前世ゲーマーの俺、最悪の寝取られルートをハッピー学園ラブに改造中

かくろう

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第7章 夏の思い出作り

第89話「甘い香りのパン屋にて」

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 翌日の放課後。
 日差しはもう春というより初夏に近く、校舎の壁が柔らかいオレンジ色に染まっていた。
 部活動の掛け声が遠くに響く中、俺と真白は昇降口を出て並んで歩く。

「ねえ、今日……ほんとに行っていいの?」
 真白が制服のスカートの裾を軽く押さえながら、少し遠慮がちに聞いてきた。
「もちろん。昨日約束したろ。駅前の新作パン、気になるって言ってたじゃん」
「うん……でも、混んでたら悪いなって思って」
「その時は、並んで待とうぜ」
 そう言うと、真白は照れたように笑い、そっと頷いた。

 駅前の通りは、放課後の学生や会社員で賑わっていた。
 風に乗って香ばしいバターの匂いが流れてきて、思わず腹が鳴る。
「わぁ……いい匂い。もうこの時点で幸せだね」
「確かに。空腹で来たら危険な店だな」
 二人で笑いながら入店すると、焼きたてのパンが並ぶガラスケースが視界いっぱいに広がった。

 店内はほどよく賑やかで、どの棚にも「新商品」「限定」の札が並んでいる。
 真白が両手を胸の前で組み、きらきらした瞳でショーケースを覗き込んだ。
「このクロワッサン、新作だ……! 見て、フルーツ入りだって!」
「真白、完全にテンション上がってるな」
「だって、パン好きなんだもんっ」

 トレイを手に取り、二人で並んで商品を見て回る。
 店内の穏やかな音楽とパンの香りが混ざって、なんだか時間がゆっくり流れていくように感じた。

「これも買っていい?」
「もちろん」
「じゃあ……半分こしよ?」
「おう、そうしよう」

 真白が少し恥ずかしそうに笑って、二つのパンをトングで取る。
 その姿を見ているだけで、なんだか心が温かくなった。
 ――こんな普通の時間が、俺にとっては奇跡みたいなものだ。

 レジを済ませ、店の外に出ると、駅前の噴水のそばにベンチがあった。
 俺たちは紙袋を膝に置いて、並んで腰を下ろす。

「……こうやって一緒にパン食べるの、なんかデートって感じだね」
「いや、立派なデートだろ。しかも“食の冒険系”だ」
「ふふっ、蒼真君らしい名前のつけ方」

 夕暮れが近づき、風が少しひんやりと変わる。
 噴水の水音が静かに響く中、真白が袋の中からクロワッサンを取り出した。

「はい、あーん」

「えっ、ここで?」
「ダメ?」
「い、いや……ダメとは言ってないけど……」

 少し周囲を気にしながらも、差し出されたパンをひと口。
 サクサクの生地の中にフルーツの酸味が広がる。
「……うまい。甘いけど、すっきりしてるな」
「でしょ? はい、今度は私の番ね」

 真白が同じように一口かじり、目を輝かせる。
「ん~……しあわせ」
 その無邪気な笑顔に、思わず胸がいっぱいになる。

 夕陽が沈み、街の灯りが少しずつともり始める。
 人々の足音が行き交う中、俺たちは肩を並べて、ただ静かにパンを食べ続けた。

 どんな豪華なレストランよりも、このベンチの上の時間のほうが、ずっと甘くて温かかった。




 夕暮れの街を、俺と真白は並んで歩いていた。
 さっきまでいたパン屋の香りがまだ服に残っていて、通りを抜ける風に混じってふわりと漂う。
 空は茜から群青へとゆっくり色を変えていき、街灯がひとつ、またひとつと灯り始める。

「……なんか、あっという間だったね」
 真白が手に提げた紙袋を見ながら呟いた。
 中には買いすぎたパンがいくつも入っている。
「まあ、予想はしてた。真白がテンション上がると、つい色々選ぶからな」
「だ、だって、どれも美味しそうだったんだもん……!」
 頬を膨らませながら抗議する仕草が、夕暮れの光の中で妙に愛おしい。

「でも、楽しかったよ。ありがとう、蒼真君」
「俺のほうこそ。真白が楽しそうにしてるの見てるだけで、十分満足だった」

 その言葉に、真白は一瞬だけ立ち止まり、小さく笑った。
「……ねえ、蒼真君ってさ、時々ずるいくらい優しい」
「え? 褒めてる?」
「うん。ちょっとだけ照れるけど、ちゃんと褒めてる」

 住宅街へ向かう坂道を上る。
 空はもうすっかり夜の色に近づいていて、遠くで電車の音が響く。
 並んで歩く距離は自然と近づき、手が何度も触れそうになった。

「……この時間、好きだな」

「夕方の街?」
「うん。昼でも夜でもない時間。
 終わりと始まりの間みたいで、ちょっと切なくて、でも……安心するの」

 真白の声が、少し風に溶ける。
 俺は短く頷いて、そっと手を伸ばした。
 言葉にする前に、指先が自然に重なる。

 真白が驚いたように顔を上げる。
「……っ」
 それでも、拒むことはなく、そっと握り返してくれた。

「これからもさ、こうやって帰ろう」
 自分でも少し照れくさいくらい素直に言えた。
「うん。……毎日でも」

 真白の声は小さくて、それでも確かに届いた。
 その声の響きが、胸の奥をじんわりと温めていく。

 夕暮れの通りを抜ける風が、二人の間をすり抜けていく。
 街のざわめきが少しずつ遠のき、手の温もりだけが残った。

 その帰り道で交わした約束は、言葉よりもずっと強く、静かに心に刻まれていた。


 真白の手は、少しひんやりしていた。
 けれど、その冷たさが指先を通じて心地よくて、俺は自然と握る力を強める。

 街の灯りが並ぶ通りを、二人でゆっくりと歩いた。
 夕飯時の匂いがどこからともなく漂ってきて、遠くの公園からは子どもたちの笑い声が聞こえる。
 そんな何気ない音さえも、今はやけに穏やかに感じる。

「ねえ……」
 真白が少しだけ声を落として言った。
「手、あったかいね」
「真白のもな」
「ふふっ……それは、蒼真君の熱が移ったんだよ」

 彼女はそう言って、少しだけ俺の肩に寄り添った。
 髪が頬に触れ、柔らかな香りが一瞬だけ鼻をかすめる。
 胸の鼓動が早くなって、言葉を探そうとしたけど、結局何も言えなかった。

 坂を登りきると、街の明かりが見渡せた。
 遠くに見える電車の線路、ゆっくり流れる光の帯。
 真白は立ち止まり、しばらくその景色を見つめていた。

「……綺麗だね」
「ああ。まるで、街全体が光ってるみたいだ」
「ねえ、こういうのって……ちょっと夢みたいだよね。
 こうして一緒に歩いて、笑って、手をつないで。
 昔だったら、きっと想像もできなかった」

 真白の言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
 ゲームで見た“あのルート”では、彼女はこんな顔をしていなかった。


 どれだけ笑っていても、どこか無理をしていた。
 でも今の彼女は違う。
 自然に笑って、自然に照れて、俺の隣で未来を語っている。

「……夢みたい、か」
「うん。でも、私は現実の方が好き。だって――」
 真白が少し顔を上げて、俺の目を見た。
「――夢の中じゃ、蒼真君にちゃんと触れられないもん」


 その言葉に、息が止まった。
 ほんの一瞬、時間が止まったように静まり返る。
 夜風が二人の間をすり抜けていった。

「……真白」
「なに?」
「やっぱり、ずるいよ。そういうこと言うの」
「ふふ。さっきの仕返し」

 小さく笑う真白の横顔を見て、もう何も言えなかった。
 手をつないだまま、歩き出す。
 そのぬくもりが、まるで未来の形みたいに確かなものに思えた。

 帰り道の途中、ふと真白が小さく呟く。
「……ねえ、また明日も一緒に帰ろうね」
「当たり前だろ」
「うん、嬉しい」

 その声が夜の空に溶けていく。
 街の灯りが少しずつ遠ざかるたびに、真白の手の温もりだけが鮮やかに残っていった。



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