地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~

かくろう

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望まぬ弟との再会

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「ようこそ、招待状はお持ちですか?」

「ああ、これを」

「確認いたします。お待ちくださいませ」

 厳つい黒服の男が僕から招待状を受け取り、値踏みするような冷たい視線をこちらに投げかける。
 まるで品物を吟味するような目。人間を人間として見ていない、そんな視線。胸の奥がざらつき、気分の悪さが喉までせり上がってくる。

「結構です。廊下の一番奥にある受付にこちらの札をお見せ下さい」

 差し出されたのは黒い金属札。冷たい感触が手のひらに張り付く。これが闇オークションの通行証であり、個室を示す番号でもあるらしい。
 金属の質感すら禍々しく感じられる。

 エリスと目を合わせ、小さく頷き合う。互いに言葉は不要だ。ここから先は一歩でも油断すれば命取りになる。

「おや、そちらの少女はどなたですか?」

 受付を抜けようとした時、黒服がルミナスに目を止めた。
 嫌な汗が背筋を伝う。彼女は元々この場所で商品として扱われていた少女だ。覚えている者がいても不思議はない。

「この子は使用人です」

「……なるほど。どうぞお通りください」

 何とかやり過ごす。ルミナスは髪の色を変え、印象をぼかす腕輪を装着している。それでも心臓が大きく脈打つのを止められない。
 もし顔を知られたら。もし誰かに声を掛けられたら。そう考えるだけで足がすくみそうになる。

「ではこちらを。身につけて地下の特別室へどうぞ」

 次の受付で手渡されたのは白い仮面。目元だけを覆う、舞踏会で使うような軽い造りのものだ。
 男は仮面のみ、女はさらに羽根扇子で口元も隠す――それがここの暗黙のルール。互いの素性に触れてはならない。
 だからこそ、大貴族であれ大商人であれ、法の守護者でさえ、罪人の顔を隠してここに集まることができる。

 ここは、国そのものが孕む闇の化身だ。

「行こう、エリス」

「はい、旦那さま」

 エリスは僕の差し出した腕にそっと触れ、寄り添う。仮面越しでも彼女の視線は優しく、けれど緊張で少し強ばっていた。

 廊下を進んだその時――。

「……ッ」

「旦那さま?」

「声を出すな。静かに……目の前の集団に決して目を合わせないで」

「……承知しました」

 視界に入った一団。豪奢な衣服に身を包み、護衛を従えた人影。
 すれ違いざま、思わず息が詰まった。
 見覚えのある歩き方。見覚えのある金髪。
 何より、あの小馬鹿にした歪んだ視線――。

 心臓が冷水に沈められたように冷え、同時に熱い怒りが血管を焼いた。

 ……マハル。

 仮面を付けていようが、絶対に間違えない。あれは僕の腹違いの弟。僕を陥れ、殺そうとした男。

「マハル……。まさか闇オークションに参加していたなんて」

 思わず声に出すと、喉が震えた。
 あの夜の光景――。罠に填められ、剣を向けられ、必死に逃げ惑った記憶。血と裏切りの臭いが蘇り、胃の奥が捻じれる。

「マハル・タブリンス……僕の腹違いの弟だ。こんな場所で再会するなんて……」

「あれが……セージ様を罠に填めて暗殺しようとした男。どうりで気配が荒んでいました」

 エリスが低く呟く。彼女の手が震えている。僕の怒りと恐怖を察しているのだろう。

「……嫌な予感がする。奴はまた、何かを仕掛けてくる」

「気を引き締めましょう。リンカさんを救うまで、油断はできません」

 個室へ辿り着き、ようやく肺に空気を吸い込むことができた。だが胸のざわめきは収まらない。
 マハルがここにいる――それだけで心が乱される。まだ僕は、あいつの影に囚われているのか。

◇◇◇

『それではこれより、特別オークションを開催いたします。お集まりの皆様、魅力的な品々をどうぞご堪能くださいませ』

 場内に響く声。ざわめきと金の匂いが渦巻く。
 ここにいる者たちは全員、金と権力で人を買い物に変える者たち。笑みの裏には醜悪な欲望しかない。

「……始まりましたわ。セージ様、とにかく今はリンカさんを最優先に」

「ああ。リンカ……必ず取り戻す」

◇◇◇

【sideリンカ】

 どれほどの時間が過ぎたのか。
 暗闇に閉じ込められた意識は、霧の中で朽ちていくようにぼやけている。
 首に巻かれた隷属の首輪が、生きる気力そのものを吸い上げていく。抵抗する意思を奪い、言葉を紡ぐ気力すら削いでいく。

(……死にたい……いや、もう生きている意味なんて……)

 そんな絶望が胸を満たしたその時、命じられるままに着替えさせられた。煌びやかなドレス。笑えないほど皮肉だ。商品を飾るための衣装に過ぎないのだから。
 大きな姿見が並ぶ部屋。十代半ばほどの少女たちが、同じように椅子に座らされている。みな虚ろな瞳をして。

(こんなに……たくさん。売られていく女の子たちが……)

「おいお前、化粧をしておけ」

「……畏まりました」

 前に来たのは桃色の髪を二つに結った少女。華やかな見た目だが、手は荒れ果て、水仕事でひび割れていた。
 彼女もまた首輪を付けられている。

「あ、な、た……は……」

 必死に声を絞り出す。

「私は……ミレイユと申します。雇い主の不興を買い……ここに……」

「ミ、レイユ……?」

 その名前に、胸が強く揺れた。どこかで聞いた。いや、知っている。
 セージ君――そう、あの人の大切な誰か。

「もしかし……て……セージ君……の……?」

「えっ⁉」

 その一言に、周囲の三人の少女が一斉に立ち上がった。尋常ではない反応。彼女たちもまた、セージに繋がる存在なのか――。

 しかし、オークション開始の鐘が鳴った瞬間、首輪の呪縛が意識を再び闇に沈めていく。
 かろうじて掴みかけた希望の糸が、無慈悲に断ち切られていった。


◇◇◇

【sideミレイユ】

 私達は孤児院の出身。
 拾う者もなく、道端で飢えて死んでいくしかなかったはずの存在。

 けれど――あの方は違った。

◇◇◇

「ミレイユ、そんなに無理しなくてもいい。君の笑顔の方が、僕は嬉しいんだ」
 雑務で失敗して泣いていた時、そう言って微笑んでくれたのはセージ様。
 その優しさが、今も胸の奥で灯り続けている。

「シャミー、皿を洗ってくれてありがとう。君のおかげで助かったよ」
「えへへっ、セージ様に褒められちゃった!」
 小さな頭を撫でてくれた時の喜びを、シャミーは今も忘れていない。

「レイシス、疲れてるんじゃないか? 君はいつも頑張りすぎる」
「……セージ様……」
 誰も気づいてくれない心の重さを、気づいてくれたのもあの方だけだった。

「アーリア、君は冷静で頼もしいな。僕も見習いたいよ」
「……っ、ふん。そんな大したことじゃ、ありませんわ……」
 照れ隠しに冷たく返したけれど、心の奥は誇らしさでいっぱいだった。

◇◇◇

 だからこそ――。
 あの日、異母弟のマハルが吐き捨てた言葉は、私達の心を深く切り裂いた。

「セージは死んだぞ。俺が殺してやった。哀れな犬の末路だ」

「う、嘘……」
「そんなの嘘だもんッ!」
「信じない! セージ様が死ぬはずないっ!」
「そんなの、絶対……!」

 それでもマハルは愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。
「ははははっ! いい顔だ! ならもっと絶望をくれてやる!」

 下衆な言葉。耳を疑いたくなるような屈辱を与えられようとしていた。

「全員、服を脱げ」

 マハルの命令に、私達は凍りついた。
 兵士達がにやつきながら迫ってくる。

 ――だが。

「嫌っ! 裸を見せるのは、セージ様だけだもん!」

 シャミーが割れんばかりの咆哮を上げる。
 私も全く同じ気持だった。レイシス、アーリアも同じ気持でシャミーに続く。

「私も……! セージ様以外なんて、絶対に嫌!」

「同感ね。私のご主人は、あの方だけ」

 レイシスも、アーリアも全く同じ気持ち。
 私は精一杯目の前にいる下衆な男を睨み付けて叫ぶ。

「私もです……! マハル様、私達は舌を噛んで死にます! セージ様だけがご主人様です!」

「ククッ……愚かだな。なら地獄で誓っていろ! お前らは奴隷にして売り飛ばしてやる! セージの誇りも、忠誠も、全部俺が踏みにじってやる! ははははっ! はーーーはははっ! お前の大切にしていたメイド共が穢れていくのを地獄で眺めるがいいっ! ザマァみろッ! ザマァみろ無能めっ!」


 首に填められた隷属の首輪が焼けるように熱を放ち、抵抗の術を奪っていく。

 それでも――。

「セージ様……」
「私達は……必ず……」
「この忠誠を……」
「裏切らない……!」

 最後まで互いの手を取り合い、涙を拭い合いながら、声を重ねた。

 ――誇りは奪えない。
 マハルがどれほど外道でも、私達の心は一つ。

 私達はセージ様のメイド。誇り高き忠誠の証人なのだから……。
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