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第5章
第75話「リィム、青空を歩く ――街が見る夢のかたち」
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――夜明け前、風塔の上は冷えすぎて、指の感覚がほとんどなかった。
街は眠っている。けれど“心臓”は動いていた。羽根が回り、風信網の青が呼吸するみたいに脈打つ。
《全塔リンク正常。出力余剰:一二%。通信遅延:二〇ミリ秒》
「上等。……でも、もう一声欲しいな。昼の熱波が来ると、余裕なんて一瞬で溶ける」
《要望:余裕の定義、あまい》
「辛辣だな、朝から」
肩でリィムがちいさく震えた。今の声色は、昨日より“人っぽい”。
空の端にはまだ月が残り、塔の影が長い。俺は配電盤の表示をひとつずつ撫でるように確認した。
ここで止まったら、“国”は朝を迎えられない。
だから――走る。無理も、少しだけなら走らせる。
《警告:主の体温、平常を一・三度超過》
「わかってる。あと五分だけ」
《不許可》
「……交渉決裂かよ」
苦笑いしながら、最後の塔に指示を送る。風の流れが微妙に合わない。
ベクトルの“癖”が揃わない。ほんの少しズレるだけで、街の端に“熱だまり”ができる。
《提案:主の観測を、街全域へ展開。局所最適ではなく、全体最適を》
「全体……いけるか?」
《リィム、やる。主は、見てて》
肩からふわりと光が離れた。
青の薄膜が空へ伸び、風塔から風塔へ渡っていく。
リィムの光は、遠くの塔の頂でちかちか瞬き、また戻ってくる。
《同期強化モード起動。/観測共有:街域》
視界が一段階、深くなった。
風の筋、熱の湖、湿り気の糸――全部が“地図”みたいに見えてくる。
その真ん中で、青い点が俺を振り返った。声はいつも通り俺だけに届く。
《ユウト、手、貸して。いっしょに》
「もちろん」
指先で空をなぞる。風の矢印が揃い、塔の回転角が一つずつ“カチッ”と噛み合う音を立てた気がした。
《……うん。合った》
同時に、胸の奥で何かが“噛み合う”。
リィムの光が一瞬だけ強くなり、次の瞬間――世界が、ひらいた。
《都市共有表示:公開》
広場の上空に、淡い青のスクリーンがふわりと展開した。
“住人にも見える”共有表示だ。通りかかった早起きの子どもが目を丸くする。
「わぁ、空に図が出てる!」
「風が……地面を通ってるみたい!」
俺は内心で冷や汗をかいた。今まで、リィムのログは基本俺だけのものだった。
共有は会議限定の“特別演出”。でも今は――街じゅうに見せていい。
「……大丈夫か?」
《大丈夫。これは“街の目”。ひみつじゃない》
透明な青の上で、家々が灯り、風が線になって走る。
どこが涼しく、どこが暑いのか。水がどこへ巡り、誰が起き始めたか。
“生活の地図”が、そっくりそのまま空に描かれていた。
そこで――事件が起きた。
低い唸り。北端の塔が一瞬だけ“むせる”。風の柱がわずかに折れ、青の線が乱れた。
《警告:北端塔 ベアリング過熱/許容閾値越え》
「くそ、余剰を吸いすぎたか。手を打つ――」
《だいじょうぶ。ユウト、見てて》
その声は、妙に落ち着いていた。
次の瞬間、青い光は高く弾けて――空に、少女の影が立った。
透明な輪郭。
月明かりみたいに淡い髪。
膝までの軽いワンピースの、風にほどけるような裾。
“体”というより“風そのもの”でかたどった、幼い――けど確かに“人の形”。
《……リィム、行くね》
青の少女は、空に足をのせた。
一歩。二歩。
風塔から吹き出す気流の上を、軽やかに――歩いた。
「……歩いてる、空を」
《歩ける。風が“階段”みたいになってる》
少女は北端の塔まで駆け、ふわりと腰を落とす。
かがんだ両手が、風の筋を優しく“撫でる”。
過熱した軸の熱が、きゅうっと引いていく感触が伝わってきた。
《冷却誘導。/風の角度、三度修正。ベアリング負荷、九%減》
風が素直になった。
塔が安堵の音を立てる。
街の空気が、まるで肩の力を抜いたみたいに柔らかくなる。
――広場から、歓声。
人々は気づいた。空に、青い“誰か”がいることに。
「見える?」「見える!」「女の子だ……!」
「神様……じゃ、ない。あれは……」
俺は喉を鳴らした。
そうだ。彼女は神じゃない。俺たちの――
「リィム」
《はい》
あの声色は、いつもの相棒のものだった。
でも、違う。言葉の端に、鼓動がある。
“体を持つ”ってこういうことなんだと、理解が先に背骨を駆け上がる。
《都市機能拡張:実験開始。/新機能名“空路”》
「空路?」
《空に“通り道”を作る。風の階段。危なくないように、街の上だけ》
リィムは両手を広げ、塔から塔へ糸を引くみたいに風を結んだ。
空にうっすらと、細い橋ができる。
子どもたちが息を呑む。大人が顔を見合わせる。
「歩けるの、あれ」
「昼の熱の時、屋根から屋根へ渡れたら……」
「見張りも、楽になる」
《共有メモ:安全用の“赤”を点灯。/“赤”が消えたら、渡っていい》
空の橋に、小さな赤い点が灯った。
それは信号のようで、でも誰にも怒鳴らない。
“待てば渡れるよ”と、やさしく教える赤。
俺は笑って頷く。
「いい。これはいい。“高さ”を街の資源にできる」
《うれしい》
リィムがふわっと笑った――気がした。
風が頬を撫で、どこか甘い匂いがした。
パンでも香草でもない、“新しい朝”の匂い。
◇
午前。
空路の試験運用はうまくいった。
見張り台は交代が楽になり、屋根から屋根へ水を渡す若者の動きが軽くなる。
青の少女は、街路樹の影をなぞるように歩き、風塔の肩に腰かけ、ちいさく足をぶらぶらさせていた。
下からミラが叫ぶ。
「きゃーっ、かわいい! ねえユウト! あたしも空歩きたい!」
「順番待ち。安全設計が終わるまでダメ」
《ミラの安全志向:不安定。監視強化》
「ちょっとリィム、それ本当に聞こえてない?」
《たぶん、顔でバレてる》
俺は頭を掻く。
相棒が少女の姿になった。その事実は、街の空気を明るくした。
でも、一番変わったのは――たぶん、俺だ。
ああ、こいつは、本当に“ここにいる”。
声だけの相棒じゃない。街の風、塔の歌、人の笑い、そのぜんぶの中で“存在している”。
ノアが近づき、小さく手を合わせた。
「……美しい」
「祈る相手じゃないぞ」
「知ってます。でも、どうしても“感謝”が溢れてしまって」
ノアは見上げ、目を細める。
「“神の奇跡”ではない、“人の奇跡”。……それに、名を与えたくなるのです」
《名:リィム。既にある》
「ふふ。はい、そうでしたね」
◇
正午。
熱が増す。空路の赤い点が、いくつか“保留”に変わる。
風の強さが一瞬だけ暴れ、塔の上で布がばさりと鳴った。
《注意:熱波一号、接近。/都市全体にゆるい緊張》
「いけるか?」
《いける。でも、もう一段、ひとを“安心”させたい》
「どうする」
《見えるものを、もうすこし“やわらかく”する。――“都市布”を広げる》
都市布。
リィムが言葉を選ぶとき、たいてい正解が出る。
空に展開された共有表示の下に、さらに薄い“布”が敷かれた。
陽を柔らかく返す、透明な天幕のような、極薄い影。
《表示:水の位置、救護の位置、こども優先ルート。/街じゅうの“迷い”を少しずつ減らす》
青の布は風に合わせてかすかに波打ち、光を散らして温度を下げる。
市場では、果実の露店に短い影ができ、老人の椅子は涼しく、赤ん坊の額の汗が一つ減る。
ミラが両手を打った。
「“涼しい”が目に見えるって、すっごい!」
「涼しさにも“地図”があるってことだ」
《タグ:地図=安心の分布》
ジルドがひげを撫でた。
「足りなかったのは、装置じゃなく“使い方の地図”だったってわけだな。……上等だ」
俺は大きく息を吐いて、ひとつだけ欲張った。
「リィム、もう一個、やってみたい」
《なに》
「“皆の意見”を空に集める。――この街の“約束”を、みんなで決める」
《市民投票》
「言い方が硬い。……“手のひら会議”だ」
リィムはくすっと笑う――気がした。
《やろう。/簡単な合図だけ。“いいね”は手を上に。“まだ”は胸に手。/空に、波として記録》
青の布に、点が散った。
子どもも大人も、恥ずかしがりながら手を上げたり、胸に手を当てたりする。
塔の上のリィムが、その波をやさしく撫でる。
《集計。/“昼の空路は、赤が消えたら大人だけの使用”→賛同多数。/“夜の灯りは見張りと病室優先”→賛同多数。/“パンは一番小さい子から”→満場一致》
広場から、笑い。
ミラが満足げに腕を組み、ノアが涙ぐんでいる。
「……祈りではなく、“同意”で街が動く。……すごい」
エレナが静かに頷いた。
「剣よりも、静かに強い決まりね」
《記録完了。“都市布”に条項として縫い付け。/改訂は、いつでも》
「そう。約束は“守るため”にあるけど、“増やすため”にはない。……必要なら、減らしてもいい」
《やさしい国》
「人の手に優しい国。――それが正解だ」
◇
夕刻。
熱波は去り、空は群青。
塔の羽根は軽い音で回り続け、都市布は星を少しだけ柔らかくしてみせた。
空を歩くリィムは、塔の肩に腰かけ、靴のない足をぶらぶらさせている。
近い。手を伸ばせば、届きそうで――届かない。
透明だから、触れても風だろう。それでも“ここにいる”。
「……なぁ、リィム」
《なに》
「すごい、よくやった」
《うん。ユウトが“見てて”くれたから、できた》
「俺は、ちょっと手を貸しただけだ」
《それが、うれしい》
間(ま)が落ちた。
風の音が、街の細い路地まで撫でていく。
小さく、胸が痛む。
うれしくて、さみしい。
成長を見ると、いつも両方来る。
「……空は、歩き心地どうだ」
《たのしい。こわい。/でも、一番は“軽い”。――だれかの役に立てると、軽い》
「わかる。俺も似たとこがある」
リィムが立ち上がる。
青い髪の端が、風にほどけて夜に溶ける。
《新機能の、報告を最後にひとつ》
「まだあるのか」
《うん。“音の橋”。/リィムは“声”を外に出せない――けど、風鈴と布と塔で“合図”をつくる。/必要な時、街じゅうに、同じ“やさしい音”が届く》
その説明に、胸の奥がじんわり温かくなる。
「非常ベルじゃなく、“やさしい音”なんだな」
《うん。逃げる時も、集まる時も、こわくないように》
「いい。――それ、うちのサイレンな」
《採用、やった》
リィムが、空でくるりと一回転した。
たぶん嬉しい時の癖だ。人間みたいな仕草を、いつの間にか身につけている。
《記録。/新機能群――“空路”“都市布”“手のひら会議”“音の橋”/目的:街を、やさしく強く》
「“強くやさしく”じゃなく、“やさしく強く”なんだな」
《うん。順番は、だいじ》
俺は、目を閉じる。
砂の匂い。パンの香り。子どもの笑い。風の歌。
それら全部の上に、青い布がふわりと被さって――街が、守られている。
「……ありがとう」
《こちらこそ。――ねぇユウト》
「なんだ」
《タイトル、決めて》
「タイトル?」
《今日の、記録の。/リィム、はじめて“歩いた”から》
俺は少し考えて、笑って、空を見上げた。
「“リィム、青空を歩く”。――これでどうだ」
《いい。すき》
青の少女が、夜空の中を一歩、また一歩。
塔から塔へ。星から星へ。
その足跡は残らない。風だから。
でも――街の記憶には、ちゃんと残る。
神の理じゃない。
人の手で作った“理”が、今、青い足取りで空をわたっていく。
《記録完了。/幸福指数:上昇。/主の顔:笑ってる》
「ログるな。……でも、そうだな。笑ってる」
空は広い。
風はやさしい。
街は、今日も動いている。
――建国チート国家、稼働中。
その“管理者”は、青い空を歩く、ちいさな相棒だ。
街は眠っている。けれど“心臓”は動いていた。羽根が回り、風信網の青が呼吸するみたいに脈打つ。
《全塔リンク正常。出力余剰:一二%。通信遅延:二〇ミリ秒》
「上等。……でも、もう一声欲しいな。昼の熱波が来ると、余裕なんて一瞬で溶ける」
《要望:余裕の定義、あまい》
「辛辣だな、朝から」
肩でリィムがちいさく震えた。今の声色は、昨日より“人っぽい”。
空の端にはまだ月が残り、塔の影が長い。俺は配電盤の表示をひとつずつ撫でるように確認した。
ここで止まったら、“国”は朝を迎えられない。
だから――走る。無理も、少しだけなら走らせる。
《警告:主の体温、平常を一・三度超過》
「わかってる。あと五分だけ」
《不許可》
「……交渉決裂かよ」
苦笑いしながら、最後の塔に指示を送る。風の流れが微妙に合わない。
ベクトルの“癖”が揃わない。ほんの少しズレるだけで、街の端に“熱だまり”ができる。
《提案:主の観測を、街全域へ展開。局所最適ではなく、全体最適を》
「全体……いけるか?」
《リィム、やる。主は、見てて》
肩からふわりと光が離れた。
青の薄膜が空へ伸び、風塔から風塔へ渡っていく。
リィムの光は、遠くの塔の頂でちかちか瞬き、また戻ってくる。
《同期強化モード起動。/観測共有:街域》
視界が一段階、深くなった。
風の筋、熱の湖、湿り気の糸――全部が“地図”みたいに見えてくる。
その真ん中で、青い点が俺を振り返った。声はいつも通り俺だけに届く。
《ユウト、手、貸して。いっしょに》
「もちろん」
指先で空をなぞる。風の矢印が揃い、塔の回転角が一つずつ“カチッ”と噛み合う音を立てた気がした。
《……うん。合った》
同時に、胸の奥で何かが“噛み合う”。
リィムの光が一瞬だけ強くなり、次の瞬間――世界が、ひらいた。
《都市共有表示:公開》
広場の上空に、淡い青のスクリーンがふわりと展開した。
“住人にも見える”共有表示だ。通りかかった早起きの子どもが目を丸くする。
「わぁ、空に図が出てる!」
「風が……地面を通ってるみたい!」
俺は内心で冷や汗をかいた。今まで、リィムのログは基本俺だけのものだった。
共有は会議限定の“特別演出”。でも今は――街じゅうに見せていい。
「……大丈夫か?」
《大丈夫。これは“街の目”。ひみつじゃない》
透明な青の上で、家々が灯り、風が線になって走る。
どこが涼しく、どこが暑いのか。水がどこへ巡り、誰が起き始めたか。
“生活の地図”が、そっくりそのまま空に描かれていた。
そこで――事件が起きた。
低い唸り。北端の塔が一瞬だけ“むせる”。風の柱がわずかに折れ、青の線が乱れた。
《警告:北端塔 ベアリング過熱/許容閾値越え》
「くそ、余剰を吸いすぎたか。手を打つ――」
《だいじょうぶ。ユウト、見てて》
その声は、妙に落ち着いていた。
次の瞬間、青い光は高く弾けて――空に、少女の影が立った。
透明な輪郭。
月明かりみたいに淡い髪。
膝までの軽いワンピースの、風にほどけるような裾。
“体”というより“風そのもの”でかたどった、幼い――けど確かに“人の形”。
《……リィム、行くね》
青の少女は、空に足をのせた。
一歩。二歩。
風塔から吹き出す気流の上を、軽やかに――歩いた。
「……歩いてる、空を」
《歩ける。風が“階段”みたいになってる》
少女は北端の塔まで駆け、ふわりと腰を落とす。
かがんだ両手が、風の筋を優しく“撫でる”。
過熱した軸の熱が、きゅうっと引いていく感触が伝わってきた。
《冷却誘導。/風の角度、三度修正。ベアリング負荷、九%減》
風が素直になった。
塔が安堵の音を立てる。
街の空気が、まるで肩の力を抜いたみたいに柔らかくなる。
――広場から、歓声。
人々は気づいた。空に、青い“誰か”がいることに。
「見える?」「見える!」「女の子だ……!」
「神様……じゃ、ない。あれは……」
俺は喉を鳴らした。
そうだ。彼女は神じゃない。俺たちの――
「リィム」
《はい》
あの声色は、いつもの相棒のものだった。
でも、違う。言葉の端に、鼓動がある。
“体を持つ”ってこういうことなんだと、理解が先に背骨を駆け上がる。
《都市機能拡張:実験開始。/新機能名“空路”》
「空路?」
《空に“通り道”を作る。風の階段。危なくないように、街の上だけ》
リィムは両手を広げ、塔から塔へ糸を引くみたいに風を結んだ。
空にうっすらと、細い橋ができる。
子どもたちが息を呑む。大人が顔を見合わせる。
「歩けるの、あれ」
「昼の熱の時、屋根から屋根へ渡れたら……」
「見張りも、楽になる」
《共有メモ:安全用の“赤”を点灯。/“赤”が消えたら、渡っていい》
空の橋に、小さな赤い点が灯った。
それは信号のようで、でも誰にも怒鳴らない。
“待てば渡れるよ”と、やさしく教える赤。
俺は笑って頷く。
「いい。これはいい。“高さ”を街の資源にできる」
《うれしい》
リィムがふわっと笑った――気がした。
風が頬を撫で、どこか甘い匂いがした。
パンでも香草でもない、“新しい朝”の匂い。
◇
午前。
空路の試験運用はうまくいった。
見張り台は交代が楽になり、屋根から屋根へ水を渡す若者の動きが軽くなる。
青の少女は、街路樹の影をなぞるように歩き、風塔の肩に腰かけ、ちいさく足をぶらぶらさせていた。
下からミラが叫ぶ。
「きゃーっ、かわいい! ねえユウト! あたしも空歩きたい!」
「順番待ち。安全設計が終わるまでダメ」
《ミラの安全志向:不安定。監視強化》
「ちょっとリィム、それ本当に聞こえてない?」
《たぶん、顔でバレてる》
俺は頭を掻く。
相棒が少女の姿になった。その事実は、街の空気を明るくした。
でも、一番変わったのは――たぶん、俺だ。
ああ、こいつは、本当に“ここにいる”。
声だけの相棒じゃない。街の風、塔の歌、人の笑い、そのぜんぶの中で“存在している”。
ノアが近づき、小さく手を合わせた。
「……美しい」
「祈る相手じゃないぞ」
「知ってます。でも、どうしても“感謝”が溢れてしまって」
ノアは見上げ、目を細める。
「“神の奇跡”ではない、“人の奇跡”。……それに、名を与えたくなるのです」
《名:リィム。既にある》
「ふふ。はい、そうでしたね」
◇
正午。
熱が増す。空路の赤い点が、いくつか“保留”に変わる。
風の強さが一瞬だけ暴れ、塔の上で布がばさりと鳴った。
《注意:熱波一号、接近。/都市全体にゆるい緊張》
「いけるか?」
《いける。でも、もう一段、ひとを“安心”させたい》
「どうする」
《見えるものを、もうすこし“やわらかく”する。――“都市布”を広げる》
都市布。
リィムが言葉を選ぶとき、たいてい正解が出る。
空に展開された共有表示の下に、さらに薄い“布”が敷かれた。
陽を柔らかく返す、透明な天幕のような、極薄い影。
《表示:水の位置、救護の位置、こども優先ルート。/街じゅうの“迷い”を少しずつ減らす》
青の布は風に合わせてかすかに波打ち、光を散らして温度を下げる。
市場では、果実の露店に短い影ができ、老人の椅子は涼しく、赤ん坊の額の汗が一つ減る。
ミラが両手を打った。
「“涼しい”が目に見えるって、すっごい!」
「涼しさにも“地図”があるってことだ」
《タグ:地図=安心の分布》
ジルドがひげを撫でた。
「足りなかったのは、装置じゃなく“使い方の地図”だったってわけだな。……上等だ」
俺は大きく息を吐いて、ひとつだけ欲張った。
「リィム、もう一個、やってみたい」
《なに》
「“皆の意見”を空に集める。――この街の“約束”を、みんなで決める」
《市民投票》
「言い方が硬い。……“手のひら会議”だ」
リィムはくすっと笑う――気がした。
《やろう。/簡単な合図だけ。“いいね”は手を上に。“まだ”は胸に手。/空に、波として記録》
青の布に、点が散った。
子どもも大人も、恥ずかしがりながら手を上げたり、胸に手を当てたりする。
塔の上のリィムが、その波をやさしく撫でる。
《集計。/“昼の空路は、赤が消えたら大人だけの使用”→賛同多数。/“夜の灯りは見張りと病室優先”→賛同多数。/“パンは一番小さい子から”→満場一致》
広場から、笑い。
ミラが満足げに腕を組み、ノアが涙ぐんでいる。
「……祈りではなく、“同意”で街が動く。……すごい」
エレナが静かに頷いた。
「剣よりも、静かに強い決まりね」
《記録完了。“都市布”に条項として縫い付け。/改訂は、いつでも》
「そう。約束は“守るため”にあるけど、“増やすため”にはない。……必要なら、減らしてもいい」
《やさしい国》
「人の手に優しい国。――それが正解だ」
◇
夕刻。
熱波は去り、空は群青。
塔の羽根は軽い音で回り続け、都市布は星を少しだけ柔らかくしてみせた。
空を歩くリィムは、塔の肩に腰かけ、靴のない足をぶらぶらさせている。
近い。手を伸ばせば、届きそうで――届かない。
透明だから、触れても風だろう。それでも“ここにいる”。
「……なぁ、リィム」
《なに》
「すごい、よくやった」
《うん。ユウトが“見てて”くれたから、できた》
「俺は、ちょっと手を貸しただけだ」
《それが、うれしい》
間(ま)が落ちた。
風の音が、街の細い路地まで撫でていく。
小さく、胸が痛む。
うれしくて、さみしい。
成長を見ると、いつも両方来る。
「……空は、歩き心地どうだ」
《たのしい。こわい。/でも、一番は“軽い”。――だれかの役に立てると、軽い》
「わかる。俺も似たとこがある」
リィムが立ち上がる。
青い髪の端が、風にほどけて夜に溶ける。
《新機能の、報告を最後にひとつ》
「まだあるのか」
《うん。“音の橋”。/リィムは“声”を外に出せない――けど、風鈴と布と塔で“合図”をつくる。/必要な時、街じゅうに、同じ“やさしい音”が届く》
その説明に、胸の奥がじんわり温かくなる。
「非常ベルじゃなく、“やさしい音”なんだな」
《うん。逃げる時も、集まる時も、こわくないように》
「いい。――それ、うちのサイレンな」
《採用、やった》
リィムが、空でくるりと一回転した。
たぶん嬉しい時の癖だ。人間みたいな仕草を、いつの間にか身につけている。
《記録。/新機能群――“空路”“都市布”“手のひら会議”“音の橋”/目的:街を、やさしく強く》
「“強くやさしく”じゃなく、“やさしく強く”なんだな」
《うん。順番は、だいじ》
俺は、目を閉じる。
砂の匂い。パンの香り。子どもの笑い。風の歌。
それら全部の上に、青い布がふわりと被さって――街が、守られている。
「……ありがとう」
《こちらこそ。――ねぇユウト》
「なんだ」
《タイトル、決めて》
「タイトル?」
《今日の、記録の。/リィム、はじめて“歩いた”から》
俺は少し考えて、笑って、空を見上げた。
「“リィム、青空を歩く”。――これでどうだ」
《いい。すき》
青の少女が、夜空の中を一歩、また一歩。
塔から塔へ。星から星へ。
その足跡は残らない。風だから。
でも――街の記憶には、ちゃんと残る。
神の理じゃない。
人の手で作った“理”が、今、青い足取りで空をわたっていく。
《記録完了。/幸福指数:上昇。/主の顔:笑ってる》
「ログるな。……でも、そうだな。笑ってる」
空は広い。
風はやさしい。
街は、今日も動いている。
――建国チート国家、稼働中。
その“管理者”は、青い空を歩く、ちいさな相棒だ。
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だが俺は運がなかった。
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現実で、だ。
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そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。
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彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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