息子の彼氏にクレームをつけにいったら、そのパパに美味しくいただかれました

兎騎かなで

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第五章 変化

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 ああ、隣に座られるとドキドキする……車よりも距離が近くて、今にも巽の太腿に手が触れてしまいそうだ。

「どちらまで行くんですか?」
「ここから電車で一時間くらい」

 努めて普通の調子で返答すると、巽も僕をからかったりせずに話を続けた。

「誰かに会いにいかれる予定でしたよね。目的地付近に住んでいらっしゃるのでしょうか」
「……妻の実家が近いんだ」

 巽は眼鏡の奥の目を見張る。僕の目的地を察したようだった。僕は俯きながら続きを告げる。

「墓参りに行くんだよ。お盆の時期は妻の家族が墓参りをするから、その前に行っておくのが通例でさ」
「そうでしたか。奥様……夏葉さんでしたよね」
「うん」

 巽は真剣な瞳で僕の顔を見つめた。

「ぜひ私も夏葉さんにご挨拶をさせてください」

 挨拶なんて。もう死んでるのに挨拶も何もないだろうなんて、笑って言おうとしたけれど無理だった。巽の視線から目を逸らして、控えめに首を縦に振った。

 何人もの人が電車に乗り込み、降りていく。途中で乗り換えを挟んで、普段乗らない線の電車に乗車した。

 田舎に向かっているせいか、人はどんどん少なくなっていく。ここには僕を知っている人がほとんどいないだろうなと、まばらになった電車の中を見渡した。

 夏と冬の長期休暇が来る度に、夏葉につきあって彼女の実家に赴いた。何度か来たことのある景色が車窓から見えて、ぎゅっと胸が締めつけられる。

『何故だ、何故あの子が死ぬ必要があった! お前に託したのは間違いだった……!』

 皺がれた声が脳裏に甦り、グッと息が詰まる心地がする。僕のせいで夏葉が死んだわけじゃないってわかってる。

 それでも、まるで呪いのように吐き捨てられた義父の言葉が、僕を未だに縛っているようで……苦しくて胸の前で拳を握りこむと、そっと巽に肩を抱かれた。

「どうしましたか、随分顔色が悪い」
「いや、なんでもない」

 せっかくここまで来たんだから、絶対に墓参りを済ませて帰るんだ。

 和泉が側にいれば気を張っていられるのに、巽相手だとどうも調子が狂うな。弱いところなんて見せたら、つけいられるだけだっていうのに。

 だけど一人で来るよりはよほどよかったと、肩越しに伝わる体温に安堵した。

(大丈夫、この時期なら誰とも鉢合わせないし、花を置いて祈って帰るだけだ)

 目的の駅につくなりすくっと立ち上がり、キビキビと歩いて花屋を目指す。仏花を買ったら巽も同じ物を買っていた。

「僕が買うからいいのに」
「いいえ、せっかくご挨拶するのですから、これくらいはさせてください」

 相変わらず律儀なヤツだなあと思う。ちょっと強引だし性欲魔人すぎるところはあるけれど、気はきくしスマートだし、なんで奥さんと離婚したんだろうとやっぱり不思議に思った。

 土産物のセンスが悪いからかな? なんて思うと、ちょっと笑えてきた。そういえばまだお礼を言っていないと気づく。

「そうだ、この前の旅行の時土産をくれただろ」
「ええ。渡しましたね。気に入ってくださいましたか?」
「いやあ、面白いセンスだよな。うん、嫌いじゃないよ。部屋に飾ってある」

 半笑いで返答すると、スマートな微笑みが返ってきた。

「ふふ、ひょうきんな感じがいいでしょう。少しは元気が出たようでよかったです。旅行中も奥さんのことを思い出して、落ち込んでいたようですので」
「あ……ありがとう」

 僕が元気がないのを気にして、それであんな変な土産を選んだのか。彼の心遣いにじんわりと心が温かくなった。

「お前に見られてるみたいで、ちょっと落ち着かないけどな」
「え? こけしと私、似ていますか?」
「そのつもりで買ったんじゃないのか?」

 意外そうな声を聞いて目を見開く。てっきり自分に似てるから買ったものとばかり思っていた。巽は色気たっぷりに笑う。

「へえ、そうですか。私に見守られているつもりで、あのこけしを部屋に飾ってくれたんですね?」
「え? あー、ええと……」

 上手い言い訳が咄嗟に出てこない。巽はますます笑みを深める。

「嬉しいですよ、郁巳さん。部屋に私の分身を置いておきたいくらい、頼りにしてくれるなんて」

 くそう、言われてみればその通りなんだけど、言い当てられてなんとなく悔しい。一泡ふかしてやりたくて言い返した。

「お前に見つめられているみたいで、一人でする時落ち着かなかったよ」
「え?」

 言い捨ててからすぐに巽から離れる。今更ながら誰かに聞かれていなかったか心配して、周囲を見渡した。

 田舎の駅は車通りは多いものの人通りはそう多くなくて、近くに人がいなかったみたいでホッとする。

 ちょっと調子に乗っちゃったかな、発言には気をつけよう。実際には旅行の疲れがなかなか抜けなくて寝るばかりで抜いてなかったし、嘘はよくないよな、うん。

 反省していると、足の長さを活かして追いついてきた巽が僕の肩を掴む。

「待ってください郁巳さん、その時の状況を詳しくお聞かせ願えませんか?」
「嫌だよ、変態! もう、馬鹿なこと言ってないで行くぞ」

 しつこく問いかけてくる巽から逃げ回りながら、駅から徒歩三分の距離にある寺院墓地へと向かった。
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