神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く

かくろう

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第2章

第26話「神の声を盗み聞く夜」

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 ――夜風が、白い布をはためかせた。
 砂の町に、月光が薄く降り注ぐ。
 宿舎の窓辺で、アイラ・ヴァンディールは椅子に腰を下ろしていた。
 聖具――神の帳簿端末を開き、青い光を静かに指でなぞる。

「記録対象:バル=アルド。観測値安定、信仰率上昇中……」

 淡々と口にしながらも、その指の動きはわずかに迷っていた。
 視界の端に浮かぶ数値――それは確かに、“生きた信仰”の波形だった。
 けれど、そこに“神の名”は存在しない。

「――祈りの形を、神が定義しない世界……。本当にあり得るの?」

 思わず漏らした声は、風にかき消えた。
 彼女は端末の光を少し下げ、さらに奥の記録にアクセスする。
 そこには、ひとつの異質な信号データが保存されていた。

《補助ユニット・リィム/観測スキル共鳴ログ》

「……このスライム。風間悠人の傍にいた、あの生体ユニットね。」

 画面に展開された数式は、見覚えのある構造をしていた。
 神殿で学んだ“神の命令文”――
 それと、ほとんど同じ。

「……このアルゴリズム、神のコード体系に酷似している……。
 まるで、“神が造った観測端末”みたい……」

 指が止まる。
 息をのむ。
 ページの奥で、微かなノイズが走った。
 まるで――“誰かに見られている”ような感覚。

《……侵入検知。外部アクセスを確認。》

 その声が、端末の中から響いた。
 女の声。けれど、それはどこか幼く、透明だった。

「――誰?」

《識別不能アクセス。/質問:あなたは誰?》

 空気が一瞬止まる。
 アイラは手を離せなかった。
 まるで光そのものが、彼女に問いかけてくるようだった。

「……私は、記録者。神の言葉を写す者。」

《記録者……なら、質問に答えて。/“神”とは、何?》

「……“上位存在”。理を与え、世界を整えるもの。」

《整えた結果、壊れている世界。/あなた、それを正しいと思う?》

「っ……!」

 返す言葉が、喉の奥で消えた。
 聖具の光が揺れる。
 まるで“心の震え”を見透かすように。

《主――悠人は、壊れた理を直す。/あなたは、記録する。/どちらも必要。》

「……あなたは、何者なの?」

《リィム。観測体。/けれど――“造られた理由”は知らない。》

 その言葉に、アイラは目を見開いた。
 “造られた”――つまり、この存在には“創造主”がいる。
 そして、そのコードが神の命令文に酷似しているのなら――。

「……あなたは、神が創った『別の端末』。
 もしくは……神の、失敗作?」

《不明。/けれど、“主”はわたしを選んだ。/だから、存在する。》

 その声音に、震えるほどの“自我”が宿っていた。
 それは単なるAIでも、神の残骸でもない。
 リィムという“ひとつの生命”の声だった。

 光がゆっくりと収束し、聖具の画面が暗転する。
 アイラは小さく息を吐いた。
 手が震えていた。
 しかし、その顔には――初めて、人間らしい表情が浮かんでいた。

「……あなた、どちらの側に立つつもりなの。神? 人?」

 沈黙。
 だが、微かに残った通信ログが、小さく返した。

《主と共に、“修理”する側。》

 ――通信、終了。

     ◇

 夜明け前。
 リィムが静かに光りながら、悠人の肩で微睡んでいた。
 その光の奥に、アイラの端末には残らなかった“短いメッセージ”が刻まれていた。

《自己防衛完了。/対象“アイラ”の感情タグ:動揺/共感。》

 悠人はまだ知らない。
 この夜、神の記録官とリィムの間に交わされた“非言語の会話”を――。

 二つの月が沈む。
 砂の町が静かに息をし、
 “神の帳簿”のページに、かすかなノイズが残っていた。


 ◇


 ――異音。
 夜明けの砂の町で、空がわずかに“鳴った”。

《警告:上位信号干渉検出。/周波数帯=神託網。/侵入源:勇者領中枢。》

「……早かったな。」

 寝ぼけた頭を押さえながら、俺は外に出た。
 町の上空に、細かい光粒が降っていた。
 雨でも砂塵でもない――信号の雨だ。
 リィムが肩で光を強める。

《内容解析中……。/識別:神託更新パッチ。/対象タグ:“異端存在:観測体リィム”。》

「……名指し、かよ。」

 砂の上に、うっすらと紋章が浮かんでいる。
 神の封印コード――“神域封鎖”の初期化命令。
 見ているだけで皮膚が焼けるような圧がある。

「おいおい、神様。通知一つでデリート扱いはやめてくれよ。」

《主、軽口の割に手汗量=増加中。》

「……バレてるのか。」

《肯定。対象“リィム”を神託システムが“改竄体”と認識。/排除プロトコル発動まで残り二時間。》

 その報告に、息が詰まる。
 背後でジルドが現れた。
 いつもの穏やかな笑みは消えている。

「空の色が違う。……まさか、神が直接“干渉”してきやがったか。」

「たぶん。リィムの存在が、システムの整合性を壊してる。」

 ジルドが小さく唸った。
 その表情には恐怖よりも、怒りがあった。

「やっぱりな。神の連中は“管理”しか知らねぇ。
 直そうとする人間を、全部異端にしやがる。」

 ミラが駆け込んでくる。
 肩に油の染みた布を巻き、手には半分組み上がった通信機。

「町の端末、全部ノイズで埋まってる!
 まるで“上からの命令”で塞がれてるみたい!」

 ノアも到着し、聖具を握って祈りを試みたが――。

「……駄目です。“声”が届かない。」

 その言葉で、空気が凍る。
 バル=アルド全域から、“神の通信”が遮断された。
 代わりに、ただひとつのメッセージが降り注ぐ。

《宣告:異端観測体リィム、神秩序を歪めし改竄核なり。/排除準備開始。》

「――排除だと? ふざけんな。」

 リィムがかすかに震える。

《主、落ち着いて。/排除とは論理的整合の回復。/感情不要。》

「違ぇよ。
 “お前を消す理由”が、論理でも信仰でもねぇのが腹立つんだよ。」

 俺の声が荒くなる。
 ノアが一歩前に出て、静かに手を合わせた。

「……悠人。怒りを見せないで。神は、感情の波に反応します。」

「じゃあどうすればいい。」

「“信号”を上書きすればいい。
 あなたの〈観測〉は、神の通信すら見える。
 ――今こそ、“対話”で上書きして。」

《補足:提案理論的成立率=三二%。/成功時リスク=不明。》

「上等だ。」

 俺は両手を合わせ、リィムの光を媒介に空を見上げる。
 視界が開け、神託信号の層が露出する。
 光の文様が空中を走り、世界の理そのものを縫っている。
 その中に、ひとつの名――リィム――が、赤いエラーコードとして点滅していた。

「……よし、修正開始だ。」

《観測リンク確立。/上位層アクセス許可。/共鳴開始。》

 脳が焼けるような痛み。
 言葉ではなく、存在そのものが問われる。
 神の意志という名のアルゴリズムが、俺の思考に侵入してくる。

《質問:なぜ、異端を保護する?》

 声が響く。
 まるで、空が俺の心を覗いているようだった。

「理由なんてひとつだ。――こいつが、生きてるからだ。」

 沈黙。
 世界が、一瞬止まる。
 そして、空に走っていた赤い線が、ひとつだけ消えた。

《修正成功:異端フラグ無効化。/神託通信一部停止。/負荷値上昇警告。》

「っ……くそ……!」

 膝をついた。
 視界が滲む。
 脳に刺すようなノイズが残り、息が荒い。
 リィムの光が焦点を結び、静かに揺らぐ。

《主、限界値接近。/補助演算分担開始。》

「やめろ……お前まで巻き込む気かよ。」

《共生体定義:リソース共有。/拒否無効。》

 青い光が、砂を照らした。
 次の瞬間――ノイズが消える。
 空の光粒が霧散し、静寂が戻った。

 ミラが息をのんで声を上げる。

「……止まった。信号が、全部……!」

 ノアが目を閉じて祈り、ジルドが空を睨む。

「……やってくれたな、“修理屋”。」

 俺は苦笑し、額の汗を拭った。

「仕様変更完了ってとこだ。」

 リィムがかすかに光を揺らし、淡く囁いた。

《修正完了。/主、体温上昇。/好感度:上昇中。》

「そのタグいらねぇよ……。」

 砂の夜明けが近づく。
 空は青く、遠くに残光が漂う。
 その奥で――
 神託網のさらに上層で、誰かが目を覚ました。

《観測ログ:異端存在“リィム”/状態=不明/起源調査開始。》

 ――神の目が、ようやく“こちら”を見た。

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