ロレンツ夫妻の夜の秘密

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17.「よし」

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 首筋を唇がなぞっていく。骨ばった指が胸をまさぐる。
 彼の手のひらの下で、心臓の鼓動が早くなっていく。
 ふつふつと沸き起こる欲望のままに、ディアナは彼の背から腰、下腹までも手を伸ばす。

「……待ってください」
「どうして?」
「まずは、貴女を。だめですってば」

 ステファンの余裕のない様子は珍しい。ディアナは、自分と同じくらい、彼にも求めてもらいたかった。彼の抑制のタガを、早く外してしまいたい。

「構いませんわ。私、こんなふうなんですもの」

 ディアナは彼の下から逃れ、寝台の背にもたれるように半身を起こした。自分で下着を脱いで、脚を開いてみせた。トロトロと蜜を零すクレバスを晒し、翠の輝石のピアスがついた部分をめくる。

「貴方、妻の務めを休んでしまってごめんなさい。今夜はお好きなようになさってくださいませ」
「貴女は、もう……知りませんからね」

 彼は思い切り顔をしかめ、寝間着を脱ぎ捨てた。露わになったものは、充分に昂ぶって上を向いている。ディアナは、それに貫かれる瞬間を思って、うっとりしてしまう。
 彼は物欲しげな妻を見下ろして言った。

「脚、もっと開いて。自分で持ってください」
「はい」

 ディアナは、嬉々として彼を受け入れる姿勢をとった。冷ややかな視線と、命令口調にゾクゾクする。彼が覆いかぶさってくる。熱いものに手を添えて、蜜口にあてがう。軽く擦り合わされると、くちゅくちゅと微かに潤んだ音がした。

「あっ……」

 焦らされなかった。

「力、抜いて」
「あっ、は……ごめんなさ……んっ……」
 切っ先を強引にねじ込んでくる。
「苦しいですか」
「……いいの、気になさらないで……強くして……」
「仕方のない人。僕は、貴女が大切なんですよ。好きで、好きで、どうしようもないのに……」

 彼はディアナの願い通り、柔肉を止めることなく押し広げる。入り口を越えてしまえば、ディアナの身体も勘を取り戻して、愛しい男を内へ内へと誘いはじめる。

「貴方、気持ちいいですか……?」
「……ええ、すごく」

 ディアナは、痩せ型で色白の彼の身体に触れる。首も、鎖骨も、硬質で綺麗な線だ。それに、胸部にある色の違う部分。全体の膨らみはもちろんないが、指先で撫でると中央が粒立っているのがわかる。
 ディアナはくるくると輪を書いてみる。男性もここに触れられると気持ちがいいのだろうかなどと、考えた。
 彼は一つ大きく息をついた。

「随分余裕な悪戯ですね。そんなことを教えた覚えはありませんよ」
「お嫌ですか?」

 ディアナは訊いてみる。ふと、彼はいつも、交わりにどれだけ心を砕いてくれているのだろうと思い至った。いくら近くても同じにはなれなくて、彼が本当は何を考え、どう感じているのか、知ることはできない。
 少し怒っているようだった彼の表情が、緩んだ。
「貴女に触れられて、嫌なはずがないでしょう」

 妻の膝裏を持ち直し、体重をのせて腿をさらに大きく割る。

「あぁ……」
「すみませんけど……もう、好きにさせてもらいます」

 彼は腰を使い始めた。

「あああ……!」
「ディアナ……!」

 再びほぐされて、覚えこまされる。
 男の欲を剥き出しにぶつけられる。

「好きっ、好き……! あなたっ、嬉しい……!」
「っ、は、貴女がいけないんですよ、貴女が、かわいすぎるから!」

 胸を鷲掴みにされた。充血した胸先を、ぎゅうと絞る。

「ひっ……!」
「ああ、いい、貴女こうされるの、お気に入りですね……中、きゅうきゅう締めてきますものねぇ……!」

 地に杭を打つように、荒っぽく突かれた。彼のものだって、いつもより大きいようだ。

「ふっ、あ……! はい、気持ちいいですぅ……!」

 ディアナは脚を彼の腰に絡める。

「また自分から、そんなふうに……」
「だって、これ、すきなのぉ……!」
「そうですね、貴女は、性交が大好きな……淫らなメス犬!」

 勢いの乗った一突きに、パン!と肌が打ち合う音が響いた。

「ん、きゅぅうぅ!」
「あぁ……罵られるのも、お気に召したようですね?」
「うぅ、だって、だめなの、すごい、おかしくなるの……!」
「じゃあ、もっとおかしくなりましょうか。主人へのおねだりの仕方を教えてあげます」

 彼は奥深く入ったところで動きを止め、ディアナの耳元で囁く。

「あ……そんな……」

 羞恥で震えた。

「ちゃんと言えたら、ご褒美をあげましょう。言えないなら、これでおしまい」

 貫かれたままの部分が、切なく疼く。腰が揺れてしまうのを、彼は強く押さえ込んで止めてきた。ここでやめられるはずがない。彼だってきっとそうなのに、ひどい駆け引きだった。

「あなた……」
「どうしますか。好きな方を選んでいいですよ」

 指が唇を撫でる。
 教えられた通りに言えたら、もっと悦んでもらえる。
 舌を出して、彼の指を舐めた。

「……私、ディアナは……発情期のメス犬です」
 彼に、何度もそう呼ばれた。でも、自身で口にしたのは初めてだった。
「お預け、寂しかったです……! 私のふしだらな身体を、貴方のもので、躾けてください……」
「貴女は、素直ないい子」

 彼は微笑んで、頭を撫でてくれた。腰が引かれる。離れられるのがさみしくて、ディアナは足を絡めた。

「心配しなくても、大丈夫」

 彼は枕を一つ、ディアナの身体の下に押し込んだ。角度を変えて、再び侵入してくる。

「ふ、あぁあ……!」

 深い。荒いわけではない。抽送は先ほどより緩やかで、ノックは優しいくらいだ。なのに、これが一番いいと確信させられる、位置と強さと速さ。
 彼はさっきまで、本気ではなかったのだと、気づく。ディアナに認めさせ、言わせるために焦らしていた。一体、何枚上手なのだろう。怖いくらいだった。
 もがく手が、彼に捕まる。指の一本一本が絡まる。

「もうだめ、だめ、あなたっ、だめ……!」

 目尻に滲んだ涙を、彼が舐めとる。それは全て、主人である彼のものだ。

「イっていいですよ」

 揺さぶられ、甘い声で許された。ご褒美だ。でも、一人では嫌だ。

「いっしょが、いいの……!」
「……ええ、僕も我慢しませんから……」

 ディアナは彼の手を強く握る。下腹に力を入れる。拙くても、伝わってほしい。感じて、気持ちよくなってほしい。
 そして、苦しげに眉を寄せた彼が、全身を震わせる。体内に愛しい夫の精を受けている実感が、ディアナを解放する最後の一押しだった。

 性急な行為の詫びとばかりに、ステファンは丁寧に後戯を施してくれる。
 彼に注がれたものと、彼女自身の蜜で満ちている部分の下に、タオルを敷いて、くちゅくちゅと中を探る。後で流れ出て不快でないように、掻き出してくれているのはわかるのだが、それだけでもない。
 ディアナの好きなところを、的確に擦ってくる。

「あなたぁ……」

 口を吸ってもらいながら、再び押し上げられていった。

 こてんと横になったディアナの身体を、彼は拭く。ディアナは彼の腰の辺りに手を伸ばす。一度交わったあとも、触れ合ううちに、また主張してきていた。
 しかし、彼は、妻の悪戯な手を捕まえて、宣言した。

「今日はおしまいです」
「……もっと」
「身体が冷えますよ。おやすみなさい」

 夜着をかけられて、しぶしぶ袖を通した。彼もさっさと寝間着を身につけてしまった。

「……だっこ」
「甘えんぼうさん……ん、いけませんよ」
「だってぇ……」

 ステファンは、まだ意味ありげな動きをする妻の手を掛布から引っ張り出す。
 枕元のクマを取り、持たせた。

「……あんなふうに、なさったくせに……今度は子供扱いですの」
「ええ、そうですよ、お嬢様。聞き分けよくなさってください」
「……はい、先生」

 ディアナは、気の毒な白いクマの手触りを楽しむ。こんなふうに閨の緩衝材にされて、困っているだろう。朝になったらディアナの部屋に居場所を作るから、許してほしい。

 寝付けないステファンは、身体を起こす。
 カーテンを開ける。月の美しい宵だった。
 窓辺に一つの影になって、ステファンは妻の人形のように整った白い面を見つめている。
 ぬいぐるみを抱いて、口元を綻ばせて眠っている。先ほどまでの淫蕩を拭い去って、清らかで愛らしい。
 なのに、彼は物憂い気分を引きずっている。

 ステファンは、自分の価値は医療の技術のみにあると思っていた。他人に侮られようが軽んじられようが、そういうものだと悲しみも怒りもあまり感じなかった。
 情動が薄い性質なのだろうと思っていた。変人と評されても、構わなかった。冷静は医師としては長所だ。

 だが、彼女と結婚してから、変わりつつある。
 彼女は、彼が理不尽に扱われれば、彼以上に怒る。彼が認められれば、我が事のように喜ぶ。語り合い、同じものを食べ、閨まで共にして、心と身体を、寄り添わせてくれる。
 彼が知らず封じてきた感情を、彼女は目覚めさせていく。

 一方で、ステファンは、自身の中の負の感情まで強くなっていくのを感じている。
 兆しは、出会った時からあった。
 劣等感。独占欲。執着。嫉妬。

 彼女が外出を願えば、何も遠慮することはないと、理解ある顔をして送り出してきた。
 颯爽と銀馬を駆る乗馬姿。
 艶めく夜会服。雪花石膏の白肌に、そのときだけつける香水の蠱惑的な香り。
 見惚れてしまう。彼女は生粋の上流階級の女性だと思い知る。
 彼女が自分などのもとに降りてきてくれたのは、信じがたい幸運なのだ。
 その翼を毟ってはいけない。その輝きを曇らせてはいけない。
 でも、本心では嫌だったのだと、彼女が伏せって知ることになった。

 風邪と一口に言っても、要は原因のはっきりしない感染だ。拗らせないかと気がかりで、階の違う寝室では眠れず、実は居間の長椅子で夜明かししていた。
 熱の高かった数夜は、何度も様子を見に行った。
 頬の赤みと対照的に、他の部分の皮膚は青白い。前髪が汗ばんで張り付いていた。ぼんやりと目覚めているようなら、水分を摂らせ、額や首筋を拭って寝かしつけた。あまり体調を崩したことのない彼女は弱々しく、それでも「貴方がいてくださるから安心です」と言った。

 心配したのは嘘ではないのだ。回復の兆しが見えれば勿論、安堵した。
 だが、心のどこかで、残念がっていた。
 病んでいる間は、どこへも行かないのに。……自分だけのものなのに。
 気づいて、ぞっとした。
 無邪気に甘え、煽ってくる、彼女はわかっていないのだ。彼は飢えている。与えられても、与えられても、未だ足りない。
 凶暴な衝動は日増しに強くなる。首輪、いや、手にも足にも枷をかけたい。自由を奪って、泣こうが喚こうが構わずに犯しつくして、身も心も余さず服従させてしまえば、不安は消えるのだろうか。

 ステファンは、魔除けに贈ったクマのぬいぐるみを見る。一点光を映す、黒いボタンの目。

「愛していますよ、ディアナ」

 口をついた言葉は、まるで呪詛だった。

 ステファンは己の欲望にくびきをかけながら、ゆっくりと確実に、進めていく。大切な彼女を壊してしまいたくないから、時間をかけている。
 ふしだらでかわいい、お嬢様。欲しがっているのは貴女だと、言い聞かせながら。
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