神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く

かくろう

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第1章

第5話「修理王、誕生」

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 夜明け前の空気は、砂よりも冷たかった。
 バル=アルドの外縁に立つ給水塔――かつて水を流していた管路は、
 今は乾いた獣の喉のように沈黙している。

 俺は膝をつき、砂を払って管の接合部を露出させた。
 錆び、割れ、魔力痕が焦げたように黒ずんでいる。
 だがその奥、青白い残光――コードの断片がかすかに揺らめいていた。

《観測ログ:供給ライン断線。/魔導エネルギー流、停止状態。/信号発信元:外部制御ノード。》

「外部……つまり、誰かが意図的に止めたってことか」
《肯定。/制御命令識別コード:“アルメリア聖政庁・第七供給区監視塔”。》
「……勇者領、か」

 背後で、砂煙の中からジルドが現れた。
 目の下の隈は濃く、眠気よりも怒りが滲んでいた。
「一週間前に止まった。問い合わせても、返ってきたのは神託の定型文さ。
 “信仰指数が低下したため、贖罪期間に入る”――だとよ」
 その声は、砂を噛むように乾いていた。

 周囲には十数人の棄却者。壊れたバケツや土瓶を抱え、黙って俺たちの作業を見守っている。
「祈りが少ないから水が止まる……? バグどころか、設計思想が狂ってる」
「そうだ。だが神の言葉は絶対らしい。俺たちは“信仰値”で生かされ、“供給値”で殺される」

 俺は黙って砂に手を伸ばし、〈観測〉を起動した。
 視界が反転し、地層の奥に青白い線が浮かび上がる。
 世界の底を流れる魔導コード――それが断線している。
 その断面は、まるで“切り取られた”ように滑らかだった。
 自然崩壊ではない。
 誰かが、意図的に“接続を削除”している。

《解析:遮断信号継続中。/上位命令優先順位=現地操作より上。/無効化にはルート権限が必要。》
「ルート権限、ね……つまり神様のIDを偽装すれば上書きできる」
《警告:高危険行為。システムから排除される確率=八七%。》
「俺、もう排除済みだろ。放流者なんだ、今さら怖くない」

 ジルドが肩をすくめる。
「試す気か?」
「ええ。――この街の水が流れないなら、意味ないですから」

 俺は手の甲に刻まれた〈観測〉の紋章を見つめた。
 その光が、砂の上のコードと共鳴する。
 リィムの体が淡く脈打ち、青い粒子を散らした。

《補助演算開始。/主との同期率=五七%……六三%……上昇中。》

 空気が震える。
 地面の砂が微かに浮かび、青い線が網の目のように広がる。
 棄却者たちがざわめいた。
「な、なんだ……地面が光って……!」
「おい、本当に大丈夫なのか……!」

 ジルドだけが、その場に踏みとどまり、黙って見守っていた。
 ――悠人が見ているのは、“神の裏側”だと。

 視界の奥で、無数のコードが絡まり合う。
 《Access Denied》《Forbidden Override》――拒絶の羅列。
 それでも俺は指を止めない。
 呼吸は浅く、体温が上がっていく。

《主の脈拍上昇。/推定状態:過負荷。》
「大丈夫だ。……リィム、演算を分担」
《受諾。補助モード=共鳴型。/演算リソース再配置。》

 青い光がリィムの中心から広がり、俺の胸元まで浸透していく。
 世界が脈動した。
 頭の中に、膨大な情報が流れ込む――信号の形、神の命令、封鎖コード。

「――見えた。神託システムの“呼吸”……!」

 宇宙のようなデータの渦。
 その中心に、巨大な命令文があった。

 《信仰値不足=供給遮断》

 ――それが、理不尽の核心。

「ルールの定義そのものを……書き換える!」
《命令承認:上書きモード移行。/新定義入力待機。》
「――“信仰値不足でも、生存維持は優先される”。」

 リィムの体が強く光を放った。
 地面が低く鳴動し、砂が一斉に舞い上がる。

《修正パッチ適用中……同期率八九……九四……一〇〇%。》

 閃光。
 そして、音が戻る。

 最初は風かと思った。
 けれどそれは確かに――水の音だった。

 古びた給水塔から、透明な流れが溢れ出す。
 誰かが叫び、誰かが泣いた。
 砂に濡れた子どもの頬を、初めての水滴が伝う。

 ジルドが空を仰いだ。
 灰色の雲の切れ間から光が差し込む。
「……あんた、本当に“直した”のか」
 俺は肩で息をしながら、力なく笑った。
「うん。仕様変更完了ってとこです」
 リィムが弱く震え、微かな音を発した。

《報告:修正完了。副作用:軽度通信遮断。/主の体温上昇一三%。》

「おつかれ。……よくやったな、リィム」
《評価:主の音声波形→安定化確認。/状態タグ:静的安定。》
「うるさい、診断モードは終了でいい」
 俺が笑うと、リィムの光がふわりと温かく滲んだ。
 ――ほんの一瞬、“嬉しそう”に見えた。

 人々が集まり始める。
 手のひらに水を受け、互いに顔を見合わせて笑う。
 久しく失われていた“生”の音が、街に戻った。

 その光景を見つめながら、ジルドがゆっくりと俺の肩に手を置く。
「……なあ、悠人。お前がこの町の責任者になってくれ」
「責任者?」
「水を流したのはお前だ。人も、仕組みも、まだバラバラだ。
 誰かがまとめなきゃならねぇ。……いっそ“王様”でもいいぞ」
「王様って……そんな時代錯誤な!」

 言いかけた瞬間、リィムの体が淡く光る。

《了解。/登録ワード:“王”=主。/自治体権限モード起動。》
「おい待てリィム!? 今のは比喩だ! 登録すんな!」
《登録完了。/称号タグ:“修理王”を付与。》
「聞けって言ってんだろ!?」

 悠人の慌てぶりに、ジルドは思わず吹き出した。
「……おい、誰と喋ってんだ?」
「いや、その……AIが勝手に!」
「AI?」
「えっと、まあスライムの……副脳みたいなもんです!」
「副脳……お前、どこの文明の人間だ……」

 ジルドは頭をかきながらも、苦笑いを浮かべた。
「ま、いいさ。呼び名なんてどうでもいい。
 俺たちは今日から“修理王”の下で、水を流す民ってことでな」
「やめてくれ、その呼び方定着しそうで怖い!」

 周囲の人々がくすくすと笑い出す。
 水の音、笑い声、リィムの光。
 その全てが混ざり合って、
 ――バル=アルドの朝は、初めて“生きた音”に満たされていた。
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