悪魔騎士の愛しい妻

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2.貴公子エリック

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 わたしは彼にエスコートされて、ホールに戻った。
 人々は彼を認めると、とたんに恐縮して姿勢を改めた。
 兄がへつらったあの男ですら、そうだった。
 彼は、エリック・アビゴール。さる国の公爵の位を持つ、貴公子だった。
 わたしは夢見心地で彼と踊った。彼は、パーティーの参加者の中でも上流の人々に、わたしを「大切な人」として紹介してくれた。
 彼はその夜、わたしをあの男の手から守ってくれた。

 翌日、エリックは煌びやかな装飾の四頭立て馬車でわたしの家を訪ねてきた。
 兄は恥ずかしいほどペコペコして迎えた。
 一方のエリックは、けして偉ぶるわけではなく、にこやかに話をした。
 彼は、わたしの家の事業に、無利子で融資をしたいと言った。
 特に担保もとらないし、期限も設けない。
 また、必要なら事業に役立つ人々に口利きもしましょう、と。
 兄が目を白黒させながら、なにを見返りにと尋ねると、彼は柔らかに微笑んだ。

「ヴァイオレット様を、自由にして差し上げたいだけですよ」

 兄は狂喜した。エリックを客として引き留める裏で、わたしに言った。

「よくやった、ヴァイオレット! あの豚なんか比べものにならないぞ! いいか、よくおもてなしして、ものにしろ」

 薄汚れた思惑に嫌な気持ちになった。しかし、それはさておき、わたしも既に彼に魅了されていた。
 この国を見て回りたいという彼の要望に応えて、わたしは案内の名目で一緒に出かけることになった。
 蓋を開けてみれば、全て彼の方で手配されていた。彼は、わたしに自分の名を呼び捨てさせ、まるで従僕のようにかしづいた。わたしが遠慮しても、そうしたいのだと言った。
 わたしは彼の所有する馬車に乗り、仕立て屋で、上等な服や靴、アクセサリーを好きなだけ注文させてもらった。
 歌劇やコンサートを貴賓席で楽しみ、上流階級の邸宅に招かれて食事をした。
 彼の趣味は観劇と、絵画の収集なのだという。

「美しい女性の肖像画が好きなんです」

 美貌と富、権力に加えて、繊細な審美眼まで備えていた。
 美術展では若い芸術家と熱心に話し込み、才能あるものの後援者となった。
 長く旅してきた彼は、話題も豊富だった。その口から語られる異国の物語は、聴き飽きることがなかった。

「わたしも行ってみたいわ」

 そう言うと、彼はどこか寂しげに微笑んだ。
 人々の前では堂々と落ち着き払っている彼だが、わたしと二人きりになると、まるで少年のように構えない表情を見せてくれた。
 わたしは彼の全てが好ましかった。
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