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侍女と狼
11 近衛たち
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踏みしめられ擦り切れた草地に、真昼間の太陽が照りつける。
細部まで趣向を凝らされた王宮の内庭とは対照的な、兵士たちの訓練場に、木刀の打ち合う音が響く。
ジークはというと、狼の姿になって、端の木陰に寝そべっていた。今日は暑いのによくやるなあと長い舌を出している。
「おい、いいご身分だな」
木の上から近衛副隊長のエドゥアルドの声が振ってくる。
ジークは半目のまま耳を振った。
そういうエドゥアルドだってサボっているのだ。
枝に膝をかけて、コウモリのように逆さ吊りになったエドゥアルドの顔が目の前に現れた。
小柄で褐色の肌、青い瞳。長い真っ直ぐな黒髪から、人間とは違う、尖った耳が覗いている。
彼もまた、遠くの国からやってきた異種族だ。傭兵をしていて、腕がいいからと召し抱えられた、らしい。
エドゥアルドは脚を外すと、身軽に地面に手をついて降りた。
訓練場の真ん中あたりから、隊長のオイゲンが歩いてくるのが見える。
面倒だなあと思いながら、ジークは欠伸をした。
ジークの隷属の首輪の権限を持っていたのは、エマだけではない。王家の人間の命令は聞くようにされていたし、他には、近衛の隊長と副隊長にも逆らえないようになっていた。
今はジークの首輪はなんの仕掛けもないものだが、面倒を避けるために隷属の首輪がかかったままのふりをするよう、エマにはお願いされている。
そう、命令じゃなくてお願いだ。大好きなエマの頼みだから、ジークは自主的にきいている。
これって全然違うよねと、ジークは満足していた。
「なあジーク、お前エマとやってんの?」
エドゥアルドが無造作に問う。近くまで来ていた堅物のオイゲンが、太い眉をぐいと顰める。
ふたりに挟まれて知らんぷりをしていると、エドゥアルドが首輪を掴んだ。
「無視してんなよ、犬っころ。調子乗ってると首輪ギューだぞ」
ジークは、やっぱこいつ嫌いだなと思う。でも、仕方ないから答えた。
「何にもしてない」
内緒にしてほしい、というのも、エマのお願いなのだ。本当は、エマは俺の番だよと教えたいけど。
「ま、そうだよな。侍女のねーちゃんたちが噂してっけど、女王陛下のお気に入りへのやっかみってやつ? お堅い女王陛下付きが犬っころとなんかヤるわけねえもんな。ってことで安心しろよオッサン」
「エドゥアルド、指導に入れ」
「へーい」
エドゥアルドは頭の後ろで両手を組んで、ぶらぶらと歩いていった。
ジークも身体を振って、テクテク歩き出す。オイゲンも口煩くて苦手だ。訓練に混ざるふりをして、また適当に抜けようと思っている。
「ジーク、待ちなさい」
逃げたいが、首輪がバレると嫌だから、一応立ち止まった。
「なに」
「エマのことだ。お座り」
額の前に分厚い掌をかざされて、ジークは仕方なく尻を下ろした。
「変な噂があるようだが、本当に悪さはしていないな?」
「うん」
「そうか」
オイゲンはまだ疑わしげだ。
「エマの父親は、私の部下だった。いい近衛だった。先王様を命を賭してお守りしたんだ」
「ふーん」
ジークは後足で耳をかく。オイゲンは苦いものを噛んだような顔をしたが、諦めずに続けた。
「私は、エマは生まれたときから知っているんだ。あの子は父親の遺志を継いで、年端もいかないうちから王家にお使えしている。立派だが、不憫でならないよ。お前も、エマには世話になっているだろう」
「うん」
「……だから、絶対に間違いがあってはならない」
要はエマに手を出すなという念押しのお説教だった。
でももう俺のだもん、とジークは内心せせら笑う。人間ってマヌケだ、あれから何度も交尾して、エマからは俺の匂いがプンプンしてるのに、わからないなんて。
「わかったか?」
「うん、俺エマが大好きだし、大事にするよ!」
元気よく返事をして、ジークは駆け出した。
「大声で惚気てんねえお前」
仲良しの兵士がジークの首をわしゃわしゃ撫でてきた。長い舌をヘロヘロさせて、狼のジークは笑う。
「あ、でも、俺エマを怒らせちゃってるんだ。どうしたら仲直りできるかな?」
「こいつめ色気づきやがって。そうだな、女なんて、宝石のひとつも贈ってやればご機嫌だぜ。安上がりにしたいなら花」
「わかった、ありがとう!」
ジークは一際高く飛び跳ねて、そのまま訓練場を脱走した。
花なら内庭にたくさん咲いているし、宝石も簡単だ、綺麗な石っころのことだ。このあいだギルフォードと集めた中から、一番いいのをあげればいい。
エマが喜んでくれると思うと、わくわくそわそわする。番って本当にいいなあと、ジークは幸せだった。
細部まで趣向を凝らされた王宮の内庭とは対照的な、兵士たちの訓練場に、木刀の打ち合う音が響く。
ジークはというと、狼の姿になって、端の木陰に寝そべっていた。今日は暑いのによくやるなあと長い舌を出している。
「おい、いいご身分だな」
木の上から近衛副隊長のエドゥアルドの声が振ってくる。
ジークは半目のまま耳を振った。
そういうエドゥアルドだってサボっているのだ。
枝に膝をかけて、コウモリのように逆さ吊りになったエドゥアルドの顔が目の前に現れた。
小柄で褐色の肌、青い瞳。長い真っ直ぐな黒髪から、人間とは違う、尖った耳が覗いている。
彼もまた、遠くの国からやってきた異種族だ。傭兵をしていて、腕がいいからと召し抱えられた、らしい。
エドゥアルドは脚を外すと、身軽に地面に手をついて降りた。
訓練場の真ん中あたりから、隊長のオイゲンが歩いてくるのが見える。
面倒だなあと思いながら、ジークは欠伸をした。
ジークの隷属の首輪の権限を持っていたのは、エマだけではない。王家の人間の命令は聞くようにされていたし、他には、近衛の隊長と副隊長にも逆らえないようになっていた。
今はジークの首輪はなんの仕掛けもないものだが、面倒を避けるために隷属の首輪がかかったままのふりをするよう、エマにはお願いされている。
そう、命令じゃなくてお願いだ。大好きなエマの頼みだから、ジークは自主的にきいている。
これって全然違うよねと、ジークは満足していた。
「なあジーク、お前エマとやってんの?」
エドゥアルドが無造作に問う。近くまで来ていた堅物のオイゲンが、太い眉をぐいと顰める。
ふたりに挟まれて知らんぷりをしていると、エドゥアルドが首輪を掴んだ。
「無視してんなよ、犬っころ。調子乗ってると首輪ギューだぞ」
ジークは、やっぱこいつ嫌いだなと思う。でも、仕方ないから答えた。
「何にもしてない」
内緒にしてほしい、というのも、エマのお願いなのだ。本当は、エマは俺の番だよと教えたいけど。
「ま、そうだよな。侍女のねーちゃんたちが噂してっけど、女王陛下のお気に入りへのやっかみってやつ? お堅い女王陛下付きが犬っころとなんかヤるわけねえもんな。ってことで安心しろよオッサン」
「エドゥアルド、指導に入れ」
「へーい」
エドゥアルドは頭の後ろで両手を組んで、ぶらぶらと歩いていった。
ジークも身体を振って、テクテク歩き出す。オイゲンも口煩くて苦手だ。訓練に混ざるふりをして、また適当に抜けようと思っている。
「ジーク、待ちなさい」
逃げたいが、首輪がバレると嫌だから、一応立ち止まった。
「なに」
「エマのことだ。お座り」
額の前に分厚い掌をかざされて、ジークは仕方なく尻を下ろした。
「変な噂があるようだが、本当に悪さはしていないな?」
「うん」
「そうか」
オイゲンはまだ疑わしげだ。
「エマの父親は、私の部下だった。いい近衛だった。先王様を命を賭してお守りしたんだ」
「ふーん」
ジークは後足で耳をかく。オイゲンは苦いものを噛んだような顔をしたが、諦めずに続けた。
「私は、エマは生まれたときから知っているんだ。あの子は父親の遺志を継いで、年端もいかないうちから王家にお使えしている。立派だが、不憫でならないよ。お前も、エマには世話になっているだろう」
「うん」
「……だから、絶対に間違いがあってはならない」
要はエマに手を出すなという念押しのお説教だった。
でももう俺のだもん、とジークは内心せせら笑う。人間ってマヌケだ、あれから何度も交尾して、エマからは俺の匂いがプンプンしてるのに、わからないなんて。
「わかったか?」
「うん、俺エマが大好きだし、大事にするよ!」
元気よく返事をして、ジークは駆け出した。
「大声で惚気てんねえお前」
仲良しの兵士がジークの首をわしゃわしゃ撫でてきた。長い舌をヘロヘロさせて、狼のジークは笑う。
「あ、でも、俺エマを怒らせちゃってるんだ。どうしたら仲直りできるかな?」
「こいつめ色気づきやがって。そうだな、女なんて、宝石のひとつも贈ってやればご機嫌だぜ。安上がりにしたいなら花」
「わかった、ありがとう!」
ジークは一際高く飛び跳ねて、そのまま訓練場を脱走した。
花なら内庭にたくさん咲いているし、宝石も簡単だ、綺麗な石っころのことだ。このあいだギルフォードと集めた中から、一番いいのをあげればいい。
エマが喜んでくれると思うと、わくわくそわそわする。番って本当にいいなあと、ジークは幸せだった。
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