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38 弟妹の乱入
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最早取り繕うことも忘れたようで、ワナワナと震えながらアレッタを指差すレベッカ。
「わ、わたくしが婚約破棄されそうになっている時に、お姉様は既に新しい婚約者がいて結婚するですって!? しかもこんなに凛々しく麗しくて、才気に溢れていそうな殿方と? ……っ世の中不公平ですわ! あんまりですわーっ!!」
「あ、待ってレベッカ!」
レベッカはそう言い捨てると、アレッタの静止を無視して走り去ってしまう。ブライトンが重苦しいため息を吐いた。
「申し訳ない。身内の恥を晒した」
「いえ。人間の貴族のように妖精は体面を気にすることはありませんので、恥とは思っていません。しかし一体なにがあったのですか?」
父の話によると、テオドールとカロリーナが妖精の祟りに見舞われたことが、レベッカの婚約破棄騒動の間接的な原因らしい。
妖精の祟りの巻き添えを恐れた貴族達に、テオドールとカロリーナは現在腫物扱いされているとのこと。
社交界でもすっかり落ちぶれた二人。その様子が第二王子のお婆様の耳にも入ったらしい。
お婆様はテオドールとカロリーナを呼びだし、妖精の怒りを買ったことや妖精にした仕打ちを洗いざらい吐かせた。そして話を聞いた彼女は酷く激昂し取り乱した。
陛下の母でもある彼女は、妖精を蔑ろにすることで起こる災害について、陛下や殿下のご兄弟を皆集めて切々と言い聞かせた。
古い妖精の話を知る王太后様によると、人間界の妖精がいなくなってしまうとその周囲の土地は明らかに収穫量が落ちるらしい。そして川は干上がりやすく、天気は崩れやすく、風も吹き荒れやすくなる。
陛下は母の話から事態を重く見たらしく、なんとテオドールの王位継承権を剥奪し、肩書きだけは公爵だが実際には王都からの放逐のため、地方の領主に命じたとのこと。
周りは森と田畑しかないような僻地の領地で、妖精に償いをしながら生きろとのことだ。カロリーナも監視と共に同じ場所に送られて、不本意な生活を強いられている二人の仲は破局寸前との噂だ。
そしてカロリーナの取り巻きをしていたレベッカもその煽りを受け、現在社交界では爪弾きにされているらしい。
そうなると今まで要領よく権力者に取り入るレベッカのことを目障りに思っていた貴族達が、レベッカの悪い噂を流しはじめた。
最初は噂を否定していたレベッカもだんだん穏便に対処しきれなくなり、ある茶会で因縁をつけられた貴族と口論になったらしい。
相手をかなり口汚く罵ったレベッカに婚約者は幻滅した。
あることないこと吹き込まれた噂話も信憑性があると思われ、貴族の娘として大切な貞淑さすら疑われて現在婚約破棄の話まで出ているということだった。
……お父様がこんなにもすんなりと私たちの結婚を認めてくれたのは、そんな貴族のあり様に本当に嫌気がさしたせいなのかもしれないわ。
「ああ、レベッカ……噂に踊らされ続けたらいつかこういうことが起こりかねないと思っていたけれど、やっぱりそうなってしまったのね」
アレッタが胸を痛めていると、またしても乱入者が現れた。開いたままの扉から元気に飛びこんできた小さいシルエットに、ユースは意外そうに目を見張る。
アレッタと同じ明るい茶髪にアンバーの瞳を持つ十歳くらいの少年が、アレッタをまっすぐに見つめて屈託なく笑った。
「姉様、帰っていらしたんですね! よかった……! 姉様が悪い妖精にさらわれたと聞いて心配しました。もう二度とさらわれないように僕が退治しにいきます!」
ルーチェは聞こえないとわかっていても抗議せずにはいられなかったようで、少年に向かって声を張り上げた。
「ちょっと、殿下はアレッタを拐ったんじゃなくて保護したんだからね!」
「そうですよ、アレッタ様は自ら望まれて妖精界を訪れたのです」
「そうそう。なんで殿下が悪いことになってるわけ? 殿下からも言ってやってくださいよ、アレッタちゃんは妖精界で楽しく過ごしてましたってさあ」
ユースはジェレミーの言葉を聞いて苦笑している。アレッタは驚いて小さな少年、ケネットの元に駆けつけた。
「ケネット! なぜあなたがここにいるの? 領地にいたんじゃなかったの?」
「だって姉様に便りを出してもいつまでも返事が返ってこなくて。父様に尋ねたら姉様は妖精に拐われたと聞いたので、僕も心配になって王都まで駆けつけたんです」
父は頭が痛いとでも言いたげに眉間を指で押さえている。
「驚いたことに、まともに乗れるようになったばかりの馬で駆けて、昨日王都に現れたんだ。屋敷の場所も詳しく知らないというのになんと無謀なことを。偶然にも助けた者がいたからよかったものの」
「すみません父様、以後気をつけます」
ケネットはしゅんとしょげながら謝罪した。
「明日領地に送り返す手配をしていたところだったが、まさか本当にアレッタと再会することになるとはな」
父は普段目に見えないものに懐疑的な性質だが、このタイミングでアレッタとケネットが屋敷を訪れたことにはなにか運命めいたものを感じているらしい。
「一人で馬を操ってきたの? すごいじゃないケネット! 大きくなったのね」
アレッタの記憶の中のケネットは五歳のままだった。今は確か十歳になったはず。
こうして大きく育ったケネットを見て感慨深い思いに包まれたアレッタだった。
「はい、ありがとうございます姉様! あの、ところで……」
ケネットはアレッタの隣に立つユースをなぜか敵と認識したようで、キッと睨みつけた。
「もしかしてこの隣にいる人は姉様をさらった妖精の仲間ですか?」
「違うわケネット。私はそもそも拐われてなんていないの、私が行きたくて妖精さんのところに行っていたのよ。どうして私が拐われたと思ったの?」
「え、だって父様がそう教えてくださったから」
父はゴホンとわざとらしく咳払いをした。
「ああ、その件だがケネット、どうやら誤解があったようだ。アレッタは妖精の元で訳あって保護されていたらしい。これからはいつでも会いたい時に会えるようになるそうだから心配無用だ」
「えっ? 本当ですか姉様、領地にも遊びにきてくれるのですかっ?」
ケネットが期待を込めた瞳で見上げてくるので、アレッタは視線をあわせて微笑んだ。
「ええ、必ず行くわ」
「やった! 姉様、一緒に馬に乗って早駆けしましょう! それから木登りとか、川遊びとか、いろいろ一緒にやりたいことがあるんです。いいでしょう姉様?」
「ええと、木登りは見ているだけになりそうだけど、一緒に遊びましょうね」
「はいっ! あ、それから新しい友達もできたので紹介させてください。ロイスっていう名前の綺麗な男の人なんですけど、僕が王都で迷子になっていた時に助けてくれたいい人なんです」
「えっ? ロイス?」
ロイスってもしかして、あのロイスなの?
アレッタと同じように疑問を持ったユースもその話に食いついた。
「ケネット、ロイスについて詳しく聞かせてくれないか?」
「え、いいですけど……」
「俺はユスティニアン、ユースと呼んでくれ。君の姉様と仲良くさせてもらっている」
ケネットはユースの友好的な態度に複雑そうな顔をした。
どうしたんだろう、普段は誰にでも愛想のいい子なのに。まだ悪い妖精さんの仲間だと思っているのかな。
「姉様と仲良し……そうですか。ロイスは行くところがないっていうので、家の仕事をしてもらうことを条件にここに滞在してます。呼んできましょうか?」
「ああ、いや……呼ばなくていい。ロイスは君の友達なのか?」
「そうですよ。ロイスはお花のこととか妖精についてとっても詳しいんです! そういうお話を聞いていると姉様のことも思いだしたりして、話を聞くのが楽しくって。領地にもついてきてほしいなあって僕は思ってるんですけど、とても遠慮がちな人なんですよね」
ユースはアレッタに目配せをした。後で会いにいこうってことかな、ケネットの前で私に毒を盛った話題とか、できればしたくないものね。
アレッタもこくりと頷き返した。
「わ、わたくしが婚約破棄されそうになっている時に、お姉様は既に新しい婚約者がいて結婚するですって!? しかもこんなに凛々しく麗しくて、才気に溢れていそうな殿方と? ……っ世の中不公平ですわ! あんまりですわーっ!!」
「あ、待ってレベッカ!」
レベッカはそう言い捨てると、アレッタの静止を無視して走り去ってしまう。ブライトンが重苦しいため息を吐いた。
「申し訳ない。身内の恥を晒した」
「いえ。人間の貴族のように妖精は体面を気にすることはありませんので、恥とは思っていません。しかし一体なにがあったのですか?」
父の話によると、テオドールとカロリーナが妖精の祟りに見舞われたことが、レベッカの婚約破棄騒動の間接的な原因らしい。
妖精の祟りの巻き添えを恐れた貴族達に、テオドールとカロリーナは現在腫物扱いされているとのこと。
社交界でもすっかり落ちぶれた二人。その様子が第二王子のお婆様の耳にも入ったらしい。
お婆様はテオドールとカロリーナを呼びだし、妖精の怒りを買ったことや妖精にした仕打ちを洗いざらい吐かせた。そして話を聞いた彼女は酷く激昂し取り乱した。
陛下の母でもある彼女は、妖精を蔑ろにすることで起こる災害について、陛下や殿下のご兄弟を皆集めて切々と言い聞かせた。
古い妖精の話を知る王太后様によると、人間界の妖精がいなくなってしまうとその周囲の土地は明らかに収穫量が落ちるらしい。そして川は干上がりやすく、天気は崩れやすく、風も吹き荒れやすくなる。
陛下は母の話から事態を重く見たらしく、なんとテオドールの王位継承権を剥奪し、肩書きだけは公爵だが実際には王都からの放逐のため、地方の領主に命じたとのこと。
周りは森と田畑しかないような僻地の領地で、妖精に償いをしながら生きろとのことだ。カロリーナも監視と共に同じ場所に送られて、不本意な生活を強いられている二人の仲は破局寸前との噂だ。
そしてカロリーナの取り巻きをしていたレベッカもその煽りを受け、現在社交界では爪弾きにされているらしい。
そうなると今まで要領よく権力者に取り入るレベッカのことを目障りに思っていた貴族達が、レベッカの悪い噂を流しはじめた。
最初は噂を否定していたレベッカもだんだん穏便に対処しきれなくなり、ある茶会で因縁をつけられた貴族と口論になったらしい。
相手をかなり口汚く罵ったレベッカに婚約者は幻滅した。
あることないこと吹き込まれた噂話も信憑性があると思われ、貴族の娘として大切な貞淑さすら疑われて現在婚約破棄の話まで出ているということだった。
……お父様がこんなにもすんなりと私たちの結婚を認めてくれたのは、そんな貴族のあり様に本当に嫌気がさしたせいなのかもしれないわ。
「ああ、レベッカ……噂に踊らされ続けたらいつかこういうことが起こりかねないと思っていたけれど、やっぱりそうなってしまったのね」
アレッタが胸を痛めていると、またしても乱入者が現れた。開いたままの扉から元気に飛びこんできた小さいシルエットに、ユースは意外そうに目を見張る。
アレッタと同じ明るい茶髪にアンバーの瞳を持つ十歳くらいの少年が、アレッタをまっすぐに見つめて屈託なく笑った。
「姉様、帰っていらしたんですね! よかった……! 姉様が悪い妖精にさらわれたと聞いて心配しました。もう二度とさらわれないように僕が退治しにいきます!」
ルーチェは聞こえないとわかっていても抗議せずにはいられなかったようで、少年に向かって声を張り上げた。
「ちょっと、殿下はアレッタを拐ったんじゃなくて保護したんだからね!」
「そうですよ、アレッタ様は自ら望まれて妖精界を訪れたのです」
「そうそう。なんで殿下が悪いことになってるわけ? 殿下からも言ってやってくださいよ、アレッタちゃんは妖精界で楽しく過ごしてましたってさあ」
ユースはジェレミーの言葉を聞いて苦笑している。アレッタは驚いて小さな少年、ケネットの元に駆けつけた。
「ケネット! なぜあなたがここにいるの? 領地にいたんじゃなかったの?」
「だって姉様に便りを出してもいつまでも返事が返ってこなくて。父様に尋ねたら姉様は妖精に拐われたと聞いたので、僕も心配になって王都まで駆けつけたんです」
父は頭が痛いとでも言いたげに眉間を指で押さえている。
「驚いたことに、まともに乗れるようになったばかりの馬で駆けて、昨日王都に現れたんだ。屋敷の場所も詳しく知らないというのになんと無謀なことを。偶然にも助けた者がいたからよかったものの」
「すみません父様、以後気をつけます」
ケネットはしゅんとしょげながら謝罪した。
「明日領地に送り返す手配をしていたところだったが、まさか本当にアレッタと再会することになるとはな」
父は普段目に見えないものに懐疑的な性質だが、このタイミングでアレッタとケネットが屋敷を訪れたことにはなにか運命めいたものを感じているらしい。
「一人で馬を操ってきたの? すごいじゃないケネット! 大きくなったのね」
アレッタの記憶の中のケネットは五歳のままだった。今は確か十歳になったはず。
こうして大きく育ったケネットを見て感慨深い思いに包まれたアレッタだった。
「はい、ありがとうございます姉様! あの、ところで……」
ケネットはアレッタの隣に立つユースをなぜか敵と認識したようで、キッと睨みつけた。
「もしかしてこの隣にいる人は姉様をさらった妖精の仲間ですか?」
「違うわケネット。私はそもそも拐われてなんていないの、私が行きたくて妖精さんのところに行っていたのよ。どうして私が拐われたと思ったの?」
「え、だって父様がそう教えてくださったから」
父はゴホンとわざとらしく咳払いをした。
「ああ、その件だがケネット、どうやら誤解があったようだ。アレッタは妖精の元で訳あって保護されていたらしい。これからはいつでも会いたい時に会えるようになるそうだから心配無用だ」
「えっ? 本当ですか姉様、領地にも遊びにきてくれるのですかっ?」
ケネットが期待を込めた瞳で見上げてくるので、アレッタは視線をあわせて微笑んだ。
「ええ、必ず行くわ」
「やった! 姉様、一緒に馬に乗って早駆けしましょう! それから木登りとか、川遊びとか、いろいろ一緒にやりたいことがあるんです。いいでしょう姉様?」
「ええと、木登りは見ているだけになりそうだけど、一緒に遊びましょうね」
「はいっ! あ、それから新しい友達もできたので紹介させてください。ロイスっていう名前の綺麗な男の人なんですけど、僕が王都で迷子になっていた時に助けてくれたいい人なんです」
「えっ? ロイス?」
ロイスってもしかして、あのロイスなの?
アレッタと同じように疑問を持ったユースもその話に食いついた。
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「え、いいですけど……」
「俺はユスティニアン、ユースと呼んでくれ。君の姉様と仲良くさせてもらっている」
ケネットはユースの友好的な態度に複雑そうな顔をした。
どうしたんだろう、普段は誰にでも愛想のいい子なのに。まだ悪い妖精さんの仲間だと思っているのかな。
「姉様と仲良し……そうですか。ロイスは行くところがないっていうので、家の仕事をしてもらうことを条件にここに滞在してます。呼んできましょうか?」
「ああ、いや……呼ばなくていい。ロイスは君の友達なのか?」
「そうですよ。ロイスはお花のこととか妖精についてとっても詳しいんです! そういうお話を聞いていると姉様のことも思いだしたりして、話を聞くのが楽しくって。領地にもついてきてほしいなあって僕は思ってるんですけど、とても遠慮がちな人なんですよね」
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