黒山羊と花の乙女

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17.体育の時間

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 強い日差しが、傭兵ギルドの訓練場の地面を焼いている。
 その一角で、蛇族の小隊長スヴェラードは、黒山羊族のユールに稽古をつけていた。

 彼は最近、改まって「防御魔法ガード教えてください」と、頭を下げてきた。

 聞けばスヴェラードに化けた影狼との戦闘で、ユールはスヴェラードに勝ったことがないと、呪詛を吐きかけられたそうだ。

「俺、スヴェンさんに無傷で勝てるくらい強くなりたいんで」
「へえ、言ったねえ」

 いい度胸だと嬉しくなったスヴェラードは、ここのところ連日、前にもまして容赦なく彼を叩きのめしている。





 ユールは撃ち合いはそれなりに凌げるが、スヴェラードが五本目の手足である尾を使い始めると、つい気を取られる。
 尾を避けようと飛んだところに蹴りを入れると、まともに受けて吹っ飛んでいった。

「大口叩いた割に進歩がねえな。今日何回死んだお前」

 挑発すると、ユールは砂塵の中で起き上がった。

「もっぺんお願いします!」

 威勢はいいが、息が上がっている。

「ガード覚えてえなら、まず全部そっちに回せ。攻撃に魔力乗せんな」
「やってるつもりなんすけど」
「できてねえよ」

 スヴェラードは言下に切り捨てる。
 攻撃を入れた箇所に、全く魔力の抵抗がなかった。

「休憩。バテてるときにやっても無駄。いっぺん整えろ」
「はい!」

 ユールが吹き出す汗をシャツの裾で拭うのを横目に、汗をかかない種族のスヴェラードは日陰に引き揚げた。

 ガードは、魔力を集中させて盾にする。
 魔力を持つ戦闘員なら基本的に使える、術というより操作なのだが、ユールはろくにできていなかった。
 そもそもどういうイメージで魔力を使っているのか聞いたところ、「思いっきり蹴ると速くなる」と、単純な答えが返ってきた。

「……ガードんときは?」
「受けるときに我慢すりゃガードかなって思ってんすけど、なんか効き悪くて」
「それ、魔力ねえ俺と一緒だよ。単にがんばってるだけじゃねえか」

 物理耐久の高い爬虫系で、鱗に魔術耐性の付与もある自分ならともかく、哺乳族の脆い身体でよくここまでやってこられたと、スヴェラードは呆れていた。





「スヴェン、ユールはどうだ」

 団長が様子を見にきていた。

「やる気はあんだけどねえ」
「ふむ。身体強化型の魔力は、ガードも自然に発動することが多いらしいんだがな」
「あいつの場合ねえね。攻撃に全振り。殺られる前に殺る戦法が染みついちまってる」

 スヴェラードに言わせれば、ユールはいくら強くても危なっかしかった。格下相手なら速攻で完封するが、それなりの敵を相手にすれば言葉通り肉を切らせて骨を断ち、洒落にならない大怪我を繰り返していた。
 全力で戦って、負けたらそれでお終い、と割り切ってしまっているふしがあった。

 もう少し後先考えろと忠告はしていたが、生き死にをかけた戦いへの心構えなど、本人の腑に落ちなければ何を言おうが無駄だ。

――わからねえで早死にすんなら、仕方ねえ。

 そう思っていたが、惚れた女に命を張られたことで、ユールはようやく何か気づきはじめたらしい。
 死に急ぎが変わろうとしているなら、上等だった。






 しかし、どうしてやったものかとスヴェラードは団長とともに首を捻る。

「瞑想でもやらせてみるか?」
「試した。何度やらせても三分で寝やがる。向いてねえよ」
「そうか……」
「あいつやっぱ、なんか変なんだよな。魔力、全然ガードに回んねえくせに、ここぞって動きや攻撃にはよく反応してる。操作上手いんだか下手なんだかわかんねえ」

 そこにもう一人、紫のローブを着た小人(ホビット)族がやってきた。紫の癖毛に、分厚い眼鏡をかけて、顔の半分が隠れるほどの高さの書類の山を抱えている。
 小隊長の一人で、フィミーといった。

「団長、サインください。予算の組み直しと傷病手当と、出動報告と、あと……」
「おお、わざわざすまんな」

 団長はやんわり遮って書類を受け取った。

「フィミー、久しぶりに魔術指導の方も頼めるか」
「僕が指導やれないの、こーいうの全部やらすからでしょ……」
「お前が一番早くてミスがないよ」
「褒めてもなんにも出ませんー」

 口を尖らせつつもふっくらした頬を染めて嬉しそうにする。
 フィミーは魔力は多いが体力はなく、前線に出るのは厳しいために、専らギルドの事務と呪符の作成が仕事だった。

「ユールがなあ、ガード苦手で」

 訓練場を見れば、問題の黒山羊は復活していて、ちょっかいをかけてきた他の傭兵と挨拶がわりの取っ組み合いをしている。

「ユールくんってどんなでしたっけ」
「鑑定では風の魔力が強く出てるんだよ。ただ、フロックみたいな付与はできないし、術も無理だ。今のところ、身体強化のみ発動してる」
「ふーん」

 フィミーは眼鏡を外した。普段、「見えすぎてしんどいから」とかけているものだ。
 フィミーの淡い藤色の瞳に、濃紫の瞳孔が縦に切れた、爬虫系のような目は、魔力の流れと特性を見通す。
 しばらくユールを観察して、フィミーは断言した。

「あれは普通のガードは無理」
「なんで」
「っていうか、あれ身体強化じゃないです……うん、ちょっと面白いかも! 行ってきます!」






 飛び込んできたフィミーを見て、ユールは子供を相手にするように言った。

「フィミーさん、訓練場入ると危ないっすよ」
「一応これでも小隊長!」

 フィミーが手を一閃すると、干からびていた地面に水の魔力が付与され、泥団子が大量に浮かび上がった。

「ユールくん、いくよ! シャツ泥まみれが嫌だったら、『打ち返せ』!」
「ちょっと、うわ!」

 ユールが反射的に腕をかざすと、泥団子が炸裂した。

「違う、ちゃんと魔力回せ! 受けるんじゃなく『打ち返す』の! イメージは鳥打ちバードショット!」

 鳥打ちは、魔力が付与された翼付きのボールをラケットで打ち合う遊びだ。
 泥団子では打った瞬間崩れそうだったが、やらなくても同じならやってみることにした。

 ユールがラケットがわりの手の甲で打った泥団子は、インパクトの瞬間、跳ね返って加速した。
 そのまま、笑いながら見物していたラパンの顔面に入った。

「てめ、ユール!」

 口に入った泥を吹いてラパンが怒っているが、ユールはそれどころではなかった。手の甲に受けた新たな感覚に衝撃を受けていた。

「フィミーさん、なんだこれ、『弾けた』!」
「はい次!」

 次は、蹴り返せた。
 それも、空を切り裂くように加速して、飛んでいたフロックに直撃した。今度の泥団子は炸裂音と共に、花火になって散った。

「おいコラわざとやってんのか!」

 翼から火の粉を撒き、羽毛を逆立てて着地した様は不死鳥のようだ。
 訓練場の傭兵たちが囃す。

「すげえ華々しく降りてきたな!」
「かっけー!」

 激務と運動不足でストレスが溜まっていたフィミーは、楽しくなりはじめたらしい。

「あっはっは! せっかくだから色々魔法仕込んであげるよ!」

 泥団子がさらに空に浮いた。

 ユールは、新しい感覚が開かれていくのに夢中になっていた。
 魔力の流れが見える。
 飛んで、避けて、そして芯を捉えて『打ち返す』。

 ガードがどうにも習得できずに煮詰まっていたところにこの感覚は、純粋に楽しかった。

「ユールくん、手足の次は、胸! 腹! 頭! 背中! 全方向全部位使え! 守るんじゃない、『跳ね返せ』!」

 ユールは、フィミーの連続攻撃を、全身に魔力を巡らせながら反射していた。

 流れ弾が訓練場全体を跳ね回り、高みの見物で笑っていられるものがいなくなった。

「ディードさん、止めてくださいよ!」

 傭兵の一人が残る一人の小隊長、人族のディードに訴えると、彼は豪快に笑った。

「あちいからちょうどいいな、全員泥遊びだ! フィミー隊長にまとめて稽古つけてもらえ!」




 スヴェラードは、見ていた。
 理解しはじめていた。
 ユールの魔力は、動作に付随している。
 肉体を強化して威力を上げているのではない。

 『加速する』
 『弾く』
 『跳ね返す』
 『軌道を変える』

 物が動くエネルギーそのものに干渉する力だ。
 集めて固定する、静的なガードのイメージでは扱えないのも道理だった。
 スヴェラードは己のなかにむくりと鎌首をもたげるものに気づく。
 久しぶりの感覚に、我知らず笑った。





 殺気。
 ユールはぞっとする。
 遊び気分が瞬時に抜けた。
 飛んでくるものの圧は、フィミーの魔力弾の比ではない。
 受け切れない。
 判断した刹那、ユールの身体は自動的に踏み込んでいた。
 
 クロスした腕で上段から叩きつけられた蛇の尾を『弾く』。
 シュッと短く聞こえたのは、蛇の警戒音だ。
 続く攻撃は、速く重い。いくら弾き返そうと、反動で地を削りながら下がってしまう。これまでどれほど加減されていたのか思い知らされた。

 本気のスヴェラードの強さは異次元だった。

 それでも、ユールは引かなかった。
 強くなると約束したのだ。どんな相手だろうと、負けない力が欲しかった。

 スヴェラードの手刀を、ユールはすれ違うようにずらす。
 身体を捻りつつ沈め、低い位置で片脚を腿が腹につくほど引きつけた。 
 長身の蛇族の懐が空いた一瞬を、逃さなかった。

 回し蹴りは、旋風の如く『加速した』。

 凄まじい衝撃音とともに、スヴェラードが叩きつけられた訓練場の塀が崩れた。
 その場にいたものみなが、時が止まったようにしんと動かなかった。
 フィミーの泥団子が、ぼたぼたと落ちる。

 真っ先に我に返ったのはユールだった。

「大丈夫っすか!?」

 夢中になるあまり、手加減なく魔力をのせた蹴りを入れていた。並の生物なら背骨まで砕ける。
 しかし、異常な耐久を誇る蛇族は、塀の残骸の中から、ゆらりと起きた。

「誰の心配してやがる、てめえ」

 スヴェラードの琥珀の目は、まだギラギラと光っていた。しかし、「すんません!」と角の頭を下げる部下の姿に、殺気を収めた。

「いいカウンターだったねえ。お前の『勝ち』」

 誰が誰かもわからないほど泥まみれの傭兵たちから、夏空を揺るがす大歓声が沸き起こった。

「すげえ!」
「ユール隊長だ!」

 次々に泥人形に飛びつかれてひっくり返り、空を仰いでユールは目を白黒させる。

「なんだそれ」
「ここの入団試験、スヴェンさんに勝ったら小隊長なんだぜ!」
「いや、ねえよ無理だよ!」

 スヴェラードは歩み寄ってきてしれっと言った。

「別に譲ってやんよ?」
「勘弁してくださいよ!」
「勝ちてえってそう言う意味じゃねえの?」
「知らなかったんすよ俺!」
「ってか立てよ、しまらねえ」

 立ち上がろうとしたユールは、叶わず腰を落とした。

「……魔力切れっす。調子乗りすぎました」
「だめだねえ……」

 飄々と立っているスヴェラードと、生まれたての子山羊よろしくプルプルしているユールでは、勝負にならなかった。

「やっぱ当分下っ端ユールだ」
「おい、邪魔だから端に寄せとこうぜ」
「お前ら、上げたり下げたりひでえよね」

 引きずられて隅に運ばれ、ユールはしばらく休憩した。
 身体はあちこち泥でカピカピだし、魔力はほぼ尽きていて、痛いほど空腹だ。
 散々な状態なのに、日陰でぬるい風が気持ちがよくて、眠気のままにうとうとした。






 甘い香りに、はっと目を開けた。
 リファリールが、心配そうに覗き込んでいた。
 お馴染みの救護室のベッドの上だった。

「じゃ、よろしくね」

 フロックが翼を上げて、出ていくところだった。なぜか医者も一緒に手をひらひらさせて去っていった。

 リファリールは薄い眉をひそめている。少し怒っているようだった。

「訓練でここまでするなんて」
「ごめん、でもこれは大丈夫だから、治療とかはいい……!」

 彼女は花を摘み取って、ユールの口に押し込んできた。

「食べて元気になってくれたら、言い訳、聞いてあげます」

 花は甘くて、うっすら苦い。からっぽの身体に、リファリールの魔力が優しく巡っていく。

「俺さあ、今日、がんばったんだよ」
「……そうみたい。みんなも、すごかったって言ってました」

 リファリールはふと微笑んで、ユールの頭を撫でてくれた。
 その表情に安らいだ。手足がポカポカしはじめる。
 遊び疲れた子供のように満ち足りた気持ちになって、ユールは再び眠りに落ちていった。





「フィミー、ありがとよ。あいつ一皮剥けた」
「そうだな、いい仕事だ」

 スヴェラードと団長に言われて、フィミーが胸を張った。

「花、持たせてやったじゃん」

 ディードの言葉に、スヴェラードはシャツの腹をめくってみせる。

「別に手え抜いてねえよ。わりかし重たかったねえ」

 スヴェラードの弾性のある腹に、二股に割れた蹄の跡がくっきり残っていた。

「リファリールに診てもらうか」
「野暮はしたくねえな。明日にゃ消えてるよ」
「楽しそうだねお前」
「まあねえ。やっと俺の訓練になりそうなやつが出てきやがった」

 スヴェラードは珍しく鼻歌でも歌い出しそうだ。
 すっかり目をつけられたなと、団長は内心で黒山羊に手を合わせてやった。
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