異世界転移したら山羊の獣人のお嫁さんになって幸せになった女の子の話

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終わりの日(ヴァン)

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 すげえ、悩んだんだ。
 
 このまま、結婚しちまえば……水晶玉の未来のとおり、ミノリは俺のガキを産んで、死ぬまでこの世界にいてくれる。元の世界のことなんて、きれいさっぱり忘れて、もう悩みすらしねえだろう。

 ミノリが好きだ、労りのある、優しい女だ。俺がガキのころ貰えなかったもんを、ミノリはくれる。ミノリが産んでくれる俺のガキは、愛されて幸せに育つんだ。

 でも。
 ミノリをそういうふうに育てたのは、ミノリの親だ。
 俺は、自分が与えられなかったものを手に入れるかわりに、ミノリからそれを奪う。思い出して懐かしむことすら、できなくする。
 ……ひでえ話だよなあ。

 ミノリがあの夜、俺を選ぶって言ってくれた瞬間。俺は死ぬほど嬉しくて、でも、逆に心が決まっちまったんだよ。

「ヴァンさん、愛してます」

 真っ白なドレスを着たミノリは、幸せそうに微笑んで、手を伸ばしてくれる。それだって、嘘じゃねえんだ。
 突然知らねえ世界に飛ばされて、わけがわからねえままヤられて、それでも、俺を好きになって、元の世界を捨てる覚悟までしてくれた。

「愛してるよ、ミノリちゃん」

 いまこの気持ちだけで、俺は、充分なんだ。

 石の祭壇は硬くて冷たくて、横たえるのがかわいそうだった。

「……怖くねえよ。全部、俺に任しとけ」

 俺を信じ切った顔で、ミノリは頷く。ドレスを脱がすと、腹には満開になった薔薇が、俺を誘っていた。




 結婚式の祭壇で俺を受け入れて、幸せそうに笑った女は、光と薔薇の香りに包まれて消えていった。

 抜け殻みたいなドレスとアクセサリー。ベルのついた首輪が転がって、カランと鳴る。

 立ち会いを引き受けてくれた師匠が、足元で言った。

「……成功したよ」

 師匠が言うなら、間違いねえよ。
 薔薇はミノリを元の世界に戻して、きれいさっぱり散った。記憶も、身体も、この世界に来る前に巻き戻る。違うことといえば、あの付き纏い男が消えたことくらいだ。今度は俺を思い出して泣くなんてことには、ならねえ。

 努力家で賢いミノリは、ダイガクでしっかり勉強して、今度こそ、同族のまともな男と付き合って、父ちゃんと母ちゃんにも喜ばれて結婚して、ガキを産んで。
 なにひとつ陰りなく、幸せになる。

 それで、いい。

 ミノリちゃん。
 ミノリちゃん。
 ミノリちゃん。

 幸せになってくれよ。一生、なんにもひっかかりなく、ピカピカのお日様みたいに、笑っててくれよ。

 なあ、これで。なんだってしてやるって気持ち、嘘にはならなかっただろ。

 番を、一生を誓おうとした女を失うこの苦しみは、半身をもがれたに等しいけれど。
 俺は強いから、耐えられる。耐えてやるよ。

 ひとっかけらも混じりっけなく、愛してるからさ。

 俺はただ、生まれるはずだったガキにだけ。
 ごめんなって、謝った。




 そのあとも、なにも変わらないようなふりをして過ごした。

 ミノリのことを聞かれたら……わりと気に入ってたんだけどな、異界人だったからやっぱ帰っちまったよ。ま、珍しい女抱けてよかったぜ。
 そう言って、笑い飛ばした。

「忘れさせてやろうか」

 師匠は言った。

「あの子が忘れたんなら、お前も忘れりゃいい。きれいさっぱり、なんにも持ってないから、なんにも失わない、自由なお前に戻してやるよ」
「いらねえよ」

 同情なんか、慰めなんか、いらねえ。
 俺の傷は俺だけのもんだ。どんだけきつくたって、ミノリがいた証だ。

 だだっぴろい新しい家で、ミノリがくれたカップを手に包んでいる。カーテンの色やら、花飾る瓶やら、嬉しそうに選んでた。ミノリに任すと皿ばっかり増えた。けど、ちまちま料理にあわせて選んで、盛り付け変えると、なんかもっと美味いような気がしたんだよな。
 ミノリの作ってくれる飯、美味かった。

 広すぎて使わねえ部屋に埃が積もるばっかりなのに、引き払う気に、なれなくて。うかれててさ。ガキ、七、八匹は産んでもらうつもりでいたからさ。

 でも。いいんだ、これで。

 ほんの三月、一緒にいただけの女と別れてこんなにキツいんだ。生まれ育った世界と、大切にしてくれた人たちとの記憶、全部捨てさせるなんて、あんまりひでえじゃねえか。

 難易度の高い討伐を受けて、ロイを庇って大怪我。
 あ、ダメだと悟る。

 最後に、ミノリの笑顔を思い出す。ああ、怖くねえよ、大丈夫だよ。
 傭兵なんてやってりゃ、遅かれ早かれ、いつかこうなるってわかってたからさ。

 ドブネズミみてえな暮らしから、師匠に拾ってもらって、力で成り上がって……思い浮かべるだけで、死にそうなくらい恋しくて、泣きてえくらい幸せな気持ちになれる女と出会って、抱けたんだ。
 上出来じゃねえか。

 意識が暗闇に引きずり込まれていく。最後の瞬間、薔薇の香りがして、世界が、砕け散っていった。




消えちまった、と呆然とするロイ。




ミノリによく似た少女、半ば散り落ちた薔薇を持って泣いている

「酷い」

「あなたたちを結ぶための薔薇(わたし)だったのに」

「とっても疲れたし、お腹が空いたの」

「……あなた美味しそう。角も毛皮も尻尾も」

「悪かったな。美味いか知らねえけど、どーせ消えるんだろうから食っていいよ。……ミノリちゃんにはいっぱい食わせてもらったし」

「お礼に願い事、ひとつ、叶えてあげる」

 優しいんだか、なんなんだか。
 魔力を食い尽くされた残骸になった俺に、薔薇は微笑みかける。
 願い事なんて、ひとつっきりだよ。

 ……ミノリに、もう一度、会いてえなあ。
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