ツイノベ倉庫〜1000文字程度の短編集

兎騎かなで

文字の大きさ
61 / 126

61.恋人と別れた話

しおりを挟む
五年間つきあってた恋人に、もう別れよっかと告げられた。

まあ確かに、最近惰性で一緒に暮らしてたよなって思う。

最初はときめきポイントだった彼の強引なところも、今はうざいなと感じる時も増えた。

それでも一緒にいたのは、とにかく彼の顔が好きだから。

どこから見ても理想的で、見てるだけでご飯が何杯でも食べられちゃう。

別れよっかって言われた時の痛みをこらえるような顔も、やっぱり綺麗で。

気がついたら口をついて出ていた「そうだね」の言葉。

彼は一瞬驚いたような顔をして、けれど反論も何もせずに出ていった。

一つきりの歯ブラシ、シワのないシーツ、がらんとした部屋のどれもに、彼がいない空虚さを感じる。

それでも時間は過ぎていくもので、毎日会社に行って仕事をこなし、日々の生活を淡々と送っていると虚しさは忘れられた。

ある日職場の同僚に飯でも行こうかと声をかけられたので、久しぶりに向かうことにした。

「最近変わったな、お前」
「そう?」
「ああ。……寂しそうで正直そそる」
「えっ?」
「お、あったぞ店。評判いいらしいし楽しみだ」

聞き間違いかと首を捻りながらも入った店の看板メニューは、元彼が好きだったオムレツだった。

ふわふわが好きとか言うからわざわざ練習したんだっけな。

また寂しくなって、ごまかすように酒を飲む。

帰り道ふわふわした気分で歩いていると、同僚が緊張した面持ちで伝えてくる。

「なあ、今フリーなんだろ? つきあってみないか」

正直同僚のことはそんな目で見たことがなかった。

好みではない顔を近づけられ手をとられて、うっと後ずさる。

「寂しいんだろ? 俺ならそんな顔させない」
「いや……俺は」

寂しいのは本当だ。図星を突かれて掴まれた手を離せないでいると、元カレが通りかかった。

彼はバッと面食いくんの腕を掴んで同僚から引き離し、走り出す。

「えっ、おい!」

無言で走り続け、一緒に暮らしていた面食いの家まで来ると彼は赤い顔で言い放つ。

「あんなヤツとつきあうなよ! 俺のがいい男だろうが!」
「は、別れよって言ったのはそっちだろ」
「確かに言ったけど、まさか頷くとは思ってなかったんだよ。いつもなんかしたいって言い出すのは俺ばっかで、もうお前の気持ちは俺にないのかって確かめただけだったんだ」

なんだそれ。ズビズビと泣き出した彼も酔っているようで、ふらつきながら面食いにすがりついた。

「なんで本当に振るんだー、俺は本気でお前のことが好きなのに、お前はもう他のヤツが好きなのかよ……」

言いたいだけ言って崩れ落ちるように寝てしまう。

しょうがないヤツと思いながら、一緒に寝ていたベッドに放りこんでやる。

目の下には隈をこさえ頬は削げ、いつもパリッと着こなしてた服はよれっとしている。

「なんだ、お前は俺がいないとだめなのか」

ゾクゾクと仄暗い満足感が湧いてくる。
今まで強引に振り回されたことも愛情表現の一種だったんだと思うと、ウザいよりも可愛いの気持ちがグンと大きくなってきた。

起きたらコイツの好きなふわふわなオムレツを作ってやろうと決めて、同じベッドに潜りこむ。

久しぶりに馴染む体温に、隙間風に吹かれていた心が温まるのを感じた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...