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第1章
第29話 暴風と不死鳥の法衣
しおりを挟む「び、びっくりさせないでよ…」
吹き飛ばされたと思って慌てたけど、ミケは上手いこと爪を立て、両手でフードにつかまっていた。
「びっくりしたのはこっちニャのニャ…」
その背後、さらに高い位置で、口から盛大に水を吐きながら怪鳥が旋回している。
「ミケ、虹が綺麗だよ」
空中に撒き散らされている大量の水に反射して、万華鏡のように複数の小さな虹が見えた。
お腹が膨らみ苦しそうに飛んでいる怪鳥とは対照的で、なんともシュールだ。
「そ、そんニャことより、は、早く、ご主人! ふ、浮遊魔法の出番ニャ!!」
フードにしがみ付きながら、ミケが叫ぶ。
「あぁ、ベンヌ・ローブを着ているから多分、大丈夫だよ」
「うニャん? 元は不死鳥ニャから飛べるニャか?」
「簡易ヘルプには『高い所からゆっくり降りられる』としか書いてなかったから、飛ぶのは無理かな…」
苦笑しながら頭を掻いた。
「なんにしても、まぁ、こんなに早く効果を試せるとは思ってなかったよ」
「そこはかとニャく不安ニャ…」
「……」
底墓? 意味がよく分からないけど、安心させる努力がもっと必要なことは分かった。
「こ、こころなしか、落下のスピードが落ちてきてるんじゃない?」
「うニャ…」
ミケは不安そうに鳴きながらフードを引き寄せ、中に入った。
「え~と…」
魔王戦直後の尊敬の眼差しはどこへやら。いや、信頼が失墜したとういうよりも、過大評価されていただけと思うけど。
とりあえず、改めて周囲を確認することにした。
前方には山と緑の大地、枝分かれしている川、左右には森や林、別の山脈も見える。
「あ、ミケ、ほら、あそこ!」
気を取り直して、理希は元気に指さした。
「ど、どうしたのニャ?」
「あれ、畑か牧場じゃないかな」
緑地が不自然に切り開かれている場所が数カ所見えた。
「ニャ! 薄く煙も見えるニャ!」
「あれが畑なら、結構人がいるんじゃないか」
方角は多分、西北西。少し遠いけど次の目的地は決まった。
「ラッキーだよミケ。地上からだときっと気づけなかった」
「うニャん♪」
南には深い森が広がっているし、北には山が連なっている。
進む方向を間違えたら、当分人に会えなかったと思うから、運が向いてきたのかも。
落下スピードがだいぶ遅くなり、地面が近づいてきている。
『このローブ。楽でいいなぁ…』
浮遊魔法と比べて、意外と恐怖はない。
ただ落下しているだけだからなのか、ローブが自動で調整してくれているからなのか…。
「うん?」
突然、影がさした。風切り音が頭上から聞こえ、だんだん大きくなってくる。
「う、うニャ! ニャんだか凄く怒ってるのニャ!!」
こちらに向かって真っすぐ突っ込んでくる、目を真っ赤にした怪鳥の姿が見えた。
「そのまま逃げてくれればよかったのに…」
お腹の膨らみはそれほど変わっていないから、まだ相当な水が胃に残っているはず。
少なくとも地上に降りるまでは時間が稼げると思っていたけど、苦しみより怒りの方が勝ったらしい。
「仕方ないか…」
理希はため息を吐き、呪文の詠唱を始めた。
「オムニス・マギア・ナトゥーラエ・イミターティオ・エスト」魔法は自然の模倣にすぎない
「ヌートリトゥル・ウェント・ウェント・レスティンギトゥル・ウィータ」命ある者は風によって育まれ、風によって消える
「ミケ、落ちないようにしっかりつかまってて」
「うニャン!」
スカイダイビングのような体勢で落下していた理希は、腹を空に、背を大地に、くるりと向きを変えた。
「ヴァイオレント・ウインド」
急降下してくる怪鳥と対峙すると、狙いを定めて魔法を放った。
眼前の空間に歪みが生じ、波のように広がっていく。
異変を察知したのか、怪鳥は首を上げて勢いを殺さずに方向転換し、上昇を始めた。
その後を追うように、周囲の空気を押し退けながら風の塊が突き進む。
「は、速いな…」
巨体の割にかなりのスピードが出ている。
額に手をかざして見守っていると、はるか上空で追いついたのが分かった。
「当たったのニャ?」
バラバラになったり消滅したりしたわけではなく、弾き飛ばされただけのように見えたけど、遠すぎてよく分からなかった。
「まぁ…、大丈夫かな…」
初めて使った魔法だし、うまく追い払うことができたから、良しとしよう。
「ご、ご主人…」
「ミケ? あっ!」
震えながらミケが髪の毛を引っ張ったので、理希は振り返った。
「樹があるニャ」
いつの間にか地面が目の前に迫っていた。
バキバキバキバキバキバキッ!!!
「ぐぁ、痛ててて…」
激しい音をたてて、細い枝を折りながら落下していく。
「ててててて…、って、ちょ、まだ速度が落ち切っ…」
下に行くにつれて、枝がだんだん太くなる。
ぶつかる痛さが増したけど、その分落下速度は遅くなる。
「うニャニャニャ……!!」
フィギュアスケートのトリプルアクセルのように身体が回転し、フリッパーに打ち返されたピンボールの球のように右に左に翻弄される。
ズシン!
「ちゃ、着地…、ぐふっ」
ミケがフードにいるので、なんとか姿勢を変え、腹から固い地面に落ちた。
「お、おかしいなぁ…、ミケ大丈夫か?」
「うニャ…、お空がクルクル回ってるのニャ…」
フードからおぼつかない足取りでミケが出てきた。
良かった。どうやら怪我はなさそうだ。
「風を纏って最後はゆっくり降りられるはずなんだけど、このローブ…、不良品か?」
枝が無ければ死んでた気がする。
理希は腹をさすりながら立ち上がった。痛みはもうない。
「つむじ風みたいニャのは、身体の周りに見えたニャ」
地面に降りたミケは、身体を震わせて水気を飛ばしている。
「それにしても重いな…」
ローブの裾を絞ると、大量の水が滴り落ちた。
「……、それニャ」
「なにが?」
「鳥は羽が濡れると飛べニャいのニャ」
「……、なるほど」
びしょ濡れだったから効果が半減したわけだ。
「うニャニャ!!!」
「こ、今度はどうした?」
次から次へと、もう勘弁してほしい。
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