半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第441話 死地へ向かう。来たい奴だけついて来い

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 Bランク冒険者、レイヒム・トロンボーンの槍捌きは、それはもう見事の一言に尽きる。
 遠距離の撃ち合いに秀でていることはもちろん、中・近距離にも強い。
 そして機動力が高く、魔術対策もしっかりとしている。
 本人に魔術の適性がないのが惜しいが、それくらいが普通だ。
 むしろ剣と魔術の両方を修めているアラタやアーキムのような存在の方がおかしいのだ。

 そんなレイヒムは、時は満ち足りたとばかりに反撃に打って出る。
 先ほどまでは敵を間合いの内側に入れないように槍を振るっていたが、もう遠慮することは無い。
 よくも仲間たちを、そんな怨念を穂先に乗せて敵を穿つ。

 彼はスキル【暗視】を持っていない。
 だから暗闇の中では不利だし、今もほぼ勘で槍を突いている。
 それでも正確に敵の喉元を突くことが出来るのだから、Bランカーは伊達じゃない。

「潮時か」

「隊長、撤た——」

「ざけんな。しばくぞ」

 公国軍の陣地に深々と入り込んでおいて、アラタを前にして逃げ切れると思っていたのか。
 撤退を進言しようとした敵兵を、アラタは荒々しく叩き斬った。
 そのすぐそばには指揮官らしき男もいる。
 アラタはレイヒムと違い、スキルを使って敵の姿をはっきりと捉えていた。

「撤退! 1人でも——」

 彼を前にして及び腰になった敵兵は、側面から頸部をレイヒムに貫かれて絶命した。
 残りの敵も悉くアラタに斬られ、命からがら彼の視界から逃げおおせた帝国兵は遅れてやって来たルークの餌食になる。
 総合評価Cランク程度では、Bランク冒険者3名を相手にして生き残れるわけがない。
 レイヒム1人では危なかったかもしれないこの戦い、結末はアラタとルークの介入によってカナン公国軍のワンサイドゲームで幕を閉じた。

「ルークさん、生きてるのいます?」

「いるわけねーだろ。誰かさんが急所ばっか斬るんだからよ」

「ですねよ。癖なんですよそれ」

「嫌な趣味だ」

「趣味じゃないです。癖だって言っ——」

「その辺にしろ。2人とも集合」

 じゃれ合っていた2人は上官の招集に応じて小走りで集合した。
 既に陣地正面の敵は撤退済み、異変を察知してやって来た味方が敵の死体を収容している最中だ。
 普段は後片付けまですることの多いアラタとルークは、一番面倒な作業に駆り出されなくてラッキー程度に思っている。
 その前段階で経験した命を懸けた戦闘に対して、さしたる感情を持ち合わせていないあたりが最高に狂ってきている。
 まあ狂っているのはレイヒムも同じことなので、その辺に関する言及は無いだろう。

「2人とも、怪我は無いな? 俺はお前たちのお陰で無傷で済んだ」

「ないです」

「ねーです」

 一応の確認を終えると、レイヒムはついてくるように言い含めてから歩き始めた。

「奴らの所持品を検めたか?」

「いえ」

「俺は見たぜ」

「ルークは意味が分かるな?」

 意味深な会話に置いていかれているアラタは2人の顔を交互に見た。

「あぁ、冒険者狩りだったんだろ?」

「その通り」

「レイヒムさん、冒険者狩りってなんですか?」

「冒険者狩りは冒険者を狩ることだ」

「いや、分かんないです」

「ルーク」

 自分から振っておいて面倒になったのか、レイヒムは説明をルークに押し付けた。
 冒険者という人種はまったく、気分屋しかいないのかと聞きたくなるほど自分勝手だ。
 自分勝手だからこそ、危険な個人事業主なんてやっているという側面も少なからずあるだろうから、まあ当然の帰結ではある。
 ルークは水筒の水でのどを潤すと、そこからペラペラと喋り始めた。

「アラタお前、軍の兵士と冒険者どっちが強い?」

「個人戦ですか? 団体戦ですか?」

「両方」

「個人なら冒険者、団体で兵士でしょ」

「正解。じゃあ冒険者を優先して殺して回るその心は?」

「分かりません」

 ノータイムでそう答えたアラタに、ルークとレイヒムは肩をガクッとさせてよろけた。
 素直で迷わず判断を下せるのはアラタの素敵なところだ。
 しかしもう少し考えてからモノを言ってほしいのもまた事実。
 ルークは今はそのことに目を瞑るとして、答え合わせを始める。

「邪魔なんだよ。ミラという森林地帯で、せいぜい1千弱しかいない部隊で、それらを誘導して撤退しつつ、敵に罠をありったけ浴びせるためのノウハウを持った存在を殺したくて殺したくて仕方が無いんだ。分かる?」

「何となく分かります」

「敵はとにかく冒険者を殺してゲリラ戦みたいな戦闘で有利を取りたい。要するに敵は奇襲や夜襲を増やしたがっているってことだな」

「なるほど」

「俺たちの希望としては後方に下げてもらうことだけど……そうなるとシンプルに帝国の正規軍が全部踏みつぶしにやってくる。それはまずいだろうから……」

「フロントを張りつつ、敵に狩られないようにする」

「正解」

「普通にムリゲーでしょ。ただでさえ毎日激戦続きで疲れが取れないって言うのに、冒険者だと分かったら重点的に狙われるのならみんな冒険者なんてやめちゃいますよ」

「そこを何とかしなければいけないんだけどなあ」

 一通り説明を終えたところで、ルークもばんざいして匙を投げた。
 他人に説明することは自分の学習に役に立つというのはその通りだとルークは思った。
 物分かりの悪いアラタにも分かるように説明をしているうちに、自分の脳内で物事の整理がついていく。
 それだけなら良いのだが、説明すればするほど、理解すればするほどアラタの言うようにムリゲーというのが分かってしまう。

殿しんがりなんて大層なもん押し付けられましたけど、実際厳しくないですか?」

 先ほどから黙って話を聞いていたレイヒムに話を振る。
 アラタとしては、どこに歩いて向かっているのか知りたいところを抑えてこの話題を続けている。

「厳しいな」

「でしょ?」

「だが、やりようはある」

 陣内の篝火に照らされたレイヒムの顔は、彼の言う『やりよう』の重みを物語るかのような迫力を纏っていた。
 瞳には確かな力が宿り、堀の深い顔立ちは光と影の差が際立っている。
 先ほどいた場所は明かりも碌にない陣のはずれの方だったが、今彼らが歩いているのは殿軍の中枢付近である。

「レイヒム、やりようってなんだよ」

「まあ待て」

 はやるルークを窘めながら、レイヒムは歩き続ける。
 その迷いの無さから察するに、どこに向かうかは予め決まっていたのだろう。
 いつものごとく司令部か参謀所、どこかに設置された会議所の天幕に向かっているのだろうが、問題なのはその場所とメンバーだ。
 ルークはハルツの件があってからクラーク家の人間と顔を合わせるのに少し気が引けるし、アラタは単に嫌われ過ぎていてどこに参加しても角が立つ。
 とにかくレイヒムに連れてこられた2人は、目的の天幕に入るのが億劫で仕方が無かった。

「着いたぞ。……何してる、入れ」

「「はぃ……」」

 またあの目で見られるのか、嫌だなぁと思いつつ、アラタは天幕をくぐる。
 薄汚れた白い布をまくり上げながら入場すると、普段は刺すような視線に晒される、これが彼は嫌なのだ。

「……お、何だレイヒムさん。冒険者ばっかりじゃないですか」

「ホントだ」

 ルークまでも肩透かしを食らった声をあげた。
 ここも例に洩れず煙草の匂いが酷いが、それでも軍属特有のきちっとした雰囲気とは少し違う。
 もっと冒険者然とした、自由で勝手な空気感だ。
 ぐちゃぐちゃの椅子、テーブルからはみ出た地図、散らかった軽食を置いてある台、好きなところに座る冒険者たち。
 アラタとルークは現状を好意的に受け取った。
 彼らも精神的にはかなりルーズな部類に入るから。

「全員注目」

 2人の後ろから天幕に入った第32特別大隊長レイヒム・トロンボーンが言う。
 流石に上位冒険者の言葉は強制力を持っていて、バラバラだった冒険者たちが一斉に彼の方を向いた。

「集まってもらった面子を見てわかるな? 32大隊の主要な隊員たちだ」

「外の騒ぎはもういいんですか?」

 割って入るようにカイワレが訊く。
 彼の辞書に空気を読むという言葉は存在しない。

「あとでな。とにかく、俺たちは同じ舞台に所属する運命共同体である、この認識を持ってほしい」

 レイヒムはアラタの右側を抜けて天幕中央へと歩いていく。
 彼の顔には先ほどの戦闘で付いた返り血が付着しているが、こちらを指摘する人間は誰もいない。

「我々は、敵に食らいつくことが決まった。反転攻勢だ」

「……マジか」

「おー」

「どういうこと?」

 レイヒムの言葉は、部屋の人間たちをざわつかせるには十分なものだ。
 撤退戦中の殿軍を務めている彼らは、敵軍であるウル帝国軍に最も近い。
 なのにこれ以上攻勢を仕掛けるなんて、とてもではないが素面で立てられた作戦とは思えなかった。

「我々はこれより北側を通り敵側面を討つ。しかし相手は前衛部隊ではない。俺たちの敵は、帝国軍を4千から6千ほどやり過ごしたその後にいる兵士たちだ」

 地図の前に立ったレイヒムが何かを始めたので、観に行こうとアラタは動く。
 他の冒険者も同じ思考の元天幕中央付近の引力に引き寄せられていく。

「それだけの規模の敵軍の後に控える部隊という事は、今回の戦争の仕事が終わったと思っている連中だ。こいつらを徹底的にぶっ潰すことで前衛の圧力が低下し、撤退戦のやりやすさが段違いに変わる。それに、上手くいけば包囲殲滅で敵の一部を完全に破壊できる」

「大隊長、流石にそれは希望的観測かと。頭数が足りないです」

「そこは知恵と工夫でだな……とにかく、転進だ」

 どうにもガバガバな匂いのする今回の決定だが、アラタは意外としっくりと来ていた。
 反対意見や拒否意見がほとんど出ないのは、この場の冒険者たちもアラタと同じ感情や考えになっているからだろう。

 この作戦が上手くいけば、敵は本当の本当に撤退を余儀なくされる。
 そんな確信めいた予感が、彼らに勇ましき一歩を歩ませようとしている。

「諸君、思うところが何もないわけがないというのは分かっている、正規軍にやらせればいいのではないか、もう十分戦ったという気持ちも支持する。だが、彼らはもはや手いっぱいなのだ。こんな時のために我々は自由意志でこの戦いに参加したのではないか、こんな時が来たら命を燃やそうと心のどこかで思っていたのではないか、俺はそう思えてならない」

 レイヒムは右手の拳を目の前に掲げ、ギリギリと握り締めた。

「死地へ向かう。来たい奴はついて来い」

 誰も断る人間はいなかった。
 穿った見方をすれば同調圧力の成果であり、素直に受け取るなら全員初めから覚悟が決まっていたとも取れる。
 第32特別大隊、通称冒険者大隊。
 彼らが歴史に刻むのは、名誉か不名誉か。
 答え合わせの時間は近い。
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