超好みな奴隷を買ったがこんな過保護とは聞いてない

兎騎かなで

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第四章 ダンジョン騒動編

39 真の望み

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 カイルは咳払いをして、若干頬を染めながら言葉を重ねる。

「イツキ。なんでもひとつお願いを叶えてくれると言ったな」
「ああ、言った」

 カイルが酔っ払った時に約束したもんな、覚えてるぜもちろん。ということは……

「だったら、俺が選んだエプロンを着てくれないか」

 カイルが目の前に掲げた紙には、上品からセクシー、すけすけからフリフリまでの、一通りのエプロンが揃い踏みになっている。

 予想外すぎる返しに固まっちまって、ろくに反応もできずに、ひたすらデザイン案を端から端まで眺めまわした。

 ふとクインシーが身につけていたのは、上品系の普段使いもできそうなエプロンだったなと思い出す。

 なるほど、エプロン目当てにこの店をヴァレリオから紹介してもらったわけだ。思わず脱力しちまった。

「アンタ、真の願いがこれでいいのかよ……?」

 結婚式の衣装のほうがよほど大事そうなものだが。カイルはフッと笑って答えた。

「エプロンのほうが、恥ずかしがって着てくれない気がした」
「なんでもお見通しだな、カイル……だが俺だって、今までの俺じゃねえんだ」
「なに?」

 俺は頬の赤みが引かないまま、胸を張って片手で握り拳を作り、どんと胸を叩いてみせた。顔の側でふわりと、モカブラウンの兎耳が揺れる。

「いいぜ、かかってこいよ。どんなエプロンが来ても、文句を言わずに着てやる」
「……本当か?」

 俺の恥ずかしがり屋っぷりを一番よく知っているカイルは、瞳を細めて訝しがっている。

 舐めるなよ。一度やるといったんだ、二言はねえ。

「ああ、なんでも好きなのを選べよ」
「……では、じっくりと選ばせてもらおう」
「おう」

 カイルはカーテンを開けて、店員の元まで離れて行った。店員と話し込みながら、時折チラリとこちらを見ている。

 俺は極力話を聞かないように、耳を引っ張って聴覚を遮断しようと試みた。それでも不穏な単語は耳に飛び込んできたけどな……!

 フリフリ、セクシー、ツヤツヤ、すけ感という、怪しげな単語が揃い踏みだった。

 否定語として使ったのかまで確認できてないから、どんなエプロンになるかは出来上がってからのお楽しみ……いや、楽しみかどうかは微妙だが、とにかく待てばわかる。

 ソファに座っていただけなのに、やたらと精神力を削られる時間が過ぎた。

「待たせたイツキ、注文が終わった」
「わかった……じゃ、プルテリオンまで移動陣で飛ぶか」

 店を出て、ひと気のない路地まで赴いた。

 注文したエプロンについては聞かないことにしたが、これだけは聞いておきたいと、飛ぶ前にカイルの袖を引く。

「なあ、なんでそんなにエプロンが好きなんだ?」

 この前うっかり裸エプロン状態になっちまうまで、そんなフェチがあるなんて全然気づかなかった。

 カイルは腕を組み、少し考えてから口を開く。

「背中がガラ空きなところがいい。無防備な姿を俺だけにさらけ出してくれている気がする。さらに腰を紐で飾ってあって、尻尾がより映える」
「へえ」

 なんか納得した。もともと俺の尻尾がお気に入りだもんな。

 さて、与太話はこれくらいにして、そろそろ魔人國に戻ってリドアートの手助けをしてやらなきゃならねえ。

「……イツキ」
「ん? どうした」
「魔人國に戻ったら、やりたいことがあるのだが」

 その時にカイルが話した内容は、俺にとっては寝耳に水だった。だが、同時に深く納得もした。

「そうか……」
「ついてきてくれるか」
「うん、やりたいって言うなら止めねえよ。協力するぜ」

 カイルが自分から将来のビジョンを話してくれるのは初めてのことだ。やっぱ、今回俺が死にかけた件で思うところがあったのかな。

 いや、もともと責任感の強いやつだから、これまでも考えていたのかもしれない。

 俺が前触れもなく消えてしまうかもしれないという不安があったから、極力近くにいたのだろう。

 俺のせいでカイルがやりたいことを我慢するなんて、あっちゃならねえ。今まで俺の都合につきあわせた分、協力してやりたいと思う。

 細々としたところまで話しあい、お互いに納得してから移動陣で魔王城の一室まで飛んだ。

 時刻はちょうど昼前だった。その足でリドアートの執務室まで向かう。

「おーい戻ったぞ」

 書類仕事をしていたリドアートは、満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。

「おおカイル、ハニーくん! 報告には聞いていたが、無事な姿を見られてホッとしたよ」
「ああ、お陰さまですっかり元気だ」
「一時は危なかったがな」

 カイルがチクリと小言を口にする。その瞳には心配の色がありありと浮かんでいて、今後は無茶しないでおこうと反省をした。

 いやでも、また同じようなことがあれば、魔力を限界まで使っちまう気もするなあ……カイルの目がスッと細まった。

「なにかよからぬことを考えていないか?」
「アンタが大事だってことをな」
「それは俺も同じ気持ちだ。だから」

 一度言葉を切ったカイルは、強い眼差しで俺を見据えた。

「今後はお互いに、無茶をしないことを約束しないか」
「おお、いいなそれ」

 カイル……俺もアンタを心配してるってこと、ちゃんと理解してくれてるんだな。

 今までの限界まで無理しがちな彼と、一味違う回答が返ってきて、俺の心もほこほこと嬉しくなる。

 叔父さんは感動でぷるぷると体を震わせながら、ガシッとカイルの両手を握った。

「よいではないか、カイル! 自暴自棄気味に自分を大切にしなかった君が、素直にそう思えるようなっただなんてっ! 叔父さんは涙が出そうだ!」

 暑苦しいと言いたげに叔父の手を振り払ったカイルは、目をフイと逸らす。

「勝手に泣いていろ。それで、事態は収束したのか」
「ああ、君たちのお陰で事件の関係者を捕らえられたし、後の処理は我々にまかせたまえ」
「フェナンはどうしている。お前の元に寄越したはずだが」
「ああ、彼は昨夜国に戻ってきたばかりだ。今はちょっとした雑用を任せてある」

 そういやいねえなと執務室を見渡していると、背後の扉がガチャリと開いて、書類の束をこんもりと抱えたフェナンとバッチリ目があった。

「イツキ殿下、カイル殿下も! ああっ、身体の調子はもうよいのですかっ?」

 フェナンはリドアートの机の上へと無造作に書類を置くと、俺の元まで駆け寄ってきた。おどおどと顔色を確認し、ホッと安堵の息を吐く。

「この通り、ピンピンしてるぜ」

 ま、一時期は本気で危なかったけどな。結果よければ全てよしってことで。
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