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第六章 墓参り
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本堂への参詣もそこそこに、杉線香を買って墓地の区画まで歩いていく。夏葉が眠る墓は墓地の中心部にあった。
「青木家之墓……ここだな」
墓は綺麗に管理されていた。花は飾られていなかったから、買ってきた仏花を供花として供える。巽も僕に習い、反対側の花立に花を飾っていた。
無言のまま杉線香を取り出し、ろうそくに火をつける。杉線香に火を移すと、入道雲が立ち昇る夏空にもくもくと煙が上がっていった。
巽は僕の苗字と墓に掘られた名前が違うことに、気がついただろうか。まあ、気づくよな普通……何も聞かない彼の気遣いに甘えて、素知らぬフリで墓石を見つめ続けた。
蝉の声が痛いくらい耳につく。遮る日陰のない墓場で汗を流しながら、僕は墓石の前で跪いて手を合わせた。
(夏葉、久しぶり。今日、和泉は来ていないんだ、ごめんな。あいつ受験で忙しくってさ)
大吾にあわせて今の学力より上の大学を狙うってきかないから、今必死に猛勉強しているんだ。
それなのに高校生のうちに旅行に行きたいとか言い出して、先月は熱海に行ってきたよ。お前と旅行した時のことを思い出して懐かしかったな。
僕の仕事は相変わらずって感じだよ。ああ、ちょっとプライベートで新しい知り合いができたりしたかな。
色々あるけど、それなりに頑張ってる。お前がいなくてもなんとかやれてるよ。料理はいつまでたっても下手なままだけど。
語りかけると、その度に記憶の中の夏葉が驚いたり笑ったりする。実際には声も気配も感じられないけれど、僕の心の中で彼女は確かに生きていた。
『そうなんだ。郁巳も和泉も、頑張ってるのね』
(うん)
記憶の中の夏葉は朗らかに笑う。
『いい出会いがあったんだね、楽しそうでよかった。私はアンタと和泉が幸せなのが一番嬉しいから』
「……っ」
いかにも夏葉が言いそうなことだ。けれどその言葉は今の僕にとっては痛い。
(幸せだなんて。そんなこと)
これ以上は求めるべきじゃない。頭を横に振って余計な思考を追い出した。立ち上がると、背後にいた巽が声をかけてくる。
「もういいんですか」
「ああ、うん」
生返事をすると、巽も墓の前で一礼し手を合わせた。ぼーっと見守っていると、彼は生真面目な口調で墓石に向かって語りはじめる。
「はじめまして、夏葉さん。私は森栄巽と申します」
にこやかな笑みを浮かべながら墓石に挨拶する巽を、不思議な生き物でも見るかのように眺める。まるで夏葉が生きてるみたいに語りかけている様が自然で、胸が疼いた。
「いつも郁巳さんにはお世話になっております。彼は思いやりに溢れた優しい人で、いつも一生懸命で可愛らしくて、側にいて支えたくなる魅力があります。貴方が結婚相手として選んだだけはありますね」
「や、やめろよ」
なんで急に僕のことを褒めそやしているんだ。こんなことで絆されて気持ちを暴露したりしないぞと半眼で睨むと、彼は横目でフッと笑ってから墓石に視線を戻した。
「実は不躾ながらお願いがあるのですが、聞いていただけますか」
巽は顔を上げて、しっかりとした口調で宣言した。
「貴方の夫のこれからの人生を、私にください」
「ええっ? いきなり何を言いだすんだ」
慌てて周りを見渡し、人影がないことに安心していると巽に手をとられる。
「郁巳さん、お願いです。私は貴方を愛しています、貴方を慈しみ、側にいて支えることを許してほしいんです」
「……なんで、そこまで」
僕は巽に熱烈に想われるほどのことをしただろうか。覚えがなくて、くすぐったく思いながらもどこか不可解で、巽から視線を背けた。
「聞いていただけますか?」
どうしよう。聞いてしまえば、ますます巽に惹かれてしまうかもしれない。これ以上好きになってしまったら、気持ちを伝えたくなるかもしれない……
(聞くだけなら、いいだろうか)
迷った末に頷くと巽は静かな、それでいて隠しきれない情熱のこもった声で内心を吐露した。
「私達が出会う五年も前から、ずっと貴方のことを見ていました。どこか陰りのある美しい人……その背中を抱きしめて差し上げたかった」
「そんなに前から知られていたのか?」
「ええ。子どもがいるようなので妻帯者なのだろうと、ずっと家の窓から見つめるだけで満足していました」
いつもの通勤路で見かけられていたのだろう。毎日あくせくしながら過ごしていた僕は、全然巽の視線に気がつかなかった。
「実際に知りあってみて、ますます惹かれました。貴方の危うさと可愛らしさ、それに妖艶さと弱さ……とにかく貴方の一挙一動が私の心の琴線を引っ掻き、誘惑されました」
「誘惑なんてしてないんだけどな」
そんなに物欲しそうな、寂しそうな素振りを見せていただろうか……ずっと観察されていたのなら、僕がなかなか気づかなかった寂しさも彼には筒抜けだったのかもしれない。
「最初は好みの男に対する好奇心から貴方に近づきました。けれど今は違う。貴方の弱さごと、寂しさごと抱きしめて差し上げたい」
ハッと巽の方を振り返った。じりじりと傾きはじめた太陽が、頬を焼いていく。熱くてたまらないのに、彼の眼鏡の奥の瞳から視線が離せない。
「妻を愛する貴方ごと、郁巳さんを愛します。どうか私の想いを受け入れてくれませんか」
「……っぅ」
びっくりしすぎて喉がつっかえた。思い切り目を見開き巽を見つめるけど、彼は自分の気持ちに間違いはないと告げるように、まっすぐに僕を視線で貫く。
夏葉のことを忘れなくていいと言われるなんて予想外だった。僕の全てを受け止め愛したいだなんて……熱烈な告白に、胸の鼓動がうるさいくらいに体内で響いている。
暑い、熱い、夏の日差しが、注がれる視線が、流れる汗が、繋いだままの手が、彼の想いが……あつくて堪らない。
くらくらと揺れる心は身体の芯まで溶かしたようで、僕はふらりと巽の胸に倒れこんだ。ベルガモットの香水の香りと彼自身の体臭が混ざりあった魅惑の匂いに捉えられて、もう一人で立つことすらできなさそうだ。
「郁巳さん? 大丈夫ですか? ここは暑すぎますね……涼しい場所に移動しましょうか」
手を引かれて墓場から連れだされる。振り返って見た彼女の幻影は、優しげな笑みを浮かべたままだった。
『アンタの心のままに生きなよ。私のことなんていつまでも引きずらないでよね? 私はアンタと和泉が幸せなのが一番嬉しいから』
夏葉の言葉が胸に響いて、いつまでも頭の中でリフレインしていた。
「青木家之墓……ここだな」
墓は綺麗に管理されていた。花は飾られていなかったから、買ってきた仏花を供花として供える。巽も僕に習い、反対側の花立に花を飾っていた。
無言のまま杉線香を取り出し、ろうそくに火をつける。杉線香に火を移すと、入道雲が立ち昇る夏空にもくもくと煙が上がっていった。
巽は僕の苗字と墓に掘られた名前が違うことに、気がついただろうか。まあ、気づくよな普通……何も聞かない彼の気遣いに甘えて、素知らぬフリで墓石を見つめ続けた。
蝉の声が痛いくらい耳につく。遮る日陰のない墓場で汗を流しながら、僕は墓石の前で跪いて手を合わせた。
(夏葉、久しぶり。今日、和泉は来ていないんだ、ごめんな。あいつ受験で忙しくってさ)
大吾にあわせて今の学力より上の大学を狙うってきかないから、今必死に猛勉強しているんだ。
それなのに高校生のうちに旅行に行きたいとか言い出して、先月は熱海に行ってきたよ。お前と旅行した時のことを思い出して懐かしかったな。
僕の仕事は相変わらずって感じだよ。ああ、ちょっとプライベートで新しい知り合いができたりしたかな。
色々あるけど、それなりに頑張ってる。お前がいなくてもなんとかやれてるよ。料理はいつまでたっても下手なままだけど。
語りかけると、その度に記憶の中の夏葉が驚いたり笑ったりする。実際には声も気配も感じられないけれど、僕の心の中で彼女は確かに生きていた。
『そうなんだ。郁巳も和泉も、頑張ってるのね』
(うん)
記憶の中の夏葉は朗らかに笑う。
『いい出会いがあったんだね、楽しそうでよかった。私はアンタと和泉が幸せなのが一番嬉しいから』
「……っ」
いかにも夏葉が言いそうなことだ。けれどその言葉は今の僕にとっては痛い。
(幸せだなんて。そんなこと)
これ以上は求めるべきじゃない。頭を横に振って余計な思考を追い出した。立ち上がると、背後にいた巽が声をかけてくる。
「もういいんですか」
「ああ、うん」
生返事をすると、巽も墓の前で一礼し手を合わせた。ぼーっと見守っていると、彼は生真面目な口調で墓石に向かって語りはじめる。
「はじめまして、夏葉さん。私は森栄巽と申します」
にこやかな笑みを浮かべながら墓石に挨拶する巽を、不思議な生き物でも見るかのように眺める。まるで夏葉が生きてるみたいに語りかけている様が自然で、胸が疼いた。
「いつも郁巳さんにはお世話になっております。彼は思いやりに溢れた優しい人で、いつも一生懸命で可愛らしくて、側にいて支えたくなる魅力があります。貴方が結婚相手として選んだだけはありますね」
「や、やめろよ」
なんで急に僕のことを褒めそやしているんだ。こんなことで絆されて気持ちを暴露したりしないぞと半眼で睨むと、彼は横目でフッと笑ってから墓石に視線を戻した。
「実は不躾ながらお願いがあるのですが、聞いていただけますか」
巽は顔を上げて、しっかりとした口調で宣言した。
「貴方の夫のこれからの人生を、私にください」
「ええっ? いきなり何を言いだすんだ」
慌てて周りを見渡し、人影がないことに安心していると巽に手をとられる。
「郁巳さん、お願いです。私は貴方を愛しています、貴方を慈しみ、側にいて支えることを許してほしいんです」
「……なんで、そこまで」
僕は巽に熱烈に想われるほどのことをしただろうか。覚えがなくて、くすぐったく思いながらもどこか不可解で、巽から視線を背けた。
「聞いていただけますか?」
どうしよう。聞いてしまえば、ますます巽に惹かれてしまうかもしれない。これ以上好きになってしまったら、気持ちを伝えたくなるかもしれない……
(聞くだけなら、いいだろうか)
迷った末に頷くと巽は静かな、それでいて隠しきれない情熱のこもった声で内心を吐露した。
「私達が出会う五年も前から、ずっと貴方のことを見ていました。どこか陰りのある美しい人……その背中を抱きしめて差し上げたかった」
「そんなに前から知られていたのか?」
「ええ。子どもがいるようなので妻帯者なのだろうと、ずっと家の窓から見つめるだけで満足していました」
いつもの通勤路で見かけられていたのだろう。毎日あくせくしながら過ごしていた僕は、全然巽の視線に気がつかなかった。
「実際に知りあってみて、ますます惹かれました。貴方の危うさと可愛らしさ、それに妖艶さと弱さ……とにかく貴方の一挙一動が私の心の琴線を引っ掻き、誘惑されました」
「誘惑なんてしてないんだけどな」
そんなに物欲しそうな、寂しそうな素振りを見せていただろうか……ずっと観察されていたのなら、僕がなかなか気づかなかった寂しさも彼には筒抜けだったのかもしれない。
「最初は好みの男に対する好奇心から貴方に近づきました。けれど今は違う。貴方の弱さごと、寂しさごと抱きしめて差し上げたい」
ハッと巽の方を振り返った。じりじりと傾きはじめた太陽が、頬を焼いていく。熱くてたまらないのに、彼の眼鏡の奥の瞳から視線が離せない。
「妻を愛する貴方ごと、郁巳さんを愛します。どうか私の想いを受け入れてくれませんか」
「……っぅ」
びっくりしすぎて喉がつっかえた。思い切り目を見開き巽を見つめるけど、彼は自分の気持ちに間違いはないと告げるように、まっすぐに僕を視線で貫く。
夏葉のことを忘れなくていいと言われるなんて予想外だった。僕の全てを受け止め愛したいだなんて……熱烈な告白に、胸の鼓動がうるさいくらいに体内で響いている。
暑い、熱い、夏の日差しが、注がれる視線が、流れる汗が、繋いだままの手が、彼の想いが……あつくて堪らない。
くらくらと揺れる心は身体の芯まで溶かしたようで、僕はふらりと巽の胸に倒れこんだ。ベルガモットの香水の香りと彼自身の体臭が混ざりあった魅惑の匂いに捉えられて、もう一人で立つことすらできなさそうだ。
「郁巳さん? 大丈夫ですか? ここは暑すぎますね……涼しい場所に移動しましょうか」
手を引かれて墓場から連れだされる。振り返って見た彼女の幻影は、優しげな笑みを浮かべたままだった。
『アンタの心のままに生きなよ。私のことなんていつまでも引きずらないでよね? 私はアンタと和泉が幸せなのが一番嬉しいから』
夏葉の言葉が胸に響いて、いつまでも頭の中でリフレインしていた。
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