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3.夕暮れの告白
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けれど、わたしは不安になってきていた。
彼は、ひたすら紳士的だった。はじめに兄が引き合わせた男と違い、一切、卑しい欲望を覗かせなかった。
彼がしてくれることは、わたしへの恋愛感情によるものではなく、単に、ありあまるほど富めるものの気まぐれなのではないだろうか。
そうだとしたら、舞い上がっているわたしは馬鹿みたいだ。
ふと明日にでも、彼は綺麗な微笑みだけ残して、次の国へ旅立ってしまうかもしれない。
焦れて水を向けたのは、結局わたしだった。
夕暮れの庭園で、二人、散歩をしていた。
薄紫に染まりはじめた空の端に、銀の満月が浮かんでいた。
「エリック」
「なんでしょうか」
「わたし、貴方に助けられたお礼をしたいの。望みを言って」
「ヴァイオレット様」
彼はしばらく、透き通った琥珀の瞳でわたしを見つめていた。その中に吸い込まれて、閉じ込められてしまいそうな気分になった。
彼はひざまづいて、わたしの手を取った。
「それでは……どうか、私に、貴女の生涯の騎士になる栄誉をお与えください」
「……ええ」
「有難き幸せ……私のレディ・ヴァイオレット」
彼の唇が触れた指先から、甘い痺れが身体中に広がって、わたしは本当に彼に囚われてしまったのだった。
その先の旅に、わたしを連れていきたいという彼の願いを、兄が断るはずもなかった。
どの国でも、彼は最上級の賓客として歓迎された。そして、彼にエスコートされるわたしは、まるで世界一高貴な女性のように扱われた。
そんな華やかな日々の中で、悩みといえばただ一つ。
彼が、未だに、わたしを女として求めないことだった。
「……なにがいけないのかしら」
彼が前から使っていた、黒髪の召使いの娘に身支度をさせているときに、訊いた。
「わたしには魅力がない?」
「とんでもございません。お嬢様は大変魅力的でございます」
「だったら、どうして?」
どうして、彼は寝室を共にしようとしないのだろう。かなりきわどく誘いかけても、その目は時に熱情を帯びてわたしを見つめても、肝心なところでするりと引いてしまう。その度に、わたしの気持ちは苦しいほど募っていくばかりだった。
まだ、婚姻を結んでいないから?
ならば、いつ申し込んでくれるのだろう?
さすがに自分から結婚してほしいとは言い出せなくて、わたしは悶々としていた。
「……どうか、待って差し上げてくださいませ。ご主人様は、お嬢様が愛しいゆえに悩んでおられます」
わたしを品良く飾りたてながら、召使いは顔を曇らせた。
彼は、ひたすら紳士的だった。はじめに兄が引き合わせた男と違い、一切、卑しい欲望を覗かせなかった。
彼がしてくれることは、わたしへの恋愛感情によるものではなく、単に、ありあまるほど富めるものの気まぐれなのではないだろうか。
そうだとしたら、舞い上がっているわたしは馬鹿みたいだ。
ふと明日にでも、彼は綺麗な微笑みだけ残して、次の国へ旅立ってしまうかもしれない。
焦れて水を向けたのは、結局わたしだった。
夕暮れの庭園で、二人、散歩をしていた。
薄紫に染まりはじめた空の端に、銀の満月が浮かんでいた。
「エリック」
「なんでしょうか」
「わたし、貴方に助けられたお礼をしたいの。望みを言って」
「ヴァイオレット様」
彼はしばらく、透き通った琥珀の瞳でわたしを見つめていた。その中に吸い込まれて、閉じ込められてしまいそうな気分になった。
彼はひざまづいて、わたしの手を取った。
「それでは……どうか、私に、貴女の生涯の騎士になる栄誉をお与えください」
「……ええ」
「有難き幸せ……私のレディ・ヴァイオレット」
彼の唇が触れた指先から、甘い痺れが身体中に広がって、わたしは本当に彼に囚われてしまったのだった。
その先の旅に、わたしを連れていきたいという彼の願いを、兄が断るはずもなかった。
どの国でも、彼は最上級の賓客として歓迎された。そして、彼にエスコートされるわたしは、まるで世界一高貴な女性のように扱われた。
そんな華やかな日々の中で、悩みといえばただ一つ。
彼が、未だに、わたしを女として求めないことだった。
「……なにがいけないのかしら」
彼が前から使っていた、黒髪の召使いの娘に身支度をさせているときに、訊いた。
「わたしには魅力がない?」
「とんでもございません。お嬢様は大変魅力的でございます」
「だったら、どうして?」
どうして、彼は寝室を共にしようとしないのだろう。かなりきわどく誘いかけても、その目は時に熱情を帯びてわたしを見つめても、肝心なところでするりと引いてしまう。その度に、わたしの気持ちは苦しいほど募っていくばかりだった。
まだ、婚姻を結んでいないから?
ならば、いつ申し込んでくれるのだろう?
さすがに自分から結婚してほしいとは言い出せなくて、わたしは悶々としていた。
「……どうか、待って差し上げてくださいませ。ご主人様は、お嬢様が愛しいゆえに悩んでおられます」
わたしを品良く飾りたてながら、召使いは顔を曇らせた。
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