7 / 15
初めまして、モス先生:2
しおりを挟むこの世界には『魔法』という特異な技術がある。
世界には『マナ』と呼ばれる熱源がある。魔法はマナを活用した技術で、炎や氷を発生させ、或いは空中を飛び交うなど様々な現象を発生させる。
術式は多種多様で、身体や衣類を清潔にするお役立ち系から傷を治療する回復系や他者を攻撃する過激なものまで存在する。
冒険者や騎士には欠かせぬ技術であった。
かくいうアルテイシアも魔法は使える。
だが、貴族の令嬢の『習い事』で覚えたものなので、どれも実用性に欠けていて現実に役立つとはとても思えなかった。
アルテイシアはこの意味のない魔法しか使えぬことに劣等感を抱いていた。
貴族の令嬢とは殿方に守らさせてさしあげる存在であると説いたのは継母であるシュタイナー公爵夫人であった。
持てる者の義務として、男を立たせてやってこそ淑女の嗜みと信じて疑ってなかったのである。
攻撃魔法など野蛮の極み。そんなものは男が使えば良いのであると公言して憚らなかった。
シュタイナー家を懸命に支えていたのはアルテイシアだ。
だが、支配者は継母と異母妹であった。
アルテイシアの習い事は継母が後妻になってから全てやめさせられた。父に懇願師で実用性のある魔法を漸く習えると思った矢先のことだった。
心残りは見えない傷となり、独学という道を選ばせた。
しかし、それも継母や異母妹の悪行三昧により断念せざるを得なかった。
なので、というか、だから、というか。
カイルが家庭教師を招き魔法を習うことがアルテイシアには羨ましい。
同時に、折角自由になったのだから、独学で勉強するのも良いかもしれないとほのかに希望を抱きもした。
「モス先生はね、すごおい先生なんだよ!」
勉強用の部屋に向かいながら、カイルは誇らしげに告げた。
「古いことなら、なんでも知ってるの! 面白い話も知ってるし、魔法もいっぱい使えるんだ!」
「殿下はモス先生が大好きなのですね」
「うん。大好き! ぼく、モス先生の優秀な生徒になるんだ!
父上やシルヴィオよりも、カッコイイ生徒になるよ!」
「陛下やシルヴィオ様よりも………?」
思わぬ名前がカイルの口から飛び出てきたので、アルテイシアは知らずシルヴィオを見る。と、シルヴィオは若干気恥ずかしそうな様子で口を開いた。
「私と陛下も、モストゥルム様に魔法やエンシャントの歴史、剣術を習った身なのです」
「シルヴィオ様は陛下と乳兄弟ということ、ですか?」
「乳兄弟、というのとは少し違いますね。
私は神殿育ちなので、モストゥルム様に連れられて陛下と共に魔法や剣術を学びました」
「神殿、というと………」
「アルテス山脈にある神殿のことです」
アルテス山脈の神殿といえば、彼の聖獣モストゥルムの住む場所である。
聖獣と同じ名を持つ人間がいるのも驚きだったが、シルヴィオが神殿で育ったというのにも驚いた。
オリタリアにも多様な神を祀る神殿がいくつか存在していたので分かるのだが、神殿は孤児院の役割も果たしている。『神殿育ち』を明言するのは自分が孤児だと告白するに等しい。親なしというのは何故か妙な目で見られがちだ。なので、率先して言うものでもないのが普通であった。
シルヴィオは特段不幸自慢をしてるという風でもなさそうだった。誰でも知ってる事実を言っただけという感じである。
その為、アルテイシアもさらりと事実を受け止め「それでしたら、殿下とシルヴィオ様は兄弟弟子ということになるんですね」と言うと、シルヴィオははにかんで嬉しそうに頷いたのだった。
「シルヴィオはぼくのお兄ちゃんなの?」
「同じ先生に習った順番で、先に習った方を兄や姉に見立てるのです。女性なら姉弟子、男性なら兄弟子ですね」
アルテイシアが注釈をいれるとカイルは「そっかあ」とシルヴィオと同じように嬉しそうに笑う。
そうしてシルヴィオに向き直ると手を取り「ぼくの騎士になってくれて、ありがとう」と言った。
「モス先生の生徒さんなら、本当は色んなところに行けたでしょ?
ぼくを選んでくれて、嬉しいよ。シルヴィオ」
「騎士冥利に尽きるお言葉、ありがとうございます」
「うふふ~」
勉強用の部屋に辿り着いたのはその後直ぐのことだった。
ノックをして部屋に入ると、中には魔法陣以外なにもない部屋であったことにアルテイシアは少し驚いた。
魔法陣は床だけでなく天井や壁にも描かれていた。
アルテイシアの知識が間違えでなければ、魔法陣は全て衝撃吸収と結界の魔法が発動する物である。
本格的な練習場であった。
「来たな、カイル。シルヴィオもお役目ご苦労」
「こんにちは、モス先生」
「お久しゅうございます、モストゥルム様」
アルテイシアたちを出迎えたのは壮年の男性だった。
宵闇の髪と瞳をしており、髪は獅子のたてがみのように長かった。身に纏ったローブは月夜を思わせる濃紺で、金の刺繍が星のように思えた。
朗朗とした低い声も、穏やかな夜を思わせる。
総じて言うなら若かった。
クロフォードとシルヴィオが師事し、カイルを指導するのだからゲオルグぐらいの齢だろうと予測していたのだ。
モストゥルムという名前だけあって神童であったのだろうか。
などと考えているとモストゥルム先生と目があってしまった。
アルテイシアは失礼にならない程度に会釈をすると、カイルが「あのね」とモストゥルム先生の袖を引いた。
「先生、紹介します。
こちらは、ぼくの侍女の、アルテイシアです。
ぼくのお世話をしてくれたり、お作法を教えてくれたり、お城でみんなとお仕事したり、一生懸命働いている、頑張り屋さんです。
アルテ、紹介するね。
こちらは、モストゥルム先生。ぼくは、モス先生って呼んでるの。お願いしてね、モス先生ってお呼びするのを許してもらったの。
モストゥルム先生は、シルヴィオのお父さんみたいな人で、それでね、世界の管理者さんでもあるんだよ!
ぼく、凄い方に、お勉強見てもらってるの!」
王様になる為のお勉強だよと宣言するカイルの言葉は残念ながらモストゥルム先生の正体のおかげで見事に聞き逃してしまったアルテイシアであった。
0
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが
水谷繭
恋愛
公爵令嬢のリリアーヌは、婚約者のジェラール王子を追いかけてはいつも冷たくあしらわれていた。
王子の態度に落ち込んだリリアーヌが公園を散策していると、転んで頭を打ってしまう。
数日間寝込むはめになったリリアーヌ。眠っている間に前世の記憶が流れ込み、リリアーヌは今自分がいるのは前世で読んでいたWeb漫画の世界だったことに気づく。
記憶を思い出してみると冷静になり、あれだけ執着していた王子をどうしてそこまで好きだったのかわからなくなる。
リリアーヌは王子と婚約解消して、新しい人生を歩むことを決意するが……
◆表紙はGirly Drop様からお借りしました
◇小説家になろうにも掲載しています
婚約破棄の、その後は
冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。
身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが…
全九話。
「小説家になろう」にも掲載しています。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる