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第1章
第30話 想定外な結果と回復魔法
しおりを挟む「ご主人…。凄いことに気付いたニャ!」
ミケは驚愕の表情を浮かべている。
「なんだ。また魔物でも出たのかと思ったよ…」
ホッと胸を撫でおろした。ローブの袖を絞ると、裾と同様に大量の水が溢れ出る。
「これまでご主人の計画通りに、最後まで事が運んだことがニャいのニャ」
「え? そ、そんなことあるわけ…、おや?」
水を絞っていた手が止まる。否定しようとしたが、思い当たるフシがありすぎて困惑する。
「ホ、ホラ。アレ。地下迷宮からの脱出は一発で上手くいったし」
「魔王は『ニャぜ引き返した』って言ってたのニャ」
「魔王が?」
あの時はなんとか不法侵入を誤魔化そうと必死だったから、なにを話したかあまり覚えていない。
「……」
そういえばフクも、斜め上とか言って呆れてたような…
いや、いや、いや、あれはきっと夢だし。
「たまたま。そう、たまたま予想外の失敗が続いただけで、た、たまにはこういうこともあるさ」
「こういうことが多過ぎニャ」
ため息を吐くネコというのを初めて見た気がする。
「と、とにかくハチが気になる。いったん戻ろう」
上空から見た限りでは、間道の出口までそう遠くはないはずだ。
ミケを抱え上げると、東の山脈に向かって小走りに急いだ。
※
「城壁の跡かな?」
上から確認したとき、間道の出口付近に『遺跡っぽいのがあるなぁ』とは思ったけど、近くで見たら意外と大きくて驚いた。
かなり崩れているけど、間道を塞ぐように建てられていたことは分かる。
「あそこから中に入れそうだな…」
おそらく門の跡なのだろう、壁が中央で途切れている。
瓦礫で狭くなった道を横歩きで進み城壁を抜けると、山の絶壁に囲まれた広場に出た。さらに奥には間道が見える。
「あっ、ハチがいるニャ!」
広場の端で左右に首を振り、周囲を伺っているハチの姿が見えた。
ハチも気が付いたのか、こちらに向かって走り寄ると、お座りの姿勢で立ち止まった。
嬉しそうに尻尾を振っているけど、重量があるから振動と埃が凄い。
「傷だらけだね。でも無事で良かった」
怪鳥と戦ったのだろう。ひっかき傷や突かれたような跡が体中についている。
お辞儀の姿勢になったので、理希はハチの頭を撫でた。
「喜んでるみたいニャ♪」
怪鳥を追ってここまで来たけど、崩れた壁に阻まれて途方に暮れていた。というところか。
「ゴーレムにも効果があるのか分からないけど…」
理希は魔法一覧を表示させた。
「クーラ・ウト・ウァレアース」身体を厭いなさい
「ユークンダ・メモリア・エスト・プラエテリトルム・マロールム」苦しみは過ぎ去り、喜びへと変わる
おとなしく聞いているハチの顔へと視線を向けた。
「ハイ・キュア・シリアス・インジュリー」
暖かな光に包まれ、ハチの姿が見えなくなる。
「うニャ…? ハチはどうニャるニャ?」
ミケが心配そうに見ている。
「大丈夫。傷を治すだけだから」
回復魔法も種類が多くて迷ったけど、重症でも治癒するっぽい強力なものを選んだ。
間もなく光が消える。
いつのまにか伏せをしていたハチが、身体を起こした。
「一応、効いたみたいだね」
「すごいピカピカニャのニャ」
全ての傷が消え、気のせいかもしれないが、色艶までよくなったように見える。
「げふっ」
愛情表現なのだろう。ハチが頭をグリグリと擦り付けてきたけど、力がとんでもなく強いから、腹を圧迫されて思わず変な声が漏れた。
「わ、分かったから、落ち着いて」
「うニャン♪」
理希の肩の上にミケが飛び乗り、頬を摺り寄せた。
「……、対抗しなくていいから」
苦笑しながらミケの喉を指で撫でた。広場を見渡し状況を確認する。
「じゃあ…、今日はここで野宿することにして、出発は明日にしようか」
「ニャ?」
まだ空は明るいけど、急ぎの旅じゃないから、ゆっくり休んでも問題はない。
「まずはベタベタする身体を洗いたいな…」
「うニャ…、お風呂は嫌いニャ」
大量の水で薄まっていたとはいえ、胃酸を浴びてるわけだし。ほっとくと溶けちゃうかもしれない。
「デウム・イミタートル、アニムム・レゲ。コジェト。ストーン・ゴーレム」
人型のストーン・ゴーレムを1体召喚した。
「コルプス・シネ・ペクトレ・ユベト。バルネウム・ファキト」
小さい浴場を作ってと頼むと、周囲にある瓦礫を拾い集めて積み重ね、あっという間に湯船を完成させた。
「でっかいなぁ…」
ゴーレムにとっては小さいのかもしれないけど、高級旅館の大浴場並みの大きさがある。
「お湯はどうするのニャ?」
「まぁ、湯船の側面を焚火で熱したらいいんじゃない?」
もっと良い方法はありそうだけど、仮のお風呂だから凝ってもしょうがないし。
「アクアリウス・コンプレウェラント。ピュア・ウォーター」
「アーエル・アルデスキト。バンファイア」
理希は立て続けに呪文を唱え、生成した水を一杯に張った湯船を囲むように、焚火を30個ほど出現させた。
水の量が多いから、適温になるまで時間がかかりそうだ。
「次はご飯かニャ?」
「う~ん、その前に、明日ハチも通れるように瓦礫をどかしとこう」
崩れた城壁へと目を向ける。
「……、ついでに全部直すか」
仮の拠点のある盆地へとつながる唯一の道だから、外から魔物が入ってこないようにしておくのも悪くない。
「デウム・イミタートル、アニムム・レゲ。コジェト。ストーン・ゴーレム」
「コルプス・シネ・ペクトレ・ユベト。ムーロース・エト・モエニア・リパラント」
新たに人型のストーン・ゴーレムを9体召喚した。湯船を作り終えて待機していたゴーレムと合わせて計10体に、城壁と城門を修復するようにお願いした。
※
「あ~、やっぱり疲れを癒すなら、湯船に浸かるのが一番だよなぁ…」
早めの夕食を済ませたあと、温度はまだ低かったけど我慢できず、理希は風呂に入っていた。
「ミケ、そろそろ適温だよ」
「うニャ…」
ベンヌ・ローブとカペルの服を洗いながら、ハチの上で寝ているミケを呼んだ。
「お風呂は明日にするニャ…」
そう言って再び寝ようとしたミケの首を掴むと、沈めないように気を付けながら湯船に浸けた。
「うニャ~、ひどいニャ~」
暴れるミケに構わず、理希は毛を撫でて隅々まで洗う。
「露天風呂だし。これ以上の贅沢はないな」
「暖かい、こたつの方がいいのニャ…」
あまりに嫌がるので、洗い終えたミケを理希の頭の上に乗せた。
「寒くない?」
「大丈夫ニャ」
湯船のすぐ横で伏せをしていたハチがむくりと起きた。
ジッとこちらを見ている。
「ニャ?」
「ハ、ハチ?」
なんだか嫌な予感がする。
「ちょ、待っ…」
止めようとしたが間に合わず、次の瞬間、ハチはジャンプして湯船に飛び込んでいた。
「ニャニャニャ!」
「うわぁ、ガボガボ…」
体積分のお湯が押し出されて発生した大きな波に、抵抗する間もなくのみ込まれる。
「ぶはっ、溺れるのは、こ、これで何度目だ…」
理希とミケはいつのまにか湯船の外に流れ出ていた。
「もうめちゃくちゃニャ…」
衝撃に耐えられなかったのか、湯船の側面が派手に壊れていた。
「……、ミケ、のぼせるとまずいし、そろそろ上がろうか…」
「そうニャね…」
お湯がほとんど無くなった湯船の真ん中でお座りしたハチが、不思議そうに首を傾げている。
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