すこし未来の、ほかの地球で。

noriko

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約束とはじまりの記憶

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◇◆◇
「民人さん、もうすぐですか?」
曇り空の下、綺麗な景色も楽しめないまま船は進んだ。
僕らは雨に濡れたテラスに出る気も起こらないまま、荷物をまとめて部屋のソファに座っていた。
杏奈ちゃんが手に持っているマグカップから、湯気が立つ。
気温は既に、北部のそれだった。


「そうだね。杏奈ちゃん、寒くない?」
室内とはいえ、急な温度の変化はある。
彼女は上着を羽織ってはいたが、心配だった。
「大丈夫ですよ。民人さんが入れてくれたココアも温かいですし」
「なら、いいけど」
ベッドに腰掛けた彼女は、マグカップを両手で包み込むように握りしめ、満面の笑みで2、3回足をばたつかせた。


それを微笑ましく思っていると、天井のスピーカーから、上品で静かなチャイムが聞こえてきた。
優しい女性の声が、間もなく北部に到着することを知らせてくれた。
「予定時刻ぴったりだ。いよいよだね」
「私、どきどきしてきました」
部屋用のスリッパから長めのブーツに履き替えながら、杏奈ちゃんは言った。
「僕も久々だから緊張するよ。……えっと、圭くんに連絡はしたし、忘れ物もないかな」


念のため、もう一度携帯電話を確認する。
そういえば迎えの目印など詳しいことを聞いていなかったから、それに関して連絡がないかな、と思っていたのだが、特に着信はなかった。
着いてから、わからなかったら訊けばいいだろう。
それから――もちろん、大助からの連絡もなかった。
北部に着いたと、彼にも連絡するべきか。


「そんなの、必要ないか」
「?」
「あ、何でもない。気にしないで」
くよくよ考えていたって仕方ない。
あいつは、僕とは違って1人で何でも出来るんだから。
「もうそろそろ港がみえてくるかな、視界が良くないのが残念だね」
「そうですね、海の色もきっと綺麗だったのに」
彼女が見つめているテラスの床には、雨が振り付けていた。
これでは、海の色どころの話ではない。




「どうする? ロビーに行こうか。あそこなら暖かいだろうし」
「そうですね、降りる所に近いですし」
彼女は立ち上がり、まとめた荷物を手にした。
「じゃあ、行こう」
言ってから、急いで荷物を持った。
近くの棚のガラスに映った、銀色の髪をした自分の姿を見る。




この色にはもう慣れたけれど、いまいち腑に落ちないことがある。
なぜ大助は僕に今一度、青い髪を見せるなと言ったのか。
ロビーに集まる人のほとんどは、明るい髪をした裏天使だった。
多くはないながらも、鮮やかな髪色をした人も見られる。
恐らくは――染めているのだろう。
僕も"染めている"と言ってしまえば問題はないのに、と思う。
せめて、理由が知りたかった。


「腑に落ちないけど、今考えても仕方ないか」
ロビーにいるほとんどの人は、設置された大画面に釘付けだった。
音声を聞く限りは、ニュースだろう。
そういえば僕も、長い間情報は受け取っていない。
退屈しのぎにもちょうどいいかな、と杏奈ちゃんを誘おうとした。
「杏奈ちゃん、向こうのみんながいるところで……」
しかし、振り返った先にいた彼女が見ているのは、別のものだった。


テレビとは正反対の方向にある、小さなステージ。
おそらくは集会や小さな講演会などが催されるための場所なのだろうが……そこに、どうやら1人、ぽつんと立っていた。
「杏奈ちゃん、あの人がどうかしたの?」
「なんとなく、気になって……同い年くらいの女の子みたいだから」
めを凝らして見れば、確かに杏奈ちゃんと同じか、少し上くらいの年齢の少女だった。


しかし、そんな年齢の子が1人で船旅とは、心細いだろう。
「……行く?」
彼女の顔が、ぱぁっと明るくなった。
そりゃそうだよな。
同年代の知り合いなんて、彼女にはいなかったんだから。
僕は跳ねるように少女へ向かう杏奈ちゃんに後ろからついていった。
ニュースはまた、河闇のお屋敷に着いてからでいいだろう。


「……あの」
杏奈ちゃんは、遠慮がちに声をかけた。
「はい」
凛とした声が、それに答えた。
広いロビーで、聞こえるのは彼女等の話と、控えめな音楽。
正反対に位置するテレビと、人々の声は聞こえない。
「むこう、行かないんですか?」
杏奈ちゃんは訊ねた。
少女は、肩まで伸びた金髪を揺らす。
「人の多いのはあまり、好きではないから」


蒼い瞳、長い睫に白い肌。
なんだか、人形みたいな風貌だった。
「私、迷惑でしたか?」
ごめんなさい、と言わんばかりに杏奈ちゃんが言う。
「いいえ……人が嫌いなわけではないから」
それを聞いて、彼女は笑顔を取り戻した。
「南西部に、旅行? えっと、名前……」
少女は微笑み、杏奈ちゃんに右手を差し出した。
「名前は、マリア。マリアって呼んでくれれば嬉しいわ」
「マリア……私は、杏奈。よろしくね」
杏奈ちゃんは、両手で彼女の右手を握った。


しばらく2人で笑い合っていたが、ふと、マリアちゃんが僕を見る。
「あなたは、杏奈のお兄さん?」
「あ、いえ。僕は……」
どう説明したらいいのかわからず、杏奈ちゃんを見る。
すると杏奈ちゃんはクスリと笑って、マリアちゃんに向き直った。
「血はつながってないけど、私の面倒をみてくれる人なの」
「どうりで、似てないと思った」
そう言って、けたけたと笑った。
「朝倉、民人です。よろしく、マリアちゃん」
彼女がやったように、右手を差し出す。
「呼び捨てで構わないわ。なんだか落ち着かないから」
彼女は僕より、随分年上に感じた。
「あの、マリア。失礼だとは思うけど、何歳?」


「16よ。面白い聞き方をするのね、紳士みたい」
マリアは僕をからかうように言った。
「僕より、6つ年下か……」
我ながら、情けなくなった。
「あら、年より若く見える」
……というか、からかわれていた。
「ごめんね、童顔で……。それにしても16歳って、そんな若いのに一人旅?」
彼女はしばらく考えて、それから言った。
「一人旅、になるわね。私、各地を歌ってまわっているのよ」
北部に来るにしては薄い、上着の袖をひらひらさせながら。
「それって、マリアは歌手ってこと?」
杏奈ちゃんが、目を輝かせながら訊く。
「そんな大層なものではないけれど……」
「歌ってみて……って、そんな我が儘は無理かな、やっぱり」


マリアは、目をぱちくりさせた。
「あら。あなたたちが構わないなら、歌わせてもらってもいいかしら? 大丈夫、お金はとらないわ」
それを聞いて、しゅんとしていた杏奈ちゃんの顔に微笑みが戻る。
「そうだね、杏奈ちゃんも聞いてみたいって言ってるし。お願いできるかな」
彼女は頷いて、立ち上がった。
長い足で、音もたてずに歩いて。
品のある、でも堂々とした物腰で、ステージの中央に立った。
そして深く、一礼する。
ステージに向かって、それから振り返り、僕らに向かって。
数秒、目を閉じて深呼吸。
刹那の沈黙――そして歌は始まった。
「……すごい」
杏奈ちゃんは、ため息混じりに呟いた。


 森の中で 君と二人
 一人じゃない 夜は明けた
 決して忘れる事なきように
 共に歌おう この歌を






彼女の歌は、聞いていて心地よかった。
隣を見ると、杏奈ちゃんも目を閉じて、うっとりと聴き入っているようだった。
歌を聴いて鳥肌が立ったのは、初めてだった。
その歌は、どこかで聞いたことのあるものだった。
どこで聞いたのかは覚えていないけれど。
そこまで広く、歌われているものではないことはわかった。
少なくとも、隣で肩を揺らしている彼女は知らないようだ。




「絆の途切れる事なきように
 心に刻もう この――」


妨げにならないように、小さく歌っていると……突如、マリアが歌うのを止めた。


  
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