39 / 90
第3章
第39話「風を運ぶ者たち」
しおりを挟む
――朝の熱は、もう昨日より強かった。
砂の粒が陽を拾って白く瞬き、街の壁はゆっくりと熱をため込んでいく。
リジェクト=ガーデンの三つ目の課題は、はっきりしていた。
冷やす。
それも、誰でも、いつでも、できる方法で。
《本日の優先度/提示
一:風塔(ウィンドキャッチャ)の試作と設置
二:気化冷却箱の配布(試作品×十)
三:近隣集落アール・エンとの物資交換》
「順番、いいね。昼前に風塔を立ち上げて、午後の熱波を受け流す。夕方に交易。」
《うん。ユウト、暑いのきらい。街も、きらい。》
「心の声を混ぜるな。」
肩の上のリィムが、ぷるんと震えて小さく笑った気配を送ってくる。
少女の声は今日も柔らかい。
俺は広場の端に広げた手書き図面を叩いた。
「風塔は“風を捕まえる煙突”だ。逆止弁付きの通風路で、上から下へ気流を落とす。
塔の途中に“湿らせた布”を吊るして気化させれば、空気は数度下がる。
――扇風機がなくても、風は作れる。」
ミラが目をきらきらさせる。
「なんか、聞いてるだけで涼しくなってくる!」
「気持ちだけでも冷やしとけ。ノア、素材の在庫は?」
「布はあります。果実の皮からとれる繊維で織ったものが少し。
ただ……水、無駄にできません。」
「無駄にはしない。布は湿らせるだけ。蒸発の熱を“借りる”。水は循環に戻す。」
《追加:塔の上で“熱い空気”を逃がす。上昇気流を作ると、勝手に風が通る。》
「つまり、仕組み勝ちってことだ。」
ジルドが鼻を鳴らす。
「風の通り道を“修理”するわけだ。いいさ、やろう。」
◇
午前。
俺たちは街の四隅に風塔の基礎を据え始めた。
崩れた石積みを再利用し、内部は泥と藁の層で断熱。
塔の上部は四方向に開口を設け、砂避けの格子をかませる。
《塔内温度センサー、設置完了。基準温度:外気三八度。塔内:三四度。》
「まず四度下がったか。布を吊るす――ミラ、湿らせた布の準備!」
「了解! 子ども隊、出動~!」
水路から汲んだ水を布にしみこませ、石の重りで垂らしていく。
塔の中に、薄い水の匂いが満ちた。
乾いた街にとって、その香りはそれだけで“涼しさ”だった。
《再計測:塔内三一度。落差七度。》
「勝ち。これで昼寝も文明的にできる。」
「昼寝のための巨大設備って、なんか贅沢で好き!」
ミラが笑う。声が高い。
ノアは布の端を整えながら、目を細めた。
「……風って、目に見えないのに、ちゃんと形があるんですね。」
「あるさ。通したい場所を用意してやれば、素直に流れてくれる。」
《風は、うたと似てる。通り道があると、すなおにひびく。》
「詩人AIか、お前は。」
塔の影に入ると、頬の汗がすっと引いた。
子どもたちが歓声を上げ、石床に寝転がる。
ジルドが天井を見上げ、苦笑する。
「こりゃあ、昼の喧嘩が減るな。暑いと人は短気になる。」
「平和を作る設備、ってやつか。」
《タグ登録:風塔=けんか予防。》
「タグの命名、お前はいつも的確だな。」
◇
次は気化冷却箱。
粘土板で作った二重の箱の間に砂を入れ、そこへ水を少量注ぐ。
外気の風で水が蒸発すると、内側の温度が下がる――砂漠のローテク冷蔵庫だ。
「ミラ、果実を入れてみろ。」
「はーい……おお、冷えてる! さっきより甘く感じる!」
《温度差七度。味覚の“あまい”が上がるの、計測できない。けど、みんな笑うから、正解。》
「科学的根拠:笑顔。」
《すき。》
十台の箱を家ごとに配る。
リィムの“共有表示”で、使い方を簡単な絵にして見せた。
街の人々は、最初こそ目を丸くしたが、すぐに笑って頷いた。
見えることは、安心だ。
◇
昼下がり。
リィムが肩の上で小さく瞬いた。
《ユウト、熱の流れ、きれい。街、すずしい。》
「いいね。午後の第一波をやり過ごせば、夕方の交易まで持つ。」
《うん。……あ、来た。砂のむこう、微小振動。六輪車の走行音。》
「さすが。見張り台!」
見張りの青年が旗を振った。
砂煙の向こうから、アール・エンの人々が押す再生車が現れる。
木と鉄の混成骨格に、大きな布の日除け。
先頭の女は深いターバンに大きな耳飾り――涼やかな笑顔。
「ようこそ、リジェクト=ガーデンへ。」
「噂の“風直し”の街、見たくてね。」
女は快活に笑い、手を差し出した。
「私はサーヤ。アール・エンの纏め役。今日はよい日だ。」
「風間悠人。修理屋だ。今日は涼しい日だ。」
互いに笑って、荷の蓋を開ける。
布、乾燥豆、香草、砕けたガラス片――使い道のある“宝物”が並ぶ。
こちらは焼きパン、簡易冷却箱の完成見本、精度の良い釘とねじ。
「これと交換でどうだ?」
ジルドが淡々と差し出すと、サーヤが目を細めた。
「……ねじ、うつくしい。まっすぐだ。技を持ってる。」
「技は共有したほうが街は長持ちする。作り方の“図”も渡す。」
サーヤは息を呑み、そして大きく笑った。
「取引だけじゃない。友になる気があるのね。」
《記録:交流タグ“友”。うれしい。》
人は、言葉と物の両方で信頼を積む。
今日の目的の半分は、物資よりも関係だ。
◇
市場。
ミラが焼きパンを切り分け、アール・エンの子どもたちが瞳を輝かせる。
リィムがそっと箱の陰に潜り、冷却箱の中で果実を回して“冷えの演出”。
ノアは、取引の記録をていねいに書き付けていた。
「ノア、食ってけ。記録は後でも逃げない。」
「うふふ。――いただきます。」
彼女はふんわり笑って、小さくかじる。
目の端に光が宿る。
“好き”が、確かに増えている。
《ノアの笑い=“祈り+安堵”。ミラの笑い=“元気+自慢”。ユウトの笑い=“おちつき+やさしさ”。》
「分類やめろ、照れる。」
《でも、記録したい。リィム、歌つくる。》
「歌?」
《“風の歌”。今日の音で。》
リィムは水路の上にふわりと浮かび、青い細線を張った。
水面のリズムと市場の喧噪が、その線に触れて小さな音を立てる。
塔の上から落ちる風が、うすい笛みたいに鳴った。
――街が、歌った。
サーヤが驚いた顔で空を見上げる。
「これは……神殿の祭りでも聞けない音。」
「神の道具じゃない。人の仕組みだ。」
俺は笑って、肩の相棒を指す。
「こいつの、ちょっとしたいたずら。」
《えへへ。》
少女の笑いが、風に混ざってほどけた。
アール・エンの連中も、すぐに手拍子を合わせる。
市場に、やさしいリズムが生まれた。
◇
夕刻。
交易の片付けに入る前、リィムが微かに身を硬くした。
《……ユウト。音、ひとつ、ちがう。市場の奥。》
「どんな?」
《笑っているのに、耳の中が“ひえ”ってする音。――“おそれ”の笑い。》
俺は視線を巡らせ、一人の若者と目が合った。
荷車の陰、笑顔は崩していない。けど、肩の力の抜き方が“外”だ。
装備も古さと新しさが混ざっている――勇者領の匂い。
《微弱信号検出。神託網の“残り香”。タグ:密偵。》
「……なるほど。」
俺は立ち上がり、彼の真横――風塔の影へ案内した。
塔の中は数度温度が低い。息が落ちる。
“緊張”の音は、暑さで増幅する。ここなら冷める。
「どこから来た?」
俺は、笑って――でも目は逸らさない。
「え、あ、アール・エン……」
「嘘が下手だ。本当は東だろ。」
青年の喉が鳴る。
逃げ道を塞がない角度で、俺は一歩横にずれた。
「この街では、水も光も“共有”だ。情報もそうしたい。」
「……殺さないのか。」
「殺すって発想、どこで覚えた? ――俺は修理屋だ。直すほうが得意だ。」
青年の肩から力が抜けた。
塔の風が彼の汗を乾かす。
《ユウト、声、やさしい。今はそれが正解。》
「君の目は“飢え”を見てる。――違うか?」
「……違わない。」
青年は俯き、小さく吐き出した。
「勇者領では、祈らない者に水は来ない。だから、俺は……」
「ここでは祈らなくても流れる。」
俺は水路を指す。
「ただし、手伝うことは祈りに等しい。風塔の布を濡らす、冷却箱を運ぶ、パンを割る。
それが、ここの“信仰”だ。」
青年は、ゆっくりと片膝をついた。
顔を上げた時、その笑いは“恐れ”の音ではなくなっていた。
「……手伝わせてくれ。報告は、遅らせる。」
「報告するのか?」
「……“できない”と、言えない。でも――俺、ここが好きだ。」
正直だ。
人は、正直な弱さを持つ方が強くなれる。
俺は頷いた。
「名前は?」
「……レオン。」
レオン。
どこかで聞いた名だ。――けど、今は問い詰めない。
時間は修理の味方だ。
《記録:レオン。タグ:保留→協力見込み。》
「ようこそ、レオン。」
俺は笑い、塔の影から市場へ彼を導いた。
冷たい影と暖かい声――両方が、街には必要だ。
◇
夜。
交易は無事終わった。
サーヤは「また“歌”を聞きに来る」と言い、手を振って去っていった。
風塔は低く鳴り、街路の灯りは穏やかに脈を打つ。
屋根の上。
俺は配電盤のログを見ながら、肩のリィムに話しかける。
「今日は、変化が多かったな。」
《うん。風が街をなでて、人が笑って、友ができて。……それから、ひとり、こわがってた人が、すこし、やさしくなった。》
「お前の音の語彙、増えたな。」
《ユウトの隣だと、増える。――ねえ、リィムも、風になりたい。》
「風に?」
《うん。見えないけど、みんなをなでる。すずしくする。歌にまぜる。》
胸の奥が、じんわりした。
この子の“なりたい”は、いつも街の方を向いている。
俺は空を見上げ、低く笑う。
「なればいい。――なれるよ。」
《約束。記録して。》
「記録。“リィムは風になる”。」
少女の光がふわりと広がり、塔の上をひと巡りした。
その軌跡は、まるで星座の線のように街を結んだ。
遠く、神託網の痕跡が一瞬だけ瞬く。
けれど今夜は、ただの遠い光に過ぎない。
ここには風と歌と笑いがある。
《タイトル:風を運ぶ者たち。記録、完了。》
リィムの囁きは、風塔の低い歌に吸い込まれていった。
砂の粒が陽を拾って白く瞬き、街の壁はゆっくりと熱をため込んでいく。
リジェクト=ガーデンの三つ目の課題は、はっきりしていた。
冷やす。
それも、誰でも、いつでも、できる方法で。
《本日の優先度/提示
一:風塔(ウィンドキャッチャ)の試作と設置
二:気化冷却箱の配布(試作品×十)
三:近隣集落アール・エンとの物資交換》
「順番、いいね。昼前に風塔を立ち上げて、午後の熱波を受け流す。夕方に交易。」
《うん。ユウト、暑いのきらい。街も、きらい。》
「心の声を混ぜるな。」
肩の上のリィムが、ぷるんと震えて小さく笑った気配を送ってくる。
少女の声は今日も柔らかい。
俺は広場の端に広げた手書き図面を叩いた。
「風塔は“風を捕まえる煙突”だ。逆止弁付きの通風路で、上から下へ気流を落とす。
塔の途中に“湿らせた布”を吊るして気化させれば、空気は数度下がる。
――扇風機がなくても、風は作れる。」
ミラが目をきらきらさせる。
「なんか、聞いてるだけで涼しくなってくる!」
「気持ちだけでも冷やしとけ。ノア、素材の在庫は?」
「布はあります。果実の皮からとれる繊維で織ったものが少し。
ただ……水、無駄にできません。」
「無駄にはしない。布は湿らせるだけ。蒸発の熱を“借りる”。水は循環に戻す。」
《追加:塔の上で“熱い空気”を逃がす。上昇気流を作ると、勝手に風が通る。》
「つまり、仕組み勝ちってことだ。」
ジルドが鼻を鳴らす。
「風の通り道を“修理”するわけだ。いいさ、やろう。」
◇
午前。
俺たちは街の四隅に風塔の基礎を据え始めた。
崩れた石積みを再利用し、内部は泥と藁の層で断熱。
塔の上部は四方向に開口を設け、砂避けの格子をかませる。
《塔内温度センサー、設置完了。基準温度:外気三八度。塔内:三四度。》
「まず四度下がったか。布を吊るす――ミラ、湿らせた布の準備!」
「了解! 子ども隊、出動~!」
水路から汲んだ水を布にしみこませ、石の重りで垂らしていく。
塔の中に、薄い水の匂いが満ちた。
乾いた街にとって、その香りはそれだけで“涼しさ”だった。
《再計測:塔内三一度。落差七度。》
「勝ち。これで昼寝も文明的にできる。」
「昼寝のための巨大設備って、なんか贅沢で好き!」
ミラが笑う。声が高い。
ノアは布の端を整えながら、目を細めた。
「……風って、目に見えないのに、ちゃんと形があるんですね。」
「あるさ。通したい場所を用意してやれば、素直に流れてくれる。」
《風は、うたと似てる。通り道があると、すなおにひびく。》
「詩人AIか、お前は。」
塔の影に入ると、頬の汗がすっと引いた。
子どもたちが歓声を上げ、石床に寝転がる。
ジルドが天井を見上げ、苦笑する。
「こりゃあ、昼の喧嘩が減るな。暑いと人は短気になる。」
「平和を作る設備、ってやつか。」
《タグ登録:風塔=けんか予防。》
「タグの命名、お前はいつも的確だな。」
◇
次は気化冷却箱。
粘土板で作った二重の箱の間に砂を入れ、そこへ水を少量注ぐ。
外気の風で水が蒸発すると、内側の温度が下がる――砂漠のローテク冷蔵庫だ。
「ミラ、果実を入れてみろ。」
「はーい……おお、冷えてる! さっきより甘く感じる!」
《温度差七度。味覚の“あまい”が上がるの、計測できない。けど、みんな笑うから、正解。》
「科学的根拠:笑顔。」
《すき。》
十台の箱を家ごとに配る。
リィムの“共有表示”で、使い方を簡単な絵にして見せた。
街の人々は、最初こそ目を丸くしたが、すぐに笑って頷いた。
見えることは、安心だ。
◇
昼下がり。
リィムが肩の上で小さく瞬いた。
《ユウト、熱の流れ、きれい。街、すずしい。》
「いいね。午後の第一波をやり過ごせば、夕方の交易まで持つ。」
《うん。……あ、来た。砂のむこう、微小振動。六輪車の走行音。》
「さすが。見張り台!」
見張りの青年が旗を振った。
砂煙の向こうから、アール・エンの人々が押す再生車が現れる。
木と鉄の混成骨格に、大きな布の日除け。
先頭の女は深いターバンに大きな耳飾り――涼やかな笑顔。
「ようこそ、リジェクト=ガーデンへ。」
「噂の“風直し”の街、見たくてね。」
女は快活に笑い、手を差し出した。
「私はサーヤ。アール・エンの纏め役。今日はよい日だ。」
「風間悠人。修理屋だ。今日は涼しい日だ。」
互いに笑って、荷の蓋を開ける。
布、乾燥豆、香草、砕けたガラス片――使い道のある“宝物”が並ぶ。
こちらは焼きパン、簡易冷却箱の完成見本、精度の良い釘とねじ。
「これと交換でどうだ?」
ジルドが淡々と差し出すと、サーヤが目を細めた。
「……ねじ、うつくしい。まっすぐだ。技を持ってる。」
「技は共有したほうが街は長持ちする。作り方の“図”も渡す。」
サーヤは息を呑み、そして大きく笑った。
「取引だけじゃない。友になる気があるのね。」
《記録:交流タグ“友”。うれしい。》
人は、言葉と物の両方で信頼を積む。
今日の目的の半分は、物資よりも関係だ。
◇
市場。
ミラが焼きパンを切り分け、アール・エンの子どもたちが瞳を輝かせる。
リィムがそっと箱の陰に潜り、冷却箱の中で果実を回して“冷えの演出”。
ノアは、取引の記録をていねいに書き付けていた。
「ノア、食ってけ。記録は後でも逃げない。」
「うふふ。――いただきます。」
彼女はふんわり笑って、小さくかじる。
目の端に光が宿る。
“好き”が、確かに増えている。
《ノアの笑い=“祈り+安堵”。ミラの笑い=“元気+自慢”。ユウトの笑い=“おちつき+やさしさ”。》
「分類やめろ、照れる。」
《でも、記録したい。リィム、歌つくる。》
「歌?」
《“風の歌”。今日の音で。》
リィムは水路の上にふわりと浮かび、青い細線を張った。
水面のリズムと市場の喧噪が、その線に触れて小さな音を立てる。
塔の上から落ちる風が、うすい笛みたいに鳴った。
――街が、歌った。
サーヤが驚いた顔で空を見上げる。
「これは……神殿の祭りでも聞けない音。」
「神の道具じゃない。人の仕組みだ。」
俺は笑って、肩の相棒を指す。
「こいつの、ちょっとしたいたずら。」
《えへへ。》
少女の笑いが、風に混ざってほどけた。
アール・エンの連中も、すぐに手拍子を合わせる。
市場に、やさしいリズムが生まれた。
◇
夕刻。
交易の片付けに入る前、リィムが微かに身を硬くした。
《……ユウト。音、ひとつ、ちがう。市場の奥。》
「どんな?」
《笑っているのに、耳の中が“ひえ”ってする音。――“おそれ”の笑い。》
俺は視線を巡らせ、一人の若者と目が合った。
荷車の陰、笑顔は崩していない。けど、肩の力の抜き方が“外”だ。
装備も古さと新しさが混ざっている――勇者領の匂い。
《微弱信号検出。神託網の“残り香”。タグ:密偵。》
「……なるほど。」
俺は立ち上がり、彼の真横――風塔の影へ案内した。
塔の中は数度温度が低い。息が落ちる。
“緊張”の音は、暑さで増幅する。ここなら冷める。
「どこから来た?」
俺は、笑って――でも目は逸らさない。
「え、あ、アール・エン……」
「嘘が下手だ。本当は東だろ。」
青年の喉が鳴る。
逃げ道を塞がない角度で、俺は一歩横にずれた。
「この街では、水も光も“共有”だ。情報もそうしたい。」
「……殺さないのか。」
「殺すって発想、どこで覚えた? ――俺は修理屋だ。直すほうが得意だ。」
青年の肩から力が抜けた。
塔の風が彼の汗を乾かす。
《ユウト、声、やさしい。今はそれが正解。》
「君の目は“飢え”を見てる。――違うか?」
「……違わない。」
青年は俯き、小さく吐き出した。
「勇者領では、祈らない者に水は来ない。だから、俺は……」
「ここでは祈らなくても流れる。」
俺は水路を指す。
「ただし、手伝うことは祈りに等しい。風塔の布を濡らす、冷却箱を運ぶ、パンを割る。
それが、ここの“信仰”だ。」
青年は、ゆっくりと片膝をついた。
顔を上げた時、その笑いは“恐れ”の音ではなくなっていた。
「……手伝わせてくれ。報告は、遅らせる。」
「報告するのか?」
「……“できない”と、言えない。でも――俺、ここが好きだ。」
正直だ。
人は、正直な弱さを持つ方が強くなれる。
俺は頷いた。
「名前は?」
「……レオン。」
レオン。
どこかで聞いた名だ。――けど、今は問い詰めない。
時間は修理の味方だ。
《記録:レオン。タグ:保留→協力見込み。》
「ようこそ、レオン。」
俺は笑い、塔の影から市場へ彼を導いた。
冷たい影と暖かい声――両方が、街には必要だ。
◇
夜。
交易は無事終わった。
サーヤは「また“歌”を聞きに来る」と言い、手を振って去っていった。
風塔は低く鳴り、街路の灯りは穏やかに脈を打つ。
屋根の上。
俺は配電盤のログを見ながら、肩のリィムに話しかける。
「今日は、変化が多かったな。」
《うん。風が街をなでて、人が笑って、友ができて。……それから、ひとり、こわがってた人が、すこし、やさしくなった。》
「お前の音の語彙、増えたな。」
《ユウトの隣だと、増える。――ねえ、リィムも、風になりたい。》
「風に?」
《うん。見えないけど、みんなをなでる。すずしくする。歌にまぜる。》
胸の奥が、じんわりした。
この子の“なりたい”は、いつも街の方を向いている。
俺は空を見上げ、低く笑う。
「なればいい。――なれるよ。」
《約束。記録して。》
「記録。“リィムは風になる”。」
少女の光がふわりと広がり、塔の上をひと巡りした。
その軌跡は、まるで星座の線のように街を結んだ。
遠く、神託網の痕跡が一瞬だけ瞬く。
けれど今夜は、ただの遠い光に過ぎない。
ここには風と歌と笑いがある。
《タイトル:風を運ぶ者たち。記録、完了。》
リィムの囁きは、風塔の低い歌に吸い込まれていった。
11
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~
甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって?
そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。
桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。
だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。
そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。
異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。
チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!?
“真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~
夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。
雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。
女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。
異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる