悪役令嬢、国外追放されて小国王子の侍女になる。

もみぞー

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初めまして、モス先生:2

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  この世界には『魔法』という特異な技術がある。
  世界には『マナ』と呼ばれる熱源がある。魔法はマナを活用した技術で、炎や氷を発生させ、或いは空中を飛び交うなど様々な現象を発生させる。
  術式は多種多様で、身体や衣類を清潔にするお役立ち系から傷を治療する回復系や他者を攻撃する過激なものまで存在する。
  冒険者や騎士には欠かせぬ技術であった。
  かくいうアルテイシアも魔法は使える。
  だが、貴族の令嬢の『習い事』で覚えたものなので、どれも実用性に欠けていて現実に役立つとはとても思えなかった。
  アルテイシアはこの意味のない魔法しか使えぬことに劣等感を抱いていた。
  貴族の令嬢とは殿方に守らさせてさしあげる存在であると説いたのは継母であるシュタイナー公爵夫人であった。
  持てる者の義務として、男を立たせてやってこそ淑女の嗜みと信じて疑ってなかったのである。
  攻撃魔法など野蛮の極み。そんなものは男が使えば良いのであると公言して憚らなかった。
  シュタイナー家を懸命に支えていたのはアルテイシアだ。 
  だが、支配者は継母と異母妹であった。
  アルテイシアの習い事は継母が後妻になってから全てやめさせられた。父に懇願師で実用性のある魔法を漸く習えると思った矢先のことだった。
  心残りは見えない傷となり、独学という道を選ばせた。
  しかし、それも継母や異母妹の悪行三昧により断念せざるを得なかった。
  なので、というか、だから、というか。
  カイルが家庭教師を招き魔法を習うことがアルテイシアには羨ましい。
  同時に、折角自由になったのだから、独学で勉強するのも良いかもしれないとほのかに希望を抱きもした。

「モス先生はね、すごおい先生なんだよ!」

  勉強用の部屋に向かいながら、カイルは誇らしげに告げた。

「古いことなら、なんでも知ってるの! 面白い話も知ってるし、魔法もいっぱい使えるんだ!」
「殿下はモス先生が大好きなのですね」
「うん。大好き! ぼく、モス先生の優秀な生徒になるんだ!
  父上やシルヴィオよりも、カッコイイ生徒になるよ!」
「陛下やシルヴィオ様よりも………?」

  思わぬ名前がカイルの口から飛び出てきたので、アルテイシアは知らずシルヴィオを見る。と、シルヴィオは若干気恥ずかしそうな様子で口を開いた。

「私と陛下も、モストゥルム様に魔法やエンシャントの歴史、剣術を習った身なのです」
「シルヴィオ様は陛下と乳兄弟ということ、ですか?」
「乳兄弟、というのとは少し違いますね。
  私は神殿育ちなので、モストゥルム様に連れられて陛下と共に魔法や剣術を学びました」
「神殿、というと………」
「アルテス山脈にある神殿のことです」

  アルテス山脈の神殿といえば、彼の聖獣モストゥルムの住む場所である。
  聖獣と同じ名を持つ人間がいるのも驚きだったが、シルヴィオが神殿で育ったというのにも驚いた。
  オリタリアにも多様な神を祀る神殿がいくつか存在していたので分かるのだが、神殿は孤児院の役割も果たしている。『神殿育ち』を明言するのは自分が孤児だと告白するに等しい。親なしというのは何故か妙な目で見られがちだ。なので、率先して言うものでもないのが普通であった。
  シルヴィオは特段不幸自慢をしてるという風でもなさそうだった。誰でも知ってる事実を言っただけという感じである。
  その為、アルテイシアもさらりと事実を受け止め「それでしたら、殿下とシルヴィオ様は兄弟弟子ということになるんですね」と言うと、シルヴィオははにかんで嬉しそうに頷いたのだった。

「シルヴィオはぼくのお兄ちゃんなの?」
「同じ先生に習った順番で、先に習った方を兄や姉に見立てるのです。女性なら姉弟子、男性なら兄弟子ですね」

  アルテイシアが注釈をいれるとカイルは「そっかあ」とシルヴィオと同じように嬉しそうに笑う。
  そうしてシルヴィオに向き直ると手を取り「ぼくの騎士になってくれて、ありがとう」と言った。

「モス先生の生徒さんなら、本当は色んなところに行けたでしょ?
  ぼくを選んでくれて、嬉しいよ。シルヴィオ」
「騎士冥利に尽きるお言葉、ありがとうございます」
「うふふ~」

  勉強用の部屋に辿り着いたのはその後直ぐのことだった。
  ノックをして部屋に入ると、中には魔法陣以外なにもない部屋であったことにアルテイシアは少し驚いた。
  魔法陣は床だけでなく天井や壁にも描かれていた。
  アルテイシアの知識が間違えでなければ、魔法陣は全て衝撃吸収と結界の魔法が発動する物である。
  本格的な練習場であった。

「来たな、カイル。シルヴィオもお役目ご苦労」
「こんにちは、モス先生」
「お久しゅうございます、モストゥルム様」

  アルテイシアたちを出迎えたのは壮年の男性だった。
  宵闇の髪と瞳をしており、髪は獅子のたてがみのように長かった。身に纏ったローブは月夜を思わせる濃紺で、金の刺繍が星のように思えた。
  朗朗とした低い声も、穏やかな夜を思わせる。
  総じて言うなら若かった。
  クロフォードとシルヴィオが師事し、カイルを指導するのだからゲオルグぐらいの齢だろうと予測していたのだ。
  モストゥルムという名前だけあって神童であったのだろうか。
  などと考えているとモストゥルム先生と目があってしまった。
  アルテイシアは失礼にならない程度に会釈をすると、カイルが「あのね」とモストゥルム先生の袖を引いた。

「先生、紹介します。
  こちらは、ぼくの侍女の、アルテイシアです。
  ぼくのお世話をしてくれたり、お作法を教えてくれたり、お城でみんなとお仕事したり、一生懸命働いている、頑張り屋さんです。
  アルテ、紹介するね。
  こちらは、モストゥルム先生。ぼくは、モス先生って呼んでるの。お願いしてね、モス先生ってお呼びするのを許してもらったの。
  モストゥルム先生は、シルヴィオのお父さんみたいな人で、それでね、世界の管理者さんでもあるんだよ!
  ぼく、凄い方に、お勉強見てもらってるの!」

  王様になる為のお勉強だよと宣言するカイルの言葉は残念ながらモストゥルム先生の正体のおかげで見事に聞き逃してしまったアルテイシアであった。
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