち上がり、クレーターの姿を覆い隠していく。
「うわっ、冷たっ!」
「気持ちいいのニャ」
上空から水滴が雨のように降り注いだ。乾いた地面があっという間にぬかるみに変わる。
「よっと」
泥ハネを避けるため、理希はハチの上に飛び乗り、ミケの横に座った。
雨はやがて弱まり、水蒸気の目隠しも次第に薄まる。
「ご主人は神様みたいニャね」
左から右にゆっくりと首を動かして全景を見渡した。
「う~ん。なんかもう笑っちゃうくらいの規模になっちゃったけど、まぁ…、いいか」
なにもなかった荒野に大きな湖が誕生していた。
「じゃあ湖畔に移動しようか」
「うニャン♪」
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