超好みな奴隷を買ったがこんな過保護とは聞いてない

兎騎かなで

文字の大きさ
52 / 91
第四章 ダンジョン騒動編

9 いざプルテリオン

しおりを挟む
 クインシーに手紙を書いて投函した後、俺たちはついに魔人國プルテリオンに赴くことにした。

 つっても、ひと月前に新作料理を食べるために観光に行ったばかりだけどな。

 結構頻繁にリッドおじさんからも呼び出されていたし、気合いを入れて行かなきゃならねえ場所じゃない。

 俺は実験室の魔法陣に異常がないことを確かめてから、カイルの手を引いた。

「よし、行くか」
「ああ」

 二人同時に、魔法陣の中へと足を踏み入れる。魔力を注ぐとゆらりと景色が歪みだす。瞬きを二回し終えた頃には、魔王城の一室へと移動していた。

「こっちはまだ肌寒いな」

 部屋から窓の外を見たが、衛兵たちはまだコートを着て勤務をしている。

 プルテリオンの首都シャルワールは、俺たちが住んでいるマーシャルよりも寒い気候なんだよな。ぶるりと肩を震わせた。

「着ておけ」

 カイルはインベントリから取りだしたコートを、俺に差し出した。ありがたく受け取って、深い緋色のコートに腕を通す。

 内側が白くふわふわした生地で覆われているので、とても温かい。このコートは冬の間にカイルがプレゼントしてくれた物だ。

「おお、あったけえ。ありがとなカイル。今の時間だったら、執務室に行けばリッドおじさんに会えるよな?」
「普段通りならそうだろう」

 前ボタンを締めるほどの寒さではないので、前を開けたまま歩き出す。

 アーガイル柄の大理石の廊下を二度ほど曲がると、リドアートの執務室についた。

 ノックをすると、中からカイルと似た声が返ってくる。

「誰かね?」
「叔父さん、俺だよ」
「おお、ハニーくんか! 入りたまえ」

 許可を得たので扉を押し開き、室内に足を踏み入れる。リドアートは執務机の前で立ち上がり、黒褐色の瞳を輝かせながら、両手を開いて出迎えた。

「やあやあやあ二人とも、元気にしていたかい?」
「ああ。そっちはどうだ、忙しいのか」
「ダンジョンを無事に閉鎖し終えたからね。やっと落ち着いてきたところだ。ところでカイル!」

 リッド叔父さんは、赤茶の髪を後ろに撫でつけると、その手をひるがえしてビシッとカイルに指を突きつけた。カイルは嫌そうに顔をしかめる。

「君に話がある!」
「俺にはない」
「いいから聞きたまえ、短気は損だぞ? 実はだな、君を見込んで頼みたいことがあるのだ」
「断る」
「まだなにも言っていないだろう! せめて話を聞いてから断りたまえ!」

 まったく、とリドアートは額に手を当てて大袈裟に嘆きながら、机の上に積んである書類の中から一枚の紙を取り出した。

「これを見てほしい」

 カイルは差し出された紙を、眉をしかめながら受け取る。叔父さんは得意げに説明をしはじめた。

「北方の地には、まだまだ未開拓の地域があるのは聞いたことがあるだろう? 実は新しく調査した北方の地で、面白い泉が見つかったのだ」
「へえ、どんな泉なんだ?」
「その泉には湯気が立っていて、温かいらしい。さらに水の中にはミスリルが眠っている可能性があるのだ。詳しく調べたいのだが……」
「つまり、温泉があったのか⁉︎」

 この世界に来てから、温泉の話を聞いたのは初めてだ。別にめちゃくちゃ好きってわけでもないんだが、入れないってなると入りたくなるんだよなあ、これが。

 リドアートは、ふむ、と顎に指先を添えて考え込んだ。

「温泉……なるほど、ピッタリな名前ではないか! これからはその泉を、温泉と呼ぶことにしよう」

 書類を読み終えたカイルは、俺にも紙を寄越してくれる。

 なになに、調査隊は五名中三名が負傷、調査続行は不可能と判断。未知の泉を調査している最中に、大きな爬虫類のような魔物におそわれた。

「なんだ、大きな爬虫類って」
「その魔物は翼を持っていて、巨大な図体をしているくせに空を飛び回るらしい。どうやら温泉付近をナワバリにしているようだ」

 へえ、話を聞く限り、ドラゴンっぽい感じじゃねえか。この世界にはドラゴンがいるのかと思うとワクワクしてきた。

「ふうん。そいつは倒してほしいのか?」
「魔人と見れば例外なく襲ってくるようなら、倒してしまって構わないよ」

 報酬も出るみてえだし、未知の生き物も気になる。それになんと言っても、温泉に入れるかもしれねえんだ。この依頼は受けてみたいな。

「カイル、もう少し詳しく話を聞いてみないか」
「乗り気だな。まあいいが」
「リッド叔父さん、期限とかはあるのか? 俺たち、一応クレミア母さんとか、エイダンたちに会いに来たんだが」
「特に期限は設けていないから、気楽に取りかかってくれたまえ」

 リドアートは席を立つと、来客用テーブルに移動し指を鳴らしながら、インベントリからお茶を取り出した。

「まあ、かけたまえよ」
「邪魔するぜ」

 お茶を飲みながら、詳しい条件などを聞いて正式に依頼を受けると決めた。

 温泉が人体に有毒かどうか、ミスリルらしき鉱物はどの程度あるのか調べてくればいいらしい。それくらいならお安いご用だ。

 おじさんは優雅に茶をすすると話題を変える。

「クレミアに会いに来たのだな。我が愛しの婚約者は、二日ほど前から息子くんと過ごすために、休暇をとっているよ」

 婚約者と発音するときに、やたらと気合いが入っていたな。

 よっぽど嬉しいんだなあ。そりゃ人生の大半を片思いしてた相手と結ばれたんだし、そうなるのも自然か。

「ということは、城にはいないのか」
「今日は城下町に行くと聞いているから、行けば会えるのではないか?」

 熊と猫の獣人を見なかったかと聞けば、一発でわかりそうだ。獣人王国と国交が回復したと言っても、獣人の旅行者自体はまだまだ少ないし。

「なるほどな、なら行ってみるか」
「待ちたまえハニーくんよ」
「なんだ、俺にも用事があんのか?」
「用事と言うわけではないが、その服装……」

 リドアートが渋面を作りなにかを言いかけた時、部屋に来客があった。

「誰かね?」
「キエルステンでございます、陛下」
「ほう、ちょうどよいところに。入りたまえ」

 ちょ、なに考えてんだよリドアート! キエルに会っちまったら……止める間もなく扉が開き、キエルステンと目があった。

 壮年の紳士は俺の姿を見るなり、目の前に来て跪き、臣下の礼をとる。

「イツキ殿下、お帰りを待ちわびておりました」
「帰ってきてねえってば」
「そうなのですか? てっきり本日のお召し物は、魔王として舞い戻る決意証明かと思ったのですが」

 緋色のコートはなるほど、俺が魔王時代に来ていたマントの色と同じだ。雰囲気もなんとなく似ている。

 リドアートは腕を組み、うんうんと頷いている。

「やはりそういう印象を与えると思った。キエルもそう感じるのだな」
「ええ、威厳と高貴さを感じさせる緋色は、イツキ殿下によくお似合いでございます」

 違うって、そういう意図で着てるわけじゃねえんだ。俺はため息を吐きながら、長耳を指先でつまむ。

「だから、何度も言ってるけど俺は、本当は魔人じゃねえんだよ」
「例えイツキ殿下が可愛らしい兎獣人だとしても、私の忠誠心はいかほどにも変わりません。貴方が成した偉業は、それほどまでに素晴らしい」

 うーん、信頼されるのも期待されるのも嬉しいが、残念ながら俺は魔王に戻る気はいっさいない。

 まあ、その割には叔父さんから頼まれた仕事は引き受けるし、こっちから施策について口を突っ込むこともあるから、キエルとしてはワンチャン狙っちまうんだろうなあ。

 困ってるヤツがいるって思うと、どうにかしなきゃってつい動いちまうんだよな。こればっかりは性分だ。

 キエルステンは俺の反応が芳しくないとわかると、カイルに狙いを定めた。

「カイル殿下におかれましては、お加減はいかがでしょうか」
「変わりない」
「それはよろしゅうございました」
「イツキは魔王に戻らない。もちろん俺にもその気はない」
「本当にないのかね? もったいない、君たちが力をあわせれば、善政を敷くよき君主となれるだろうに」  

 おいおい、叔父さんまでなにを言いだすんだ。

「アンタとクレミア母さんの方が、適任だと思うぜ」

 確かに俺は魔酵母を広めたり、獣人王国との国交を回復するために、一時的に魔王をやったわけだが。

 あの時は、カイルの悩みを解消してやりたくてそうしただけだ。今後は魔人であるあんたが、魔王をやる方がいいに決まってる。

 もう話は終わったなと席を立つと、立ち上がったキエルステンが残念そうに嘆く。

「願わくば、お茶を飲みながら語り合う時間をいただけると嬉しいのですが」
「勧誘しないならいつでも誘ってくれよ」
「まったく、ひどいお人だ」

 別にひどくねえだろ、自衛してるだけだって。

 だって宣言しておかないと、イツキ殿下、せめて議会へご参加くださいって、しつこく勧誘してくるじゃねえか。わかってるんだからな。

 部屋を出る前に、カイルはインベントリから紙を取り出した。

「リドアート、これを読んでおいてほしい」
「なんだねこれは、獣人王国における奴隷問題対応案……ああー、そうだな、これについても考えなくてはと思っていた。気を回してくれてありがとう、カイル! さすが私の自慢の甥っ子だ」
「フン」

 カイルは鼻を鳴らして顔を背ける。尻尾がゆらゆらと、落ち着きなく揺れていた。

「それじゃ、城下町に行ってくる」
「ああ、クレミアによろしく伝えておくれ。君の帰りを待ち侘びていると」
「はいはい、わかったよ。じゃあな」

 一時もクレミアと離れたくないリドアートの様子にクスリと微笑みながら、執務室を後にした。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!

ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。 牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。 牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。 そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。 ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー 母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。 そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー 「え?僕のお乳が飲みたいの?」 「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」 「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」 そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー 昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!! 「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」 * 総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。 いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><) 誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。