サラリーマン、龍と異世界メシ充してます ~食いしん坊な龍と行く、最強スローライフ~

KEINO

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第十四話 朝食は簡単に

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 小鳥たちのさえずりが、夜の静寂を破るように響き始めた。
 東の空が白み始め、山の稜線が徐々にその輪郭を現し出す。
 圭吾は、テントの中で浅い眠りから覚めた。

 身体が、まるで鉛を引きずっているかのように重い。
 特に昨夜、奇妙な紋様が浮かび上がった右手の手の甲は、じんわりと鈍い痛みを訴えている。

(しかし、命を削るという契約の代償にしてはそこまでキツくないな、これならデスマーチの時の方がヤバかった) 

 そう自分に言い聞かせながら、圭吾は重い身体を無理やり起こした。

 昨夜の出来事は、あまりにも非現実的で、まるで夢でも見ていたかのようだ。
 
 龍の少女、エンヒ。
 手の甲の契約の紋。
 異世界への誘い。

 しかし、手の甲で淡い光を放ち続ける紋様と、寝袋の横から聞こえる微かな寝息が、それが紛れもない現実であることを告げていた。
 
 寝袋の横!!
 
 ハッと圭吾が横を見るとそこには丸まりながら眠るエンヒの姿があった。
 そのあどけない寝顔はいつまでも見ていられる芸術作品の様だった。

「いかんいかん、片付けをするか」

 思わず魅入っていた圭吾は深い息を吐き、そっと寝袋から出た。
 テントのジッパーを開けて外へ出る。

 ひんやりとした早朝の空気が肌を刺した。
 辺りの草木は夜露に濡れ、朝日を受けてキラキラと輝いていた。
 深呼吸をすると、湿った土と草の匂いが肺を満たし、少しだけ気分がすっきりする。

 彼はまず、昨夜使った小型ガスコンロとスキレット、コップなどを片付け始めた。
 スキレットに残ったオイルをキッチンペーパーで丁寧に拭き取り、食器はウェットティッシュで汚れを落とす。

 身体の節々が軋むような感覚があったが、このぐらいなら何ともない。
 黙々と作業を進めた。
 焚き火はしていないので、後片付けはその点では楽だった。

 荷物をバックパックに整理し終えた頃、テントがもぞもぞと動き、中からエンヒが這うようにして出てきた。
 眠い目をこすりながら、翡翠色の長い髪には、可愛らしい寝癖がぴょこんと一房、アンテナのように立っている。

「むうぅ……朝、じゃな……」

 エンヒは大きなあくびを一つすると、小さな身体を思いっきり伸ばした。
 グイーッと背伸びをする無防備な仕草は、昨夜見せた龍としての威厳など微塵も感じさせず、年相応の少女そのものだった。
 白いワンピースの裾が少しめくれ、白い足首が見える。

 一通り伸びを終えたエンヒは、普通に荷物をまとめ、立ち上がっている圭吾の姿を認めると、ピシリ、と動きを止めた。
 緋色の瞳が驚きに見開かれる。

「な、何!? お、お主! 何で普通に立っておるのじゃ!? まさか、もう歩けるのか!?」

 圭吾は、エンヒの慌てぶりに軽く笑いながら答えた。

「ああ、おはよう、エンヒ。うん、まあ、ちょっと身体は重いけど、このぐらいなら何ともないよ。ちょっと体調悪いかな、ぐらいの感じだ」

 実際に少し辛いくらいで、何ともないレベルだ。
 エンヒは、圭吾の言葉が信じられないといった表情で、まじまじと彼を見つめている。

「そ、そんな馬鹿な……。龍との契約による魔力消耗は、鍛えていない人の子にとっては致死的な負担のはず! それなのに、一晩寝て、ちょっと体調が悪い、じゃと? さらりーまんとやらは、一体どれだけ頑丈なのじゃ……」

 エンヒはぶつぶつと呟き、呆気に取られている。
 圭吾の予想以上のタフさに驚きつつも、内心では、契約の影響が思ったより軽微であることに安堵と、そして説明のつかない現象への困惑を感じているようだった。

 だが、いずれにせよ、早く長老に会って契約を解除しなければならないという思いは変わらない。
 彼女は気を引き締め直し、圭吾に向き直った。

「まあよい。動けるなら好都合じゃ。さっさと準備を済ませて、祠へ向かうぞ」

 圭吾は、テントを畳み、全ての荷物をバックパックに収納した。
 ずしりと重い荷物を背負い、ふらつきそうになるのを堪える。

 朝食を摂る時間も惜しいとエンヒは言うが、何か少しでも腹に入れておかないと、とても歩けそうにない。

 彼はバックパックのサイドポケットから、携帯用のゼリー飲料を取り出した。
 グレープ味の、パウチに入ったタイプだ。

 仕事が忙しい時期は、朝食をこれで済ませることが多かった。
 キャップを開け、ストローを差し込んで吸い始める。
 手軽にエネルギーと水分を補給できる、現代人の知恵だ。

 すると、隣で出発の準備をしていたエンヒが、その紫色のパックを羨ましそうに、じーっと見つめていることに気づいた。

「……けいご、お主、それは何じゃ? 何か美味そうなものを飲んでおるのか? 私にはないのか?」

 その視線は、まるで餌をねだる子犬のようだ。
 食に対する彼女の純粋な好奇心は、昨夜から全く衰えていないらしい。
 圭吾は苦笑した。

「ああ、これ? ゼリー飲料だよ。まあ、栄養補給みたいなものだ。君にあげられるような朝食は、もうこれくらいしかないけど……それでもいい?」

 圭吾はバックパックから、非常食として入れておいたチョコレートバーを一本取り出し、エンヒに差し出した。
 登山や非常時のための、高カロリーなナッツ入りのものだ。

 エンヒは目を輝かせ、ひったくるようにチョコレートバーを受け取った。
 そして、次の瞬間、なんと包装されたそのバーを、そのままガブリと口に突っ込んだのだ。

「むぐっ…むぐぐ…? けいご、これ、味がしないぞ? 硬いだけで、ちっとも美味くないではないか!」

 包装紙ごとかじりつき、困惑した表情で圭吾を見上げるエンヒ。圭吾は思わず噴き出してしまった。

「ははは! エンヒ、それ、包装されたままだよ! この外側の紙を破いて、中身だけを食べるんだ」

「な、なんじゃと!? そうなのか!」

 エンヒは慌てて口からバーを出すと、包装紙をビリリ、と勢いよく破り捨てた。
 そして、ようやく現れたチョコレートの本体を、今度こそポリッと一口齧った。

 その瞬間、エンヒは再び固まった。
 昨日、ニンニクを食べた時と同じように、緋色の瞳がまん丸に見開かれ、動きが止まる。
 頬が、チョコレートを味わうように、ぷっくりと膨らんでいる。

 しばらくの静寂の後、エンヒは叫んだ。

「こ、こ、これは……!! なんという…なんという食べ物じゃ! 口に入れた瞬間、甘さと、ほんのりとした苦さが溶け合い、舌の上でとろけていく…! そして、この中に混ぜ込まれた木の実の香ばしさと歯ごたえ! なんじゃ、この計算され尽くした美味さはーっ!!」

 エンヒは、まるでこの世の真理を発見したかのように、目を輝かせながらチョコレートバーを夢中で齧っている。
 その反応に、圭吾は笑いが止まらない。

「はは、そんなに驚くことかい? それはただのチョコレートバーだよ。別に特別なものじゃない。コンビニとか、どこでも買えるものさ」

「ど、どこでもじゃと!? どこでも、この至福の味が手に入るというのか!? なんと……なんと恐ろしい世界なのじゃ、けいごのいるこの世界は!」

 エンヒは、心からの感動と畏敬の念を込めて呟いた。
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