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反転の主
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風が、下から吹き上がっていた。
地下だというのに、どこか遠くの砂漠と繋がっているような感覚がある。
階段を下りるたび、空気が重くなる。
視界の奥には、淡い光――いや、闇の中で光る“反転祈祷陣”があった。
白いはずの聖句が、黒く滲み、中心に渦を巻いている。
「……感じますか?」
セレスの声が震えていた。
彼女の祈りがかすかに乱れているのが分かる。
「この奥に……何か、“人ではないもの”がいます」
「でも、人の声がした」
リンカが低く言う。
「セージ君、上の声――“見つけた”って言ってたやつ。あれと同じ気配」
「うん。ここが発信源だ」
僕は剣の柄を握る。
光が呼吸するように、刀身を走った。
〈魔力ストック:4000/4000〉
〈加速ストック:4000/4000〉
〈祈りストック:4000/4000〉
陣の中心には、何かがあった。
人影――。
けれど、それは人ではなかった。
黒砂で形作られた、女の姿。
肌は灰のように淡く、髪は砂が流れるように揺れている。
その瞳は空っぽだった。
けれど、口元だけが笑っていた。
「……ようやく来たのね、セージ・タブリンス」
その声が、頭の奥に直接響く。
柔らかく、甘い。
けれど、底のない冷たさを孕んでいた。
「お前が、“黒砂の教団”の本体か?」
「本体?」
女はゆっくりと首を傾げた。
「いいえ。私は“反転”。
祈りを形にした、あなたたちの鏡」
セレスが息を呑む。
「祈りの……鏡……?」
「そう。
あなたたちは神に願う。
“救いを”と。
けれどその願いの裏で、いくつもの声がこう言っていた――
“見捨てないで”“奪われたくない”」
女の声が、空気に滲む。
周囲の砂がゆっくりと持ち上がり、光を遮った。
「その“声”を、私は拾った。
救われなかった者たちの祈り。
それが黒砂となり、形を得た。
私たちは神を否定していない。
ただ、奪われた信仰を取り戻すだけ」
セレスの唇が震える。
「それが……あなたたちの言う“創神”……?」
「ええ。
神は失敗した。だから、創り直す。
信仰の欠片から、私たちの手で」
「……」
僕は言葉を失った。
目の前の存在は、明確な敵意を向けてこない。
それが、余計に恐ろしかった。
「セージ君」
リンカの声が背中で響く。
「この女……“殺気”がない」
「……ああ。けど、こいつは“祈ってる”」
僕の言葉に、ルミナスがゆっくりと首を傾ける。
「祈り……闇に、似てる。
光を求めて、逆に沈んでる」
その瞬間、女の瞳がわずかに光った。
笑みが深くなる。
「ルミナス。あなたもまた、同じ“造られた者”。
神と魔の境界で揺れる存在。……あなたが最初に、こちら側へ堕ちる」
「……やってみれば?」
ルミナスの声は低く、淡々としていた。
だが、その手に炎が灯る。
熱ではなく、意志の炎。
空気が震えた。
祈祷陣の光が波打ち、黒砂が天井へと伸びる。
『反転祈祷、起動』
無機質な声が響いた瞬間、空間が反転した。
天と地が入れ替わり、重力が歪む。
視界の端で、セレスの祈りの光が掻き消される。
「ッ、祈りが封じられてる……!」
「セージ様、ここは――!」
「下がって!」
僕は剣を構え、足元の砂を蹴る。
〈加速ストック:4000/4000〉
〈攻撃力ストック:4000/4000〉
光が走り、黒砂の波を切り裂いた。
だが、その切断面から、また新たな形が生まれる。
女の声が響いた。
「祈りを否定し、光を掲げた者よ――
お前たちの信仰は、どこへ還る?」
答えることはできなかった。
その問いは、あまりにも重く、あまりにも静かに響いていた。
僕は刃を構えたまま、息を吐く。
祈りの光が封じられても、希望だけは失わせない。
「……答えは、これから示す」
光と闇がぶつかる音が、地下を満たした。
――反転の主との、最初の戦いが始まった。
祈祷陣が反転して以降、世界そのものが沈黙していた。
炎も、風も、砂の軋む音すらも吸い取られたように。
あるのは、心臓の音だけ。
僕は剣を構え、反転の主を見据えた。
女の姿をした“それ”は、ゆっくりと腕を広げる。
その動作ひとつで、陣の黒砂がざらりと音を立てて浮き上がった。
「……“祈り”を、喰ってる」
ルミナスの声が低く響く。
目に宿る光が揺らぎ、空間の魔素が吸い取られていくのが見えた。
火も氷も、力を持つ前に呑まれていく。
「属性ごと吸収してる……!?」
リンカの矢が弧を描き、黒砂の中心へ突き刺さる。
だが、その瞬間、砂が波紋のように広がり、矢そのものが“消えた”。
「吸収、そして模倣」
セレスが苦い声で言う。
「私たちの祈りの形を、あの存在は――“再構成”しているんです」
「模倣、か」
僕は短く息を吐く。
それなら、試すしかない。
〈攻撃力ストック:4000/4000〉
〈加速ストック:4000/4000〉
踏み込み、斬り抜ける。
一閃が空気を裂き、光が走る。
黒砂の身体が割れ、崩れ落ちた。
「……やった?」
リンカが息を呑む。
だが――
「惜しいわね」
女の声が、後ろから聞こえた。
振り向くと、崩れたはずの身体が再び形を取っていた。
今度は、僕の姿をして。
「お前……!」
「これがあなたの“祈り”。
力を求め、守りたいと願うその心。
それ自体が、私の糧になる」
反転の主が微笑む。
その瞬間、僕の剣が空気を裂くよりも早く――同じ斬撃が、僕へ向かって放たれた。
「なッ――!?」
剣と剣がぶつかる。
重力が歪むほどの衝撃。
まるで、鏡の中の自分と戦っているようだった。
「セージ様!」
セレスの祈りの声が届く。
しかし、光は発せられない。
この空間では、“祈りそのもの”が封じられている。
息が荒くなる。
視界の端で、ルミナスが光弾を放つ。
だが、それもまた反転され、鏡のように逆方向から撃ち返された。
――この空間では、“攻撃”も“祈り”も、全てが反転する。
「セージ君、退こう!」
リンカの声が響く。
判断に迷いはなかった。
戦って勝てる段階じゃない。
「全員、地上へ撤退!」
僕は剣を振り抜き、空間の縁を裂く。
白い閃光が走り、裂け目が開いた。
そこへ、全員が駆け込む。
背後で、反転の主の声が響いた。
「逃げても無駄よ。あなたたちの祈りが続く限り、私は増える」
光が閉じる。
次の瞬間、僕たちは地上の夜風を浴びていた。
空が赤く染まり、砂が音を取り戻す。
セレスが膝をつき、祈りの書を握りしめた。
「……あれは、“祈りの模倣”。
反転祈祷陣は、信仰そのものを再構成していました」
「俺たちが祈る限り、あれは消えないってことか」
「そう。でも……」
リンカが弓を握り直す。
「それなら、祈りを“正しくためて”、放てばいい。
セージ君のスキルで、反転そのものを上書きできる」
僕は頷いた。
確かに、方法はある。
ただし――“祈りの形”を完全に理解する必要がある。
「……セレス。
次は、君の力が必要になる」
彼女は静かに微笑んだ。
「はい。
祈りを、呪いではなく“光”に変えるために」
風が吹いた。
砂の音が遠ざかる。
そして、夜空の下で、反転の主の気配がまだ遠くで笑っていた。
地下だというのに、どこか遠くの砂漠と繋がっているような感覚がある。
階段を下りるたび、空気が重くなる。
視界の奥には、淡い光――いや、闇の中で光る“反転祈祷陣”があった。
白いはずの聖句が、黒く滲み、中心に渦を巻いている。
「……感じますか?」
セレスの声が震えていた。
彼女の祈りがかすかに乱れているのが分かる。
「この奥に……何か、“人ではないもの”がいます」
「でも、人の声がした」
リンカが低く言う。
「セージ君、上の声――“見つけた”って言ってたやつ。あれと同じ気配」
「うん。ここが発信源だ」
僕は剣の柄を握る。
光が呼吸するように、刀身を走った。
〈魔力ストック:4000/4000〉
〈加速ストック:4000/4000〉
〈祈りストック:4000/4000〉
陣の中心には、何かがあった。
人影――。
けれど、それは人ではなかった。
黒砂で形作られた、女の姿。
肌は灰のように淡く、髪は砂が流れるように揺れている。
その瞳は空っぽだった。
けれど、口元だけが笑っていた。
「……ようやく来たのね、セージ・タブリンス」
その声が、頭の奥に直接響く。
柔らかく、甘い。
けれど、底のない冷たさを孕んでいた。
「お前が、“黒砂の教団”の本体か?」
「本体?」
女はゆっくりと首を傾げた。
「いいえ。私は“反転”。
祈りを形にした、あなたたちの鏡」
セレスが息を呑む。
「祈りの……鏡……?」
「そう。
あなたたちは神に願う。
“救いを”と。
けれどその願いの裏で、いくつもの声がこう言っていた――
“見捨てないで”“奪われたくない”」
女の声が、空気に滲む。
周囲の砂がゆっくりと持ち上がり、光を遮った。
「その“声”を、私は拾った。
救われなかった者たちの祈り。
それが黒砂となり、形を得た。
私たちは神を否定していない。
ただ、奪われた信仰を取り戻すだけ」
セレスの唇が震える。
「それが……あなたたちの言う“創神”……?」
「ええ。
神は失敗した。だから、創り直す。
信仰の欠片から、私たちの手で」
「……」
僕は言葉を失った。
目の前の存在は、明確な敵意を向けてこない。
それが、余計に恐ろしかった。
「セージ君」
リンカの声が背中で響く。
「この女……“殺気”がない」
「……ああ。けど、こいつは“祈ってる”」
僕の言葉に、ルミナスがゆっくりと首を傾ける。
「祈り……闇に、似てる。
光を求めて、逆に沈んでる」
その瞬間、女の瞳がわずかに光った。
笑みが深くなる。
「ルミナス。あなたもまた、同じ“造られた者”。
神と魔の境界で揺れる存在。……あなたが最初に、こちら側へ堕ちる」
「……やってみれば?」
ルミナスの声は低く、淡々としていた。
だが、その手に炎が灯る。
熱ではなく、意志の炎。
空気が震えた。
祈祷陣の光が波打ち、黒砂が天井へと伸びる。
『反転祈祷、起動』
無機質な声が響いた瞬間、空間が反転した。
天と地が入れ替わり、重力が歪む。
視界の端で、セレスの祈りの光が掻き消される。
「ッ、祈りが封じられてる……!」
「セージ様、ここは――!」
「下がって!」
僕は剣を構え、足元の砂を蹴る。
〈加速ストック:4000/4000〉
〈攻撃力ストック:4000/4000〉
光が走り、黒砂の波を切り裂いた。
だが、その切断面から、また新たな形が生まれる。
女の声が響いた。
「祈りを否定し、光を掲げた者よ――
お前たちの信仰は、どこへ還る?」
答えることはできなかった。
その問いは、あまりにも重く、あまりにも静かに響いていた。
僕は刃を構えたまま、息を吐く。
祈りの光が封じられても、希望だけは失わせない。
「……答えは、これから示す」
光と闇がぶつかる音が、地下を満たした。
――反転の主との、最初の戦いが始まった。
祈祷陣が反転して以降、世界そのものが沈黙していた。
炎も、風も、砂の軋む音すらも吸い取られたように。
あるのは、心臓の音だけ。
僕は剣を構え、反転の主を見据えた。
女の姿をした“それ”は、ゆっくりと腕を広げる。
その動作ひとつで、陣の黒砂がざらりと音を立てて浮き上がった。
「……“祈り”を、喰ってる」
ルミナスの声が低く響く。
目に宿る光が揺らぎ、空間の魔素が吸い取られていくのが見えた。
火も氷も、力を持つ前に呑まれていく。
「属性ごと吸収してる……!?」
リンカの矢が弧を描き、黒砂の中心へ突き刺さる。
だが、その瞬間、砂が波紋のように広がり、矢そのものが“消えた”。
「吸収、そして模倣」
セレスが苦い声で言う。
「私たちの祈りの形を、あの存在は――“再構成”しているんです」
「模倣、か」
僕は短く息を吐く。
それなら、試すしかない。
〈攻撃力ストック:4000/4000〉
〈加速ストック:4000/4000〉
踏み込み、斬り抜ける。
一閃が空気を裂き、光が走る。
黒砂の身体が割れ、崩れ落ちた。
「……やった?」
リンカが息を呑む。
だが――
「惜しいわね」
女の声が、後ろから聞こえた。
振り向くと、崩れたはずの身体が再び形を取っていた。
今度は、僕の姿をして。
「お前……!」
「これがあなたの“祈り”。
力を求め、守りたいと願うその心。
それ自体が、私の糧になる」
反転の主が微笑む。
その瞬間、僕の剣が空気を裂くよりも早く――同じ斬撃が、僕へ向かって放たれた。
「なッ――!?」
剣と剣がぶつかる。
重力が歪むほどの衝撃。
まるで、鏡の中の自分と戦っているようだった。
「セージ様!」
セレスの祈りの声が届く。
しかし、光は発せられない。
この空間では、“祈りそのもの”が封じられている。
息が荒くなる。
視界の端で、ルミナスが光弾を放つ。
だが、それもまた反転され、鏡のように逆方向から撃ち返された。
――この空間では、“攻撃”も“祈り”も、全てが反転する。
「セージ君、退こう!」
リンカの声が響く。
判断に迷いはなかった。
戦って勝てる段階じゃない。
「全員、地上へ撤退!」
僕は剣を振り抜き、空間の縁を裂く。
白い閃光が走り、裂け目が開いた。
そこへ、全員が駆け込む。
背後で、反転の主の声が響いた。
「逃げても無駄よ。あなたたちの祈りが続く限り、私は増える」
光が閉じる。
次の瞬間、僕たちは地上の夜風を浴びていた。
空が赤く染まり、砂が音を取り戻す。
セレスが膝をつき、祈りの書を握りしめた。
「……あれは、“祈りの模倣”。
反転祈祷陣は、信仰そのものを再構成していました」
「俺たちが祈る限り、あれは消えないってことか」
「そう。でも……」
リンカが弓を握り直す。
「それなら、祈りを“正しくためて”、放てばいい。
セージ君のスキルで、反転そのものを上書きできる」
僕は頷いた。
確かに、方法はある。
ただし――“祈りの形”を完全に理解する必要がある。
「……セレス。
次は、君の力が必要になる」
彼女は静かに微笑んだ。
「はい。
祈りを、呪いではなく“光”に変えるために」
風が吹いた。
砂の音が遠ざかる。
そして、夜空の下で、反転の主の気配がまだ遠くで笑っていた。
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