すこし未来の、ほかの地球で。

noriko

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約束と運命の鎖

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彼女は無事だろうか?
まさか、キッチンの中にいないだろうか……?
その不安は幸いにも、視界にちらつく光によって打ち消された。
あれは、ペンダントの石ではないか?
そこは出火した部屋の隣だった。
明かりがついていないから、それ以外はよくわからない、けれど。
「……杏奈ちゃん」
近づくと、そこには確かにヒトがいた。
「杏奈ちゃんだよね。――駄目だ、暗くてよく見えない」
意識が朦朧とする中、右手を胸の前へ。
そこに精神を集中させると、手のひらの上に光の玉が発生した。


天術の、初歩中の初歩だ。
柔らかな光は、やはり先刻話していた少女の顔を浮かび上がらせた。
「杏奈ちゃん、杏奈ちゃん……!」
呼吸は感じられるものの、部屋の隅で身体を縮めて倒れたまま動かない。
この部屋には被害は及んでいなかったのに、彼女はどうして避難しなかったのか。
――避難、できなかった?
彼女の両手首を締め付け自由を奪う鎖が、ずっしりと構えた机の脚にくくりつけられているのが見えた。
ほどこうにも、何本かのそれが複雑に絡み合っている。
「ごほっ、……これ」
誰がこんなことを?


杏奈ちゃんは、必死に逃げようとしていたのがわかった。
手首には、あざと、赤く腫れたような痕。
木製の机の脚は少しだけ削れ、
彼女と机をつなぐ数本の鎖はわずかに傷がつき、黒くくすんでいた。
「今、鎖、なんとかするから」
返事はない。
疲れきった表情のまま瞳を閉ざした彼女の、乱れた髪は以前のような黒っぽい色ではなく、千菜様と同じ、金色に近い色だった。
疲れはてるまで、彼女が知る限りの、もてる限りの天術すべてで鎖をなんとか千切ろうと努力していたのだろう。
「……がんばったね」
この部屋に火が及ぶ前に、なんとしても一階から逃げなければ。


――丸一日、髪にかけていた術を解く。
これが意外にも結構な負担で、これを解くだけでも随分身体が楽になる。
全力で天術を使い、すぐに鎖を砕きたかったのもある。
青い髪を見られたっていい。
なにを言われてもいい。
そんなことより、今は杏奈ちゃんを助けないと。
煙の充満するこの部屋にずっといたんだ、彼女は本格的に危ないだろう。
僕は机の上にあったボールペンを握りしめ、全身の天力を注ぎ込む。
何よりも固く、何よりも強い武器となれ――そう念じながら。
「っ……もうだめ、お願いだから、これで壊れて!」


天力の消耗はそのまま体力の消耗につながる。
ボールペンを振り上げて、ありったけの力で鎖へと何度も突き刺した。
3回ほどで、激しい音と共に、一本の鎖が砕けた。
残りは3本……勢いを利用して、また一本の鎖を砕く。
腕が痛い。
苦しい。
力がうまく入らない。
「ちっ……くしょう!」
なんでこんなことになってるんだ!
どうしてこんなことしかできないんだ!
がむしゃらにもう一度鎖に突き刺す。


残りはあと一本になった。
煙が目にしみる、涙が止まらない。
「どうして……どうして!」
どうして兄貴と離れ離れになった?
どうして僕はこの子を覚えてない?
どうしてこの子はこんな目に遭ってる?
この子が何をした?
この子のなにが悪い?
今まで4年間、なにも知らずに過ごしてきた自分に嫌気がさした。
自分がこれまでになく混乱しているのはわかっていた。
それでも、どうにもならなかった。
なんで、よりにもよってこんな時に頭が働かないんだ!


最後の鎖が、なかなか切れない。
鎖が強いからじゃない、僕の力が弱くなっているのだ。
「なんだよ……あと一本じゃないかっ!」
煙もだんだんと濃くなっているのがわかる。
あと少しで、逃げ道がなくなるだろう。
両手でボールペンを握りしめ、何度も何度も鎖に打ちつけた。
少しずつ鎖が削れていくのがわかり、どこか安堵した。
あとすこし、あと少しだ――
「……さん……」
かすかに、声が聞こえた。
鎖で縛られた小さな手の、指先がかすかに動いた。
「あなた……」


「杏奈ちゃん、あと少しだから。あと、少しだからね」
自分にも言い聞かせたかった。
あと少しで、鎖が千切れる。
「民人、さん……その、髪」
かすれた小さな声で、必死に僕を呼ぶ。
この髪の色が、彼女にわかる。
考えてみれば、明かりなしでも十分にまわりが見渡せる明るさになっていた。
火は、もうすぐそこまで来ている……!
「杏奈ちゃん喋らないで、じっとしてないと」
「……あなただった」
「あと、もう少しだから!」
僕より先に、ボールペンが悲鳴をあげている。
――あと、3回で決めなければ。
床に穴があきそうなくらい、思い切りボールペンを叩きつける。
「はぁっ!」
ボールペンの破片が飛び散った。
もしも、鎖よりも先にボールペンが壊れてしまったら。
まわりを見渡しても代わりになる物はないから、力ずくで鎖をちぎるしか無いだろう。
――それだけの力が、僕に残っているのだろうか?
  
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