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第7章 夏の思い出作り
第91話「小さな勝負と笑顔のご褒美」
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翌朝。
教室の窓から差し込む光はすっかり夏の色を帯びていた。
生ぬるい風がカーテンを揺らし、黒板のチョークの粉が光を受けて舞う。
机に教科書を広げながらも、俺の頭の中はテストの内容よりも、昨日の夜のメッセージでいっぱいだった。
「勝負だよ?」「逃げちゃだめだからね」――その言葉が、まるで約束の呪文みたいに耳の奥で繰り返される。
「おはよう、蒼真君」
聞き慣れた声に顔を上げると、真白が小さく手を振って席に着いた。
いつもより少しだけ髪をまとめていて、朝の光を受けて淡い艶が浮かんでいる。
ただそれだけのことで、胸が微妙に落ち着かなくなる。
「昨日は、ちゃんと寝た?」
「そこそこ。最後は意識飛んでたけど」
「ふふっ。ちゃんと寝たならよかった」
真白は微笑んでから、わずかにいたずらっぽい視線を送ってきた。
「でも、テスト勝負は覚えてるよね?」
「もちろん。負けたらお願い聞くんだろ?」
「そう。約束だよ?」
その一言に、クラスメイトの雑談がすっと遠のいていくような錯覚を覚えた。
ただの小テストなのに――妙に心臓がうるさい。
ホームルームが終わると、すぐにテストの準備が始まった。
ざわついていた空気が一気に静まり、紙の擦れる音だけが響く。
俺はペンを握り、ちらりと真白の横顔を盗み見る。
彼女は眉を寄せながらも、真剣な表情で問題に向き合っていた。
その姿に、不思議と勇気をもらう。
……よし、やってやる。
テストが終わる頃には、肩が軽く痛むほど集中していた。
紙を集める音が響き、廊下から他クラスの笑い声が聞こえてくる。
真白がこちらを見て、ふっと微笑んだ。
「どうだった?」
「まあまあ。……たぶん、いい勝負」
「ふふ、そう簡単には負けないからね?」
彼女の笑顔が眩しくて、思わず視線を逸らした。
このやり取りだけで、勝ち負けなんてどうでもよくなる――そんな気さえした。
数日後、結果が返ってきた。
教師が答案を配る音が教室に響き、生徒たちのあちこちから歓声や悲鳴が上がる。
手元に返ってきた答案を見た瞬間、俺は目を瞬かせた。
……九十点。いつもより十点以上も高い。
すぐに前を見ると、真白が嬉しそうに答案を抱えて振り返る。
「ねえ蒼真君、私九十二点だった!」
「……マジか。負けた」
「ふふっ、やったぁ~!」
小さなガッツポーズをする真白。
彼女の笑顔に悔しさよりも、なぜか誇らしさが勝った。
放課後、廊下の窓際。
夕陽が差し込む中で、真白が両手を後ろで組みながらこちらを見上げてきた。
「じゃあ、約束どおり“お願い”してもいい?」
「ああ、何でも言えよ」
「本当に? 後悔しない?」
「しない。たぶん」
俺が苦笑すると、真白は一歩近づいて、小さく息を整えた。
「じゃあ――」
その瞳が真っ直ぐ俺を捉える。
「――次のテストも、一緒に頑張ろ?」
一瞬、時間が止まったようだった。
予想していた“いたずら”でも“恥ずかしいお願い”でもない。
それは、真白らしい、まっすぐで温かい言葉。
「……それがお願い?」
「うん。だって、私ひとりじゃ不安だから。
蒼真君と一緒なら、きっとどんなことでも頑張れると思うの」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
ああ、この子は本当に――変わった未来を生きてる。
「……了解。次も一緒に頑張ろう」
「約束、ね」
真白が小指を差し出す。
俺もその指に自分の小指を絡めた。
窓の外では、夕陽が校舎の屋根を金色に染めていた。
光に包まれたその瞬間、彼女の笑顔がいつもより少し大人びて見えた。
たかが小テスト、されど小テスト。
紙一枚の上に書かれた点数よりも――
こうして交わした「また一緒に頑張ろう」という約束の方が、何倍も意味を持っている気がした。
俺はその指のぬくもりを確かめながら、
小さく笑って呟いた。
「……負けても悪くないな」
◇◇◇
六月の風は、どこか湿り気を帯びていた。
午前中こそ晴れていたのに、昼を過ぎた頃には空がどんよりと曇り始め、放課後にはすっかり雨の匂いに変わっていた。
窓の外、グラウンドの白線が滲む。
ざぁ……という細かな雨音が、校舎の屋根を一定のリズムで叩いている。
「うわ、降ってきたね……」
真白が窓際で立ち止まり、傘立てを覗き込む。
「……あ」
彼女の表情が一瞬で曇る。
「もしかして、置き傘ない?」
「うん……朝、晴れてたから。油断してた」
傘立てには、もう数本しか残っていなかった。
みんな、ほとんど帰ってしまった後だ。
校舎の廊下には雨音だけが響いていて、俺と真白だけが取り残されたような空間になっていた。
「……俺のあるから、一緒に入ってく?」
「えっ……でも、それじゃ蒼真君が濡れちゃう」
「平気だって。どうせ家、方向同じだし」
「……そっか。じゃあ……お願い、してもいい?」
「もちろん」
俺は傘を広げ、真白の方に軽く傾けた。
外に出ると、細かな雨が街全体を霞ませている。
水たまりに跳ねるしずくが、街灯の光を反射してきらきらと揺れた。
歩き出してすぐ、真白が傘の端をちょんと掴んだ。
少し近づきながら、小さな声で言う。
「ねえ……近すぎない?」
「狭いから仕方ないだろ」
「う、うん……でも、こうして歩くの、なんだか照れるね」
その横顔は、傘の内側の淡い光に照らされて、ほのかに赤みを帯びている。
肩が触れそうな距離。
歩くたびに、彼女の髪からシャンプーの香りが微かに香ってきて、心臓の鼓動が落ち着かない。
「そういえばさ」
沈黙を誤魔化すように、俺は話題を振った。
「梅雨ってさ、嫌いだったんだよ。どこも濡れてるし、空も暗いし」
「ふふ、わかる。洗濯物も乾かないしね」
「でも――」
言葉を切って、真白の方を見た。
「こうして一緒に歩くなら、悪くないかも」
「……もう、そういうこと言うのずるい」
真白は顔を伏せながら、少しだけ笑った。
駅前の交差点に着く頃には、雨脚が少し強まっていた。
車のライトが濡れた路面に反射して、街全体が淡いオレンジ色に染まる。
「ここで分かれ道だね」
「そうだな」
「……なんか、もう少し一緒にいたいな」
真白がぽつりと呟いた。
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
「もう少し歩くか?」
「でも、蒼真君、風邪ひいちゃう」
「じゃあ、俺んち寄っていく? 駅まで濡れるよりマシだろ」
「っ……そ、そんな急に……!」
真白の頬が一気に赤く染まり、慌てて手を振った。
「だ、だいじょうぶ! 大丈夫だから!」
その反応があまりにも可愛くて、思わず笑いそうになる。
「じゃあ、せめて駅まで送るよ」
「……うん」
再び歩き出す。
傘の中で、真白が小さく息をついた。
「ねえ蒼真君」
「ん?」
「今日みたいな雨の日って、嫌いじゃないかも。
……だって、蒼真君が隣にいてくれるから」
その言葉が雨音に溶け、胸の奥でゆっくり広がった。
傘の骨に当たる雨粒の音が、心臓の鼓動と重なって響く。
駅の屋根の下に着く頃、雨は少し弱まっていた。
傘を閉じると、真白の肩に細かい水滴がついていて、髪先がしっとりと濡れていた。
「ありがとね、蒼真君」
「どういたしまして」
少しの沈黙の後、真白が恥ずかしそうに言った。
「……今度は、私が傘持ってる日に、また一緒に帰ろ?」
「ああ、約束な」
二人で小さく笑い合い、手を振る。
雨の街に、電車の音がゆっくりと響いていた。
たった一本の傘の下で交わした言葉が、
どんな晴れの日よりも鮮やかに、心の奥に焼き付いていく。
教室の窓から差し込む光はすっかり夏の色を帯びていた。
生ぬるい風がカーテンを揺らし、黒板のチョークの粉が光を受けて舞う。
机に教科書を広げながらも、俺の頭の中はテストの内容よりも、昨日の夜のメッセージでいっぱいだった。
「勝負だよ?」「逃げちゃだめだからね」――その言葉が、まるで約束の呪文みたいに耳の奥で繰り返される。
「おはよう、蒼真君」
聞き慣れた声に顔を上げると、真白が小さく手を振って席に着いた。
いつもより少しだけ髪をまとめていて、朝の光を受けて淡い艶が浮かんでいる。
ただそれだけのことで、胸が微妙に落ち着かなくなる。
「昨日は、ちゃんと寝た?」
「そこそこ。最後は意識飛んでたけど」
「ふふっ。ちゃんと寝たならよかった」
真白は微笑んでから、わずかにいたずらっぽい視線を送ってきた。
「でも、テスト勝負は覚えてるよね?」
「もちろん。負けたらお願い聞くんだろ?」
「そう。約束だよ?」
その一言に、クラスメイトの雑談がすっと遠のいていくような錯覚を覚えた。
ただの小テストなのに――妙に心臓がうるさい。
ホームルームが終わると、すぐにテストの準備が始まった。
ざわついていた空気が一気に静まり、紙の擦れる音だけが響く。
俺はペンを握り、ちらりと真白の横顔を盗み見る。
彼女は眉を寄せながらも、真剣な表情で問題に向き合っていた。
その姿に、不思議と勇気をもらう。
……よし、やってやる。
テストが終わる頃には、肩が軽く痛むほど集中していた。
紙を集める音が響き、廊下から他クラスの笑い声が聞こえてくる。
真白がこちらを見て、ふっと微笑んだ。
「どうだった?」
「まあまあ。……たぶん、いい勝負」
「ふふ、そう簡単には負けないからね?」
彼女の笑顔が眩しくて、思わず視線を逸らした。
このやり取りだけで、勝ち負けなんてどうでもよくなる――そんな気さえした。
数日後、結果が返ってきた。
教師が答案を配る音が教室に響き、生徒たちのあちこちから歓声や悲鳴が上がる。
手元に返ってきた答案を見た瞬間、俺は目を瞬かせた。
……九十点。いつもより十点以上も高い。
すぐに前を見ると、真白が嬉しそうに答案を抱えて振り返る。
「ねえ蒼真君、私九十二点だった!」
「……マジか。負けた」
「ふふっ、やったぁ~!」
小さなガッツポーズをする真白。
彼女の笑顔に悔しさよりも、なぜか誇らしさが勝った。
放課後、廊下の窓際。
夕陽が差し込む中で、真白が両手を後ろで組みながらこちらを見上げてきた。
「じゃあ、約束どおり“お願い”してもいい?」
「ああ、何でも言えよ」
「本当に? 後悔しない?」
「しない。たぶん」
俺が苦笑すると、真白は一歩近づいて、小さく息を整えた。
「じゃあ――」
その瞳が真っ直ぐ俺を捉える。
「――次のテストも、一緒に頑張ろ?」
一瞬、時間が止まったようだった。
予想していた“いたずら”でも“恥ずかしいお願い”でもない。
それは、真白らしい、まっすぐで温かい言葉。
「……それがお願い?」
「うん。だって、私ひとりじゃ不安だから。
蒼真君と一緒なら、きっとどんなことでも頑張れると思うの」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
ああ、この子は本当に――変わった未来を生きてる。
「……了解。次も一緒に頑張ろう」
「約束、ね」
真白が小指を差し出す。
俺もその指に自分の小指を絡めた。
窓の外では、夕陽が校舎の屋根を金色に染めていた。
光に包まれたその瞬間、彼女の笑顔がいつもより少し大人びて見えた。
たかが小テスト、されど小テスト。
紙一枚の上に書かれた点数よりも――
こうして交わした「また一緒に頑張ろう」という約束の方が、何倍も意味を持っている気がした。
俺はその指のぬくもりを確かめながら、
小さく笑って呟いた。
「……負けても悪くないな」
◇◇◇
六月の風は、どこか湿り気を帯びていた。
午前中こそ晴れていたのに、昼を過ぎた頃には空がどんよりと曇り始め、放課後にはすっかり雨の匂いに変わっていた。
窓の外、グラウンドの白線が滲む。
ざぁ……という細かな雨音が、校舎の屋根を一定のリズムで叩いている。
「うわ、降ってきたね……」
真白が窓際で立ち止まり、傘立てを覗き込む。
「……あ」
彼女の表情が一瞬で曇る。
「もしかして、置き傘ない?」
「うん……朝、晴れてたから。油断してた」
傘立てには、もう数本しか残っていなかった。
みんな、ほとんど帰ってしまった後だ。
校舎の廊下には雨音だけが響いていて、俺と真白だけが取り残されたような空間になっていた。
「……俺のあるから、一緒に入ってく?」
「えっ……でも、それじゃ蒼真君が濡れちゃう」
「平気だって。どうせ家、方向同じだし」
「……そっか。じゃあ……お願い、してもいい?」
「もちろん」
俺は傘を広げ、真白の方に軽く傾けた。
外に出ると、細かな雨が街全体を霞ませている。
水たまりに跳ねるしずくが、街灯の光を反射してきらきらと揺れた。
歩き出してすぐ、真白が傘の端をちょんと掴んだ。
少し近づきながら、小さな声で言う。
「ねえ……近すぎない?」
「狭いから仕方ないだろ」
「う、うん……でも、こうして歩くの、なんだか照れるね」
その横顔は、傘の内側の淡い光に照らされて、ほのかに赤みを帯びている。
肩が触れそうな距離。
歩くたびに、彼女の髪からシャンプーの香りが微かに香ってきて、心臓の鼓動が落ち着かない。
「そういえばさ」
沈黙を誤魔化すように、俺は話題を振った。
「梅雨ってさ、嫌いだったんだよ。どこも濡れてるし、空も暗いし」
「ふふ、わかる。洗濯物も乾かないしね」
「でも――」
言葉を切って、真白の方を見た。
「こうして一緒に歩くなら、悪くないかも」
「……もう、そういうこと言うのずるい」
真白は顔を伏せながら、少しだけ笑った。
駅前の交差点に着く頃には、雨脚が少し強まっていた。
車のライトが濡れた路面に反射して、街全体が淡いオレンジ色に染まる。
「ここで分かれ道だね」
「そうだな」
「……なんか、もう少し一緒にいたいな」
真白がぽつりと呟いた。
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
「もう少し歩くか?」
「でも、蒼真君、風邪ひいちゃう」
「じゃあ、俺んち寄っていく? 駅まで濡れるよりマシだろ」
「っ……そ、そんな急に……!」
真白の頬が一気に赤く染まり、慌てて手を振った。
「だ、だいじょうぶ! 大丈夫だから!」
その反応があまりにも可愛くて、思わず笑いそうになる。
「じゃあ、せめて駅まで送るよ」
「……うん」
再び歩き出す。
傘の中で、真白が小さく息をついた。
「ねえ蒼真君」
「ん?」
「今日みたいな雨の日って、嫌いじゃないかも。
……だって、蒼真君が隣にいてくれるから」
その言葉が雨音に溶け、胸の奥でゆっくり広がった。
傘の骨に当たる雨粒の音が、心臓の鼓動と重なって響く。
駅の屋根の下に着く頃、雨は少し弱まっていた。
傘を閉じると、真白の肩に細かい水滴がついていて、髪先がしっとりと濡れていた。
「ありがとね、蒼真君」
「どういたしまして」
少しの沈黙の後、真白が恥ずかしそうに言った。
「……今度は、私が傘持ってる日に、また一緒に帰ろ?」
「ああ、約束な」
二人で小さく笑い合い、手を振る。
雨の街に、電車の音がゆっくりと響いていた。
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どんな晴れの日よりも鮮やかに、心の奥に焼き付いていく。
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