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約束とはじまりの記憶
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しおりを挟む◇◆◇
翌朝は、部屋の奥まで届く日光の眩しさで目を覚ました。
掛け布団が昨日よりずっしりと思く感じたのは、1枚増えていたからだった。
おかげで、暖かい。
「……ん」
「起きた? えっと……」
名前を呼ぼうとして、少年が口を噤んだ。
「大助……? おはよう」
名前を呼んでから、声の主が茶髪の少年であることを確認した。
「うん、おはよう。調子はどう?」
「おかげさまで。いつからここに?」
少しうなって、天井を仰いでから答える。
「んん……まあ、ついさっき」
「ごめんね、起こしてくれれば良かったのに」
彼は目を丸くしてから、照れくさそうに笑った。
「気にすんなよ、好きでやってるんだから」
「大助は、さ。どうして僕を助けてくれたの?」
「どうしてって……そりゃあ。目の前でボロボロのヒトが倒れてたら、放ってはおけないだろ」
彼はさも当たり前といった風に話す。
「それだけで、お前はここまでしてくれるの? 面識のない僕に?」
彼は、前とは逆にうつむく。
「いいんだよ、俺がしたかったんだから」
そう言われれば、僕にはそれ以上何も言えなかった。
「でも、僕には何も、お礼できそうにないし」
「別に見返りがほしかった訳じゃないさ。だから俺を恩人みたいに扱わないでほしいし、それに……」
大助は言葉を詰まらせた。
「大助?」
「……なんでもない。とにかく、気にしなくていいよ」
そう言って、わざとらしく笑ってみせた。
その笑顔は、なんだか見覚えがあって。
やっぱりこいつは僕に嘘をついてるんだなって思った。
「僕はやっばりこのまま、何も思い出せないのかな」
思いがけずあふれた言葉に、大助は微笑む。
「やっぱり、思い出したいか?」
「思い出したいかって言われたら、そういう訳じゃない。でもなんだか、寂しいんだ」
「寂しいって、なんで」
「だって、僕には何もないんだよ」
僕が言うと、腕を組んで考え込んだ。
「自分の事じゃないから言えるのかもしれないけど、さ。いいんじゃないか? 過去なんて」
「そうかな」
「うん、そうだよ」
大助が頷いた時、ドアが静かに開いた。
「あら、大助くんもいらしたんですか。おはようございます」
にこにこと笑いながら入ってきたのは、恵さんだった。
彼女は昨晩と同じように、食器を乗せたトレーを両手に持っていた。
「おはようございます、恵さん」
彼女は手早く、食事の準備にかかる。
それを見て、慌てて大助も手伝いはじめた。
「大助くん、朝食はもう済ませましたか?」
「はい、さっき」
「それならいいですけど」
あなた、といって恵さんは僕を見た。
「調子はどう? 食欲は?」
「昨日よりは、結構いい感じです」
「ならよかったわ。それにしても、名前がないって、不便だわ」
少し、どきっとした。
「焦らせちゃ駄目ですよ、恵さん」
――全く考えてない、わけじゃなかった。
ただ、すこしぼんやりしていた。
僕はミントの身体となる人。
そして、人のために生きる人。
民のための、人。
「民人……民に人と書いて、みんと」
ほとんど無意識に、そう言っていた。
僕の中の意識が、固まった。
2人は目を見合わせてそれから笑った。
「いいんじゃないか? あんたにぴったりだと思う」
「そうね。ちょっぴり可愛い所とか」
「可愛い……」
恵さんに、そう思われてたのか。
なんだかショックだった。
「名字は、どうするの?」
恵さんは楽しそうに訊く。
「あー……」
正直、そこまでは考えてなかった。
でも、折角だからこの勢いで決めたかった。
大助と恵さんも、腕を組んで考え込んでいた。
「……思い切って、朝倉なんてどうだ」
最初に話したのは、大助だった。
朝倉、恵さんと同じ名字。
「え、でも」
僕は言ったが、恵さんも真顔で頷く。
「いいんじゃないかしら、一般的だし」
「いいんですか、僕なんかが同じ名字で」
「別に構わないわよそんなの。私なんて結婚したら名字変えちゃうんだから。朝倉って名字が残ってちょうどいいわ。逆に、あなたは嫌じゃないの?」
朝倉。
正直、響きも字面も好きだった。
そして、家族がいるみたいで少し嬉しい。
「……貸してください、朝倉の名字」
「そう、わかったわ」
「よし、じゃあ今日からあんたは朝倉民人だ。よろしくな、民人君!」
「大助……あらためて、よろしく」
僕が手を動かせないから、握手が出来ないかわりに、彼は僕の肩をぽんとたたいた。
「さっきの続きだよ。あんたは、一から築き直せばいい。過去なんか気にしないで、今を……朝倉民人の人生を、楽しんで欲しいんだ。それが俺の希望」
「……うん」
大助は、懐かしい。
でも、"僕"にとっては、昨日出来た、僕の最初の友達でしかないんだ。
「それにしても、朝倉か。なんか、姉弟みたいだな」
「ええ……言われてみたら、そうですね」
そう言った彼女の笑顔は、何故か見ていて悲しくなった。
でもそれは一瞬だけで、僕がまばたきをした後に見たのは、いつもの彼女の笑顔だった。
「さあ民人君、すこし冷めちゃったけど、朝ご飯にしましょう」
◇◆◇
ほんの、4年前の話だ。
しかし4年の間に、案外いろいろあった。
結局なにも思い出せないままだが、特に最近は全く不自由していなかった。
ただ、南西部に来てからというもの、瀬戸綺羅の情報が見え隠れしていて、とても不安定になっていた。
朝。
今、船に乗っていると思い出すまでに数秒かかった。
窓の外はやっぱり雲り空が広がっていて、どんよりと暗かった。
今、北部にどれだけ近づいたろう。
北部についてから、どうなるのだろう。
僕は河闇家や王様と面識があって、過去にはその妹と会っていた。
南西部では種族絡みの事件に巻き込まれ、とにかく絶対普通ではない魔天使に出会った。
なんとなく、この先何も起こらない訳がないのはわかっていた。
「ねえ、ミントはどこまでわかってて僕を選んだの?」
彼女からの返事は、なかった。
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