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第十話 山で食べるアヒージョは一番うまい④
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圭吾の「残りは食べて良い」という言葉を聞いた瞬間、エンヒの緋色の瞳がカッと見開かれた。
その表情は先ほどまでの羞恥や不満から一転、純粋な歓喜と期待に満ち溢れたものへと変わった。
まるで、待ち望んでいた宝物を目の前にした子供のようだ。
次の瞬間、エンヒは驚くべき行動に出た。
人間が素手で触れれば間違いなく大火傷を負うであろう高温のスキレット。
その鉄製の持ち手を、エンヒは躊躇なく、ひょいと左手で掴み、軽々と持ち上げたのだ。
圭吾は思わず「あっ!」と声を上げかけたが、エンヒは全く熱がる素振りも見せず、平然としている。
龍とはこれほどの熱にも耐えうる存在なのか、と圭吾は改めて人ではないその異質さを感じた。
しかし、彼の心の中ではエンヒのその可愛らしい容姿ゆえか、心配する気持ちの方が優っていた。
エンヒは、右手に持ったフォークで、オイルに浸った緑鮮やかなブロッコリーを一つ、器用に突き刺した。
そして、それをゆっくりと自分の口元へと運ぶ。
小さな口が開き、ブロッコリーが吸い込まれるように消えた。
もぐ、もぐ……と数回咀嚼した瞬間、エンヒの小さな体がビクッ!と大きく震えた。
「むうううぅぅ……!」
エンヒは低く唸り声を上げると、静かに目を閉じた。
長い翡翠のまつ毛が微かに震えている。
そして、まるで詩を詠むかのように、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
その表情は恍惚としており、完全に味覚の世界に没入しているかのようだった。
「こ、この緑の野菜も……なんと美味いことか……! 小さな蕾の一つ一つ、その微細な隙間にまで、あの食欲を誘う香り高き油が、これでもかというほど染み込んでおる。それでいて、火は絶妙に通っており、緑の茎の部分は、噛みしめるとその内部が驚くほど柔らかい。そして何より……この野菜そのものが持つ、特有の青々しい甘みが、噛めば噛むほど口の中にじゅわっと溢れてくるのじゃ……! 油の旨味と野菜の甘みが、口内で見事に調和しておるわ……!」
「はは……それは、ブロッコリーだね。確かに、アヒージョみたいにオリーブオイルで煮込むと、味がよく染みて美味しいんだ。オリーブオイルをしっかりと纏ってくれる、良い食材だよ」
圭吾は、そのあまりにも詳細かつ情熱的な感想に、苦笑いを浮かべながら答えるしかなかった。
食レポだ……これは紛れもない、プロ顔負けの食レポだと圭吾は思った。
龍の味覚、いやエンヒの味覚、そしてその表現力は料理番組に出ても戦える。
エンヒは圭吾の言葉に満足げに頷くと、さらにフォークを伸ばし、輪切りにされたマッシュルームを刺して口へと運んだ。
再び目を閉じ、しばし黙考した後、またもや感嘆の声を漏らす。
「ふむ……この茸もまた、素晴らしい働きをしておるな。味の主張そのものは、先の緑の野菜ほど強くはない。だが、噛みしめると、どこかほんのりと、雨上がりの森の土を思わせるような香りが鼻腔を抜け、茸本来の持つ深い旨みが、じんわりと舌の上に広がる。この濃厚なオリーブオイルとやらと実によく合っておる。そして、この……くにゅり、とした程よい弾力を持つ歯応え! 食感に心地よいアクセントを加えておるわ。……ふむ、これは、主役ではないやもしれぬが、他の食材の味を引き立て、この料理全体の調和を上手くまとめ上げておる、見事な脇役じゃな」
「それはマッシュルームだね。洋食ではよく使われるキノコだよ。君の言う通り、他の食材を引き立てるのが得意で、色んな料理で欠かせない存在なんだ。新鮮なものなら、シンプルに塩を振って焼くだけでも美味しいんだよ」
「ほう、焼いても美味いのか」
圭吾の説明に、エンヒは興味深そうに頷いた。
そして、再度ブロッコリーをフォークで持ち上げ、じっくりと観察し始めた。
ブロッコリーの房から、黄金色のオリーブオイルがぽたり、ぽたりと雫となってスキレットの中へと落ちていく。
「それにしても……この料理の根幹を成すこのオリーブオイルとやら。それ自体の持つ果実のような香りも良いが、それだけではないな。この油の中に、細かく砕かれた白い野菜のかけらが無数に沈んでおる。これが、油と共にほんのりと焦げるまで熱せられることで、食欲を猛烈に掻き立てる、あの独特な抗いがたい香りを付与しておるのか……なんと計算された仕掛けじゃ」
「ああ、それはニンニクだよ。みじん切りにしたものと、丸ごと一欠片そのままのも入ってる。確かに、アヒージョの香りの決め手はニンニクだね。丸ごと火を通したやつは、ホクホクして甘みも出るんだ。辛さや独特の強い香りもあるけど、他のどんな食材にも代えがたい魅力を持ってる食材だよ」
圭吾の説明を聞きながら、エンヒはちょうどオイルの中に沈んでいた、ニンニクの一欠片に狙いを定め、フォークを突き刺した。
オリーブオイルで煮込まれて少し飴色になっているニンニクがランタンの光を反射し、きらりと光る。
「ほう、丸ごとのニンニクとな。外見は硬そうに見えるが……おお、存外すんなりとフォークが入るものじゃな。ふむ……香りがこれほど強いものは、えてして味そのものは淡白なことが多いものじゃが……」
エンヒは、少しだけ警戒するような目でニンニクを見つめた後、意を決したように、それをパクリと口の中へと放り込んだ。
そして、次の瞬間。
ピシッ!!
エンヒの体が、まるで石像にでもなったかのように、完全に固まった。
緋色の瞳は大きく見開かれたまま一点を見つめ、瞬き一つしない。
口も半開きのまま、完全に動きを止めてしまった。
(あー……やっぱり、そうなったか……)
圭吾は内心で呟いた。
無理もない。
エンヒの小さな口の中では今、オリーブオイルで加熱され、旨味と香りが極限まで凝縮されたニンニクの一欠片が、その秘めたる力を解放しているはずだ。
まず、鼻腔を突き抜けるような、強烈で爆発的なニンニク特有の香り。
そして、加熱されることで生まれた、驚くほどの猛烈な甘さ。
それに続いてやってくる、微かな苦味と、舌をピリッと刺激する辛味。
それらが渾然一体となって、味覚中枢を激しく揺さぶっているに違いない。
人間でも、アヒージョのニンニクを食べれば、そのインパクトに驚くものだ。
ましてや、おそらく生まれて初めてニンニクを口にしたであろうエンヒにとっては、想像を絶する衝撃だったのだろう。
しばらくの間、エンヒは彫像のように固まったままだった。
圭吾は心配になって声をかけようかと思ったが、下手に刺激しない方がいいかもしれないと思い直し、固唾を飲んで見守った。
やがて、エンヒの肩が微かに震え始めた。
そして、ゆっくりと、本当にゆっくりと、口が動き出し、咀嚼が再開された。
「う……うぅぅ………んんん…………」
エンヒは、目を見開いたまま、呻き声を上げ始めた。
それは、魂から漏れ出た呻きなのか、それとも未知の味覚に対する感動の呻きなのか、判別がつかない。
ただ余程、その一欠片のニンニクがもたらした衝撃が強烈だったことだけは確かだった。
エンヒは、ひたすら呻きながら、ゆっくり、ゆっくりと、味わうように咀嚼を続けていた。
その表情は先ほどまでの羞恥や不満から一転、純粋な歓喜と期待に満ち溢れたものへと変わった。
まるで、待ち望んでいた宝物を目の前にした子供のようだ。
次の瞬間、エンヒは驚くべき行動に出た。
人間が素手で触れれば間違いなく大火傷を負うであろう高温のスキレット。
その鉄製の持ち手を、エンヒは躊躇なく、ひょいと左手で掴み、軽々と持ち上げたのだ。
圭吾は思わず「あっ!」と声を上げかけたが、エンヒは全く熱がる素振りも見せず、平然としている。
龍とはこれほどの熱にも耐えうる存在なのか、と圭吾は改めて人ではないその異質さを感じた。
しかし、彼の心の中ではエンヒのその可愛らしい容姿ゆえか、心配する気持ちの方が優っていた。
エンヒは、右手に持ったフォークで、オイルに浸った緑鮮やかなブロッコリーを一つ、器用に突き刺した。
そして、それをゆっくりと自分の口元へと運ぶ。
小さな口が開き、ブロッコリーが吸い込まれるように消えた。
もぐ、もぐ……と数回咀嚼した瞬間、エンヒの小さな体がビクッ!と大きく震えた。
「むうううぅぅ……!」
エンヒは低く唸り声を上げると、静かに目を閉じた。
長い翡翠のまつ毛が微かに震えている。
そして、まるで詩を詠むかのように、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
その表情は恍惚としており、完全に味覚の世界に没入しているかのようだった。
「こ、この緑の野菜も……なんと美味いことか……! 小さな蕾の一つ一つ、その微細な隙間にまで、あの食欲を誘う香り高き油が、これでもかというほど染み込んでおる。それでいて、火は絶妙に通っており、緑の茎の部分は、噛みしめるとその内部が驚くほど柔らかい。そして何より……この野菜そのものが持つ、特有の青々しい甘みが、噛めば噛むほど口の中にじゅわっと溢れてくるのじゃ……! 油の旨味と野菜の甘みが、口内で見事に調和しておるわ……!」
「はは……それは、ブロッコリーだね。確かに、アヒージョみたいにオリーブオイルで煮込むと、味がよく染みて美味しいんだ。オリーブオイルをしっかりと纏ってくれる、良い食材だよ」
圭吾は、そのあまりにも詳細かつ情熱的な感想に、苦笑いを浮かべながら答えるしかなかった。
食レポだ……これは紛れもない、プロ顔負けの食レポだと圭吾は思った。
龍の味覚、いやエンヒの味覚、そしてその表現力は料理番組に出ても戦える。
エンヒは圭吾の言葉に満足げに頷くと、さらにフォークを伸ばし、輪切りにされたマッシュルームを刺して口へと運んだ。
再び目を閉じ、しばし黙考した後、またもや感嘆の声を漏らす。
「ふむ……この茸もまた、素晴らしい働きをしておるな。味の主張そのものは、先の緑の野菜ほど強くはない。だが、噛みしめると、どこかほんのりと、雨上がりの森の土を思わせるような香りが鼻腔を抜け、茸本来の持つ深い旨みが、じんわりと舌の上に広がる。この濃厚なオリーブオイルとやらと実によく合っておる。そして、この……くにゅり、とした程よい弾力を持つ歯応え! 食感に心地よいアクセントを加えておるわ。……ふむ、これは、主役ではないやもしれぬが、他の食材の味を引き立て、この料理全体の調和を上手くまとめ上げておる、見事な脇役じゃな」
「それはマッシュルームだね。洋食ではよく使われるキノコだよ。君の言う通り、他の食材を引き立てるのが得意で、色んな料理で欠かせない存在なんだ。新鮮なものなら、シンプルに塩を振って焼くだけでも美味しいんだよ」
「ほう、焼いても美味いのか」
圭吾の説明に、エンヒは興味深そうに頷いた。
そして、再度ブロッコリーをフォークで持ち上げ、じっくりと観察し始めた。
ブロッコリーの房から、黄金色のオリーブオイルがぽたり、ぽたりと雫となってスキレットの中へと落ちていく。
「それにしても……この料理の根幹を成すこのオリーブオイルとやら。それ自体の持つ果実のような香りも良いが、それだけではないな。この油の中に、細かく砕かれた白い野菜のかけらが無数に沈んでおる。これが、油と共にほんのりと焦げるまで熱せられることで、食欲を猛烈に掻き立てる、あの独特な抗いがたい香りを付与しておるのか……なんと計算された仕掛けじゃ」
「ああ、それはニンニクだよ。みじん切りにしたものと、丸ごと一欠片そのままのも入ってる。確かに、アヒージョの香りの決め手はニンニクだね。丸ごと火を通したやつは、ホクホクして甘みも出るんだ。辛さや独特の強い香りもあるけど、他のどんな食材にも代えがたい魅力を持ってる食材だよ」
圭吾の説明を聞きながら、エンヒはちょうどオイルの中に沈んでいた、ニンニクの一欠片に狙いを定め、フォークを突き刺した。
オリーブオイルで煮込まれて少し飴色になっているニンニクがランタンの光を反射し、きらりと光る。
「ほう、丸ごとのニンニクとな。外見は硬そうに見えるが……おお、存外すんなりとフォークが入るものじゃな。ふむ……香りがこれほど強いものは、えてして味そのものは淡白なことが多いものじゃが……」
エンヒは、少しだけ警戒するような目でニンニクを見つめた後、意を決したように、それをパクリと口の中へと放り込んだ。
そして、次の瞬間。
ピシッ!!
エンヒの体が、まるで石像にでもなったかのように、完全に固まった。
緋色の瞳は大きく見開かれたまま一点を見つめ、瞬き一つしない。
口も半開きのまま、完全に動きを止めてしまった。
(あー……やっぱり、そうなったか……)
圭吾は内心で呟いた。
無理もない。
エンヒの小さな口の中では今、オリーブオイルで加熱され、旨味と香りが極限まで凝縮されたニンニクの一欠片が、その秘めたる力を解放しているはずだ。
まず、鼻腔を突き抜けるような、強烈で爆発的なニンニク特有の香り。
そして、加熱されることで生まれた、驚くほどの猛烈な甘さ。
それに続いてやってくる、微かな苦味と、舌をピリッと刺激する辛味。
それらが渾然一体となって、味覚中枢を激しく揺さぶっているに違いない。
人間でも、アヒージョのニンニクを食べれば、そのインパクトに驚くものだ。
ましてや、おそらく生まれて初めてニンニクを口にしたであろうエンヒにとっては、想像を絶する衝撃だったのだろう。
しばらくの間、エンヒは彫像のように固まったままだった。
圭吾は心配になって声をかけようかと思ったが、下手に刺激しない方がいいかもしれないと思い直し、固唾を飲んで見守った。
やがて、エンヒの肩が微かに震え始めた。
そして、ゆっくりと、本当にゆっくりと、口が動き出し、咀嚼が再開された。
「う……うぅぅ………んんん…………」
エンヒは、目を見開いたまま、呻き声を上げ始めた。
それは、魂から漏れ出た呻きなのか、それとも未知の味覚に対する感動の呻きなのか、判別がつかない。
ただ余程、その一欠片のニンニクがもたらした衝撃が強烈だったことだけは確かだった。
エンヒは、ひたすら呻きながら、ゆっくり、ゆっくりと、味わうように咀嚼を続けていた。
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