神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く

かくろう

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第3章

第40話「勇者、砂光に立つ」

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 ――風が止んだ。
 いつもの朝なら、風塔を抜ける空気が砂を揺らし、街の子どもたちの笑い声を運んでくるはずだった。
 けれど今日は違う。
 空気が重い。
 まるで見えない手が、空そのものを押しつぶしているような圧があった。

《観測ログ:風塔出力・異常低下。外気圧、変動。……ユウト、これは自然じゃない。》

「……空気が、押されてる。」

 胸の奥がざわめいた。
 この圧を知っている。
 誰かが、上位権限で“理(ことわり)”を押しつけてくるときの圧だ。

 砂の向こうで、光が歪む。
 揺らめく蜃気楼の中に、人影がひとつ。
 その輪郭を見た瞬間――息が詰まった。

 白銀の鎧。
 青のマント。
 額の紋章が、太陽を反射して閃く。

 その姿を、俺は知っていた。
 間違いようがない。
 ――天城颯真。
 俺の、元クラスメイト。

     ◇

 信じられなかった。
 砂の中に転がされて、必死に生き延びたあの夜から、ずっと一人で歩いてきた。
 女神に「不要」と言われ、神に切り捨てられた俺が――
 今こうして、“神に選ばれた奴”と再会するなんて。

「……久しぶりだな、風間。」

 颯真の声が、風の代わりに街を満たした。
 懐かしいはずなのに、まるで別の人間の声だ。
 冷たく、整いすぎていて、どこか“人の温度”が消えていた。

「久しいな……颯真。」

 ようやく声が出た。
 喉の奥が乾いて、少し震えていた。
 あの頃――授業中にくだらない話で笑い合って、テストで点数を競って。
 あいつの笑顔は、確かに“普通の高校生”のものだった。
 けれど、いま目の前にいるのは――“信仰の兵器”だ。

「まさか、お前が“棄却者”の巣で、こんな遊びをしているとはな。」

 “遊び”。
 その言葉が、胸の奥を刺した。

「遊びじゃない。俺は――ただ、生きてるだけだ。
 世界が壊れてるなら、直す。それだけだ。」

「“直す”、か。」

 颯真の視線が、俺の後ろの給水塔を見た。
 流れ続ける水。
 笑っている子どもたち。
 そして肩の上で光る、リィム。

 そのどれもが、颯真の世界では“存在してはいけないもの”だった。

「神の定義にないものを、勝手に動かしている。
 それを“修理”とは言わない。歪める、だ。」

《感情タグ:軽蔑+支配欲。主、要警戒。》

「ふうん。神の代弁まで始めたか。」

 皮肉のつもりで口にした言葉が、喉の奥で震えた。
 笑っているのに、心臓が重く沈んでいく。
 “あいつがここに来る理由”を、もう理解してしまっていたから。

     ◇

 ジルドが低く唸り、ミラが息を呑んだ。
 街の空気が固まる。
 颯真の背後には、十数人の神兵が控えていた。
 全員、同じ鎧。
 同じ顔をして、同じように祈る。

「俺たちが召喚された理由は分かっているはずだ、風間。
 世界を再構築する。神の理を完全にする。それが俺たち勇者の使命だ。」

「俺はその理そのものが壊れてると思ってる。
 “祈らない人間は死ぬ”――そんな世界、修正されて当然だ。」

 俺の声が少し荒くなった。
 理屈じゃない。
 この街の人たちが笑って生きている姿を、“否定”された気がした。
 それが、たまらなく悔しかった。

「理を壊せば、世界は崩壊する。」
 颯真の声は静かだった。
 でもその瞳の奥には、炎みたいな狂気があった。

 ――信念の炎。
 それは美しくも、冷たすぎた。

「お前は……何を犠牲にしてまで、神を信じるんだ。」

 その問いに、彼は一拍の沈黙を置いた。

「……自分を。」

 短い言葉。
 でも、それで十分だった。
 ああ、もう“届かない”のだと分かった。

《ユウト、心拍上昇。呼吸乱れ。/感情解析:喪失+怒り。》

「颯真……俺はまだ信じてるんだ。
 お前が、俺たちがいた世界の“人間”だったことを。」

「風間。――俺はもう、“あの世界の人間”じゃない。」

 その言葉の後、風が吹いた。
 彼のマントが翻り、神兵たちが一斉に跪く。
 圧が強まる。
 まるで空そのものが、彼に従っているようだった。

 ああ、なるほど。
 この世界は“神のバグ”なんかじゃない。

 神そのものが、バグを作るシステムなんだ。

     ◇

「俺は秩序を守る剣だ。神の理を乱す存在は、全て“削除”する。」

 その声が、ひどく悲しかった。
 けど、もう“悲しい”なんて言葉じゃ追いつかない。
 高校の教室で、隣の席で笑っていた奴が――
 今は、俺の“街”を消す側に立っている。

「お前、あの頃はさ……“理不尽ってムカつくよな”って言ってたよな。」

「覚えてない。」

 即答。
 俺の中で何かが、ぽきりと折れた。

《主、感情臨界点接近。行動指針?》

「――笑っとけ、リィム。怒っても仕方ない。」

《了解……でも、泣いてる音。》

「泣いてねぇよ。」

 口ではそう言っても、胸の奥が焼けるように痛かった。
 俺が救いたいと思った“人間”が、もう神の一部になっている。
 その現実が、何よりも残酷だった。

     ◇

「風間。警告だ。
 これ以上、神域の理に手を出すな。
 次に命令が下れば、俺はこの街ごと消すことになる。」

「……そんな命令、誰が出すんだ?」

「神だ。」

 颯真の答えは、迷いがなかった。
 だからこそ、俺の手が震えた。
 ――どうして、お前が“あの側”にいるんだ。

 彼が背を向け、砂の中に歩き出す。
 その背中が、太陽に照らされて歪む。
 光に包まれているのに、まるで“影”のようだった。

《ユウト……このひと、音がない。》

「……ああ。心臓の音が、しないな。」

《こわい音。でも、かわいそうな音。》

「そうだな。……あいつ、きっと苦しんでる。」

 颯真の姿が、砂の向こうに消えた。
 風塔が、わずかに鳴いた。
 風が戻ってきたのに、空気はまるで冷えなかった。

     ◇

 夜。
 リィムが光を落として、俺の肩で静かに言った。

《ユウト……颯真って、友達? 敵?》

「……どっちでもない。まだ、決めたくない。」

《でも、ユウトの中、痛い。》

「うん。たぶん、俺が信じてた“あいつ”が、もうどこにもいないからだ。」

 静かな夜風。
 水の音だけが街を包む。
 リィムの光が揺れて、微かに俺の頬を照らした。

《主。泣いてるの、観測。》

「……これは汗だ。」

《夜の砂漠、汗は出ないよ。》

「……お前、やっぱり賢いな。」

 リィムが小さく光って、まるで笑ったように震えた。

《記録更新。主の感情:喪失。タグ:まだ終わらない。》

 俺は空を見上げる。
 二つの月の間に、細い光の帯――神託網の光。
 その向こうに、颯真がいる。

「……颯真。
 お前が信じてる“完璧な世界”が、どれだけ人を殺してるか――
 俺が、証明してやるよ。」

 風が、再び街を撫でた。
 その音は、泣き声にも、笑い声にも聞こえた。









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