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第1章
第32話 村
しおりを挟む「あの…」
久しぶりに普通の人と会ったので、どうやって話しかけようかと、少し戸惑う。
「誰か村に戻ってバグドグサ持ってこい」
「いや、もうとっくに使い切って一つも残ってないだろ」
「ちょっといいですか…」
声が小さいからか誰も気が付いてくれない。
「言葉が通じニャいのかニャ?」
「そ、そんなことはないと思うけど…」
理希は慌てて取り繕う。人見知りっぽくなってただけなんだけど、バレてはいないようだ。
「村人の言葉は理解できるし、魔王とは問題なく話せたし」
ミケに指摘されて初めて気が付いた。日本語だと思ってたけど、この世界の言葉なのか?
「ちょうどグラヴィスが来ていたはずだ。誰かいってこいよ」
「高くて買えるもんか」
「事情を話せば安く譲ってくれるかもしれないだろ」
「アイツが? ありえないだろ」
男たちは殺気立ち、口々に文句を言い合っている。
服装や手に持った道具から、集まっているのは農夫だと分かるけど、ガラはあまり良さそうではない。
「……」
話しかけるのを諦めた理希は、人垣の隙間から身体を滑り込ませ、無言で輪の中に入った。
「うわぁ…」
「ニャ!」
思わず声が漏れる。
フードから顔を出していたミケも、同時に小さく悲鳴を上げた。
三角形の頭巾とエプロンといった、典型的な村人の格好をした女性が倒れていた。脚がパンパンに腫れている。
夫と思われる若い男性が、痛がる女性の傍らで心配そうに肩を支えている。
「後で必ず払うから誰かグラヴィスに…、早くしないと間に合わなくなる…」
「アイツにツケなんて頼むだけ無駄だ」
顎髭を生やしている男が、暗い表情で首を横に振る。
『皮膚が赤黒くニャってるニャ』
理希の耳のそばで、ミケが呟いた。
『毒にやられたっぽいね…』
牙の跡だろうか、脚に小さな穴が二つ開いている。
「それよりも隣村に…、って、だ、誰じゃ、あんた?」
やっと理希の存在に気付いた老いた農夫が、大げさに仰け反った。
「いや、ただの旅人なんですが…」
栄養不足なのだろうか。痩せていて血色が悪い。
初めて会話した村人だったので、失礼かもと思いつつ、ついじっくりと観察してしまう。
「旅人? こんな時世に? お主一人で?」
いかにも怪しいといった表情で、明らかに警戒している。
「それより、そこの女性、どうかしたんですか?」
色々とつっこまれる前に、先に話を切り出した。
「キラー・ラクーンに噛まれたんじゃ」
「キラー…、殺人たぬき?」
「旅をしているのに知らぬのか? 昔から森にいるやっかいな魔物じゃよ。最近急に増えだしたんじゃ」
「なるほど…」
襲ってきてたのは獣ではなかったようだ。危なかった。もし食べてたら毒にやられてたかも。
「それで、バグドグサってのは…」
「毒消しの野草じゃ」
「村にいるグラヴィスって人なら持っていると」
「行商人じゃから金がないと…、なんじゃ?」
突然、背の高い農夫が大声で騒ぎ出した。
「な、なんだこの奇妙な魔物は!!」
輪の外で伏せをして、おとなしく待っていたハチを指さしている。
声に驚いて振り返った村人たちが、一斉に後ずさる。
「ハチは魔物じゃニャいニャ!」
フードから飛び出し、理希の肩の上でミケが抗議の声を上げた。
「まずいなぁ…」
この世界でネコがしゃべるのは普通のことなのだろうか?
「な、なんだこのネコ。威嚇してるのか?」
「ミャーミャー煩い…、って、誰だあんた?」
理希はミケの頭を撫でると、人の輪から抜け出し、ハチの前に立った。
『ミケの言葉は通じてないみたいだね』
『うニャん…』
「怪しい奴め。この村になんの用だ?」
農夫たちは鍬や鎌などの農具を構え、こちらを警戒している。
「あぁ、それはやめた方がいい」
立ち上がろうとしたハチの鼻に触れた。再び伏せの状態に戻る。
「温厚だけど、とても仲間想いで、かなりの力持ちなんですよ」
村人たちの方へと振り返り、にこやかに笑いながら警告した。
「うっ…、脅迫するつもりか?」
「構うこたない、相手はたった一人だ。縛り上げろ」
そう言って、じりじりと距離を詰めてくる。
理希はため息を吐き、頭を掻いた。
異世界で初めて人間と会うという、ある意味、物語序盤の重大エピソードなのに、ぬるっと会話して、次に殺気立った男たちに半包囲されるって、どんだけ神様は意地悪なんだ?
夢で見た悪巧み中のフクの顔が浮かぶ。
「いや、まぁ…、実際はこんなもんか」
劇的な展開にはならないまでも、せめてもう少し歓迎されるとか、なにげにちょっと期待してたけど、よく考えたら得体の知れないよそ者を警戒するのは当たり前だよね。
『ミケ、ここはいったん離れようか』
『うニャ…』
いたずらに事を荒立てず、さっさとこの場を立ち去るのがベターだろう。
「そんなことより、誰か助けてくれ!」
ハチの背に手を掛けかけたとき、女性の肩を支えていた若者が叫んだ。
「……、そうだった」
理希はそのままの姿勢で、退治した殺人タヌキ?を仕舞っていたボーブスの袋に手を入れると、異空間収納の取り出し口を中で開いた。
使い道の分からない多種多様なハーブの中から、つい今しがた効能が判明した『バグドグサ』を取り出す。
「これ、よかったらどうぞ」
近くにいた目つきの鋭い農夫に、山盛り手渡した。
「こんなにたくさん…」
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
若者は何度もお礼を言うと、呆然としている農夫から奪うようにして受け取った毒消しの薬草を手ですり潰し、女性の患部に塗っていく。
「と、とにかく急げ。こんだけあれば大丈夫だ」
「誰か戸板を持ってこい」
「お湯も沸かしとけ」
殺伐としていた雰囲気が一変した。農具を放り投げ、慌しく動き出す。
「クラウデ。え…と、じゃあ僕はこれで」
異空間収納をそっと閉じ、小声で別れの挨拶を呟いた。
「待ちなされ。お礼もせずに追い返したとなったら、村の名折れじゃ」
ハチに飛び乗ろうとしていた理希は、すぐ背後から呼び止められた。
「いや、お礼なんて別に…」
握手を求められたので、無意識に握り返していた。騒ぎに紛れて去ろうと思ったのに、もう無理だ。
「わしはスタティヴァの長をしておる、ノートンというものじゃ」
オーラもなにもないから気が付かなかったけど、最初に会話した老いた農夫は村長だったらしい。
「はぁ…、僕は理希で、こっちはミケ。そしてハチ」
順番に指さしながら紹介した。
ミケは興味なさそうに毛繕いをしている。ハチは顔を上げると一度頷いた。
「ミケにハチとな?」
村長は訝し気にミケとハチを交互に見ている。
「……」
「ごほん。え~と、じゃあ、ハチの背に女性を乗せてもらえます? 戸板を取りに行くより早そうですし」
「おぉ…、それはありがたい」
ノートンは女性の夫と思われる農夫と二言三言、言葉を交わすと、女性の両肩をそれぞれ支えながら、その場に立たせた。
理希は女性の隣にハチを移動させ、バグドグサの時と同様の方法で、素早くラタトスク・マントを取り出した。
「あ、りがとう…、ございます」
血の気が引き、顔面蒼白な女性は震える声でお礼を言った。ハチを怖がっているようにも見える。
伏せをしているハチの背にマントを敷くと、女性をその上に仰向けに寝かせた。
マントはボロボロだけど、直接寝るよりは痛くないだろう。
「うニャン♪」
理希の肩からハチの頭の上へと、ミケが飛び移った。女性の額を肉球で軽く2度ほど叩くと、苦し気な表情が微かに和らいだ。
心配していた男性も緊張していた村長も同時に笑顔になる。
「エウント・レンテ」
ミケの機転に感心しながら、村に向かって、揺らさないようにゆっくりと移動するように指示した。
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