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約束とはじまりの記憶
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恵さんだろうか?
そういえば、おかゆ、食べれなかった。
「はい」
(ミント、ごめん)
ミントから返事はない。
通信が途絶えたみたいに。
(僕の中にいるっていうのは嘘みたいだ)
どちらかというと、今までの会話はテレパシーの類で、彼女はどこか遠くに実体を持っているんだろう。
(まあ、また話せるよね)
必要があれば、彼女はまた僕とコンタクトをとるだろうから。
ところで――ドアをあけたのは、やはり恵さんだった。
「起こしちゃった?」
「いや、さっき起きました」
「よかったわ、丁度おかゆ温めなおしたの」
手には、お椀をのせたトレーを持っていた。
「ごめんなさい、何回も」
「気にしないで、世の中にはひどい我が儘がいるんだから」
「はあ……」
大助、のことじゃないだろう。
僕の知らない誰かだ。
「身体起こすわよ、食べにくいでしょ」
そう言って、僕の背中を支える。
ベッドの頭を上げて、背もたれを作った。
「ありがとう、ございます」
「怪我人は黙ってはやく治しなさい」
彼女は手際よく、僕の髪を束ねた。
「あの、恵さんは髪とか切れますか?」
「切るくらいなら誰だって出来るわよ」
「今度、切ってくれませんか?」
彼女はしばらく考え込んだ。
そりゃそうだ、彼女の言い方だと、普通の人なら断る状況だ。
それに頼む僕も間違ってる。
「いいわよ、どうなっても知らないけど。折角綺麗に伸びてるのに勿体ない」
しかし、彼女は引き受けてくれた。
「鬱陶しいんですよ」
「そうねえ。特に前髪なんか」
少なくとも僕は好きでのばしてるわけじゃないけれど、やっぱり実際鬱陶しいと言われると、ちょっと傷ついた。
隣にある丸いすに座った彼女は、丁度良さそうな温度のおかゆを少量、レンゲにとった。
「無理はしなくていいけど、食べてみて」
どちらかと言えば重湯に近かったそれは、今の僕には丁度良かった。
やさしい薄味も、その温かさも。
でも、食べさせてもらうのはとても恥ずかしかった。
「ありがとうございます、恵さん」
「おいしい? 無理して食べたら駄目だからね」
「はい……おいしいです」
「よかった、嬉しい」
これから料理が楽しくなるかも、と彼女は微笑んだ。
綺麗な人だ、と純粋に思った。
「あの、恵さん」
「何かしら」
「ここって、北部なんですか?」
ミントは言っていた。
ここは北部だと。
「そうよ。どうしていきなり?」
「寒かったので……今は何月?」
「3月よ。寒くて目が覚めた? ごめんね」
また布団を一枚持ってくるわね、と言った。
北部は大陸の中で最も寒い地方だ。
日の出ている時間は少ないし、雪もたくさん降ると聞いた。
そして、大陸にある8地方――中央、北部、北東部、東部、西部、南西部、南東部、南部――の中で、最も広い面積を占めている。
「……じゃあ、この河闇家っていうのは?」
彼女は目を丸くする。
「北部が寒いっていうのは覚えてて、河闇家は覚えてないのね」
その言葉に、僕は首を傾げた。
「有名なんですか?」
「……教えた方がよさそうね」
恵さんは、小さくため息をついた。
「できる限り、お願いします」
「どこから話そうかしら……この大陸が王政っていうのは覚えてる?」
「はい、でも今の王様が誰かは……思い出せません」
「それはまた機会があったらでいいわ。とりあえず王政ってことをわかってくれていれば話が早いわ」
「はあ」
それは、何か関係あるのか?
「じゃあ簡単に河闇家について説明するわ。一言でいえば、そうねえ。貴族」
「貴族……ってことは、すごい所ですよね」
各地方に存在する、その地方に関する様々な管理と王への報告、そして王を指示する存在を、貴族と呼ぶ。
貴族自体は経済力はあまりないが、何かしらの副業を行っている場合がほとんどで、その利益は半端じゃない。
そりゃ、こんなに広いはずだ。
「河闇はいちばん王様と仲良しだから、頼りにされるのよ。大陸でいちばん強い貴族だわ」
「え……僕は、今そんなところにいるんですか?」
背筋がぞくっとした。
万が一ここの生活に慣れたら、これから先どうすればいいんだ。
なにより、僕には場違いじゃないだろうか?
僕をかくまって、何のメリットがあるだろう。
「よかったじゃない。北部は寒いけど、治安はいいし」
「だって……僕なんかがいて、良いところなんですか!?」
僕は必死なのに、彼女は笑いをこらえていた。
「気にしなくていいのよ、ここにはお人好しと世話焼きしかいないんだから」
出てってもいいけど、体がちゃんと治ってからにしなさい――彼女はそう言って、僕の口にレンゲを運ぶ。
「僕の体、どうなんですか」
「とりあえず、けっこうな重傷よ。あなた弱ってるし、3ヶ月は安静にしなさいってお医者さんが」
「3ヶ月……」
3ヶ月後、僕にはどれだけの新しい記憶が刻まれているだろう。
……どれだけの、古い記憶が残されているだろう。
「なに、思い詰めたような顔してるの」
茶碗には、もうお粥がのこっていない。
最後のひとくち。
「記憶は、ずっと戻らないんでしょうか」
「さあ、私にはわからないわ」
きっと、あなた次第ね。
彼女はそういって、茶碗を机に置いた。
「ごちそうさまでした」
「だんだん、ちゃんとしたものに変えてくから」
「はい」
彼女は優しく笑った。
「それじゃ、また明日」
音も立てず、上品な物腰で彼女は立ち上がる。
「あの、恵さん」
僕に背を向けた恵さんは、振り返る。
「ありがとうございます。こんなに、優しくしてくれて」
「いいのよ、仕事だもの」
長いスカートを靡かせて部屋を去る。
そんな淡白なことをいう彼女は、とても温かかった。
そういえば、おかゆ、食べれなかった。
「はい」
(ミント、ごめん)
ミントから返事はない。
通信が途絶えたみたいに。
(僕の中にいるっていうのは嘘みたいだ)
どちらかというと、今までの会話はテレパシーの類で、彼女はどこか遠くに実体を持っているんだろう。
(まあ、また話せるよね)
必要があれば、彼女はまた僕とコンタクトをとるだろうから。
ところで――ドアをあけたのは、やはり恵さんだった。
「起こしちゃった?」
「いや、さっき起きました」
「よかったわ、丁度おかゆ温めなおしたの」
手には、お椀をのせたトレーを持っていた。
「ごめんなさい、何回も」
「気にしないで、世の中にはひどい我が儘がいるんだから」
「はあ……」
大助、のことじゃないだろう。
僕の知らない誰かだ。
「身体起こすわよ、食べにくいでしょ」
そう言って、僕の背中を支える。
ベッドの頭を上げて、背もたれを作った。
「ありがとう、ございます」
「怪我人は黙ってはやく治しなさい」
彼女は手際よく、僕の髪を束ねた。
「あの、恵さんは髪とか切れますか?」
「切るくらいなら誰だって出来るわよ」
「今度、切ってくれませんか?」
彼女はしばらく考え込んだ。
そりゃそうだ、彼女の言い方だと、普通の人なら断る状況だ。
それに頼む僕も間違ってる。
「いいわよ、どうなっても知らないけど。折角綺麗に伸びてるのに勿体ない」
しかし、彼女は引き受けてくれた。
「鬱陶しいんですよ」
「そうねえ。特に前髪なんか」
少なくとも僕は好きでのばしてるわけじゃないけれど、やっぱり実際鬱陶しいと言われると、ちょっと傷ついた。
隣にある丸いすに座った彼女は、丁度良さそうな温度のおかゆを少量、レンゲにとった。
「無理はしなくていいけど、食べてみて」
どちらかと言えば重湯に近かったそれは、今の僕には丁度良かった。
やさしい薄味も、その温かさも。
でも、食べさせてもらうのはとても恥ずかしかった。
「ありがとうございます、恵さん」
「おいしい? 無理して食べたら駄目だからね」
「はい……おいしいです」
「よかった、嬉しい」
これから料理が楽しくなるかも、と彼女は微笑んだ。
綺麗な人だ、と純粋に思った。
「あの、恵さん」
「何かしら」
「ここって、北部なんですか?」
ミントは言っていた。
ここは北部だと。
「そうよ。どうしていきなり?」
「寒かったので……今は何月?」
「3月よ。寒くて目が覚めた? ごめんね」
また布団を一枚持ってくるわね、と言った。
北部は大陸の中で最も寒い地方だ。
日の出ている時間は少ないし、雪もたくさん降ると聞いた。
そして、大陸にある8地方――中央、北部、北東部、東部、西部、南西部、南東部、南部――の中で、最も広い面積を占めている。
「……じゃあ、この河闇家っていうのは?」
彼女は目を丸くする。
「北部が寒いっていうのは覚えてて、河闇家は覚えてないのね」
その言葉に、僕は首を傾げた。
「有名なんですか?」
「……教えた方がよさそうね」
恵さんは、小さくため息をついた。
「できる限り、お願いします」
「どこから話そうかしら……この大陸が王政っていうのは覚えてる?」
「はい、でも今の王様が誰かは……思い出せません」
「それはまた機会があったらでいいわ。とりあえず王政ってことをわかってくれていれば話が早いわ」
「はあ」
それは、何か関係あるのか?
「じゃあ簡単に河闇家について説明するわ。一言でいえば、そうねえ。貴族」
「貴族……ってことは、すごい所ですよね」
各地方に存在する、その地方に関する様々な管理と王への報告、そして王を指示する存在を、貴族と呼ぶ。
貴族自体は経済力はあまりないが、何かしらの副業を行っている場合がほとんどで、その利益は半端じゃない。
そりゃ、こんなに広いはずだ。
「河闇はいちばん王様と仲良しだから、頼りにされるのよ。大陸でいちばん強い貴族だわ」
「え……僕は、今そんなところにいるんですか?」
背筋がぞくっとした。
万が一ここの生活に慣れたら、これから先どうすればいいんだ。
なにより、僕には場違いじゃないだろうか?
僕をかくまって、何のメリットがあるだろう。
「よかったじゃない。北部は寒いけど、治安はいいし」
「だって……僕なんかがいて、良いところなんですか!?」
僕は必死なのに、彼女は笑いをこらえていた。
「気にしなくていいのよ、ここにはお人好しと世話焼きしかいないんだから」
出てってもいいけど、体がちゃんと治ってからにしなさい――彼女はそう言って、僕の口にレンゲを運ぶ。
「僕の体、どうなんですか」
「とりあえず、けっこうな重傷よ。あなた弱ってるし、3ヶ月は安静にしなさいってお医者さんが」
「3ヶ月……」
3ヶ月後、僕にはどれだけの新しい記憶が刻まれているだろう。
……どれだけの、古い記憶が残されているだろう。
「なに、思い詰めたような顔してるの」
茶碗には、もうお粥がのこっていない。
最後のひとくち。
「記憶は、ずっと戻らないんでしょうか」
「さあ、私にはわからないわ」
きっと、あなた次第ね。
彼女はそういって、茶碗を机に置いた。
「ごちそうさまでした」
「だんだん、ちゃんとしたものに変えてくから」
「はい」
彼女は優しく笑った。
「それじゃ、また明日」
音も立てず、上品な物腰で彼女は立ち上がる。
「あの、恵さん」
僕に背を向けた恵さんは、振り返る。
「ありがとうございます。こんなに、優しくしてくれて」
「いいのよ、仕事だもの」
長いスカートを靡かせて部屋を去る。
そんな淡白なことをいう彼女は、とても温かかった。
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