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ヤシュマの変化、告白
しおりを挟むここ最近、ヤシュマの機嫌がいい。
朝になれば小鳥のさえずりのように「腹が減った」と喚いていたのがパタリと止んだのである。
あんなに面倒臭がっていた夜警も率先して行くようになったのも不思議だ。
身体能力が人並み以上なのに胡座(あぐら)をかいていたのが嘘のように訓練も真面目にこなしている。
「怪しい………」
「ラトーヤと寄りが戻ったのかな」
「まさか! あんなド修羅場展開させといて元鞘はないだろう」
「シルヴィオは何か聞いてないか?」
「いや、特になにも聞いてはいないが」
ヤシュマは気さくな男だ。老若男女別け隔てなく人に好かれる。
容姿も悪くなく、体躯も良い。1代限りの騎士侯だが、本来の任務の功績は悪くないので男爵にはなれるのではないかという者もいる。よって、若い女性が放っておかない。
ヤシュマ自身もどちらかと言えば女好きな性格であるから、惚れた腫れたの噂話には事欠かなかった。
昨日はあの子、今日はその子と日によって連れ合う女性が違うのは有名な話で、女性たちは我こそはとヤシュマの隣を競い合ったものだ。
変化が訪れたのは数年前、ラトーヤと本格的に付き合うことになった時だった。
特定の相手と付き合うことのなかったヤシュマが遂にひとりに絞り込んだのである。
これに騎士団長は大いに安堵し、同僚達は驚いた。
だが、ヤシュマの処理の仕方が良くなかった。彼に夢中だった何人かは諦めきれず騎士団に詰めかけては押し問答を繰り返したのである。当然交際相手のラトーヤにも女性たちは押しかけてきた。そして、刃傷沙汰が起きたのである。
これによりヤシュマとラトーヤは破局、女性たちもヤシュマとは距離を置くようになった。
刃傷沙汰はヤシュマの異能も露呈させ、彼が正しく鬼の子であるのが証明しれたことも要因であった。
ヤシュマはあの事件以降大人しくはなった。
大人しくはなったが真面目になったわけではない。
生来の怠け癖みたいなものは相変わらずで、自身の能力を鵜呑みにしているヤシュマは騎士団にとっても悩みの種であった。
それがどうだ。
金食い虫と揶揄されたのは昔の話と言わんばかりの真面目ぶりである。
なにかあると見るのは当然の成り行きであった。
「最近、なにかあったのか?」
「なにって?」
「皆がお前の変化に驚いている」
「…………?」
昼の警邏の最中に聞いてみれば、本人は自覚がないのかきょとりとした顔で瞬きをする。
「朝に騒がなくなったし、訓練も警邏も真面目にこなしてる。夜警なんて誰かと交代してまで行ってるじゃないか。
今までそんなこと一度もなかっただろう」
「………ああ、まあ、色々とあるんだよ」
決まりが悪そうにヤシュマは言って頬を引っ掻く。
「色々、か」
「そう、色々。お前だって最近機嫌良いんだからおあいこだろ」
「私は何時もどうりだ」
「よく言うよ。アルテイシア嬢に首ったけのくせにさ」
「だ、誰がそんな不埒な思いを抱くか! からかうのも大概にしろ」
シルヴィオは鼓動が跳ねるのを自覚しながらヤシュマをたしなめる、と、ヤシュマは立ち止まり振り返り、シルヴィオに対峙するように立ちはだかった。
「なら、俺が彼女に本気になってもいいんだな」
「…………は?」
言ってる意味が理解できなかった。
何故、自分に確認するのかも分かりかねて顔をしかめると、ヤシュマは「言っとくけど、からかってんじゃないからな」と言ってひとつ息を吐いた。
「お前が紹介してくれたようなもんだからな。筋は通しておく。俺はアルテイシア嬢と恋仲になりたい」
「なっ。おい、待て。お前と彼女に接点なんてなかったじゃないか!」
「接点ならあるさ。お前の話を聞いて興味が湧いた。実際目にして彼女ならと思った。だからこれから距離を詰めていく。そうして俺を知ってもらって、好きになってもらう努力をする」
今までは女性たちから好かれるばかりだった男が、好かれる努力をするという。
その言葉だけでもシルヴィオが危機感を抱くのは十分だった。
同時に、何故自分が危機感を抱くのか理解が出来なくて、シルヴィオは拳を握りしめた。
「お前にだけは負けないからな、シルヴィオ」
「…………そこでどうして私が出てくるんだ………。」
「分からないならそれでいいよ」
その分、俺が有利だ。
そう言ってヤシュマは警邏を再開する。
シルヴィオは戸惑いながらもヤシュマの跡を急いで追いかけたのだった。
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